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14-2:新たな才能

 混乱しているレインの脳がようやく思いついたのは呪文を唱え、手に魔力を込めること。

 まだ完全に制御しきれていない水の魔力を手にこめる。しかしこんな場面では魔力を練るための集中力が生み出せなかった。小さな水の玉が震える手のひらの上で生成されたが、すぐに弾けて消えていく。


「レイン! 今のお前では無理だ! 早く逃げろッ!!」


 レインはハッハッと荒い呼吸を繰り返しながら、魔狼とフォグを交互に見つめる。

 しばらくするとレインは水の魔力を編み出す手のひらを引っ込めた。それを見て彼がようやく諦めて逃げてくれるのだと安堵したフォグだったが――。


「なっ!? レイン!?」


 何を思ったのか、レインはフォグではなく()()()()()()()()フォグに立ち塞がったのだ。


「馬鹿者ッ! 獣に背を向けるんじゃない!!」


 フォグがすぐに腕をレインに伸ばすが、間に合わない。

 既に魔狼はその鋭い爪が生えた腕を振り上げている。フォグは咄嗟に剣を投げようかと考えたが……。


 なんとレインは──まるで何かに導かれるかのように──その場で地面を抑えるように両手をついた。

 そこから爆発したように土が盛り上がり、一瞬でレインの背後に壁ができる。壁はレインに覆いかぶさり、フェンリルの爪を受け止めた後に崩れた。


 土を操る魔法。それは明らかに水魔法ではなく、土魔法。つまりレインの第二の魔力が開花したということだ。


 突然の土の壁に驚き、一瞬できた魔狼の隙。レインはそれを見逃さなかった。彼は魔狼の様子を注意深く観察しながらも話しかけたのだ。それはフォグでは理解できない獣の唸り声のような言語だった。

 レインの口から出てくる理解不能の音が魔物に通ずる「言語」なのだと理解できたのは魔狼がレインの言葉に耳を傾け始めたから。


 レインがひたすら口から不思議な唸り声を発していると、魔狼の殺気は次第に静まっていく。フォグは開いた口が塞がらなかった。

 魔物と言葉を交わせる人間など見たことがない。それこそ御伽噺の中の話だ。


「れ、レイン、お前……魔物と話せるのか……?」

「いえ、おじい様。この狼は魔物ではないみたいです」

「なに?」


 レインがゆっくりと魔狼に近づく。フォグがそれを止めようと手を伸ばしたが、「大丈夫です。もうあの子は僕を傷つけません」とあまりにハッキリ言うので止められなかった。  

 レインはあと一歩まで魔狼に触れることができる距離まできて、ゆっくりと魔狼に手を伸ばした。魔狼は大人しく頭を下げ、その手を受け入れる。黒くうごめいていた魔狼の影が、レインに触れた途端に強い輝きを放った。


 フォグが再び目を開けてみると、魔狼はレインの白銀の髪と同じくらい美しい純白の毛並みに変貌を遂げていた。

 純白の巨大な狼のような魔法生物。その名前を、フォグは知っていた。それは勇者と同じく「神の使い」と謳われる伝説の──。


「フェンリル……!? 神獣だぞ!? 何故あんなまがまがしい姿に……!? レイン、い、今、お前はなにをしたのだ?」

「何もしておりません。最初からこのフェンリルは子供を守るために正体を隠していたんです。この子も必死だったのですよ」

「子供?」


 よく見てみるとフェンリルの足元には子供がいた。

 母フェンリルは巨大だが、こちらはとても小さい。子供のレインでも抱えられるほどの大きさだ。子フェンリルはクウクウ鳴いて母フェンリルの足に寄り添っている。母フェンリルは我が子の頭をペロペロ優しく舐めた。


