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監獄へ追放された悪役令嬢、絶品料理で冷徹監獄長の最愛の人になる。  作者: 月雅


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第2話:泥の中から生まれた琥珀色の奇跡


監獄の地下にある厨房は、湿ったカビの臭いと、煮え切らない生ゴミのような悪臭が充満していた。

調理台の上には、使い古されて黒ずんだ大鍋が転がり、隅には泥がついたままの岩宿カブが山積みにされている。


「……ひどいものね。ここは料理を作る場所ではなく、食材の墓場だわ」


セシルは鼻先を指で払い、煤けたエプロンを迷わず手に取った。

手枷を外された彼女の動きに、厨房の当番をしていた男囚たちが呆気にとられている。


「おい、新入りの女が何しに来たんだ? ここは俺たちのシマだぞ」


一人の大柄な男が詰め寄るが、セシルは一瞥もくれずに棚を漁り始めた。


「どいてちょうだい。私には時間がありませんの。ルド、あそこの木箱に捨てられている『鱗鶏の骨』と、萎びた『月光ハーブ』を持ってきなさい」


「えっ、あ、ああ! 分かった!」


看守であるはずのルドが、なぜか従順に動き回る。

セシルは泥だらけの岩宿カブを手に取ると、ナイフでその皮を厚く剥き、芯の部分を丁寧に刻んだ。

通常、このカブは魔法で無理やり肥大化させているため、芯に苦味が凝縮されている。

だが、セシルはそれを捨てなかった。


「魔導調合、開始。不純物を光に、苦味を力に」


セシルの指先が、透き通った青い光を放つ。

彼女が鍋に魔法を込めると、煮え立ち始めた水の中で、野菜のクズや鶏の骨から茶褐色の灰汁が恐ろしい勢いで浮き上がってきた。

それが彼女の特殊能力。

食材の奥深くに眠る「物質的な栄養」を破壊することなく、蓄積された「毒素」だけを魔力の粒子に吸着させて除去する技法だ。


やがて、厨房の中に変化が訪れる。

それまでの生臭い悪臭が消え、代わりに、心に深く染み渡るような芳醇な香りが立ち上った。

じっくりと焼いた肉の脂の甘みと、大地を凝縮したような野菜の香りが、湯気と共に広がっていく。


「なんだ、この匂い……。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような……」


ルドが鼻をひくつかせ、うっとりと目を細めた。

その香りに誘われるように、廊下から別の看守たちも顔を出し始める。


「おい、地下で何が起きてるんだ? 厨房で火事か?」


やってきたのは、ベテラン看守のガストンだった。

彼は常に気難しく、新人を怒鳴り散らすことで有名な男だが、今の彼は獲物を見つけた獣のような顔で鍋を凝視している。


「いいえ、火事ではありませんわ。命の洗濯をしていただけです」


セシルは琥珀色に透き通った液体を、木製のカップに注いだ。

一滴の濁りもない。

まるで宝石を溶かしたような、完璧な「魔導スープ」の完成だ。


「さあ、冷めないうちに召し上がれ」


差し出されたカップを、ルドが震える手で受け取った。

彼はまず、鼻先を近づけて深く息を吸い込む。

それだけで、一週間続いていた頭の重さが、スッと引いていくのを感じた。


ルドは意を決して、スープを一口、口に含んだ。


「――っ!?」


言葉にならなかった。

舌の上に乗せた瞬間、濃厚な旨味が爆発した。

鱗鶏から抽出された野性味溢れるコクが、岩宿カブの優しい甘みと溶け合い、喉を通るたびに体温が一段階ずつ上がっていくような感覚。

魔法の板である魔力パンを食べていた時には決して得られなかった、「生きている」という実感。


「熱い……。お腹の底から、力が湧いてくる。オイラ、今までこんなに美味いもの、食べたことないよ!」


ルドは夢中で二口目、三口目と飲み進める。

一滴たりとも残したくない。

彼は最後の一滴を飲み干すと、空になったカップを見つめて、ポツリと涙を零した。


「……生きてる。オイラ、生きてるんだって感じがするんだ」


それを見ていたベテランのガストンも、たまらずセシルからカップを奪い取るようにしてスープを啜った。


「ば、馬鹿な……。これはただの岩宿カブだろう!? なぜこんなに喉越しが滑らかで、滋味深いんだ。それに、このハーブの爽やかな抜け感……。俺の節々の痛みが、消えていくようだぞ」


「当然ですわ。月光ハーブは、魔法で毒素を抜くことで最高の鎮静薬になるのです。あなたたちの体は、魔力パンという名の『燃料』に頼りすぎて、ボロボロだったのよ」


セシルは誇らしげに胸を張った。

彼女の魔導調合によって乳化された栄養素は、今、二人の細胞の隅々まで行き渡り、枯れ果てていた生命力を呼び覚ましている。


「お、おい……俺たちにも、その魔法のスープを飲ませてくれ!」


厨房の当番をしていた男囚たちまでもが、よだれを垂らしながら身を乗り出す。

セシルはふっと口角を上げた。


「いいでしょう。ただし、私のキッチンに立つ以上、不潔なのは許しません。まずはその煤けた顔を洗ってきなさいな。話はそれからですわ」


その夜、監獄の最下層から、かつてない活気と笑い声が漏れ聞こえてきた。

不味い飯に絶望していた男たちが、一椀のスープに魂を救われている。


だが、その騒ぎを聞きつけた一人の男が、階段を降りてきた。

冷徹な眼差しと、顔に刻まれた一筋の傷。

監獄長、アラリック・フォン・アイゼンハルトである。


「囚人を外に出し、厨房で何をしている。答えろ」


彼の声は、氷の刃のように冷たかった。


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