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I hope your enjoy!!

カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中で、不健康な白光がその人物の半身を照らし出していた。


「……そう、そうだ。」


崩れてはいるものの髪は手入れがされており、ひげや眉毛にも必要なケアがされている少し痩せ型の男性。社交性を含むその顔は疲労に歪みながらも液晶板の光に期待を乗せて瞳で反射させている。


「良いぞぉ、よく言った。絶対に飛び降りなんて許すなよ。」


ぶつぶつと細かに開かれる口は、意図して発しているというよりも、浮いた歯が悪さをしているように感じる。


「ここで、そう!万年筆!!持ってる、持ってるよ俺!」


安っぽいゲーミングチェアから勢いよく男は立ち上がり興奮を顕に唾を飛ばして画面に食い入る。


「…………ッ。」


画面のなかでは柵の向こう側で顔をうつ向ける少女に、色白の手が差し伸べられていた。


『はぁ〜、ここまでするなんてアンタ私の事好きなの?』


泣き腫らし、赤を彩った瞳を緩ませて少女は問を投げかける。


『▷あぁ、好きだよ。

  ずっと前から愛してる。』


2択の選択肢が画面に表示されるが、男はそのどちらを選ぶでもなく、ただ黙して画面を見つめている。その後ろでは薄くなった少女が表情を変えることなく佇む。


『……。』


本来であるならば


『ねぇ、なんで答えてくんないのよ?』


「きっ、来た!!キタキタキタ!!読み通りだよこの野郎!!」


画面に表示された2択が粒子のように消えて、始めて少女の一枚絵が画面に現れる。


『は〜ぁ、うざっ。全部お見通しってこと?』


口ぶりとは裏腹に少女は口端を歪めてため息をつく。


『▷戻ってきたら教える。』


震える指でコントローラのボタンが押し込まれれば、一瞬の沈黙の内少女が勢いよく動く。


『……。』


『▷……。』


画面内から消えた少女は声を発さず、主人公もまた沈黙しか選べない。


『……ほんっと、敵わないわ。アンタには。』


「ッ、しゃあ!!」


少女は柵の内側で、イタズラっぽい笑みを浮かべて主人公を抱き寄せる。


『アタシみたいなのの何が良いんだか。後輩ちゃんも生徒会長もお嬢様もみーんな振ったんでしょ?この女たらし。』


責め立てる口調で胸元を顔を埋める少女はその真意を隠し立てる。


『▷好きなのは、柳さんだけだったから。』


しかし、ソレを包んで或いは暴くように主人公は言葉を綴った。


『ッ……ぐすっ。』


少女は一度だけ、ぐっと指先に力を入れる。


『……ん。』


『!?』


そうして、その柔らかな唇が押し付けられる。


『そういう時くらいは、下の名前で呼べっての。』


頬を赤く染める少女は笑顔で悪態をついた。


『柳愛花 TrueEnd』


黒背景にデカデカと映し出された白文字。次第にそれは細かな文字群に攫われていつしかエンドロールへと姿を変える。それを知覚した頃には腰が抜けてしまい、再びゲーミングチェアに揺られていた。


『トロフィー「愛」を獲得しました。獲得条件:「Girls Communication」の全てのエンディングをクリアする。』


「はぁ〜〜〜、やっとクリアできたぁ。」


燃えるような激動が過ぎて、ついぞ実感が指先にまで行き届いた。


「プレイ時間250、過去一沼ったなぁこのゲーム。」


セーブデータを保存。それだけのコマンドを終えた頃には様々な感慨が溢れ出す。


「あ〜〜疲れた。」


特に柳愛花は別格だった。始めて2択を選んだ時に笑顔で飛び降りられたのはトマウマ物だ。


「……さてと、んじゃまビジネスの時間か。」


床に落ちていたペットボトルを拾い上げて、中に残った緑茶を一気に流し込む。微妙に冴えた頭でノートパソコンを起動し、SNSアプリを開く。


『Girls Communication完全攻略情報』


慣れた手つきでキーボードを叩けば、数分と経たない内に一通のメールが届いた。


『8000』


本文もなく、数字だけが添えられたメールには英数字の羅列が付け加えられていた。


「まじ?太っ腹だなぁ。」


英数字の羅列を別のサイトに打ち込めば、現金にして8000円分のポイントがアカウントに贈呈されていた。それをしかと確認した後にショーメールに手の加えたチャートを乗せて送信する。


「運営が公での攻略方法の開示を禁止してるからなぁ。相当儲かる予感。」


あくまでも「公」であって、先の取引は友人間とのもの。顔も名前も知らない初対面だが、それでも友人だ。加えて良くは分からないが8000円を偶然拾った。


「……みんな、相当好きなんだろうなぁ。」


そんな言い訳じみた弁明を口ずさむ間にも次々と通知がノートパソコンに訪れる。そのどれもがなかなかに高額であり、ゲーム本体の値段を超えているものも少なくない。


「はーぁ、いつからこんなんになったんだ。俺。」


時折、こんな生活をしている自分をひどく惨めに感じる。大した夢もないまま、興味のない会社に入り、空いた時間を使っては高難易度ギャルゲーを遊びふける。そうして、グレーなゾーンで得た情報と引き換えに小遣いを稼ぎまた別のゲームを攻略する。なんとも停滞した人生だ。


「恋愛なんてしたことねぇのにな。友達の好きとどう違うっていうんだよ。」


ボヤきついでに金は貯まっていく。特段価格設定はしていないが大体6〜9前後で示し合わせたように収まっている。どこぞで相場が決まっているんだろうか。


「ん?なんだこれ?」


次々に開かれていくメールはどれも無機質な数字だけであったが、今回画面に映り込んだのはもっと複雑かつ、機能性のある文字列。


「URL?」


怪しいとは思いつつも、すでにクリックをしてしまった。流れ作業を意識していたから、躊躇いを用意できていなかったのだ。


「ゲームのページだ。良かった、変なのじゃなくて。」


映し出されたのは全く知らないゲームのホームページ。しかし、この雰囲気は良く知っている。


「Loves Silver Bullet、ねぇ。」


表紙に写る何人かの少女と、どこか薄暗さを感じるテイスト。間違いなくこのソフトはギャルゲーだろう。それも、一つ間違えればバットエンド待ったなしで複雑な条件をクリアしなければいけない鬼畜性も併せ持つ。


「評価なし?結構作り込まれてそうなのに、ユーザーいないのか?ってか無料だし。」


詐欺やウイルスのページかとも思ったが、特段怪しい点は見つからない。本当に何の変哲もないただのゲームページだ。


「あっやしぃ〜。やめとくか?」


口ではそう出してみたものの、正直にいえば心はだいぶ傾いている。直近のものはクリアしてしまったし、また生きがいを探すのは時間がかかる。なにより、今までの経験が囁くのだ。これは、最上級の毒だと。


「無料だし、お試しでやればいいっか。」


好奇心にかなわず購入を選択すれば、一拍置いて画面には文字が現れるはずだ。


『I hope your enjoy!!』


「え?購入完了じゃない?」


そう呟いたが最後、糸を切り離したように意識をブツりと失った。





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