 フェンリルに襲われた状況で、しかもこの短時間でそこまで見抜けたレインにフォグはまた舌を巻いた。

 今思うと、レインがこの場を逃げなかったのはフォグが神獣を殺さないように守りたかったのだろう。フェンリルのことも、フォグのことも。

 あのままフォグが神獣を殺していたら、ブルースカイ領にどんな災いが降りかかったのだろうか。考えるだけでゾッとする。


「おじい様。このフェンリルがおじい様の腕を治してくれるみたいです」

「な、なんだと?」


 フォグは未だに驚きを隠せない。そんな彼の左腕をフェンリルはじっと見つめ──ゆっくりと舌を出し、傷を舐める。

 フェンリルの唾液がじゅわっとフォグの腕の切り傷に滲んでいく。その瞬間だけは痛みがあったが、痛みで歯を食いしばった瞬間にはすでに傷はなくなっていた。


 フォグは手を開閉させていろんな角度から左腕を観察してみたが、何事もなかったかのように傷は完治していた。


「まさか神獣に傷を治してもらえるとは。長生きはするもんだな」

「このフェンリル達は突然何者かに襲われて、必死に逃げ延びてきたようです。今回僕達を攻撃してしまったのも僕達がその追手だと勘違いしたのだと言っています」

「なに? 神獣を襲撃する阿呆がいるということか?」


 ドサリ。

 何かが崩れた音。それは母親フェンリルが倒れたことによるもの。


 横たわった母親フェンリルをよく見てみると、彼女の背中に大きな切り傷があった。フォグは目を細め、それを至近距離から観察する。

 刃物で抉られたようなその傷には腐臭がした。肉がじゅくじゅくと不気味に渦を巻くようにうごめいている。腐ってなお、不気味にうごめく傷。その傷の様子にはフォグは心当たりがあった。


 何かを思い出したようにきつく寄せ合うフォグの両眉。フォグの顔に嫌悪がハッキリと浮かぶ。


「これは──忘れもせん! ウィンドの遺体にもこのような傷があった!! 死してなお、こんな風に不気味に腐った肉が踊っているような傷……!!」

「おじい様。つまりそれは……」

「先ほどは敢えて言わなかったのだ。ウィンドは殺されたのだよ、()()にな!! ……まさか、この領地に再び侵入してきたというのか……!!」


 フォグは強く拳を握りしめ、憎しみをこめてフェンリルの傷を睨み付けていた。

 あの冷静なフォグがここまで怒りをあらわにするとここまで恐ろしいのか。レインはフォグの殺気で鳥肌が立ちっぱなしだ。ゴクリと唾をのんだ。


「魔族という種族は生まれつき魔力をもたないが、魔力をもつ他種族や魔物の血から魔力を得ることで強くなれる。自分達の欲望のためにこの世の全てを支配しようとする強欲な種族だ。ブルースカイ領で過去に起きた大干ばつも魔族が神獣を狩りつくし、神の恵みが得られなくなったことが原因だと言い伝えられている」


 フォグは拳を握りしめ、地面にぶつける。拳は地面に勢いよく埋まって、フォグのやるせない怒りを表していた。


「魔族ならばフェンリルが狙われたのも納得だ。よほど奴らは飢えていると見える。十数年前から魔族の被害が不思議なほどパッタリなくなっていたというのに」

「……魔力を得るためだったら、自分達が強くなるためなら、命を奪う……」


 レインは眉をひそめ、ぎゅっと拳を握った。

 唇を噛み締め、母親フェンリルの額に己の額をあてがう。その瞳から一粒の涙がこぼれる。


 子フェンリルがクウクウ鳴く。母フェンリルは我が子の鳴き声を聞きながら、もうすぐ消えかかる光を宿した瞳でレインとフォグを一心に見つめていた。

 その瞳が何を語りかけているかは明らかだった。フォグが答える前にレインが動く。


「大丈夫です。この子は僕が守ります。約束します」

「──、──ガウ」


 母フェンリルは暫くレインを見つめたあと、ゆっくり瞼を閉じた。そしてそのままグッタリと体の力を抜く。子フェンリルがクウクウ鳴くが母親はもう動かなかった。

 クウクウ鳴き続ける子フェンリルにレインは屈み、優しく声をかける。


「おいで。僕と一緒に行こう」

「クウ……?」

「君のお母さんに託されたんだ。今から僕が君の家族になる」


 子フェンリルは親の死を分かっているのだろう。つぶらな瞳からポロポロと真珠のような涙をこぼす。だが安らかな母の顔を見て──ゆっくりレインの手を受け入れた。

 レインはそんな子フェンリルを抱き上げ、フォグを見上げる。純白のフェンリルを抱き上げるレインの姿が、幼い頃に読んだ物語の勇者の挿絵と重なる。


「おじい様。さきほど言っていた我儘なのですが……やっぱり本じゃなくてもいいでしょうか?」

「お、おぉ……」


 我に返ったフォグはただ頷くしかなかった。


 その後、馬車の前に待機させていた騎士達を連れて母フェンリルを丁重に弔った。

 その際にフォグとレインは並んで祈りを捧げたのだが。最初からその使い方を知っていたかのような土魔法の才能、神獣と言葉を交わすことのできる能力。レインの隠された力の片鱗を次々に目にしたフォグは横目でレインを見ながら、彼の底知れない才能に唾を飲み込んだのだった。

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