7-2:王都へ
──王都、中央神殿にて。
王都の建物の中でも中央神殿は王城の次に巨大で、目立つ建物だ。純白に輝く柱や壁が眩しい。
ここでは貴族同士の婚姻や今回の私達のような養子縁組等を神の名の下に証明・管理する役目もあるのだ。
純白のフードマントを礼服の上に身に着けている職員達が慌ただしそうにあちこちを駆け回っている。
えっと……届を提出する窓口はどこだったかしら……。ここに来るのは久しぶりだから色々忘れてしまっているわね。
私が辺りを見渡してみるとレインがさっと指を指す。
「クレアさん! あそこです。“提出窓口”の文字があります!」
レインが指した場所にはレインの言う通りの看板が掲げられていた。レインは私が事前に教えた文字を覚えてくれていたようだ。前から思っていたのだけれど、この子はかなり頭がいいわ。
看板の横には届の種類ごとの窓口がズラリと並んでいる。
養子縁組届の窓口は……よかった、今は人も並んでいないみたい。あれならすぐに手続きも終わりそう。
私はさっそくその窓口へ向かおうとしたのだが、ふと足を止める。
邪魔にならないようにエントランスロビーの隅へ移動して、レインと視線を合わせた。レインは不思議そうに首を傾げる。
本当は今すぐにでも届を提出したいけれど、その前にやりたいことがあったのだ。
「レイン。今、私の手にはおじい様が揃えてくれた書類があるわ。その中にはヘイルとサンドラ、ひいてはスカー公爵家が正式にあなたの親権を手放すことを認める書類もある。これを提出したら、あなたはもう本当にスカー公爵家の人間ではなくなり、正式にブルースカイ家の人間になる」
「はい」
「これを提出する前に改めてあなたの意思を聞きたかったの。今ならまだやめることもできる。……レイン、」
名前を呼ぶとレインは灰色の大きな瞳をまっすぐ私に向けてきた。レインは私の聞きたいことを既に察しているようで真剣な表情だ。
「私はまだ母親としては未熟よ。もしかしたら今後あなたに色々と迷惑をかけてしまうかもしれない。喧嘩だってするかもしれないわ。……でも、あなたが独り立ちするまで絶対に守りたいという気持ちは本当だし、今後もその気持ちが変わったりしない。もしあなたが私との生活を選んでくれるのならば、あなたを幸せにしてみせるわ。だから、私と家族になってくれる?」
「…………、」
レインが黙って俯く。私は無意識に胸を抑え、彼を見守った。
そして再びレインが顔を上げた時、彼は微かに笑っていた。子供にしては少し大人びた笑顔だ。……レイン、いつの間にかこんな表情もできたのね。
「クレアさん。あなたは……“ゴミクズ”だったぼくにてをさしのべてくれました。祝福というすてきななまえもくれた。おいしいスープもつくってくれました」
「えぇ」
「ぼくは……。わがままかもしれないけれど……ぼくも、クレアさんのこどもになりたいです……ッ! ブルースカイけのいちいんとしてはじない、りっぱなにんげんになって、いつかこのごおんをおかえししたいです!!」
そう言って、今度はレインから私に手を差し出した。レインは一生懸命意思表示をしてくれたのだろう、肩を上下させていた。私はそんなレインの気持ちを受け取り、幸せを噛み締める。涙が出そうだった。「言ったでしょう? 家族に貸し借りはないのよ」と言いつつ、震える手でレインの小さな手を包む。
その時、優しく背中を叩かれた。クラウドだ。
「……行ってこい。俺はエントランスで待ってる」
私はそんなクラウドの言葉に頷き、レインと二人で窓口へ向かったのだった。
養子縁組の手続きは意外と簡単だ。書類の確認が終わると、職員が用意してくれた誓約魔法の魔法陣に私とレインの血を捧げるだけ。
針で指先をチクリと刺して、一滴だけ血を垂らす。すると魔法陣は純白に輝く。
そういえば、ヘイルと結婚した時もここでこの儀式をしたっけ。当時のヘイルの絶望したような表情は今でもはっきり覚えている。あの時はこんな不愛想な男が私の夫になるのかと新しい結婚生活に不安しかなかったけれど、今は違う。レインへの愛おしさが止まらない。レインとの生活が楽しみで仕方ない。
──『親がいないお前が立派な母親になれるわけないのにな!』
何度も思い出す、ヘイルの心無い言葉。
見てなさい、ヘイル。私は絶対にこの子を幸せにしてみせる。あなたの言葉なんて鼻で笑うことができるくらい立派な母親になってみせるんだから!
純白の魔法陣の輝きが消える。どうやら手続きが終わったようだ。これで正式にレインはスカー公爵家を捨て、ブルースカイ家の人間になった。
私は我慢できず、レインを力いっぱい抱きしめる。
「クレアさん?」
「レイン。私と家族になってくれて本当にありがとう。……ありがとう……! これからよろしくね」
「……はい!」
そうして私達はクラウドと合流し、神殿を出た。無事に届も受理されたことだし、今日はごちそうね!
今日はレインと、ここまで見守ってくれたクラウドの好きなものをいっぱい食べてもらおう。既に王都の美味しいレストランはいくつかピックアップしているのだ。
──そう、私が幸せに浸っていた時。
「おいおい、まさかこんなところで会うとはな、クレア! 奇遇じゃないか! ゴミクズも一緒か?」
──今、この世で最も聞きたくなかった誰かさん達とバッタリ曲がり角で鉢合わせてしまったのだった。




