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春真っ盛り。神殿の庭園も色とりどりの花が美しく咲き誇り、通り過ぎるだけでも忙しい日常に癒しを与えてくれている。
聖女候補達の教育は座学から実習に移り、王国を守護するための魔法の修練が日々行われている。ここからは現聖女様も加わり魔法の指導を直接して下さる。
聖女の経典には“聖女は清く正しい美しい心を持っていないといけません。また民からの信頼と女神様への信仰心が、魔法の強さに直結していると言われています。女神様のお力をお借りするのですから”とある。
その言葉は当然ことのようにマリベルの中にスッと入ってきた。
マリベルの所作や作法、礼儀は全て祖母から教わった。そして上と下の兄妹達に構うことで忙しい両親に代わって、マリベルを一番世話してくれたのは祖母で、マリベルはお婆ちゃん子だったと言っても過言ではない。
そんな祖母は女神様への信仰心も厚くて、祖母の神殿への礼拝にもよく付いて行って一緒に説経を聞き、寄付をして祈りを捧げていた。
祖母は伯爵令嬢時代“鉄壁の淑女”と言われていたそうだが、そんな清廉な姿や信仰心も含まれていたのだと思う。
タイミングさえ合っていれば祖母も聖女になっていてもおかしくはなかったとマリベルは思う。でも祖母は「お祖父様が大好きだったのよ〜」と言って今だに頬を染める。お祖父様もうちの聖女様は婆様だからと今でも仲睦まじい。
母は一人っ子と思われているが、本当は2歳上に兄がいた。しかし病で5歳になる前に女神様に召されたのだそうだ。
「お祖父様に似てとても美しい子だったから、きっと女神様がお気に召したのね」と言って祖母は神殿に息子の冥福を祈るために通っていた。それを知っていたのは、きっと祖父と父と私だけだと思う。
貴族の墓は神殿の敷地内に、平民の墓は領主が決めた共同墓地にあり、平民の墓地には年に一度、神官様が来て供養の祈りを捧げてくれる。
父は天候の悪い日などは祖父やマリベルに代わって祖母の礼拝に付き添っていた。
マリベルは、そんなことを思い出しながら目の前で、なかなか浄化の魔法を発動できない伯爵令嬢達を側から見ている。
座学ならともかく魔法実技は聖女としての心構えだけで、大きな差がつきやすい。ソフィーナ様でさえ初回は苦労をなされていた。
全員が浄化の魔法を発動できたら聖女様が加わられる。
瘴気は色んな所から発生する。瘴気を放置すると流行り病や獣の凶暴化、障壁の損傷につながるのだ。
瘴気発見時は、まずは瘴気の周囲に守護壁を張って囲み、周りに影響が出ないようにしてから瘴気を浄化し清める。そして更に汚染された場所や人々を浄化や回復魔法で癒すのだ。
その一連の流れを国の規模の大きさでやってのけるのが聖女の魔法だ。聖女の力が及ばない場所があると聞けば行脚する。
常に国と国民に心を砕ける人が聖女様だ。
練習用の小さい瘴気ボールが実践練習コースから外れたのを見つけた。そういうのは聖騎士様がコースに戻すか、魔法で壊すのだが、マリベルの方に飛んできたのでこっそり浄化魔法で消しておく。
ボールの中の瘴気は少量なので害はあまり無いのだが、あまり無いだけで、全く無いわけではない。
浄化魔法の練習にとことん付き合ったビアンカ様には「マリベルは自分では気付いてないのだろうけど、完璧主義者なのではないの?」と言われたが、完璧主義が、どういう事なのかよく分からないので、ビアンカ様の仰る通り無意識に何でもやってのけているのだろう。
だってマリベルは祖母に「真面目に取り組むことや、人の話はきちんと聞くこと、何事も放り出さないことは女神様が望むことだからやり遂げなさい」と言われて実践しているだけなのだから。
そしてそれは自分は自分。人は人。考えを他人に押し付けてはいけないことも知っている。
だから伯爵令嬢達が魔法を発動できなくても頑張れとしか思わない。
アドリアン様に付いていたラント殿下が、マリベルがこっそりボールを浄化したのを見たのだろう。「すまない。私がボールを取り逃がしてしまったから」と殿下はマリベルの目を見て謝られた。
あらラント殿下の瞳は綺麗なグリーンなのですね。
ラント殿下の第一印象は“薄い”でしたけど最近は違いますね。
もしかして、やっと自分を主張できる場所を見つけられたのでしょうか?
マリベルは「ボールの管理数を後で1個、訂正しといて下さい」と言っておいた。王子、案外目敏いな。
瘴気が入ったボールは数をきちんと管理されている。
後でマリベルがこっそりと数を訂正しておこうと思っていた。
私達のやり取りを伯爵令嬢が目を吊り上げて見ている。
「ほら、そういうところですよ」とお伝えしたい。