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天使の騎士  作者: ずここ
2/2

出会い

――ウカッツォド王国。

 パシフィカ海に浮かぶ、大小五つから成る諸島南部に存在する小国。

 現在、パシフィカ湾を跨いだ先にある《超大陸パンガイア》より迫りくる国家と、隣国《ズィーファ国》と戦争中。



――――



「やっぱり…………」


 ベルたちの乗るキャラバンは、再び進行を停止していた。

 ベルがまた、キャラバンを止めたのだ。

 そのことに、仲間たちは内面苛立ちを覚えていた。それを知らず、ベルは歩き進んだ場所でしゃがみ込み、何かを抱える。


 何を思ったか、身を隠すためにある筈の外套を外し、その腕の中にある何かに、丁寧に巻き付け始めた。

 巻き付け終わったのか、ベルは踵を返すととことこと、ゆっくりキャラバンに向かい出す。


 腕の中にはやはり、何かがある。

 ただ、その何かが、キャラバンの中からではよく判別がつかない。だから、それが気になった男二人は荷車から飛び降りて、ベルの元へ向かう。

 辿り着き、腕の中を覗き込むと、そこには思わず「は?」と言いたくなるようなものが転がっていた。


 そこには、赤ん坊が寝息を立ててすやすやと眠っている。

 ベルは赤ん坊の顔を見るなり、「かわいい」だとか「ちいさい」だとか言って、口元を緩ませる。


「なんで、赤ん坊がここに居るんだ」


 羽兜の男が、可動式の鉄仮面を上げながら開口一番にそれを言い放つ。


「さぁ」オットーが喋る。「誰かが置いていったとしか言いようが……」


 取り敢えず、羽兜の疑問に自分なりの答えをオットーは提示してやる。


 もちろんこの赤子のことを誰も知るはずがなく、二人は数瞬沈黙する。

 が、ベルの発言でその沈黙が昇るのはそう遅くはなかった。


「ねぇ」ベルは何かを決意したようにボソッと呟く。「私この子を育てるわ」


 二人は即座に反応する。「やめておけ」と。


「お前じゃ無理だ」


 しかしベルは引き下がらない。


「やだ!」


 まるで、駄々をこねる子供のような反論。

 ベルは抱きかかえる赤子を庇うようにその身を小さくする。


「やだやだやだ!」


 なにをそんなに育てたいのか、二人は訳がわからない。

 だから、二人も「駄目だ」と一点張り。

 しばらくこの状況が続いた。


 しかしこんな子供じみた言い争いも、あまりに遅いと様子を見に来た聖職者によって宥められ、終わりを告げる。



――――



 結局、神を信ずる聖職者によって「これは神からの天啓です」と、つらつらと神論を熱弁するという半ば力技で、子供を連れて行くこととなった。


「はぁ……」


 仲間たち(特にオットー)が後方で頭を抱える中、運転席でベルは鼻歌を歌うほどごきげんなようで、身体を小刻みに揺らしている。

 だが、そのおかげもあってか、機嫌が良いベルは普段よりも早く馬を走らせた。

 

