1. 転移、そして
──気づいたとき、俺は死んでいた。
いや、もっと正確に言うなら、『死んだ直後に、謎の空間で目を覚ました』と言うべきだろうか。
目の前には、どこまでも広がる空。雲ひとつない、抜けるような蒼天。それ以外何もない。地面すら、あるようでない。自分がどこに立っているのかも分からない。
だが、なぜか落ちる気配はない。不思議と怖さはなかった。ただ、ぼんやりと「ああ、終わったんだな」と思った。
しかし──
「目覚めましたか、転移者さん」
どこからともなく、そんな声が響いた。
***
「あなたは現世での寿命を終えました。ええと……通り魔事件に巻き込まれて即死、ですね!」
世間話でもするような軽さで告げたこの銀髪の女性は、自らを『管理者』と名乗った。いわゆる女神的な何からしい。たっぷりとした布の白いローブに、年齢不詳の笑顔でこちらを見ている。
曰く、死んだ俺──藤咲港を、別の世界に転移させたいらしい。
「……転移、って?」
げんなりしながら尋ねると、彼女は少しだけ真面目な顔になった。本当に少しだけ。
「はい。このまま異世界にあなたを送り届けます。外見や年齢もそのまま。ただし、向こうの言語や常識には順応処理をかけてありますので、ご安心を」
「……異世界って、どんな? 何で俺が? 俺に何か、選ぶ権利はあるんですか? 行くとか行かないとか、そういう……」
「ありません!」
即答かよ。一つしか答えないし。
言ってることはめちゃくちゃだが、感情は不思議と平静だった。きっとこれは、死という非日常に対する現実感の欠如、なのだろうか。
「ただし、異世界で生き延びるにあたり、あなたにはひとつだけ強力な異能を付与します。その異能は、こちらで選定済みです」
そう言って、彼女は指をひとふりした。
《異能付与完了》
──《能力:異能無効化の無効化》を取得しました──
頭の中に直接、そんなシステム風の通知が流れ込んできた。
「……は?」
意味不明だった。これのどこが強力だ?長いし。というか、能力も決め打ちなのかよ。
「《異能無効化の無効化》? 何ですかこれ」
「そのままの意味です。範囲内の対象が所持する能力《異能無効化》の効果を、無効化します!」
死んでるのに頭が痛くなってきた。もっと分かりやすい、炎とか回復とか、そういうやつにしてくれ。
というか、意味を理解すればするほど、なおさら分からなくなる。これ、そもそも《異能無効化》持ちがいないと意味がないんじゃないか。
「なんでそんな限定的すぎる能力を……? それに、俺に合ってるって……どういう基準で?」
「これは、あなたにしか持てない異能だからです。他の誰でもなく、あなたが最もふさわしい。だから、選択ではなく『授与』とさせていただきました」
彼女の笑みは、どこか悲しげなものに変わっているように見えた。
「これから向かってもらう世界は、少しばかり特殊なのです。それでは……異世界での生を、どうか悔いなく」
言葉の意味を尋ねる間もなく、白い光がすべてを飲み込む。
──こうして俺は、《異能無効化の無効化》という謎スキルを抱え、異世界に一人放り出されたのだった。




