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王族とは、とても罪作りな存在だ。
王弟殿下の兄である今の国王陛下もそうだった。
彼はもう婚約があと一歩で決まるという公爵令嬢がいたにも関わらず、親善に訪れた先の13歳だった北の隣国の王女にせがまれて結婚の約束をしてしまったのだ。
たかが子供との口約束と考えたのかもしれないが、王子と王女であれば国家間の約束だ。王女が父王に報告してしまえば公約になる。王女が成人の15歳になれば嫁ぐことが直ぐに決まった。
王家は正式な婚約前で良かったと安堵した。
しかし婚約予定だった公爵令嬢は失意のあまり世俗を離れ、神殿に入り神官になってしまった。
その後、王女が嫁いできたのは良かったが、王女が幼過ぎると、また彼の余計な配慮のせいで5年、子供ができなかった。
それがどういう事になるのか彼は、どこまでも先の考えが及ばない人物だったのだろう。
側妃に選ばれたのは、神官になってしまった元婚約者候補の妹だった。
公爵は王家に妃を出すことが悲願だった。公爵でありながら落ちぶれた名を回復させたかったのだ。
それ故、公爵は卑怯にも娘の恋人が他の王族の公務で王都を離れるよう仕組み、その間に娘を王室に入れたのだ。
彼が戻って来た時には、時すでに遅しだった。
僕の父はその時、まだ小侯爵だったが恐ろしい程の怒りを爆発させ、侯爵であった父(僕の祖父)を領地に蟄居させた。
そして自分が侯爵になるやいなや公爵を陥入れ没落寸前にまで追い込み、王家にまで手を出そうという時になって、初めて王家が動いた。
王家は愚かにも恋人であった3番目の叔父に父への取りなしを頼んだのだった。
叔父はまだ近衛騎士で王族の命令を拒めない立場であった。
3番目の叔父は涙ながらに父に乞うた。
「愛する人の実家を潰さないでくれ」
それは彼女の嫁ぎ先でもある王家にも手を出さないでくれと頼むも同然であった。
父も叔父に土下座して謝ったそうだ。
「愚かな父と兄が、お前の恋人が差し出されるのを未然に防ぐことができなかった。本当に済まない」と。
公爵家も代替わりし長女が爵位を継いだが、没落寸前の状況に分不相応と大部分の領地を返上し伯爵家に身を落とした。
そして自分も父を止めることができなかったと叔父に詫びた。
それで父の怒りは一時止んだように見えた。
大臣の後妻もそうやって、王家に振り回された1人だったのだ。
妻は今ではすっかり継母の事を許し、一緒にお茶を飲むまで仲良くなっている。
大臣も一体あれは何だったのか?と思うほど、今は穏やかな時間が流れている。
妻に言わせると、後妻は「自分があまり美しくないから聖女様に王弟を奪われたのだと思った。また生まれつき美しく身分の高い継子に嫉妬した。だから息子を産んだことを機会に、侯爵家を乗っ取ってやれば、その鬱憤が晴れるのではないか」と思ったのだそうだ。
だが僕が婿に入ると聞いた時、全てが終わったと覚悟を決めたのだと言われたそうだ。
ビアンカはそんな継母を許して今後は一緒に侯爵家を盛り立てていくのだと、そう僕に言った。
僕は「よく過去のことを許せるね」と言ったら、彼女は、
「私も聖女候補になる前なら、どんな事情があっても自分を陥入れようとした人間を許さなかっただろうと思う。でも今は許すことがお互いに前に進むことだと分かるから」と言って笑った。
彼女も聖女候補となって色々学んだらしい。
彼女や大臣が許せるなら僕が口を挟む事ではない。
それに誰も不幸にならず一緒に幸せになる道があるのなら、それが一番だ。
父はあれから丸くなったようで、そうでもない。だが王太子妃の事は気に入っているそうだ。
オリベル王女の肖像画まで見せたというのだから驚きだ。
そして父は次兄と僕が結婚したのを見届けて引退した。
今は王家が子爵家兄妹に振り回されている様子を面白そうに傍観している。
時々、母の趣味に協力したりして楽しんでいる。
僕はずっと不思議に思っていたことがあって、長兄に聞いた事がある。
「父上は何で母上を選んだんだろう?」母上は美人であると思うが、中堅の伯爵家出だし、ものすごい取り柄がある訳でもない。
それに父はどんな女性も選り取りみどりだと言われるぐらい、モテたそうだ。
すると長兄は「以前、父に妻を選ぶ時のアドバイスを聞いたことがある。その時に父は、お前は侯爵家の後継だから、あまり妻や家族には構ってやれないだろう?だから妻には夫以外の楽しみを持てる人を選ぶといい」と言われたんだと。
そう言えば兄の妻で義姉も、母とよく似ている。納得だ。
2人の婦人達は今はリリベルに夢中だ。“水色”は真面目でつまんないのだそうだ。
いつも面白い話題をもたらすのは“緑色”らしい。
また新しい指令が来たのだという。
2人で楽しそうに盛り上がっている。
次の犠牲は次兄か。
僕は妻の懐妊報告に実家に来ていたが、僕に飛び火する前に早々に退散する事にした。




