表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監獄へ追放された悪役令嬢、絶品料理で冷徹監獄長の最愛の人になる。  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話:痩せた大地を耕せ! 黄金のパンと希望の種


監獄島ヴェスペルの朝は、常に凍てつくような潮風と共にやってくる。

断崖の上に広がる中庭は、痩せた土に覆われ、まばらに生えた「灰色の雑草」が風に震えているだけだった。


「ひどい土壌ね。魔法で無理やり成長を早められたせいで、大地の滋養が完全に枯れ果てているわ」


セシルは中庭に立ち、土を指で掬い上げた。

その背後には、朝の赤い煮込みで活力を取り戻したヴェラと、心なしか足取りの軽いルドが控えている。


「お嬢様、この島で農業なんて無理だよ。昔から何を植えても、泥臭くて硬い野菜しか育たないんだ」


ルドが困ったように頭を掻く。

この世界の農業魔法は、効率だけを求めた結果、植物の「生命力」を無視して「質量」だけを増やす歪なものになっていた。


「それは魔法の使い方が間違っているだけよ。ルド、ヴェラ。海岸へ行って『海神の昆布』と、打ち上げられた魚の骨を集めてきなさい。それと、家畜小屋の堆肥も全部ここに運ぶのよ」


「……えっ、あたいにそんな汚い仕事をさせるのかい?」


ヴェラが顔をしかめるが、セシルは凛とした声で言い放った。


「美味しいものを食べるためよ。文句があるのかしら?」


「……ちっ、分かったよ。あんたに言われると逆らえないね」


ヴェラは不器用ながらも、鋭い身のこなしで海岸へと走り出した。


数時間後、中庭には生臭い山が積み上がった。

セシルはそこに両手をかざし、目を閉じる。


「魔導調合・発酵加速。大地の脈動と、海の生命を一つに」


彼女の指先から柔らかな緑色の光が溢れ、不浄の山を包み込んだ。

通常なら数ヶ月かかる発酵の工程を、セシルは精密な魔法操作で数分に凝縮していく。

やがて、ツンとした悪臭が消え、雨上がりの森のような、深く豊かな土の香りが立ち込めた。


「これが私の特製『魔導堆肥』よ。さあ、種を蒔きましょう」


セシルが用意したのは、王都では家畜の餌として扱われている「星屑麦」の種だ。

だが、この肥沃な土とセシルの魔法が組み合わされば、それは王族さえ口にしたことのない至高の食材へと変わる。


それから数週間。

監獄の囚人たちも、セシルの料理を食べる権利と引き換えに、進んで畑仕事を手伝うようになっていた。

泥まみれになりながら、自分たちが食べるものを育てる。

それは、絶望しかなかった囚人たちの目に、かつてない輝きを与えていた。


そしてついに、収穫の日が訪れた。

黄金色に輝く星屑麦を石臼で挽き、セシルはその粉に自ら育てた「月の酵母」を混ぜ合わせた。


厨房の窯から、香ばしく、どこか懐かしい香りが溢れ出す。


「焼き上がったわ」


セシルが取り出したのは、表面がパリッと黄金色に焼けた「全粒粉パン」だ。

そこへ、監獄長のアラリックが、視察の足を止めてやってきた。


「……これが、あの不毛の地で育った麦なのか」


アラリックの瞳に驚愕の色が宿る。

セシルは焼き立てのパンを大胆に手で割り、アラリック、ルド、そしてヴェラの前に置いた。


「さあ、何もつけずにそのまま召し上がれ」


ルドが一番にパンにかぶりついた。


「うわっ! 外側がカリッとしてて、中はびっくりするほどモチモチだ! 噛めば噛むほど、口の中に麦の甘さが広がっていくよ!」


「本当だね……。あたい、今までパンってのは、腹を膨らませるための乾いた塊だと思ってた。でもこれは、心が温かくなる味がする」


ヴェラも熱々のパンを頬張り、幸せそうに目を細めた。

最後に、アラリックがゆっくりとパンを口に運ぶ。


「…………。驚いたな。魔力パンのような虚無感がない。このパンには、大地の重みと、確かな生命力が宿っている」


アラリックは、パンの断面をじっと見つめた。

そこには、セシルの魔法によって栄養と魔力が完璧に乳化された、美しい気泡が並んでいる。


「これなら、どんなに過酷な任務にあっても、心が折れることはないだろう。セシル、君は監獄だけでなく、この島そのものを変えてしまったようだな」


「あら、私はただ、美味しいパンを食べたかっただけですわ」


セシルは澄ました顔で答えたが、その頬は窯の熱のせいか、わずかに赤らんでいた。

不毛の監獄島に、初めて自給自足のサイクルが生まれた瞬間だった。


だが、この「奇跡のパン」の噂は、風に乗って遠く王都まで届こうとしていた。

栄養を失い、飢えと倦怠に苦しむ貴族たちが、この島に目をつけないはずがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