春のまどろみの中で―雪都の呟き
初めてあの子を見た時、なんてかわいらしい子なんだろうと、頬が緩んだ。
小さな手足を一生懸命に動かし、先を行く俺と羽瑠に追いつこうと頑張っている姿・・・。
『羽瑠兄、ゆき兄!!』
と呼ばれ苦笑しながら追いつくのを待っていたのを覚えている。
家の都合で引越し、なんとなく入った大学で羽瑠と再会、そうしてあのアパートで秋葵を見つけた時、俺は恋に落ちた。
けして美人ではないけれど愛くるしい顔は、幼少の頃のまま。
まっすぐな視線を向けられ、今までのどんな女にも感じなかった感情が公になった。
あぁ、俺は幼い頃からこの子に夢中だったのだと思った。
だからあの日、強引に同居を申し出たのだ。当然断られると思っていたのに秋葵は
『・・・しょうがないな、良いですよ』
と了承した。
朝がめっぽう弱い俺を、根気強く起こしに来る秋葵に、もうたまらない。
我慢も限界に達し、あの日とうとう寝ぼけてるのをいいことにキスしてしまったのだ。
しかし、逃げ出されて後悔した。
自分がいい加減である事をいいように使い、秋葵に甘えていたのが災いしたのか・・・。
秋葵の側で、まったりと出来れば良いと思っていたのに、それだけでは我慢が出来なくて、あの無垢な素肌を物にしようとしたのがいけなかったのか。
いやいや、気持ちを告げなかったのがいけなかったのだ。
でも、だって秋葵は俺の親友で悪友の羽瑠の事が好きなのだ。
側にいればわかる事で。
そんな羽瑠の前に姫野、と言う男が現れた事で俺のバランスが崩れた。
秋葵の羽瑠への独占欲をいたるところで目の当たりにしてしまい、ホントにもう限界だった。
早まった行動に出てしまったのは羽瑠と姫野のせい!!
そんな自己中な考えの中、羽瑠にさんざん管を巻くと、
「早く告白すればいいだろうに・・・」
と呆れられた。
わかりきっていた言葉。
小さなプライド(そんな大層な物ではないけれど)が崩れて行く音がした。
だけど、だけれど俺なりに秋葵を大事にしてきて、そんな相手にあんな無体な事をしでかして傷つけて、今更どんな顔をすればいいのかわからなくて・・・。
逃げ出した秋葵を捕まえる事が出来なかった。
泥酔状態で秋葵がいるであろう家に帰り、リビングを見る事もなく自室に入ったのは夜中の3時を過ぎていたと思う。
まさかあんな事をしでかした俺に夕食が準備されているはずはないと思い込んでいたのだ。
何時ものようにアラームが鳴るけれど、やっぱり秋季は俺を起こしには来てくれなくて、寝付けなかった俺は、玄関が静かに閉まるのを聞いた。
そろりとベッドから降り、溜息と共にリビングに出ると机の上に五目チャーハンがあった。
どう見ても、多分俺の為の食事。
嬉しさと罪悪感に、不思議な感覚を味わいながら五目チャーハンを口にした。
翌日バイトが終わり、そろそろ帰って来る頃になっても秋葵が姿を見せなくてやきもきしていた俺の携帯が着信を告げる。
液晶を確認し羽瑠だとわかると、イライラしながら通話を押した。
そんな俺の苛立ちを知ってか知らずか、羽瑠は開口一番にこんなことを言ったのだ。
『お前なにしてんの?』
いらっとし、返答する声が荒くなる。
「あ?!何が」
しかし、羽瑠は携帯の向こう側で、くすくすと笑う。
余計に苛立ちを募らせた俺が終了を告げ、通話を切ろうとした時、とんでも無い事を言ったのだ。
『秋葵ならここにいるよ。あんまり可愛いから、食っちまおうと思うんだけど』
くつくつと笑いを含んだ声に、何かがぶち切れる音を聞いた。
携帯を投げ捨て家を飛び出し、羽瑠のマンションにたどり着く。
オートロックの煩わしさに苛立ちを更に募らせ、エレベーターに乗った。
部屋のチャイムを鳴らしても返答が無い事にあせりを感じ、手荒くノックをし扉が開いた時の羽瑠の笑顔は今でも忘れられない。
秋葵の無事を確認した時の俺の安堵は誰にもわからないだろう。
「雪都さん、痛い」
思った以上に力が入っていたのだろう。秋葵の抗議の声ではっと我に返った。
中庭の大きな桜が見ごろを迎えている。
「大丈夫ですか?怖い顔してますよ」
思い出してしまった過去にこわばってしまったのだろう顔を笑顔にする。
「ごめん、なんでもないよ」
俺の優しい声に秋葵は安堵する様に笑った。
まぁ、羽瑠にはほんとにむかついたけど、今こうして秋葵を自分の物に出来、幸せな一時を満喫できているのだから、よしとするしかない。
仕返しは、後日たっぷりとする事にして、今は腕の中にいる秋葵をたっぷりと味わう事に決めた俺は、その小さな唇に自分の其れを宛がった――――――。
END
古木の下で・・・
これで完結です。
読んで下さった方、如何でしたでしょうか?
少しでも満足して頂けたら光栄です。
次の作品も覗いて頂けたら幸いです・・・




