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9:高熱の原因

「レイン……」

「うぅ……ッ」


 王都、ブルースカイ家別宅にて。

 私はベッドで眠るレインの熱い手を握っていた。あの後、レインをお医者様に診てもらったが、高熱の原因はハッキリと分からなかった。

 解熱剤を飲んでもレインの高熱はずっと夜中の今まで続いたまま。これは明らかにただの風邪ではないだろう。レインの中でなにかが起こっているはずなのだ。

 王都を駆け回って他の医者にも診せてみたが、結果は同じ。皆が解熱剤を飲ませて様子を見ましょうと言うだけ。

 

 お願い、レイン。どうかまた元気な顔を見せて……。あぁ、この子の苦しみを私が肩代わりできればいいのに……!!

 私は祈るようにレインの手を握り締めることしかできなかった。


 するとここで部屋のドアがノックされる。部屋に入ってきたのはクラウドだ。


「クレア。シェフから夜食を預かった。レインはどうだ?」

「駄目。まだ苦しそうだわ。時々痙攣を繰り返してるし、悪夢を見ているのか呻いているの……」

「そうか……。レインは俺が看ておこう。何かあればすぐに報告する。だから君は少し休んだ方がいい」

「嫌よ! こんなに苦しそうなレインを放っておけないわ!」


 私は何もできない無力さから涙がこぼれた。悔しかった。せっかく正式にレインの母親になれたというのに。レインは私を選んでくれたのに!

 クラウドはそんな私の肩に手を置くと、私に寄り添ってくれる。彼の優しい温もりに私の荒れた心は少しだけ落ち着きを取り戻した。


「クレア。ヘイル・スカーと対面した時なんだが、やはりあのにわか雨はレインによるものだと思うか?」

「……ありえないわ。だって気候を操る魔法使いなんて聞いたことがない! それにスカー公爵家から送られてきた書類の中にレインの魔力診断書も同封されていたわ。しっかり“魔力なし”と記されていたのよ?」

「そうだよな……。だが俺はあの雨にレインの、君を守りたいという意思を感じたんだ。とても無関係だとは思えない」

「それは──実は私もそう思う。でも私が魔法学園で学んでいた時も魔力なしと診断された人間が突然魔法が使えるようになるなんて話、聞いたことがないのよ……」


 そこで私はハッとする。魔法学園という言葉で思い出したのだ。すぐに私は立ち上がる。


「そうよ、それだわ! 大変、すぐに手紙を出さないと!」

「クレア? 急にどうしたんだ?」

「思い出したの。私にはとっても頼りになる魔法学園時代の友人がいることをね。その子は王都にいると思うから、すぐに手紙を書いてみるわ!」

「手紙? こんな夜中にか?」

「ふふふ。その子は困ったことがあればすぐに手紙をくれって言ってくれているの。内容を書いたら自動でその子の下に飛んで行ってくれる魔法のレターセットももらってあるのよ」


 そうと決まればすぐに書かなくちゃ!

 私は黄金のレターセットを取り出し、さっそくレインの症状や今日起こったことを含めて手紙を書く。そして窓を開けてみると黄金の封筒は翼を生やし、目にも止まらない速さで飛んでいってくれた。


 もし今のレインに魔法的な前代未聞の何かが起こっているというのならば──どうにかできるのは()しかいないだろう。

 あとは返事を待つのみだ。私は夜空の星を見上げ、どうにかなることを祈った。




***


 


 翌朝。私が徹夜でレインの看病をしていて、ぼんやりしている脳を起こすためにコーヒーを嗜んでいた時、彼は来た。

 

「──クレア!」


 使用人達の制止の声も聞かずに彼はダイニングルームに飛び込んできたのだ。

 そんなヤンチャな知人に私は思わずコーヒーを吹き出す。まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかった!

 気づけば私は力強く抱きしめられていた。相変わらず見惚れてしまうくらい美しい黄金の長髪が、サラサラと私の頬を撫でる。


「ようやく僕を頼ってくれたんだね!! 嬉しいよ!! ああクレア! 会いたかった! 君ってばなかなか僕に会いに来てくれないんだから!」

「アウリー! ごめんなさい、スカー公爵家にいた時は友人と会うのも禁止されていたから……。とにかくこんなにすぐに来てくれてありがとう! お仕事は大丈夫なの?」

「ふふ、何言ってるのさ。僕が親友の君より仕事を優先するわけないだろう。僕の愛しい太陽ちゃん」


 そうウインクして、彼は軽く私の頬にキスをする。学生時代からなにも変わっていない陽気な友人に私は笑みがこぼれた。

 

