11-2:共に守る
「おいおい、こんなことってあるかよ……」
これには流石のアウリーも笑うしかなかったようだ。私と出会った頃の口の悪さが思わず飛び出してしまうくらいに、彼は動揺しているみたい。
かくいう私も魔力切れの影響で意識が朦朧とし始める。
「……?」
その時だ。私はふとベッドの傍らに“何か”がいることに気づいた。
それは炎のように揺らいでいる青い人影。どこか神秘的で美しいその存在に驚いて声が出そうになった。どういうわけか声は出なかった。唇が石になったように動かないのだ。
横目で確認しても、ライとメイはこんなに近くにいる影には気づいていないみたい。つまりこの影は私だけが見えてる? 疲労による幻覚かしら?
『どうしてあなたはこの子を助けようとするの?』
影が私に問いかけてくる。レインと同じくらいの幼い少年の声が返ってきた。
『この子の親は酷い人間だった。幼いこの子を虐げ続けた。だからこの子を預けるには相応しくない人間だと判断して、私は生まれたばかりのこの子の力を封印することにした』
『でも、あなたと出会ってこの子は変わった。あなたのために、封印していた力を無意識に開放してしまった』
影はレインに向けていた顔らしきものを私に向けて、淡々と言葉を続ける。
『答えて、人間。あなたはこの子をどうしたいの? この子の力を得て、何を成したいの?』
空気が張りつめたような感覚に陥る。一刻を争う今だけれども、この影の質問に真摯に応えなければいけないと私は直感的に感じた。
……別に私はレインの力を得ようとかは思っていない。でもこの子をどうしたいかは答えられる。そんなの決まってることだもの。
私はレインを世界一幸せにしたいのよ。美味しいご飯をいっぱい食べさせて、色んな知識を教えて、この子が安心して成長できる居場所を作りたい。この子には笑っていてほしい。
本当にただそれだけよ。ずっと暗闇にいたこの子の未来に光を照らしたいだけ。
そう心の中で答えると、影は顎に手を当てて考えるような仕草をする。影の輪郭が曖昧だからそうしているように見えるだけかもしれない。
『でもこの子はあなたの元夫の不義の子だ。本当に心からそんな子を愛せるの? 何もできない無能の“ゴミクズ”でもこの子を本当に愛せるの?』
馬鹿ね。レインに才能があろうがなかろうが関係ないわ。今、私達がこうして必死なのはレインの才能を解放するためじゃない。レインの命が危ないからよ。
レインさえ生きてくれるならどんな力もいらない。この子が生きてさえくれればそれでいいの! この子が笑っていてくれさえいれば、他になにもいるもんですかっ!
『嘘は言っていないようだね。……そう、分かったよ。そこまで言うならあなた達を試してみようじゃないか。この子を守ってみせるといい』
影はそう言い残して空気へ溶け込んでいった。そうすると私の石のように固まった体もようやく解放される。
刹那、アウリーが「あぁっ!」と困惑したような声を出す。
「アウリー!? どうしたの!?」
「レインの魔力回路がおかしいんだ。自ら意思があるように動き出して……既に解いた箇所まで絡まり始めているんだ。魔力回路が自ら治療前に戻ろうとしてるんだよ!」
「えぇ!? どういうこと!?」
「分からない、急に魔力回路に干渉を拒絶された!? ここまできて今更!? まずい、僕、もう魔力が……」
「師匠!」
アウリーの身体がついにフラリと力を失う。その身体をメイが咄嗟に支えた。
顔を真っ青にしているアウリーを見て、私は頭の中で先ほどの影の言葉を思い出す。私達は今、あの影に試されているのかもしれない。
でもアウリーはもう魔力も体力も限界だ。そしてそれは私も同じ。どうすればいいの!? 私はどうすればレインを助けられる!? せめて魔力供給さえできれば……!
私がそう歯を食いしばっている間にも、アウリーの意識は薄くなっていく。私の瞼も重くなってきた。
駄目、身体がもう……。あぁ、レイン! 私はあなたを守らないといけないのに! せっかくレインが私を母親だと認めてくれたというのに──!!
「──クレア! まだだ!」
その時、私はハッとした。
すぐに振り向くとそこにはいつの間にか部屋に入ってきていたクラウドがいるではないか。クラウドの手にはなんと──全て割れてしまったはずの魔力供給用のポーション瓶が!
「クラウド!? どうしてそのポーションを!?」
「アウリー殿が今回の治療は魔力の消費が激しいものだと言っていたからな。一応何かあった時のために回復ポーション、魔力供給ポーションを俺の方でも王都中の薬屋を回って今まで用意できるだけ用意したんだ!」
クラウドが逞しい腕で私の身体を支え、魔力供給ポーションを飲ませてくれる。すると魔力切れを起こして石のように重くなっていた身体がみるみる軽くなっていった。
クラウドの真紅の瞳が私を覗き込んだ。汚れ一つない純粋なルビーの輝きが私の心を照らしてくれる。
「魔力のない俺はこの場では役立たずだ。だがこんな俺を想ってくれた心優しいレインのために俺だって何かしてやりたい。俺もレインの治療に協力したかったんだ……!」
「クラウド……!!」
その言葉がどれほど嬉しかったことか。
そうよね、私は独りでレインを守るわけじゃない。クラウドやおじい様、アウリーにライとレイ、皆が共にいてくれるのよね。
私は強く頷いて、アウリーを見た。アウリーもクラウドのポーションを飲んだようで、だいぶ顔色がよくなっている。
「アウリー、大丈夫?」
「僕を誰だと思っているんだい? “奇跡の手”アウリーさ! 魔力さえ切れなきゃ、どんな治療でも成功してみせる……!!」
その力強い言葉を聞いて、私はクラウドに支えられながらアウリーにより多くの魔力を流した。アウリーも先ほどよりも素早い指捌きでレインの魔力回路を解いていく。
ラストスパートだ。私はただただ必死にアウリーをサポートすることしかできなかった。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
アウリーが不意に指を止め──倒れてしまった。
「アウリー!!」
「クレア……」
アウリーは弱弱しく笑う。どうやら彼はもう指一本動かせないようだ。
「成功だよ。レインはもう大丈夫。君も休むといい……よ……」
アウリーはそう言うなリ、気を失った。
レインはもう大丈夫。私はアウリーのその言葉を聞いて、一気に身体の力が抜けた。クラウドの逞しい腕の中に受け止められるのが分かる。意識が、朦朧とする。
『──運命は切り開かれた』
曖昧な意識の中でそんな少年のような声が聞こえた気がした。
私は最後の力を振り絞り、レインを見る。穏やかなレインの寝顔。もう苦しくはなさそうだ。
あぁ、よかった……本当に、よかった……。
そこで私はようやく目を瞑ったのである。




