3:久しぶりの実家
「ここが今日から私達の家よ、レイン」
私がレインと出会ってから三日後。ようやくブルースカイ領に着いた。
馬車から降りると、私はおもいっきり伸びをする。
うーん、おいしい空気!
──と、その時。
殺気を感じ、私は瞬時に愛剣を抜いた。
ガキィイインッ! と金属同士がぶつかる甲高い音が辺りに響く。
目の前には、年の割には背筋がピンと伸び、屈強な肉体をもつ老人が立っていた。……って、老人なんておじい様本人に言ったら怒られるわね。
「ただいま、おじい様!」
「──この、馬鹿者がぁ!!」
私は視界が一瞬揺れ、頭に痛みを覚えた。おじい様──もとい、私の祖父であるフォグ・ブルースカイ辺境伯に強烈なげんこつをもらったからだ。
頭を抑え、不満を主張した顔で高身長のおじい様を見上げる。生理的な涙がポロリとこぼれた。
「いったぁーいッ!! ちょっとなにするのよおじい様!」
「フンッ! お前の手紙を呼んで突然子供を連れてくると聞いたからヘイルとの子を成したと思うじゃろう! それなのにスカー公爵家から送られてきた手紙には離婚が成立したという内容が書いてあった儂の気持ちを考えろ!」
「うぅ、ごめんなさい……」
私はしゅんと俯く。まさか帰って早々怒られるなんて思っていなかった。
でも次の瞬間には大きな手が私の頭に落ちてくる。
「まぁ、元気ならそれでいい。災難だったな」
「! おじい様……」
私は我慢できず、大人だというのにおじい様に抱きついた。おじい様の逞しい胸の中に顔をうずめる。
あぁ、私の大好きなおじい様の香りだ。大好きな温もりだ。スカー公爵家は里帰りをなかなか許してくれなかったから(ヘイルの書類仕事を私が代わりにやっていたからね)、二年ぶりくらいかしら?
……って、いけない! レインのことを紹介しなくては!
「おじい様! 紹介するわね。この子が私の養子になるレインよ!」
おじい様の鋭い鷹のような目がレインに向けられる。レインはビクリと震えた。
「クレア。お前、本気であの馬鹿公爵の不義の子を育てるつもりか」
おじい様の目が私に移る。その目は真剣だった。怒っている訳では無い。きっと心配してくれているのだ。
私はレインと目を合わせ、そっと頭を撫でる。
「えぇ、私はこの子の母親になるわ! おじい様に何を言われようとも絶対になってみせる!」
「……そうか。好きにするといい」
おじい様はそっと屈み、レインを見つめる。
屈強なおじい様にレインはビクビクしていた。
「クレアの子になるということは、儂の保護下に入るということだ。おじい様と呼んでくれて構わない」
それだけいうと、おじい様は「はやく食事を用意してやれ。腹を空かせているだろう」と言い残して去っていった。
相変わらず、見た目とは裏腹に優しい人だ。私は幼い頃からそんなおじい様が大好きだった。
ふとおじい様はピタリと足を止める。
「そういえばクレア。食事が落ち着いたらクラウドに会ってやれ。鍛錬場に籠ってずっと鍛錬をしておる」
「分かったわ」
そうか、ようやく彼に会えるのね。でも……
私は胸の中がズキンと傷んだ。
──『俺が大きくなったら、君を一生守る、だから──!!』
不意に私は幼い頃の記憶を思い出す。
きっと彼は──私の幼馴染であるクラウドはそんな幼い頃のことなんて既に忘れているでしょうけど。
***
「食事は美味しかった?」
「はい」
私はレインの手を引いて、ブルースカイ家の屋敷をあちこち案内する。
食事は既に済ませた。レインはかなり少食で心配だけれど、ブルースカイ領の暮らしに慣れたら食欲も回復するだろう。
彼の身体や髪は徹底的に清めてあげたので、さっぱりとした様子だ。
そういえば、レインの髪も瞳も灰色と、サンドラとヘイルにはないものだ。クロンはあんなに綺麗に両親の髪色と瞳の色を受け継いでいたというのに。
……おそらくそれもレインがあのクズ夫婦の愛を受けられなかった原因なのかもしれない。
裏庭を出れば、なにかが強く打ち付けられる音が定期的に聞こえてくる。
レインが聞き慣れない音に怯えていた。
「大丈夫よ。これは木刀でかかし相手に鍛錬してる音」
