白雪姫のファーストキス
朝日が差し込み目が覚める。カーテンを捲ると青々とした空が広がっており、なんだか心も晴れやかだったから、死ぬなら今日だと思った。
「白雪姫はいいなあ。キスをされたら、目が覚めるんだから」
誰の言葉だっただろう。なぜ思い出したかもわからないまま、布団から這いずりでて、洗面所へ向かう。
朝の準備を済ませると、いつもより濃くメイクをした。普段は会社勤めなので薄くしているが、私はこれくらいばっちりとアイラインを引いた顔が好みなのだ。服は色々と迷った末、こんな時だからこそと翡翠色のワンピースを選んだ。ショーウィンドウに飾られている姿に一目惚れして買ったものの、なんだか恥ずかしくて一度も袖を通していなかったのだ。
「いいさ、今日は私、お姫様だから」
スマートフォンと財布を持ったことを確認し、家を出た。思ったより強い日差しにくらっとする。日焼け止めを塗り忘れたことに気付いたが、私は今から死ぬのだ。この際肌なんていくらでも焼いてやるさ。
駐車場に停められたオレンジ色の軽自動車。私の愛車。私はこの車に一目惚れをしたのだ。全体的にまるっこい愛らしいデザインに、中は思いのほかひろびろとしていて快適だ。なんと言っても色が良い。この半年はこの車のローンを返すために働いたといっても過言ではない。それくらい思い入れの深い物なのだ。
スマホに上司から何度も電話がかかっている。
「出てやるもんか。パワハラ野郎め」
鼻で笑い着信拒否にする。そして大好きな音楽をかけ車を発進させた。
私は何も病んでいるわけではないのだ。ただ出社しては詰められ、誰のためともわからない仕事を続け、自分を消耗品のように使っていく日々に嫌気がさしたのだ。子供の頃憧れていた仕事は、暴言と圧力で出来上がったものだったのだ。
どこまで行こう。この服で、このメイクで。私は今の私が人生で一番好きかもしれない。そうだ、お金はたんまりあるんだ。途中でコンビニに寄って買いたいものを買い漁ろう。いつもはカロリーも気にしてしまうが関係ない。ホットスナックも食べきれないくらい買ってやろう。お菓子だって。イケメンな店員なら連絡先も聞いてしまおうか。今ならそれをする勇気だってある。だって私は今日、お姫様なのだから。
最高のドライブだった。走ったこともない道を走り抜け、晩御飯は老夫婦がやっている山奥の小さなご飯屋さんで食べた。名物だというエビフライがとても美味しかった。さて、6時を回った。あたりは少しずつ暗くなっていくだろう。私はもう少し車を走らせた。
車一台分しかないのではというくらい細い道に入っところで、エンジンを停める。ここにしよう。頭は冷静だった。遺書も車にある。されてきた事、言われてきた事、全部書いてある。私の意思も。
ガードレールにロープを結ぶ。いつこんな日がきてもいいよう、ホームセンターで買ったものを車に積んでいたのだ。ガードレールに結んだ反対の端末を輪っかの形に結び、頭を通す。あとは飛び降りるだけ、ここは崖のような斜面になっているから、足も着かないだろう。深呼吸をする。
ぎちっ。
私は頭の中で童話の白雪姫を思い出していた。