第五話:バスタードセクトη
第五話:バスタードセクトη
「うわあああああぁぁぁぁっ……!」
私が一息で投げ飛ばすと、ゴリラのような男、ガイラは良い声で鳴いた。
ちょうどいい。このまま街の外で戦うとしよう。
「『風を』」
風の魔法を駆使し、私も空を飛ぶ。
「歯を食い縛れ……」
ものの数秒で彼方へ飛んでいったガイラに追いつき、私は拳を振りかぶるが……。
「『アクア・ボール』っ!」
高速で飛翔する私にちょうど衝突するように、水の球が迫る。
「ちっ」
ナイアの邪魔が入ったか。コントロールはいいな。
「『風を』」
一言唱える。背後から前方に作っていた空気の流れを、目の前にある水の球を吹き飛ばす方向に変更する。
大きな水の塊は弾き飛ばされ、無数の水滴へと姿を変える。
「……からの、『フリーズ』っ!!」
すると、この瞬間を待っていたかのように凍結の魔法が宣言される。
「っ!」
水滴が氷の礫へと変化する中、私は両腕を交差して擦過傷を最小限に食い留める。
さて、そろそろ地面か。
「『風を』」
三度目、今度は地面に向けて風の魔法を放ち、勢いを殺して軟着陸する。
よし、だいぶ街から離れられたな。
「ありがとう、姉ちゃん」
「『姉ちゃん』呼びはやめてって言ってるでしょ?」
フィジカルで無理やり受け身を取って着地したガイラに、ナイアが手を貸して起き上がらせる。
私が体勢を整えていた間に、姉弟は体制を整えていたということか。
「ふっ……」
「なにがおかしいっ!?……ぅうおらあああっ!!」
自分で思ったことに対しておかしくなって笑みをこぼすと、ガイラが無鉄砲に突っ込んできた。
なにがおかしい、とはなんだ。ときにはユーモアも必要だぞ?
「『風を』」
いくら直情的とはいえ、無策で突っ込んでくるとは思えない。
私は右手をかざし、ガイラを吹き飛ばすように魔法を発動した。
「ぅうわああっ!!」
何回目か、筋肉ダルマが転がっていく。
「『アクア・ボール』っ!」
が、すかさず姉のフォローが飛んでくる。猪口才な。
私は左手を上げ、詠唱することなく風の魔法をを水球に向けて放つ。
「えっ!?同時に魔法を発動するなんて……」
戦闘中に呆けるな、姉よ。
「『火を』」
私は即座に火の魔法を発動し、ナイアに燃え盛る炎を差し向ける。
「きゃあっ!」
「姉ちゃん!」
姉の心配ばかりでいいのか?弟よ。
「『火を』」
次に、再びガイラに向けて手をかざし、顕現した炎を向かわせる。
「うおっ!ふっざけんな、『アクア・ボール』」
「あいつに気をつけつつ消火よっ!『アクア・ボール』」
周りが畑ということもあり、姉弟はせっせこせっせこ消火を始めてしまった。
甘い。どこまで甘いんだ。
「『火を』」
私は火を注ぎ足した。今度はもっと温度が高く、勢いの強い業火だ。
「やめなさいっ!畑が火の海になる!」
「知ったことか。これは戦いなのだぞ?作物の心配より自分の心配をしたらどうだ?」
「こんの外道があっ!俺たちには守るべき街があんだよ!」
「なら私を殺して、止めればよかろう」
火を放つ源を叩けばいいだろうという、安い挑発。
その挑発に、姉と弟はまんまと乗ってきた。
「言われなくても、そうするところっ、だああっ!!」
おっと、ガイラが鎮火を放棄して私に向かってきた。
「『アイス・ボール』っ!!」
お前も氷魔法が使えるのか。
そう思った刹那、生み出された氷の球が飛んできた。
「見せてやろう。『炎を』」
それに対して、私は炎を選択した。
炎。今までのような小さく低温の火ではなく、何物をも燃やし尽くす炎だ。
私の魔力から産まれた炎は氷の球を包み込み、瞬時に水蒸気へと変換する。
「さあ、どうする?私は炎を吐き続ける。お前らを焼き殺すか、お前らの魔力が尽きるまで」
「クソがっ!!」
「悪くないゲームだろう?」
「ふざけんじゃないわよっ!『アイス・ニードル』」
「おっと」
飛んできた氷の針たちに、私は炎を纏わせて無力化する。
「私を殺すのが先か、お前たちが力尽きるのが先か。見ものだな」
