5:青い花を探せ
今の私のミッションはレインが食べやすい料理を作ること。
作るのは森で採れたてリリーベ草スープ。リリーベ草とはブルースカイ領の森に生息していて、みじん切りにしてスープにするとあっさりとした旨味をにじませる万能な調味料でもある。しかも栄養満点! 亡くなったお母様の大好物だったし、ブルースカイ領の伝統料理でもあった。
リリーベ草スープなら、きっとレインも気に入ってくれるはず。もし気に入ってくれなくてもあの子の口にあう料理を探し続けるだけよ。
あの子がお腹いっぱい食べることができるまでね。
──そんなわけで、翌日。採れたてのリリーベ草を採取するためにブルースカイ領南東地域のグルルの森に向かったのだけれど……。
私の隣には何故かクラウドがいた。クラウドは腕を組んで、眉をひそめている。
「当たり前だろう、君を一人で森にいかせるものか。この森は危険だ」
「ちょっと、なめないでくれる?」
その時、背後から気配がした。
瞬時に私は腰に携えていた愛剣アルゴノーツを引き抜き、レイピアの細い切っ先が光の刃をつくる。光の刃はそのまま気配がした草陰を切り裂いた。次の瞬間、慌てて獣が逃げ出していくのが見える。あれは……ハイエナ狼かしら?
剣には自信がある。幼い頃からあの「魔人」と恐れられているおじい様に鍛えられているのだ。お父様から受け継いだこの愛剣アルゴノーツだってある。私だってそこらの魔物なんかに負けるはずがない。
「すごいじゃないか。でも少し甘かったな」
「え?」
クラウドがやれやれと足元の小石を拾い、指先ではじいて投げる。
それだけの動作だというのにクラウドの怪力によって弾丸同等の威力をもった小石は目にも止まらぬスピードで飛んでいった。
クラウドが石を投げた先は木の上。なにかがボトリと落ちる。それは気絶した蛇だった。舌から毒の胃液を発射する毒蛇だ。
……って、さすがに木の上にまで気づけるわけないじゃない!
「ほらな。俺がいた方が安心だ。それに君はここ数年スカー公爵家で剣を握っていないのだろう。剣の腕も勘もなまっているはずだ」
「う、」
何も言い返せず私は黙り込む。今は確かに大人しくクラウドに従うしかないようだ。クラウドは嘆息する。
「なにもここまで危険な森でなくていいはずだ。リリーベ草はブルースカイ領のほとんどの森に生息している。もっと屋敷から手軽に行ける近所の森……それこそエリナの森でも、」
「リリーベ草は強い魔物の体液や魔力を浴びてより美味しくなるでしょう。だからこの森に来たの! ……どうせなら私が用意できる一番美味しいものをレインに食べてほしいじゃない」
「!」
沈黙。なんだか視線を感じて、私がクラウドを見上げると、彼は優しく微笑んでいた。
その笑みに胸がドキリと跳ねる。「なによ」と聞いてみると「君は変わらないな」という言葉が降ってきた。
「質のいいリリーベ草は魔物の住処に生えやすい。ひとまず魔物の足跡や痕跡を探そう。俺から離れるなよ」
「えぇ、分かったわ」
クラウドの大きな背中ほど頼りになるものはない。
でもこのままクラウドに頼りっぱなしでは駄目。だってこれは私がレインの母親になるための第一歩なのだから。私の力で乗り越えないといけない。
──『しばらくほうっておいてください』
そう言って殻にこもるレインの顔を思い出した。身が引き締まる。
とびっきりおいしいスープを作って、あの子の殻を溶かしてあげたい。もう独りじゃないって、自分を大切にしていいんだって理解してほしい。
私が頑張らないと。あの子の「母親」になるために!
その後、私とクラウドは三時間ほど森を探索した。
リリーベ草は珍しい薬草でもないので案外どこにでも生えている。だけど私が欲しいのは……。リリーベ草は魔力を浴びるほど青く大きな美しい花を咲かせる。そしてその花が咲いたリリーベ草はとても美味で貴重なのだ。市場でもなかなかお目にかかれることはないくらい。
「……駄目ね、花が咲いているリリーベ草は見つからないわ」
「まぁ、魔力たっぷりの薬草なんて草食の魔物達が見つけ次第すぐに食ってしまうだろうからな」
これだけ探してもないのならば……もう見つからないのかもしれない。
親もいない私がやはり母親になんてなれない。ヘイルだけじゃなくて神様までそう言っているのかしら。
俯き、少しだけ泣きそうになった。
……と、ここで、クラウドが私の肩を軽く叩いた。
「クラウド?」
「──覚えているか、クレア。君と俺が初めて出会った時のこと」
「え? もちろん覚えているけれど」
クラウドの言葉をきっかけにふと私達の出会いを思い出す。
あの時はたしか……そう、幼い私はブルースカイ領の隅々まで視察していたおじい様についていった。大好きなおじい様の力になりたかったから。
領の最西端にある小さな村──アズールウッドがクラウドの故郷だ。だけど彼はその場所で忌子として扱われていた。
その村では全く魔力がないクラウドは神から嫌われている存在だと忌み嫌われたのだ。
私が初めて彼に出会った時、村人から虐げられ続けたからなのか彼の身体は傷だらけだった。でもクラウドは人並み外れた回復能力と怪力があったし、ろくに食事もとれていないはずなのに年の割に筋肉質だった。そんな彼を村人達は恐れて「怪物」だと呼んでいた。
でも幼い私はどうして村人達が彼を怪物だと恐れるのかよく分からなかったから……。
──『まぁ! 綺麗な真紅の瞳! 素敵ね!』
そう言ってクラウドの両頬を掴んで彼の顔を覗き込んだ。その時のクラウドのポカンとした間抜け面は面白くて今でも覚えている。
懐かしさで頬が綻んだ。
「人間が一番怖いのは孤独だと俺は思う。皆が口を揃えて俺を怪物だと呼び、死んでくれと嘆いた幼いあの時、俺はたしかに孤独だったんだ」
「クラウド……」
「でも、君と出会ってからは違う。君のおかげで、俺は孤独から救われた。幸せの意味を知った。人の暖かさを知った。……きっとレインも同じだ。俺と同じく孤独なんだ。だから君が照らしてあげてくれ、俺のようにな」
するとそこで、クラウドが頭上を指差した。
「──ほらクレア、見てみろ。君が俯くのはらしくないってきっと神も言っているんじゃないか?」
私は「あっ」と声を上げる。
クラウドが指差した先にはリリーベ草があったのだ。しかも立派な青い花が咲いている!
