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13-1:あなたとの距離

 ブルースカイ家屋敷、訓練場にて。


「すごいよレイン! やっぱり君は天才だ!」


 そんなアウリーの嬉々とした声が響く。

 彼がレインの魔法の師になってから七日に一度、ブルースカイ家に訪ねてきてくれる。そして今日がその三度目の訪問になるのだけれど。


「──水よ(ウォルタ)


 レインがそうはっきり呪文を唱えれば、みるみるうちにレインの手のひら上に小さな水の玉が生成されていく。

 

 レインはまだ五歳だ。普通の子供であれば魔力が開通していたとしても五歳であれほど繊細に魔力を制御できる子はなかなかいないだろう。魔力が開通した子供は魔力を適切にコントロールできるまで日常生活では魔力封じの腕輪をはめさせるのが常識。でも、今のレインにはそれは必要ないみたい。


 レインは間違いなく魔法の天才だ。そして頭もかなりいい。今までのレインはろくな教育を受けていないせいで言葉が上手く話せないところがあった。でも私が言葉と文字を教えて、まだそんなに日が経ってないというのにもう流暢に話せる。


 このままレインが成長していけば、間違いなく彼の才能はあのクロンにも並ぶだろう。

 でも、だからこそレインの力を隠したいと思ってしまう。レインが複数の魔力回路もちで、しかもかなり優秀だと分かったら、あの強欲で姑息なスカー公爵家がなんていうか……。

 あぁ、ヘイルと離婚した時にレインに近寄らないことを誓約させておいて本当によかったと今でも思う。

 

 ……と、ここで今日の鍛錬が終わったクラウドが汗を拭きながら、やってくる。


「レインはどうだ?」

「鍛錬お疲れ様。順調よ。ほら見て、もうあんなに水魔法を正確に形にできているの。レイン本人も楽しそうだし、アウリーを慕っているみたいだから本当によかったわ」

「そうか」


 クラウドは楽しそうに魔法を学んでいるアウリーとレイリーを見て、微かに眉を顰める。

 本当に微かな変化だったけれど、幼馴染の私はそれに気づいた。


「クラウド? どうかしたの? なにか懸念があれば教えてほしいわ」

「いや、そうじゃないんだ。気にしないでくれ」

「あら、もう行ってしまうの?」


 すぐに背を向けて訓練場を後にしようとするクラウドに私は「もう少し一緒に見ましょうよ」と誘ってみた。

 クラウドは「すまない」とだけ言って、訓練場を足早に去っていく。


 アウリーがブルースカイ家を訪れるようになってから、クラウドはこんな風にどこかよそよそしくなってしまった気がする。

 彼は分かりやすく人を避けるような人ではない。何か思うところがあるのだろうか。それとも……。


 ──『アウリー様。そんなに簡単に女性に口づけをしては相手を困らせてしまいますよ』


 クラウドの前でアウリーが私の手に口づけた時、クラウドは怒っていたように見えた。

 や、やっぱりあれって嫉妬してくれた、とか……。時々思い出して悶々としてしまう。


 しかし聞き慣れた声に名前を呼ばれたことで私は強制的にそのモヤモヤを今は忘れることにした。

 いつの間にか私の隣にいたのはおじい様だった。


「どうしたんだ。お前らしくない難しい顔をしていたぞ」

「ちょ、ちょっとね! それよりおじい様! ほら、あれ見て! レインがあんなに水魔法を操れるようになっているの!」


 おじい様はレインを見て、「たいしたものだ」と感心したように微笑んでいた。


「あの子は才能がある。だからこそそれを利用せんと企む周りから我々が守ってやらねばならんな」

「えぇ。それは私も思っていたことなの」


 二人でレインを見守っていると、アウリーとレインがこちらに近づいてくる。どうやら今日の授業はここまでのようだ。

 

「二人ともお疲れ様。レイン、疲れたでしょう」


 魔法を操るには体力がいる。子供のうちは少し魔法を使うだけで肩で息をするほど体力が消耗するのが普通だ。

 流石のレインも息が上がっており、汗をとてもかいていた。アウリーはそんなレインの頭を撫でる。


「結構形になってきたね。次はもっと本格的に水を操る練習をするから今日覚えた呪文は忘れないように。そのうち無詠唱でもできるようになると思うよ」

「はい、アウリー先生。今日もありがとうございました!」


 深々と礼をするレインにアウリーはにっこり微笑んだ。

 そして彼のエメラルドグリーンの瞳は次に私を映す。


「今日は少し時間がなくてね。すぐに王都に戻ろうと思う」

「そうなの? そんなに多忙なのにいつもありがとう」

「いいんだよ、僕の太陽ちゃん。……次来た時はどこかデートでも行こうよ」

「えぇ。もちろんいいわよ。あなたの好きそうなスイーツがあるカフェを探しておくわね」


 私がそう返すと、アウリーは一瞬目を細めた後、「楽しみにしておく」と言い残し、慌てた様子で馬車に乗って行ってしまった。

 アウリーの乗った馬車を見送っている途中、レインの視線を感じたので「どうしたの?」と尋ねる。


「お母さんはアウリー先生のことが好きなのですか?」

「えぇっ!?」


 まさかレインの口からそんな質問が出てくるとは思わず、私は目を見開く。

 最近の五歳ってこんなものなのかしら!?


「い、いいえ、アウリーはかけがえのない親友よ」

「でもデートというのは恋人がするものだと小説で読みましたが……」

「アウリーはキザなの。彼はただの友達としての付き合いのことをデートと言うのよ」


 私がハッキリそう言うと、何故か隣にいたおじい様がそれはそれは大きなため息を吐いた。


「クレア。お前……もう少し男心というものを勉強するべきだと思うぞ」

「え!? どういうこと!?」

「同じ男として、儂はアウリー殿に同情してしまうくらいだ」


 おじい様の言葉の意味が分からず、私は首を傾げる。

 そんな私を見て、おじい様は自分の腰をさすり始めた。


「まぁ、それよりもだ。クレア、最近腰の調子が悪くてな。スカイディアのいつもの店で薬を買ってきてくれんか?」

「あら、大丈夫? 無理しないでね。分かった、買ってくるわよ」


 スカイディアとはブルースカイ領で一番大きな街の名称。スカイディアにはおじい様が昔から通っている薬屋があるのだ。

 ちなみにおじい様は従者に腰痛の薬を買わせるようなことはしない。領主の威厳が傷つくらしい。だから私がブルースカイ領にいた時は代わりに買いに行っていたのだ。




 ──でもまさか、クラウドと二人きりで薬を買いに行くことになるなんて聞いてないわ、おじい様!

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