「ふざけんじゃねえよっ!」
口を開けば暴言だな。
ガイラが叫びながら、再び突っ込んできた。
「『炎を』」
私は彼に向かって炎を放つ。
今度は頭は焼かないように、炎の勢いをコントロールしつつ。
「『アイス・アーマー』!」
炎が飲み込む寸前、ガイラは魔法を発動した。
「氷を纏って炎をやり過ごそうというわけか」
私がそう言うのと同時に、炎の幕を突っ切ってきたガイラの姿が現れる。
「全身火傷しているな。もうお前は戦えない」
「あ……あ……、おレは……な」
「『アイス・ランス』!」
いつの間にか地面に伏せていたナイアが、私の至近距離から氷の槍を放った。
「なるほど」
それをひょいと避け、私は少し思案する。
ガイラは自らを守るためではなく、ナイアを守るために無茶をしたのか。『アイス・アーマー』とガイラの肉盾で炎を防御し、その隙にナイアは安全に火の海から脱出できた。
まさに、姉弟愛が成せる連携技ということか。
ふふ、いじらしいな。
「なにがおかしいのよっ!『アイス・……』」
遅い。
「『痛みを』」
すぐさまナイアの全感覚を封じ、気絶させる。
とんっと音を立て、姉は地面に伏せた。
「こんなものか」
私は吐き捨てた。
スミレナとかいう街で随一の腕利きが、こんなものか。頭の中身を見る価値は、果たして本当にあるのだろうか。
「……グワアアアッ!!」
などと考えていたら、ガイラの丸焼きが断末魔を上げた。どたどたと私に歩み寄り、腕らしき細長い炭を持ち上げる。
少なくとも、こっちは見ても意味ないな。この分では脳も炭化してしまっているだろう。
「『風を』」
とりあえず吹き飛ばしておく。
勝手に丸焦げになるのを待てばよい。
「終わったか……」
いささか消化不良ではあるが、楽しめはした。
私はナイアの下に歩み寄り、検体をもう一つ手に入れた。
※※※
スミレナの街からだいぶ離れた、人気の一切ない平原の一角。
私はブラックウルフのペット、クロと合流して一息ついた。
「ぐうっ!」
「これは食べ物じゃないぞ。終わったら食ってもいいがな」
傍らには気絶したナイアが寝そべっている。今から脳を見るための解剖対象だ。
「いいか、不老不死の秘訣は脳にある。不老も不死も、魔法で実現するものだ。『賢者の石』などという都合の良いものは存在しない」
「ぐうっ?」
なにも分かっていないだろうが、私はクロに言い聞かせる。
不老不死は、科学的なプロセスでは実現不可能だ。その事実はこれまで散々検証し、経験として学んできた。
科学と違い、魔法には無限の可能性がある。発展の余地がある。そもそも、魔法の真髄を理解している人間すらごくわずかだ。
『想像できることは全て実現できる』という根拠のない慣用句のような言葉が存在するが、私はあながち間違いではないと思っている。不老不死も、人間が想像できるのだから実現できるはずだ。
「血の臭いで魔物が寄ってくる。周囲の警戒を頼めるか?」
「がううっ!!」
「良い返事だ」
私は鞄から手ごろな小さめの刃物を取り出し、クロが駆け出していくのを目で追った。
さて、強くはなかったが、貴重な魔法使いの脳だ。全く期待できないというわけではない。
始めるとしよう。
※※※
「うーん……」
ナイアの解剖を終え、クロと合流した私は唸りながら畑の中を進んでいく。
一般的な魔法使いの脳に対する知見は得られたが、不老不死の手がかりになるような発見はなかった。所詮は戦闘にしか魔法を使っていない素人だ。やはり期待はできなかったか。
「……ただ、魔法を使う者の脳の発達する傾向が分かってきた。無駄ではなかったな」
「がうっ!」
近くの野菜を食べながら隣を歩くクロの頭を撫でる。
少し待ってから、私はあぜ道に入り、一人になったカナルと再会した。
「あ、シャールさんとクロ。って駄目ですよ、野菜を食べちゃ!」
「少しくらい、いいだろう」
「がう」
「よくありません!」
「分かった分かった。説教はいいから、帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!畑にいた護衛たちが全滅してたんですけど、もしかして……」