「たんれん、ですか?」
「そう。この家にはすっごい努力家な領兵団団長がいるから」
私は早まる足を抑えつつ、鍛錬場の扉を開いた。
そこには私に背を向け、鍛錬に励む一人の大男。この国では見慣れない夜空のような漆黒の長髪は彼の後頭部で一つに束ねられている。鍛錬によって汗で濡れた薄い褐色肌が日光に照らされて輝いて見えた。
「クラウド! ただいま!」
「──ッ!!」
男はビクリと身体を揺らすと、ギギギとぎこちない仕草でこちらに振り向く。
そう、彼こそクラウド。私の幼馴染であり、ブルースカイ領の守護神と呼ばれているブルースカイ領領兵団団長だ。
ブルースカイ領は森などの自然が多く、魔物の被害が絶えない。しかし彼が領兵団になってからはそれもかなり減っている。
以前会った時よりまた逞しくなっている彼の姿に私は笑みがこぼれる。ポカンとするクラウドに向かってぶんぶん手を振ってみせた。
「クレア! 帰ってきていたのか!」
クラウドは私に軽く手を振り返してくれたが、すぐに怒りを抑えるかのように唇を噛み締める。おそらくこれは……。
「その様子だと私の事情はおじい様から聞いたみたいね」
「あぁ。あのクソ野郎が浮気していたと聞いている」
バキィッと木が砕ける音がする。見れば、クラウドがもっていた太い木刀を腕力だけで粉砕していた。
流石の怪力ね! ……といいたいところだけど、レインがとても怯えてしまっている。
「私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど、この子が怖がってるわ」
「ッ! すまない」
クラウドはレインに気づくと、慌てて距離をとった。
彼は自分の怪力で誰かを傷つけるのを嫌うから、幼い子供には近寄れないのだろう。
私はレインの頭を撫で、安心させる。
「大丈夫よ、レイン。この人はクラウド。ブルースカイ領の領兵団団長。身体はこんなに大きいけれど、心は誰よりも優しい素敵な人よ」
「驚かせてすまないな。君がレインか。君のことも話に聞いている」
レインは私の後ろに隠れたまま動かない。
そんなレインにクラウドは困ったように眉を下げた。
「実は俺も魔力をまったく持たないんだ。そのせいで色々と苦労してきた」
「!」
「同じ境遇の君の力になりたいと思っている。何か困ったことがあればなんでも俺に言ってくれて構わない」
クラウドの言葉にレインは目を丸くし、顔を出した。クラウドをまじまじと見つめ、パクパクと口を開閉する。
そして、
「ありがとうございます」
絞り出したような小さな感謝の言葉に私もクラウドもニッコリ笑みがこぼれる。
よかった、この調子だとクラウドともいい関係を築けそうね。
そしてクラウドの真紅の瞳が私に向けられる。久しぶりに彼の美しい瞳に見つめられて、私はドキリと心臓が跳ねた。
「君もだ。何か力になれることがあればなんでも言ってくれ」
「えぇ。気遣ってくれてありがとう。これからまたよろしくね」
「あぁ。それにしてもやはり君の元夫には腹が立つ。俺がどんな想いで嫁ぐ君を見送ったと──」
クラウドはその時、ハッとした表情になり、頬を染めた。すぐに「なんでもない」と誤魔化し、顔を背ける。
その言葉の続きが気になったが、レインがくいくいと私のドレスを引っ張ったのでそちらに顔を向けた。
「どうしたの?」
「ぼくもクラウドさんみたいにつよくなれるでしょうか」
レインはどうやらクラウドに興味津々のようだ。同じ境遇だからこそ、親近感を覚えたのかもしれない。
クラウドはそんなレインに嬉しそうだった。
「あぁ。君はきっと俺よりも強くなれるさ。よかったら一緒に鍛錬をしてみるか?」
「はい」
レインがクラウドの提案にコクリと頷く。その後、クラウドによって簡単な木刀の握り方などの指南が行われているのを私は微笑みながら見守っていた。
ひとまずレインがなにかに興味をもってくれて本当によかった。
この調子でレインの居場所をこれから作っていかないと。おじい様とクラウドと、みんなの力を借りてね。
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