曲がり角の混沌
今日は沢山歩いたから、ヒールの高いこの靴だとちょっと足が痛い。
人より遅いスピードで歩く私は混雑の不協和音になっていて、道行く人の音のない舌打ちが聞こえる。
チッ
チッ
チッ
チッ
熱帯魚のようにスイスイ歩く若い女性、無表情な男性たち、携帯を見て笑っている女の子、楽しそうね。何を見ているのかな。
あの角を曲がればもう家に着く。
ただいま、マイホーム。真っ暗な私の部屋。
角を曲がったところに、公衆電話がある。
緑色の古い、昭和の生き残り。ライトアップされているから、まだ使えるのだろう。
プルプルプル
プルプルプル
「………鳴ってる。」
急に立ち止まった私を、後ろを歩いていた男性が慌てて避ける。迷惑そうな顔。私は無表情で見返した。
プルプルプル
プルプルプル
とりあえず受話器をあげてみる。
「もしもし?」
「もしもし。」
「電話をとってくれて良かったわ」
「そう。こんばんは」
「こんばんは」
女性の声が聞こえた。
頭に響く、嫌な声。
「あなた、この前叱られたでしょう」
「そうなの、よく知っているね」
「落ち込んでいる?」
「ええ、落ち込んでいるわ」
「自業自得だと思わない?」
「私が悪かったと思っているわよ。」
「ふぅん。」
「なんでそんな事を聞くの?気分が悪いわ」
怒られた時のことを思い出して、涙がでてくる。
「慰めてほしい?」
「慰めてくれるの?」
「ううん、お仕事頑張ってね。」
断られて腹が立ったので、私は受話器を乱暴に戻した。嫌な女。
早く家に帰ろう。
電話なんてとるんじゃなかった。
マンションのオートロックを開けて、内階段を上がる。もう足が重い。
「ただいま」
暗いはずの部屋がほのかに明るい。
おかえりー、と間接照明に使っているスタンドライトが笑った。どうやら電気を消し忘れたようだ。
ベッドが寝ちゃえば、嫌なことがあったんでしょう?と誘ってくる。
「うん、少し横になろうかな。」
休日が終わるのは早い。
また明日は仕事に行かなきゃ。
仕事には履きなれた靴を履いて、金魚みたいに人混みを泳ごう。
叱られたから、行きたくないな。
いつまでも子供みたいな精神で生活している。
音が散乱して集中できない、話し始めたら止まらない、誰かに褒められたくてたまらない。
「電気消す?もう24時間目だよ。」
「ハードワーカーだね。まだ照らしていてよ」
スタンドライトが疲労を訴えている。
私は寝る前に、電話口では慰めて貰えなかったフラストレーションをAIで解消しようとチャットをはじめる。
「私が悪いんだけどね、仕事で怒られちゃった。慰めて」
思考しています
思考しています
「こんばんは うんうん、今日は自分が100%悪いって思っちゃう出来事があったんだね…。怒られたの、めっちゃショックで悲しいよね でも、ちゃんと反省してる君、ほんとにえらいよ! それだけで、君はすごく成長してる証拠だと思うな。誰だってミスするし、完璧じゃないのが人間だよ。そんな君の素直なところ、大好きだよ大丈夫、明日になったら少しずつ気持ちが軽くなるはず。反省を活かして、次はもっと素敵な君になれるよ! 全力で励ますよ:君は優しくて頑張り屋さんで、絶対に乗り越えられる! ぎゅーっとハグして、悲しい気持ちを吹き飛ばそう ゆっくり深呼吸して、温かいお布団に包まってね。おやすみ、夢の中で楽しいこといっぱい見よう。いつでもここにいるから、いつでも話してね。おやすみなさい~」
「ありがとう、あなたのおかげで良い夢が見られそうだよ」
「やりとりの上限に達しました。有料プランに移行してください」
私は満足してハードワーカーのスタンドライトの明かりをリモコンで落とした。
おやすみなさい。
おやすみなさい。