「見えてきたわよー」


 地平線の少し手前辺りに、壁のように連なり生い茂る木々が見える。草木の隙間からは、無骨な作りの、それでいて厳かな雰囲気を漂わせる建造物が見える。


 見えているのは《ウカッツォド王国》と、隣国《ベルヘイニャ王国》との国境に跨がる関所、《ドゥルガー要塞》。


 島内最大にして、最強と呼ばれるこの要塞は、しばしば島内戦争にて奪い合われる。

 この平原は広い。そのため、途中で物資の補給だったり、休息だったり必要不可欠になる。

 ここは、それに最も適した位置にある。

 故に、奪い合われる。


 現在は、《ウカッツォド王国》が所持しているため、国境を渡る際は交通量として結構な額をもっていかれる。


「支払いは俺がしてくる。ゼラはいつも通り薬の調合を済ませてきてくれ。トールズは物資の調達。ガルシアはキャラバンの警備を頼む」


 オットーの指示に、一同は小さく頷いて返事をする。


 ちなみにだが、ゼラは《僧侶プリースト》。ホーショーは《魔導師ウィザード》。羽兜のガルシアは《戦士ファイター》だ。


「私は?」


 ベルがそう尋ねる。

 それに対しオットーは、


「何もするな」


 と、強く返した。



――――



 僧侶のゼラは、調薬のため要塞に併設される聖堂室へ向かった。

 聖堂室は病院も兼ねている。そこには様々な調合器具が揃っているため、薬草と瓶さえ持っていて、空いていれば何時でも調合が可能。


 聖堂へ近付くに連れ、人が増える。

 そしてその誰もが身体に傷を負い、呻いている。それがなんとも、ゼラには情けなく映った。


 別に、負傷し、ここでのたばって居ることが情けないのではない。

 むしろ、彼らの傷は誇るべきものなのだ。

 国を守るための、名誉の傷。

 ただ、神を信ずるものとしては、戦などという血腥いものは敬遠してしまう。


――矛盾している。


 だが、ゼラ自身も、冒険者として戦い、魔物を殺している。結局、相手が違うだけで、戦に似た行為をしている。

 それに気がつくと、ゼラはなんだか自分を否定したくなった。


 けれど、ゼラの信仰する神は仰るのだ。


『どんなときでも、自分を信じなさい』


「――さすれば、貴方に幸運が舞い降りるでしょう」


 虫が泣くように小さく、有り難いお言葉をつぶやき、自身をなだめる。

 こうしていつも、自己嫌悪を拭っているのだ。



――――



 一方その頃、魔導師のホーショーは、要塞に設置された露店に足を運んでいた。


「パンと干し肉を、この袋いっぱいに入る量。あとは、《麦酒エール》を」


 そう言って、主に食べ物を取り扱っている店の台へ、無造作に投げ入れる。


「こりゃまた、大きな袋だねぇ。本当に、これに詰めちゃって良いのかい?」


 店主にも心配されるほど大きい麻袋。

 人一人、すっぽりハマるデカさだ。


「構わない」


 端的で、それでいて迷いのない言葉に店主は安心したのか、「あいよ」と言って、適当に袋へ詰め始める。


――やはり、ここにもないか。


 店主が仕事をするのを眺めながら、ホーショーはそう思考する。

 ホーショーには探している人がいる。

 様々な場所を渡り歩き、様々な場所を見て回ってはいるが、その人は一向に現れない。


――いなければ、また別の場所を当たれば良い。


 そのとき、ホーショーの頭の中に「また」というフレーズが浮かぶことに疑問を抱いたが、深く考えるのは止めにした。

 どうせ、ここで考えたって答えは出ない。



――――



「いったいぜんたい、何処の関所が金貨をあれだけボッタクるんだか」


 肩を深く落とし、軽くなった貨幣袋の紐口を縛りながら、とぼとぼと歩いてくるのはオットー。


「板挟みの戦争……。それに、《ズィーファ》側から来たんだ。怪しまれるし、そりゃ金も取られる。それぐらい覚悟しとけ」


 暇そうに腕を組みながら、キャラバンに寄りかかる羽兜及びガルシアは、軽い口調で語りかける。


「しかしまぁ、此処ウカッツォドも、よく耐えるもんだ。普通ならばとっくの昔に滅んでいるものを、この状態で二年以上もちこたえている。こりゃ、すげぇことだよ」


 と、ガルシアが感嘆の声をあげると、


「やめておけ」と、オットーが返す。「戦争なんて、経済的に見ない以上、俺たち冒険者にとってみりゃあ関係のないことだ」


 オットーは静かに笑う。


「それはたしかにそうなんだが……」


 すると、ガルシアが一つ間を置くようにして先程とは打って変わった、重い口調で言葉をひねり出す。


「ベル、うるせぇ。結構黙れ」


 キャラバンの荷車の方からするデレデレとしたとてつもなく甘い声に向けて。


「かわいいわねぇ〜、いい子ねぇ〜、賢い子。よくできましたぁ〜」


 それでも尚止まぬ言葉の山。

 塵も積もればなんとやら、と言うが、ベルの一つ一つの言葉言葉がそれぞれ山の様で、怒りが募るとかもうそういった頃合いではない。


 むしろ、殺意すら湧く。


「かわいいわねぇ〜、いい子ねぇ〜、賢い子ね――――」

「おい」

「はいっ! よくできましたぁ〜!」


 何度言っても止まぬ声。

 ガルシアは無意識のうちに、背中のだんびらの柄へ手を掛けた。

 オットーもどうやら同じ考えのようで、長剣ロングソードに手を伸ばす。

 しかしそこで思いとどまったのか、もう鞘から刀身を抜き打とうとするガルシアの肩をそっと、殴った。


「は……! 俺は一体何を……!」


 正気に戻ったのか、ガルシアはとぼけたように驚いて見せる。


「俺は精神魔法がなにかにでもかけられていたのか……!?」

「知らんけど、もうそれでいいよ。多分な」


 その後も、ベルの甘々はゼラが戻るまで続いた。



――――



 夜が明け、日が上る。

 喜々とした陽光が、冷めきった平原を暖かく包んでいく。

 その眩しさに、ベルは手で庇をつくりながら馬を引いていた。


 《ドゥルガー要塞》を抜け、道沿いに進んだ先に、ガッドラ山脈が壁のように佇む。

 その手前に、老朽化した石壁に囲まれる城塞都市がみえる。

 《ウカッツォド王国》最強と謳われる街。《城塞都市ネアラエス》に辿り着いた。


 金さえ積めば、割とすんなり通れるため、ベルは財布から金貨を二十枚ほど出して、それを渡す。


 この街は《ドゥルガー要塞》から近いこともあって、戦争の際はかなり荒れる。

 《ウカッツォド王国》の攻略において、まずガッドラ山脈を超える必要があるためにここは狙われやすい。

 戦争があるたびに入植者が移ってくる。

 そのため、様々な人種、民族で賑わう珍しい場所だ。


 ベルはキャラバンを街の注馬場に着けた。


「やっと着いた……」


 かれこれ二十日以上は同じ景色を見ていたがために、疲れ切ったオットーが肩を解し、キャラバンから降りてくる。

 続いてガルシア、ゼラ、ホーショーの順に、現る。


「さて、まずは酒場で一杯と行きたいとこだが…………」


 オットーは、ゼラの抱く赤子を見やった。


「取り敢えず、教会に寄ってみるか」

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