「勘づいているのならその通りだ。街の外なのだから、どんな目に遭ってもそいつの自己責任だろう」
「私たちがどんな目にも遭わないように護衛を雇ってるんですよ!『バスタードセクトη』があらかた撒き終わっていたから良かったものの、意識のない人たちを街の中まで運んで頂くのが大変だったんですから!」
「助かったのならいいじゃないか」
私は頷き、街の方に歩を進める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!確かにテストはもう終わりましたけど!」
カナルはなんだかんだ言いつつ、後をついてくる。
私とクロとカナルは初めて来たときのように、リアグロ社の業務用出入り口からスミレナの街の中に入る。
出入り口の警備はリードルだった。一見無害そうに見えるが、私の直感がそうではないと告げている相手だ。
「カナルくん、テストはどうでしたか?」
「まあ、関係ないところで予想外の出来事はありましたが、大体うまくいきました」
「よかったですね」
「使用済みのポリタンクはどちらに?」
「全部預かっていますよ。持っていきますか?」
「ええ」
カナルとリードルはなにやら話し込み始めた。
早くしてくれないか。勝手に抜けてもいいが、リードルに不審者とみなされるのは得策ではない。私とクロは、カナルを待つ他なかった。
「一応、台車に縛ってまとめておきました」
「ありがとうございます」
農薬の入っていた人の胴体くらいの大きさのポリタンクが積まれた台車を押して、リードルが警備室から出てきた。
「気をつけてください」
「はい。……確かに、受け取りました」
「……」
その灰色の作業服の袖口が黄色に湿っているのを、私は見逃さなかった。
「それでは行きましょう」
「シャールさんとクロも、元気でね」
「……ああ」
「ぐうっ」
私とクロはやっと、裏口を抜けてリアグロ社のオフィスに帰ってきた。
日中なので、他の社員と鉢合わせないように気をつけながら、昨日夜を明かした小さな会議室に到着する。
「まだ朝早いですが、これからどうするんですか?」
私はパイプ椅子の一つに腰かけると、出し抜けにカナルが聞いてくる。
「ふむ、そうだな……。少し、あの農薬について興味が出てきた。資料を全てここに持ってきてくれ」
「ええ!?嫌ですよ!そんな暇も労力も……」
「脅せばいいか?」
「ひいっ!」
私は魔力を漏出させ、立ち上がる。カナルがそれに反応して飛び上がる。
「分かりました!分かりましたからやめてください!もう、私も忙しいのに……」
「では、今応えられるか?『バスタードセクトη』とかいう農薬の、ヒトへの影響はどのようになっている?作用機序は?」
「急になんですか?……分かりましたから!脅すのはやめてください!」
話が早くて助かる。まあ、一度学習したから当然か。
私が『お願い』すると、カナルは宙に視線を彷徨わせながら解答してくれる。
「『バスタードセクトη』の暴露に対するヒトへの影響は、臨床試験でしっかりと検証されています。少量であれば、経口、皮膚の接触、嗅いだ場合や目に入った場合など、ヒトがどのような方法で暴露しても健康上への問題はありません」
「『少量であれば』、とはどういうことだ?多量だとどうなる?」
「……」
沈黙か。それが答えか。
薄々勘づいてはいたが、やはりリアグロ社も他の企業のように、阿漕な商売に手を染めているようだ。
「詳しく知りたいな。なにがどうなって人体はどうなる?」
「……」
「言え」
よほど言いたくないのか。黙り続けるカナルに、私は生の魔力を大量に浴びせる。
「……機序の全貌は判明していないのですが、『バスタードセクトη』は、魔法で改変した部分が脊椎動物の脊髄に作用すると見られています。有効物質は代謝系を利用して脊髄の中枢神経に到達し、神経を過敏に反応させるのです。それが脊椎を持つ魔物類に本能的な忌避感を与えている」
