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15-1:クラウドの故郷

 時間というものは早いもので、レインがブルースカイ家の養子になってから半年が過ぎようとしている。

  

 クラウドとおじい様の腰痛の薬を買いに行ったあの日、おじい様が魔物に襲われたと聞いた時は肝が冷えたものだ。

 慌てて帰ったらレインは新しい魔法に目覚めているし、新しい家族が増えているしで腰を抜かした記憶がある(おじい様は私がレインの魔力開通のことを言わずに王都から帰ってきたお返しだって笑っていた)。


 あれからレインは子フェンリルに「クウ」と名前をつけた。クウがこの家に来てくれてから、レインに子供らしい笑顔が増えてきたように思う。

 それにレインは魔法の才能は勿論、マナーや知識もすごい速さで身に着けている。まだ五歳ではあるけれど、すでに公の場に出しても恥ずかしくないくらいだ。それどころか私も負けないようにしなくてはと少し危機感を覚えるほど。


 全てが順調に思える。でも不安点が二つ。


 一つ、それはブルースカイ領に魔族が侵入した可能性だ。フェンリル親子は長い間魔族に追われ続け、必死に身を隠す場所を探していたという。そんな彼女らがブルースカイ領に迷い込んできたのならば魔族も一緒に侵入しているかもしれない。

 ただ周辺の土地を隈なく探してもフェンリルの遺体以外の魔族の痕跡一つ見つからなかったし、フェンリルは優秀な空間移動の魔法を使えるみたいだから、ブルースカイ領に魔族の侵入があったと断言できるわけではないみたい。母フェンリルが空間移動魔法ではるか遠くのブルースカイ領に移動してきたのならば魔族だって流石にすぐに追いかけてこれるはずもないしね。


 そして二つ目は……。


「──魔物調査?」

「あぁ。ここ最近、やけに魔物の被害が増えている地域があってな。大量発生の兆しかもしれん。面倒なことになる前にクラウドの領兵団に調査してもらう」

「…………」


 当事者であるクラウドは黙々と食事をしている。この様子だとおじい様とクラウドの中で既に話は済んでいるようだ。

 辺境ということもあり、自然豊かなブルースカイ領で魔物の大量発生は珍しいことではないけれど……ブルースカイ領最大戦力のクラウドをわざわざ調査に駆り出すということはなにか気になる点でもあるのだろうか。


「ちなみにそれはどの辺りなの?」


 私の質問におじい様は一瞬口を噤んだ。視線を目の前の食事へと落とす。


「……アズールウッドだ」

「えぇっ!?」


 私は思わず立ち上がる。食事中に、はしたない行為だけれどこればかりは黙認できない。


「おじい様、何を考えているの!? そこはクラウドの故郷じゃない!」

「クレア、いいんだ。俺が自分で希望したんだ。魔物調査には俺がいくと」

「よくないわよ! あの村でクラウドがどんな酷い扱いを受けていたかおじい様も知っているでしょう!?」

「分かっている。だがクラウドが適任なのはお前だって分かっているはずだ」


 おじい様はあくまで領主として冷静だった。

 私はなんとか深呼吸をして自分を落ち着かせる。静かに椅子に座り直して、少しだけ驚いているレインの頭を撫でた。「大きな声を出してごめんなさい」と一言謝る。


「……おじい様の判断は正しい、それは分かってるわ。アズールウッドには神獣の祭殿がある。ブルースカイ領にとって大切な土地であることも理解してる。でも私はあんなところにクラウド一人で行かせたくない。だから私も一緒に行くわ!」

「駄目だ」


 私の提案に異議を唱えたのは今まで静かに食事をしていたクラウドだ。彼は一言「危険だ」とだけ付け加える。

 こういう時、私は彼になんて言えばいいのか。彼と過ごした長い年月がそれを教えてくれる。


「クラウドならそう言うと思ったわ。……でもクラウドが守ってくれるんでしょう? あなたはブルースカイ領最強の戦力だもの。あなたの傍ほど安全な場所はないはずよ」


 私がそう言うと、クラウドは唇を結んだ。

 クラウドなら守ってくれる。彼は私のこの言葉に弱いのだ。もちろん私は彼に守られてばかりでいるつもりはないけどね。


「クラウドがなんと言おうとも私も一緒にいくわ。おじい様、いいわよね?」

「どうせ強引にでもついていくつもりだろう。好きにしなさい。ただし魔族の件もあるからクラウドの傍から離れるなよ」


 おじい様は今日の夕食の肉をナイフで切りながら、ため息まじりに答えた。きっとおじい様は私がこう言いだすと思ったから敢えて食事の場でこの話をしたのかもしれない。

 本当はおじい様自身もクラウド一人でアズールウッドに行かせたくはなかったのかも。あの村が魔物調査にきたクラウドを快く歓迎してくれるとは到底思えないもの。


 「だそうよ?」とクラウドを見ると、彼は小さく「分かった」と返してくれる。

 彼が折れるまで私が諦めないことを知っている口ぶりだった。実際そうなんだけれど。


 ……と、ここで手を挙げる人物が一人。レインである。

 

「はい。僕とクウもアズールウッドにいきたいです」

「ガウッ!」


 レインの希望に今度は私がすかさずNOを言う立場になってしまった。

 「駄目よ、危険でしょう」とハッキリ言い放つ。クラウドが何か言いたそうな目で私を見ているけれど無視よ、無視。

 レインはナイフとフォークを置いて、私を見上げる。


「でもお母さん、僕はこの家に来たばかりの頃より魔法の扱いも知識も成長しています」

「勿論あなたが成長しているのは認めるわ。でも駄目ったら駄目」


 レインは諦めきれないのか私をじっと見つめて必死にアピールをする。

 可愛い我が子の希望は叶えてあげたいけれど、私は断固として首を横に振った。


「そんなに可愛い顔をしてもだ、め!」

「僕もお役に立ちたいです。……本当に駄目ですか?」

「うっ、か、可愛い! でも駄目よ! ブルースカイ家の力になりたいというあなたの気持ちはとてもうれしいわ。でもね、それはまた別の形で貢献してほしいと思うの」

「でも……」

「お願い。私を危険なところへ子供を送り出す母親にしないで」

「その言い方はずるいです」


 私は静かにレインを見つめる。そんな私の視線にレインは目を泳がせた後、「分かりました、諦めます」と小さく頷いてくれた。「ありがとう」と言って、そんなレインの頭を撫でる。

 ごめんねレイン、ずるい大人で。それでも私はあなたたち子供に危険なことはさせたくないの。


 アズールウッドに行くのは私とクラウドが団長を務めるブルースカイ領領兵団のみ。さっそく準備を整えて二日後に出発することになったのだった。

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