02 ナコルはダンジョンを探索します!
ナコルは「ふんふんふーん」と上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いていた。
初級ダンジョンの中で冒険を楽しんでいる。
先ほどもやけに弱ったスライムに、やけに弱ったワイルドウルフと、あのドラゴンソードで華麗なへっぴり腰で切り倒していた。おかげでレベルが一つあがって5になってさらに上機嫌で探索を続けている。
その前方にはナコルを見守る影があった。
もちろん『隠密』『気配遮断』『疾風』を重ね掛けして先回りしてきたアンネであった。
そしてその手には背後がずたずたに引き裂かれているワイルドウルフが2匹鷲掴みにされていた。
「よし。この辺で良いだろう」
そう言うと手に持ったワイルドウルフを解き放ち、ナコルの方へと歩かせる。
よろよろと歩き出す2匹のワイルドウルフ。
「あっ!でたな狼ちゃん!僕がやっつけてやる!」
そう言うと腰の剣を抜き身構えるナコル。少し腰が引けている。
そしてそれを手に汗握りながら見守っているアンネ。
なんとかその2匹を切り捨て、素材となる牙と毛皮を剥いでゆくナコル。
「ごめんね。痛かったよね。ちゃんと無駄なく使ってあげるからね」
そのナコルの言葉にまた胸を押さえて悶えるアンネ。
だがそんなアンネもやならくてはならないことはある。
ハアハアと息が荒くなるのをこらえながら、すでに取りつくされた宝箱に『次元収納』から取り出した指輪を入れるアンネ。もちろんすぐに岩影へと移動し隠れることを忘れない。
その様子をダンジョン攻略を終え、地上に戻る途中の中堅一歩手前の冒険者パーティが見ていた。
そしてアンネと目が合って……そのままナコルの横をすり抜けて返って行った。その顔は恐怖で引きつっていた。
「なんだか今すれ違った先輩たち、凄く怯えた顔していたな。よし!気を引き締めて頑張るぞ!絶対に負けないんだから!」
決意を胸に拳を握り締めるナコル。それをみて悶えるアンネは声を押し殺すのに必死であった。
「あっ!宝箱!」
慎重に足を進めつつもあの宝箱にたどり着いたナコル。
「昨日もこの宝箱からこの剣がでたんだよね!今日は何が出るのかな?」
ナコルは知らない。この世界では勝手に宝箱が増えたりはしないことを……この攻略されつくした初心者ダンジョンにもう中身の入っている宝箱など存在しない事実を……
「わあー!綺麗な指輪!」
それは常に回復効果のある聖なる指輪であった。もちろん最上級ダンジョンの深層でしか出ないブラックリッチというAランクモンスターのレアドロップであった。
「でも指輪かー。僕がしても似合わないかも……そうだ!アンネお姉ちゃんにプレゼントしようかな!」
「ふぁうぐ!」
「ん?何か音がしたような……まあいいか。じゃあこれも袋にしまっておこーっと」
こうしてギルドから貸与している収納用の魔法の袋に大事に指輪をしまい込むナコル。
先ほどアンネが隠れていた岩影には、すでに原型をとどめていないほどの何かを漏らしたアンネが転がっていた。
数分後、なんとか自我を取り戻したアンネにより、ナコルの安全な冒険は担保され、夕刻には無事今日の冒険も終わりを迎えたようだ。
そしてダンジョンの入り口にて……
「あっお姉ちゃん!」
「お、おお!ナコル。今日も無事だったな。良かった良かった」
もちろん先回りして朝と同じ体制で出迎えるアンネは平静を装いナコルに返事を返していた。身につけている赤い全身鎧『竜装』の下には大量の汗をかいてはいるが……
「そうだ!お姉ちゃん!これ、今日宝箱から出たんだけど……僕には似合わないからあげる!」
「はおーん!」
覚悟はしていたが耐え切れず奇声を上げてしまったアンネ。
「どうしたのお姉ちゃん!」
「だ、大丈夫だ。ちょっと頭の古傷がな……」
朝の事で味を占めたのか、奇声を上げてしまったピンチをチャンスに変えようと頑張ってみるアンネ。
「痛いの痛いの飛んでけー!」
「ひゃっ!はぉぉぉぉーぅ!」
頭を撫でられ悶えるアンネ。きっともう死んでも良いと思っているだろう。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!大丈夫?」
アンネは何とか気力を振り絞って目を開けると、目の前には天使が不安そうに見ていたので「ダイジョウブ」とだけ口にして目を開けたまま気を失いそうなのをこらえた。
その言葉にホッと胸を撫でおろすナコル。
「良かった。じゃあこれ。貰ってくれる?」
「ニャ、ニャコル?それは回復してくれる指輪だから、新米のあなたには役に立つ指輪だよ?一人前になるまでは付けていた方がいいわ……強くなって必要がなくなったら……お姉ちゃんにくれるといいかな?薬指あたりに……」
話ながら落ち着きを取り戻してゆくアンネは、口元をだらしなくしつつも助言を口にした。そして願望まで伝えて行く。
「分かったよお姉ちゃん!早く強くなってこの指輪をプレゼントするね!お姉ちゃんにきっと似合うと思うんだ!」
その言葉にアンネからの返答はなかった。
奇声すら上げること無く、アンネの意識はすでにどこかへとんて行ってしまったようだ。
そして「じゃあね」と手を振るながら帰路へつくナコル。
数十分後、「ニャコちゃんは?」という声と共に意識を取り戻したアンネは、入り口の衛兵を締め上げ、すでに帰宅していることを聞き、ホッと一安心しながら自分が連泊している宿へと戻って行った。
そしてナコルと一緒に入ることを想像しながらだらしなく顔を歪めつつお風呂で身を清める。お風呂上りには武具の点検を軽く終わらすと『転移』を使い王都の最上級ダンジョン最下層へと移動した。
まだアンヌの一日は終わらない。
明日のナコルへプレゼントする為に宝箱に入れるレアドロップが落ちるその時まで……