13-2:あなたとの距離
「…………」
「…………」
揺れる馬車の中、私はクラウドと向かい合って座っていた。
何気なく外の景色を眺めているフリをしているが内心戸惑っている。てっきりレインも連れていくつもりだったのにおじい様が「レインは儂が見ておく」とさっさと私とクラウドを馬車の中に押し込んだのである。
久しぶりの買い物なので、私は緑のドレスを着る。いつもは青色の、ブルースカイ家を象徴する色のドレスなのだけれど、たまには違う色のドレスにしてみた。リボンやレースも多めについているものだ。普段は動きやすいようにこれらの装飾品がついていないドレスを選びがちだしね。
それにクラウドと二人きりで出かけるのなんて久しぶりだもの。
クラウドも静かに外の景色を眺めていた。
相変わらず綺麗な真紅の瞳。こうして近くにいると実感してしまう。やはり私はクラウドへの気持ちが忘れられないでいること。
クラウドにも迷惑をかけてしまう。それは分かっている。スカー公爵家から縁談の申し入れがあった日に私は彼に告白した。でも彼は断った。
あれから五年も経っているのにまだクラウドのことが忘れられないなんて……。クラウドだってしつこい女は嫌いよね。
でも、自分の心には嘘をつけなかった。
私はありのままの私を受け入れ、見守ってくれるクラウドが未だに好きなのだ。彼の傍にいる時が一番心が安らぐ。
ふと、あくびがもれる。
そういえば最近、レインに文字を教えるための資料作りで寝不足かもしれない。
「クレア」
ふいにクラウドに名前を呼ばれてドキリとする。馬車が揺れたと思ったら、クラウドが隣に移動してきた。
逞しい彼の腕に私の腕が触れる。触れたところがやけに熱い。
「眠いんだろう? 俺に寄りかかるといい」
「え!? いや、大丈夫よ。起きているわ」
「無理をするな。レインのために君が夜遅くまで起きているのは知っている」
あぁ、ほら。こういうところ。いつだってクラウドは私を見てくれる。……大切にしてくれる。
私は赤くなっているであろう顔を隠すためにうつむいた。
「じゃあ、お言葉に甘えるわ」
「あぁ。固くてすまない」
いいえ、クラウド。私、あなたの固い腕が好きなの。
領地を守るためにあなたがずっと努力してきた結晶なのだもの。嫌いなわけがない。
こういうこと、彼に伝えられたらいいのに。迷惑になってしまうから言えないけれど。
そういえば、昔からよくこうしてクラウドの肩を借りたのよね。
「クレア? なにがおかしいんだ?」
「いえ。小さい頃も、こうしてよくあなたの肩に寄りかかって寝ていたことを思い出してね。子供の頃からあなたの優しさは変わってないのね」
「……俺を優しいというのは君くらいだ」
「そう? 少なくともレインも分かってるわよ。あの子はクラウドを慕っているから」
「あの子は……アウリー殿の方が、」
そこでクラウドが言葉を止めた。
どうしてアウリーの話が出てくるのだろうと私が疑問に思ったのを感じたのだろう。
「い、いや、なんでもない。とにかく眠るといい。俺も少し休む」
「えぇ。じゃあありがたく借りるわ」
あぁ、ずっとこうしていたい。
私はそんなことを思いながら、目を閉じた。
***
その後、街についた私達はおじい様から頼まれた薬を無事に手に入れることができた。
平和で賑やかな街を眺めながら馬車までの帰り道をクラウドと歩く。従者達には腰痛の薬を買いに来たなんてバレないように町の入り口で待ってもらっているのだ。
「フォグ様、よくなるといいな」
「そうね。これで少しは無理しなくなるといいのだけれど。おじい様、当主の威厳だーっていつも無理ばっかりするから」
私が頬を膨らませると、クスリと微笑むクラウド。穏やかな彼の笑顔にドキリと胸が躍る。昔から彼の微笑み一つで私の心臓は容易に暴れだすのだ。
私はなんて単純な女なのだろう。そんな自分に呆れていると、男性に声を掛けられる。
「やぁ、そこの気品のあるお嬢さん! よかったら新聞をどうだい? なんでも“勇者”が現れたんだってよ!」
「勇者?」
陽気な男性の言葉につい反応してしまった。男性は新聞売りのようだ。ここ五年はこの街に足を踏み入れたことはないので、この男性のように私のことを知らない人も多いのだろう。そもそも領主の孫が護衛を一人しか連れていないとは思わないのかも?
面倒なので私は自分の身分を隠すことにする。新聞売りに何か言いたそうなクラウドを手で止めて目くばせをすると、彼は私の意思を察して小さく頷いてくれた。
興味が出たので新聞売りが持っていた新聞をまじまじと見てみると、それには見知った顔の肖像画があった。ヘイルとクロンだ。眉を顰める。
記事の内容はクロンの類まれなる魔法の才を褒めちぎったものだった。記事ではクロンを神から人々の守護者としての役割を与えられた“勇者”の生まれ変わりだと断言している。
相変わらず、スカー公爵家は順風満帆のご様子だ。あーあ、ヘイルのこの誇らしげな顔ったら。自分のことでもないくせに。
……このヘイルの顔を見てもやっぱりレインの魔力のことはあまり公にしたくない。きっと目の色を変えてレインを取り戻しにくるのが目に見えている。
レインはまだ虐待による心の傷が残っているはずだ。
いずれレインの魔法の才能は世間に知られてしまうとはいえ、もう少し今の平穏が続いてほしい。せっかくレインが落ち着いて魔法や知識を学べる環境が整ってきたというのに……。
「ちょっとお姉さん、新聞買うのかい?」
「あぁ、ごめんなさい。新聞はいらないけどお金はもちろん払うわ。読ませてくれてありがとう」
新聞売りにちょっと色をつけて謝礼を払うと、彼はご機嫌になって私に頭を下げ、軽い足取りで去っていった。
さて、帰りましょうか。ふとクラウドを見上げると、先ほどまで穏やかに微笑んでいた彼の顔には怒りが満ち溢れていた。
周りからヒソヒソとささやき声が聞こえてくる。私は強く握りしめられた彼の拳を優しく握った。
「クラウド、顔がすごいことになっているわよ? 周りもびっくりしているわ」
「ッ! すまない。君を裏切ったあの馬鹿公爵を見てつい腹が立って仕方なくなってしまった」
「ふふふ。私のために怒ってくれてありがとう」
「当たり前だろう。君は俺の……」
クラウドはその先を言わなかった。口をパクパクさせて、言葉に迷っている様子だった。
私は思わず足を止める。クラウドの言葉の先が待ち遠しくて仕方なかった。
「……お、幼馴染だからな」
長い沈黙を経て、クラウドがそういった瞬間、私は肩を落としていた。
いや、そうよね。そう、クラウドは間違っていない。私達は幼い頃からの仲だ。でも私は……私だけはもっと先に進みたいと思ってしまっている。
冷静を装って「そうね」と短く返した。
そのまま二人で言葉を交わすことなく、再び歩み始めたのだけれど。
「クレア様! 団長!!」
町の入り口で待機をお願いしていたブルースカイ家領兵団副団長──クラウドの直属の部下で、名はフリッズ──が慌ててこちらに駆けてくるのが見えた。
「大変です! 今、屋敷から緊急の連絡がありました! とっ当主様が魔物に襲われたとのことです!!」
「え──」
私は思わず薬が入っていた紙袋を地面に落としてしまった。




