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数日後、僕はララベルの体調の回復を聞いて伯爵令息の実家を訪問した。僕が伯爵邸に着くと屋敷の入口の前で令息当人が出迎えてくれた。僕は軽く挨拶をする。
マリベルはショックと令息に対する怒りの手紙を送って来ていたが、実家からはまだ何もない。多分、王都から遠いので妊娠の一報もまだ届いていないのかもしれない。
僕達が学院に在学中の間は伯父の侯爵家が長期休みの間など面倒をみてくれていたが、その侯爵家も沈黙を保っている。
僕は令息に何を言いたいのか、まだ気持ちがまとまっていない。ただララベルには貴族令嬢であるのに、何て安易なことをしたのだろうかと思う気持ちが強い。
しかし、どれもララベルを殿下の周りから排除するために僕達がやったことなのだ。一方的にララベルを責めるのも違うと僕の良心が言っている。
室内に通されると彼の両親も中で出迎えてくれた。僕は彼らにも挨拶をする。僕より身分が上の人達だ。彼らは僕を見て「まあ兄妹揃って美しいのね」と感嘆の声を漏らす。
「顔はそんなに似ているわけじゃないけど金髪も瞳の色も一緒ね。ララベルちゃんはクララベル様だけど、ベルトルト君はベルモント様似かな〜?」
僕達の容姿は今、関係あるのだろうか?僕は表情には出さないが薄い笑みを浮かべ黙ったまま彼らを見つめる。
「父上、母上、今はそんな事どうでもいいだろ?」と令息が言う。僕は「ララベルに会えますか?」と聞いた。令息は案内するよと廊下に出て先導してくれる。
ララベルは客室なのだろう広くて陽当たりの良い部屋のソファで僕を待っていた。
令息は僕とララベルを2人きりにしてくれた。「体調はどうだい?」「大丈夫よ。ただの貧血だったの。判ったばかりだから、まだ悪阻も無いし」
「そうか。学校はどうする?」「元々、勉強は好きじゃないの知っていたでしょう?彼とも相談してお医者様の許可が出たら、彼と一緒に隣国に行くことにしたの」
ララベルはそこで一旦、会話を止めて、思い詰めたように「お兄様…私…知っていたの。公爵令嬢が…だから、だから…」ララベルは涙ぐんで、この先の言葉が出ない。
何てことだ。ララベルは僕らの企みを知っていて伯爵令息と付き合ったというのだろうか?僕はララベルを抱き締める。
「ごめんな。ララごめん」僕も涙が出てくる。「ううん。いいの。勝手をして、こちらこそごめんなさい。お父様とお母様、お祖母様達、兄妹達皆にも宜しく言っといて。多分、しばらく会えないと思うから」「分かったよ。ララ身体を大事に」「ええ、もちろんよ」
僕達はしばらくお互いの涙が引くまで抱擁していた。そして僕が部屋を出る時にララベルは笑って「お兄様、私、幸せだから」と言った。
応接室に戻ると伯爵夫妻はいなかった。「両親がいると話ができないからね。でも安心して欲しい。彼らはララベル嬢をとても可愛がっているよ。妊娠もビックリしていたけど、とても楽しみにしているんだ。母は今から出産の手伝いに隣国に来る気、満々だし」
そうか良かった。でもあまり彼の言葉が入って来ない。ララベルの告白のせいだ。
「ララベルは知っていたそうです」僕はその事実を自分の中に留めておくことができなかった。
「君の妹さんは、案外、馬鹿じゃなかったよ。最初、僕のことも怪しいと思ってた。だから僕から言ったんだよ。君が僕になびかないとお兄さんも実家も危ないよってね」僕は目を見張る。
「次期、王妃の公爵令嬢を怒らせてしまったんだ。当然だろう?って言ったら、彼女は初めて自分の行いに気付いたみたいだな」
「なら殿下から離れるだけで良かったんじゃないのか!」僕は動揺していた。
「公爵令嬢が嵌めようとしたのは君の妹だけだと思うかい?」伯爵令息の言葉に、僕はハッとして考える。
「これは君の妹を殿下から離す作戦と並行して、令嬢は殿下の側近もふるいにかけていたんだよ。もう君の妹は殿下から離れるだけでは済まなくなっていた。謂わゆる連帯責任みたいな?側近諸共まとめて排除されたいかい?って僕は彼女に聞いたよ」僕は指先から冷えていく。
公爵令嬢は僕の味方ではなかった?僕は最近、令嬢と一緒に居過ぎて忘れていたんだ。令嬢は最初から王太子殿下のことだけしか大事じゃなかったんだと。
「ララベル嬢は僕と学院を去るのが一番良い方法だったんだよ。解るかい?」
「あ、あなたはそれで良かったのですか?その…他に結婚を考えていた人がいたとか…」
「心配してくれるのかい?ララベル嬢も同じことを聞いてくれたなぁ。でも僕より16歳の少女の方が心配だったよ。本当は恋人か婚約を偽装しようと思ったんだ。隣国で別れたことにすればいいかって」
「でも一緒にいるうちにね。僕はどうせその内、結婚しないといけなかったし、何より公爵家からの成功報酬は男爵位だったんだよ。僕は次男だからね。だったらララベル嬢でいいかなって。両親も大喜びしてるだろう?」
この人、軽くないか?それよりも「でも妊娠までは…」僕は躊躇したけど言ってみる。
「あ、それはごめん。本当にごめん。まさかこんなに直ぐできるとは思わなかったんだ」令息は手を額に当てて後悔の念を見せている。
「そりゃ、やる事やったらできるんじゃないですか?」
「まあ、そうだけどさ。でも体質もあるんじゃない?君達5人兄妹だろ?」
なんか僕が恥ずかしくなってきた。僕たち年子だし。
「大丈夫だよ。僕は5人も作らないからさ」令息は明るく言った。
ララベルは彼に任せておけば大丈夫だろう。僕は夕日と共に帰路についた。