問題はその生えている場所が崖というところだけれど……。結構高いわね。あそこから落ちたら確実に死んでしまうだろうと想像できてしまうくらいには。まぁ、あんな場所に生えているからこそ、今まで草食の魔物に食べられずにあんなに立派な花を咲かせたのだろう。
クラウドが岩の隙間に指先を這わせる。
「君はそこで待っていろ。俺が採りにいく」
「待ってクラウド。ここは私にやらせて!」
「しかし流石にこれは危険だ」
「でも私がやりたいの。私の手でレインを喜ばせたいの! クラウドから見てみれば私は頼りないかもしれないわ。信じてほしい……!!」
クラウドはその真紅の瞳で私を射抜く。私は視線を逸らすことはしなかった。これだけは譲れない。そう心の中で呟いた。
しばらくの沈黙の後、彼は頷いてくれる。
「そうだな、すまなかった。君の気持ちを汲み取れなかった俺が悪い。君を信じるさ。……だが、それは君もだぞ、クレア」
「私も?」
「そう。君も俺を信じてくれ。もし君が落ちたら、必ず俺が受け止めてみせると」
「ッ! えぇ、ありがとう! あなたが見守ってくれるなら安全に決まってるわ!」
君を信じる。クラウドがそう言ってくれて、私は本当に嬉しかった。胸がじんと熱くなる。
スカー公爵家ではヘイルは私のことをことごとく縛り付けてきた。細かく厳しくこうしろああしろと文句をつけてその裏では浮気をしているなんて……。
でもクラウドは違う。こうして私を信じて尊重してくれる。それがどれだけありがたいことか。そういえばクラウドは私とおじい様が意見の相違で喧嘩した時も私の意見を尊重してくれたことがあったっけ。
そうよ。クラウドは私を女だから、か弱いからと縛り付けることはしない。
……クラウド、私だってそんなあなたに救われてきたのよ。だからこそあなたに初恋を捧げたの。
私はさっそく愛剣アルゴノーツをクラウドに預かってもらい、両手の力で崖をゆっくり上っていく。
先日雨が降ったからか崖は少しヌメヌメしていた。慎重に時間をかけて登ろうとするけれどスカー公爵家でろくに身体も動かせていない私の体力がもつかどうか……。
時間はあまりかけられないわね。
ほら、さっそく指先が痛み出した。指の筋肉をこんなに使う機会なんてないもの……。岩の隙間を見つけて、指を滑り込ませて、また一つ上に上る。それを繰り返していけば、痛みが激痛へと変わっていくのだ。少しでも力を抜けば、せっかくクラウドからもらったチャンスを無駄にしてしまう。
レインにとびきり美味しいスープを食べてほしい。笑ってほしい。安心してほしい。今まで劣悪な環境にいたあの子は幸せになってほしい。
そうよ、そのためならこんな痛みくらい──!!
「ッ! やったわ!」
ついに花の咲いたリリーベ草がそこまで迫ってきた。痛みで手を離してしまう前に右手を伸ばす。複数のリリーベ草が集まって生えていたからごっそり束ごと掴んでみせた。
目標を達成して気が緩んだ、その時!
指が滑って、真っ逆さま!
でも、怖くなかった。
「よくやったな、クレア」
目を開けると、あの真紅の瞳が私を見つめていた。約束通りクラウドがしっかり私を受け止めてくれたようだ。
彼は優しく私を降ろすと、そっと手を差し伸べてくれる。
「帰ろう。レインがお腹をすかせて待ってるだろうからな」
「ええ」
弾む胸を隠すように手を当てる。ええい、落ち着け私の心臓! 私のミッションはまだ終わっていないのよ。
次のミッションはこのリリーベ草を美味しく調理すること。頑張ろう、レインのために。




