53
僕は次の日、公爵令嬢のサロンを訪れた。令嬢は「妹さんは元気にしてた?」と聞いてきた。
「はい。彼と共に隣国に渡航することを決めたようです。籍はその前に入れて、挙式は向こうで簡単にすると言っていました」
「そう」令嬢が返事をすると同時に「僕も、もう殿下から離れてもいいでしょうか?僕もきっとお2人には何の役にも立たないでしょうから」と言った。
僕はもう王族に関わるのは嫌だった。
こんな陰謀まみれの世界なんて僕が渡っていけるはずがない。
しかし令嬢は「私はあなたの事は嫌いじゃないわ。むしろ好感を持っている。他の令嬢からも友達として好かれているしね。居てもらって困らないわ」
「僕がもうダメなんです。心がついていけない」令嬢の言葉に直ぐ応える。
きっと意気地なしと言われるだろうか?それとも…と考えていると、令嬢から予想外のことを言われた。
「あなた、誰がこれまであなたを側に置いて守ってきたと思っているの?殿下と私でしょ?あなたが私達から離れた途端、あなたを狙う猛獣に、あっという間に仕留められるわよ」
「あなたが社交界の荒波を渡れないことぐらい分かっているわ。でもあなたには利用価値がある。黙って私達に使われていなさい。それが一番安全よ」
僕は以前、寮の同室の男爵令息が「殿下達が守って下さっているんじゃないかな?」と言っていたのを思い出した。
僕の選択肢は始めから殿下一択だったのだ。
学院を卒業し僕は子爵家の実家には帰らず、そのまま王都に残り王太子殿下の侍従になった。見習いからだけど、騎士家の彼も一緒だから心強い。彼はライオット卿と殿下の日課の鍛錬にも加わっている。
実家から、これまでのことについてまとめて返事が来た。僕のことは「頑張れ子爵家は心配するな。だがマリベルには心配かけるな」だ。
ララベルのことは「あの子は恋愛をしに学院に行ったのだから目標達成だ」だった。父らしい内容だった。
王都に来てから僕のあだ名はずっと“ベル”だったが、これは父や母の呼び名だ。僕は家では紛らわしいから“ルト”と呼ばれていた。
だからこれからは“ルト”と呼んで欲しいと皆に言った。今は“ルト”が定着している。
そして更に1年経って、マリベルが聖女になるかもしれないと噂が入った。ん?聖女の侍女だったはずでは?
でも、あの子はずっと信心深いお祖母様っ子だった。納得だな。きっと選ばれたなら立派に聖女を務めることだろうと思っていると、王太子殿下からの至急のお呼び出しだ。
急いで行ってみると婚約者令嬢と令嬢の親戚の侯爵家の者もいた。一体何の場か?と思って頭を下げていると、殿下が「この度、君の伯爵への陞爵が決まったよ。君の侍従としての頑張りが認められたのと、君の妹のマリベル嬢が聖女に決まった事に対する子爵家への褒賞だ。それに伴い君には、こちらにいる侯爵家の令嬢を娶ってもらう」
えっ!情報量が多過ぎて何のことか、さっぱり分からなかった。僕は助けを求めて令嬢を見る。
「殿下、あまりにいっぺんに言うなんて、ルトは何のことか分からなかったようですわよ」
さすが令嬢。僕の処理能力を解っている。「ああそうか、まあいいや、取りあえずこれにサインだルト!」令嬢も横の侯爵も亜然と殿下を見る。
でも僕の選択肢はいつも殿下1択だ。殿下と令嬢の言う通りにすれば一番安心だ。
僕は迷わずサインをして礼を取った。