「それで?」
「……長期間少量の暴露を続けた場合や、短期間に多量の摂取を行うと、中枢神経が過敏な状態になります。それにより、慢性的及び急性的に脊髄から脳への神経の電気信号の応答や、脳を介さない脊髄反射運動の応答が過敏になります」
「つまり、脳が考えて命令する運動の起こりが速くなり、一般的に意味するところの反射神経が良くなる、と?」
「……そういうことになります」
なるほど。よく理解できた。
私にとって利用する他ない、素晴らしい薬剤じゃないか。
「つまり、ドーピングの一種に当たるわけか」
「そう表現されると人聞きが悪いですね。……秘密ですよ?治験の結果は社外秘なんですから」
私が言えたことではないが、地球に異世界の概念が『流入』する前に禁じられていた系統の物質を、『バレなければいい』という魂胆で気軽に利用するカナル並びにリアグロ社もなかなかの倫理観を持っていると言える。
「臨床試験はどこまで進んでいるんだ?」
「あらかた終わっています。ですから今朝、農家の人にお披露目したんです。問題はありますが、会社としては問題ないだろうという決断です」
「……」
問題があるのか、問題ないのか分からんな。言っていることに矛盾があるが、本当に大丈夫なのだろうか。
まあ、私と関係がないところで誰がどうなろうが知ったことではないが。
「それで、『バスタードセクトη』のモノは融通できるのか?」
「な、なにを……」
「いいから答えろ。できるのか、できないのか」
「大量生産には成功していますが、まだ手には入りません。実験程度に使う少量なら持ち出せますけど、どうせシャールさんは大量に要るんですよね?」
「ああ。慢性的に脊髄を過敏にしたい」
そうすれば、実質不老のようなものだ。
筋肉の応答速度が速まれば、魔法の行使も素早くできる。そうすれば戦闘も時短できる。それはすなわち、人生の中で活動できる時間を増やしているようなものだ。
私は椅子に座り、鞄から手帳を取り出す。
『実質不老の方法発見』。記しておく。
「それでしたら、一般に販売されるのを待つしかありません。社内の人間だろうと、たとえ研究部門の僕であっても、大量には持ち出せませんので」
「ちっ、そうか」
「露骨に残念がらないでくださいよ。他にも副作用があるんですから」
「それを早く言え」
変なところで話術を発揮するな。
私は睨みつけて吐かせる。
「……悪い方の副作用と致しましては、神経を過剰に働かせるわけですので、肉体を消耗します。はっきり言うと、寿命が短くなります。長期的に中枢神経内の神経細胞の死滅が早まり、体内の細胞分裂が促進されるためだと考えられています」
「それは、確かなのか?」
「少なくとも、ラットではそうでした。寿命の長いヒトでは検証しきれていません」
「上手い話とはいかなかったか……」
ラットで再現性があるのなら、ほとんど確実にヒトでも再現されるだろう。不老に似たことは叶うが、不死が犠牲になるということで間違いないな。
私は溜め息を吐き、さっき書いた文章に二本の横線を引いて消しておく。『副作用が死を速める』と注釈する。
「つまらん。外に出てくる」
「……資料はいいんですか?」
「ああ、要らん。無駄だ」
不老不死を実現するためには使えんからな。得られるメリットも寿命を削るほどではない。
私は手帳を鞄にしまってから立ち上がる。
「行くぞ」
「はい。実は明日も畑で『バスタードセクトη』のテストがあるのですが、護衛を……」
「よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれるか?」
言いながら、魔力をあふれさせる。
「……はい。分かりましたよ!ちくしょう!これなら、なんのために入れてあげたんですか!?」
「なに、じきに私を招いて良かったと思うときが来る。必ずな」
「それ、どういう……。ってちょっと、勝手に行かないでください!」
私は外の廊下に誰もいないことを確かめてから、会議室のドアを開け放った。