「……クレア。その男性は?」


 低い声に私はハッとする。

 慌てて振り向くと、クラウドが立っていた。彼はきつく眉を顰めている。初めて見るアウリーを警戒しているようだ。


「クラウド、紹介するわね。彼はアウリー・ハーミット。この国で唯一“魔術爵”をもつ王宮治癒師よ」

「アウリー? それは──あの“奇跡の手”のアウリーか?」

「そう! 彼は魔法学園の同級生で私の親友なの。学生時代は色々と彼に助けてもらったのよ」


 奇跡の手。それはアウリーの治癒師の腕を讃える彼の通称だ。母校ウィザリィード魔法学園を卒業してからの彼はすぐに治癒師としての才能を生かして国中で活躍していると聞いている。前代未聞の“魔術爵”という爵位を国王陛下から与えられるほどにね。

 そういえば一つ上の代だけれど、ヘイルも同じ魔法学園生だったのよね。学生時代はまさかあのヘイルと結婚するとは思わなかったけれど……。って、あんなやつのことなんか今は忘れる!


 アウリーは花のような笑みをクラウドに向け、手を差し伸べた。


「よろしくね、クラウド殿。君の話は()()()クレアから聞いていたよ」

「よろしくお願いします、ハーミット魔術爵」

「やだなぁ。アウリーでいいよ」


 やけに強く手を握る二人。なんだかただならぬ雰囲気を感じるけど気のせい、よね……?

 ……ってそんなことより今はレインよ!!


「アウリー、お願い! さっそくレインを見てくれないかしら? あの子、ずっと苦しそうで……もう見てられないの」

「勿論さ。さっそくレインがいる部屋に案内してくれるかい?」


 私はすぐにアウリーをレインの部屋に案内する。

 部屋に入ったアウリーはレインの体を一目見た瞬間、目を見開いた。すぐにツカツカ足早にレインに近づき、真剣な顔で触診を始める。


「クレア。手紙にはこの子は魔力がないと言っていたね」

「ええ。魔力診断書もあるわよ」

「そんな、まさか……ありえない……」


 私は触診を続けながらそうぶつぶつ呟くアウリーの頬が赤くなっていることに気づいた。

 なにがそんなにありえないのか尋ねると、彼は熱のこもった瞳を私に向ける。


「クレア。君が僕に助けを求めたのは正解だったみたいだ。王都の医者は魔力なしの子供にまさかこんなものがあるだなんて思いもしないだろうからね」

「こんなもの?」

「僕にはこの子の身体に魔力の通り道──つまりは魔力回路がハッキリ見えているんだ。そう、まさに君の髪の……美しい青空色の魔力回路がね」


 魔力回路。それは私も知ってる。

 魔法学園で習った基礎中の基礎の知識だ。魔法を扱う人間の身体には血管とは別に魔力の通り道──魔力回路が流れているというのは。

 そしてアウリーはそんな魔力回路を見通すことができる特異体質でもある。


「ちょっとまって。レインは魔力なしと診断されたのに、魔力が突然開花することなんてあるの?」

「それは僕にも分からない。これから解明していくところさ!」


 アウリーは少しだけ興奮しているように見えた。彼の研究者魂が彼の中で昂っているみたいだ。

 彼はレインの身体の触診を続けると、何かに気づいたような表情になり、ある箇所を指差す。


「ここだ。この、彼の胸からお腹までのこの辺り。おそらくここが原因で、この子は今苦しんでいるんだ」

「ごめんなさい。私は何も見えないのだけれど、そこがどうにかなってるの?」

「うん。この子の魔力回路がとても複雑に絡み合っているんだ。そしてその絡み合っている箇所が他よりも強く輝きを放ち、今にも……」


 そこで興奮気味のアウリーがすぐに真剣な顔つきに戻り、冷や汗を流す。


「……まずいね、これ。かなりまずい状況かもしれない」

「どういうこと?」

「魔力回路がこんなに複雑に絡まっているのなんて普通ないんだよ。そもそも魔力回路っていうのは一本しかないから絡まったりしないはずなんだ。人間は一つの魔力属性しか持てないはずだからね」

「つまりこの子は複数の魔力回路を、さらにいうと複数の魔力属性を持っている可能性があるってこと?」


 アウリーは頷いた。そして彼はあの黄金のレターセットを鞄から取り出し、慌てた様子で手紙を書きだしたのだ。


「詳しい説明は後で。一刻を争う。すぐに治療の準備を始めるよ。あと、僕の弟子に二人来てもらうけどいいね? 大丈夫、信頼できる仲間達さ」

「わ、分かったわ!」


 アウリーの表情で察した。レインが想像以上に危険な状態であるということを。

 心配で荒れた私の心がさらに不安定に揺れ動いていくのが分かった……。

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