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8:最悪の再会

「おいおい、まさかこんなところで会うとはな、クレア! 奇遇じゃないか! ()()()()も一緒か?」

「ッ! ヘイル……」


 私は反射的にレインを背中に隠す。ヘイルはそんな私を見て鼻で笑った。彼の隣にはサンドラと……クロンまで。どうやら家族お揃いみたい。

 サンドラはクロンに何かを囁く。そしてクロンが私を恐ろしい形相で睨んだ。はぁ、サンドラがまーた何かよからぬことを吹き込んだのね……。


「ヘイル。それ以上レインに近づいたら、意図的だとして誓約魔法が発動するわよ」

「はっ! 生憎俺達はそのゴミクズではなくその先の中央神殿に用があるんだよ。クロンが魔法学園に入学することになったからその手続きにな」

「入学?」


 私はつい聞き返してしまった。しまった! サンドラが機嫌よくクロンを抱きしめて高らかに自慢してくる。


「そうよ! クロンはウィザリィード魔法学園初等部への入学がきまったの! しかも入学試験では首席でね! なんたってクロンは“勇者”の素質があると国から認められた天才だもの!」


 サンドラの大声に、周囲の人々がざわざわと騒ぎ始めてクロンに興味の視線を向けている。

 ヘイルはそれでさらに気が大きくなった様子だ。フンとえらっそうに腕を組み、胸をこれでもかというほど張っている。


「クロンが優秀なのは俺とサンドラ……ひいてはスカー公爵家が優秀だからだ。()()()がさっさと出て行ってくれて助かったよ」

「……!!」


 余所者。ヘイルが明らかに私を見ながらそう言った。ヘイルの言葉が私の胸に深く突き刺さる。


 ……なによ、それ。なんでそんな酷いことをいえるのよ。

 私が余所者? じゃあ、私がヘイルと過ごした五年間はなんだったのよ!


 私は……私だってヘイルの良き妻になろうと一生懸命だったのに。


 男勝りな女は嫌いというから大好きな剣だって我慢した。

 故郷に帰るのも許されなかったから悲しいけど従った。

 服だって化粧だってヘイル好みにした。

 次期当主の妻として領の視察や書類仕事だってヘイルを支えるためにと思ってこなしてみせたし、勉学も欠かさなかった。


 スカー公爵家での五年間は私にとって本当に地獄だった。私が寝る間も惜しんでヘイルの仕事をしている中、彼はいつも部屋にいなかった。

 それはきっとサンドラと……。想像するだけで吐き気がする。


 ──『幸せになるんだぞ、クレア。どうか長生きしておくれ』


 スカー公爵家に嫁ぐ前夜におじい様に言われた言葉。あの強くて逞しいおじい様があんなに悲しそうな瞳をしていたのはあの時だけだった。

 おじい様がどんな想いで私をスカー公爵家に預けたのか……。それなのにヘイル、あなたときたら!!


 みじめだった。悔しかった。気づけば、視界が歪んでいた。泣いては駄目! ヘイルとサンドラが余計に調子に乗ってしまう!


 ……でも止まらなかった。今まで五年間我慢してきたヘイルへの不満や怒りが涙として溢れてきたのだ。皮肉の一つでも言い返してやろうと思ったけれど声が出なかった。

 嫌だ、こんな弱い私をクラウドとレインに見せたくないのに!!


 その時だ。


 力強く誰かに抱きしめられた。逞しい胸板が私の鼻先にあたる。優しい真紅の輝きが私を見つめていた。


「あんなクズの言葉なんか聞かなくていい」

「くら、うど……」

「あれがヘイル・スカーか。そうか、君はあんなクズと五年間も過ごしていたんだな……」


 クラウドは明らかに殺意を剥き出しでヘイルとサンドラを睨みつける。それは魔物すら一瞬で逃げ去るほどの迫力だ。守られている私ですら鳥肌が立ちそうなくらいだもの。その場にいた全員がクラウドの殺意に飲まれ、息すら止めてしまった。ヘイルなんか情けなくぶるぶる身体を震わせ、後ずさっている。


 そしてそんなクラウドと共に動いた人影が一つ。

 レインだ。レインが私を守るようにその小さな両手を広げ、ヘイル一行を真っ直ぐ見上げていた。


「クレアさんをいじめないでください……!!」


 レインの声は震えていた。それはそうよ。レインはずっとヘイルやサンドラに酷い扱いを受けていたのだ。恐らく、暴力も。

 怖いに決まってる。でも私のためにこの子は立ち向かってくれたのだ。


 そこで、気にくわないとばかりに眉を吊り上げたクロンが一歩前に出る。


「お前みたいなゴミクズがなにを偉そうにッ! 父さんは言っていたぞ、無能は周りにうつるものだってな! お前の無能が俺にうつる前に家を出て行ってくれてせいせいしたぞ、この恥知らずがッ!」

「にいさん……」

「お前らは無能だ! ゴミクズのお前も、父さんや母さんを虐めるそこの悪魔女も、ブルースカイ家は無能の集まりだ! 無能ごときがスカー家に楯突こうとするんじゃない──!!」

「ッ! レイン!! 危ない!」


 クロンが炎を纏った風の刃を放つ。その刃先はレインに向けられていた。私もクラウドもレインを守ろうと瞬時に動くけれど、その前に。




「ぼくのことはいい。でもッ! クレアさんを、ブルースカイけを、ばかに、するなぁ──ッ!!!!」




 一瞬だった。

 灰色だったレインの瞳が突如青い輝きを強く放った。同時に激しい雨がクロンを襲う。クロンの炎はその雨によって一瞬で消えた。

 私は唖然とする。だって私もクラウドも濡れていないから。クロンやヘイル、サンドラの頭上にだけ激しい大雨が降っているのだ。そんな不思議な雨も十数秒すればまた突然止んだではないか。

 

 その場にいた全員が沈黙する。今、何が起こったのか分からなかった。

 私はすぐに我に返り、レインを抱きしめる。


「レイン、怪我はない!?」

「は、はい……」


 今の出来事をレインすら理解できていないのだろう。瞳の色も灰色に戻っている。レインが無傷であることを確認し、私はほっと胸を撫でおろした。

 しかしその安心もつかの間。私はレインの身体が異常に熱いことに気づく。レインはそのまま泡をふいて、意識を失う。


「──レイン!? すごい熱だわ!」

「俺がレインを抱える! クレア、ここから一番近い病院へ案内できるか!?」


 そう冷静にクラウドがレインを抱えてくれた。それを確認した私はここから一番近いお医者様のところへ駆けだす。


「ね、ねぇ、ヘイル。今のって、魔法じゃないわよね?」

「は……はは、ははは! 気候を操るなんて高度な魔法をあのゴミクズが使えるわけないだろうサンドラ。ただのにわか雨だよ。ちっ! ずぶ濡れになってしまったな」

「…………」

「……おい、ぼぉっとしていないでついてこいクロン! お前はあの栄えあるウィザリィード魔法学園への入学を許可された“勇者”なんだ! 風邪をひく前に着替えるぞ! あのゴミクズ共は放っておけ」

「はい、父さん」


 道を曲がる途中。そんなヘイル一行のキイキイうるさい会話が最後に聞こえてきた。

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