筆頭侯爵ベルオット談 ①
私は領地の屋敷にある“王女殿下の肖像画”を眺める。
ここには王都の屋敷より、たくさんの王女の絵が納められていて、いつでも観れるように常に整えられている。
しかし、今ではここに頻繁に訪れるのは私ぐらいだろう。
王女は私の祖母にあたるが、私は彼女の事を祖母と思ったことはない。何故なら彼女は私が産まれる前には故人だったし、何より彼女の絵は全部、彼女が16歳で嫁してきた時の姿ばかりで、どれも少女のように若い。だから祖母と見れるわけが無かった。
私の名は彼女の名前を基に付けられているから、小さい頃から、
「これがお祖母様だよ」と教えられてきたが、
「こんなに若いのに?」と思ったものだ。
少し歳を重ねたらお祖母様の若い頃だったのかと分かるようになったが、やはり祖母と見ることはできなかった。
その理由は年頃になって分かってきた。
私は絵の中の彼女に恋をしていたのだと。
祖父は“絶世の美女”だと謳われた王女のことを、とても愛していたのだろう。ここの絵画の半分以上は彼女が亡くなった後に描かれたのだという。
王女は父しか子供を産まなかった。
彼女の出産はとても長引き、難産だったらしい。
彼女が途中であわや息絶えるかというところで、妹の聖女様が駆け付け、母体も赤ん坊も命を取り留めたらしい。
本来は聖女様が駆け付けるのは王族くらいだが、仲の良かった姉が危ないと聞いて急ぎ駆け付けてきて下さったのだという。
それでも王女は完全回復とはいかなかったようだ。父が10歳になる前に故人となられたのだ。
まだ20代の美しい盛りでらっしゃったという。
祖父はしばらく塞ぎ込み、再起不能かと思われたが、ある日、若い画家達の後援を始め、王女の絵画を残し始めたのだという。
父は残念ながら祖父にそっくりだったから、父が結婚し私が産まれた時、私の持っている色を見て祖父は歓喜したそうだ。
しかし私の足の間にある物を見て、同時にガッカリもしたそうだ。
王女は祖父そっくりの息子を愛していたそうだが、祖父は本当は王女そっくりの娘が欲しかったらしい。
その願いも叶わず父の子も全員が男だった。
しかし祖父は最後に末っ子の名を“ベルモント”と名付けてこの世を去った。最後は眠るように亡くなったので、きっと王女が迎えに来てくれたのだろう。穏やかな死に顔だった。
私は色は王女を受け継いだが、顔はどちらかと言うと母に似ていたと思う。全ての容姿を受け継いだのは最後に祖父が名付けたベルモントだった。彼も時が経つにつれ王女の再来であるかのように美しく成長していった。
王女が初恋であった私は、長いこと弟に執着してしまった。
当然、弟は反発し私のことを蛇蝎のように嫌うようになっていった。それでも私は執着を止めることができなかった。
彼が結婚したいと言うまでは。
弟が連れて来た令嬢は弟とは別で有名な少女だった。
確か彼女の父も妖精のように美しいと謳われた子爵令息だったはずだ。彼の社交時期は一瞬だった為、私は全く接点がなかったが、令嬢を見て「なるほど」と思わずにはいられなかった。
しかも彼女の母親は私が初めて母に連れられお茶会デビューした時にいた、美しい伯爵令嬢だったのだ。
私がオリベル王女以外に初めて美しいと思った令嬢だったかもしれない。容姿だけでなく所作や礼儀まで完璧で、後に“鉄壁の淑女”と呼ばれており令嬢の間では羨望の的である方なのだと聞いた。
私の様子にベルモントが勝ち誇った顔で私を見ていた。
確かに文句が無い。
ベルモントはこの先、面倒な社交は一切せず子爵領から出るつもりはないようだ。
だったら私もそれに協力しよう。
子爵領はこれまで目立たず静かな領地だったのに、両親と本人達のせいで目立ってしまっていた。
だから今後は不用意に誰かが子爵領に接触しないように筆頭侯爵家が盾になればいい。
子爵家もそれに異論は無いようだった。
ベルモントが結婚し立て続けに3人の子供が産まれた。
まさか年子でもうけるとは。
子爵領とはベルにとって暇過ぎる環境なのではないか?と思ったが、会いに行くと、どの子もとても妖精のように人間離れした美しい子たちだった。
特に3番目のマリベルはオリベル王女を彷彿とさせる娘であった。
子爵家の子供達に私だけではなく3人の息子達も虜になった。
元々「妹が欲しい」とずっと言っていたのだ。
それから暇さえあれば子爵領に通う程になっていた。
子爵領には侯爵家から信頼のおける警護の騎士を送りこんだ。
そして神殿には子爵領の森に棲まう野生馬を理由に女性の騎士の派遣を依頼した。数が少ないとごねられたが多額の寄付を約束すると大人しくなった。
息子達の教育が終われば同じ教師も送ってやろう。
私は子爵家の為にできることは何でもした。
それからまた2人、子供が増えたが2人とも、また美しく裏切らない子達だった。
最終的に5人か?と思ってベルに聞いてみたら、彼は照れた様子で「流石に…」と言葉を濁らせた。
初めて見た弟の照れた仕草に「ご馳走様」と思ってしまったのは仕方ないだろう。




