第5話:錬金術の衰退と王国の滅亡
「ちょっ! お父たま、お母たま!」
猛スピードで父母の元へ駆け寄った。
何やらうわ言を呟いている。
「ウ、ウチの子は天才……錬金術師……グヘヘヘ」
「ルーちゃんは……この先神様になっちゃいそう……デヘヘヘ」
よ、良かった……。
どうやら命に別条はないらしい。
心の底からホッと一息つく。
「な、なんだ? 痛いのが消えちまったぞ」
ジャックの方も大丈夫そうだ。
不思議そうな顔をして身体をまさぐっている。
だけど、今度は父母をなんとかしないと。
生きてはいるけど早く起こさないとまずい。
「お、おい、あの夫婦倒れたまま動かないぞ。大丈夫か?」
「よくわからないうわ言を呟いているぞ。医者を呼びに行った方がいいのかな」
「表情も虚ろだし心配だ」
群衆はざわざわしている。
ぐぬぅ……このままではさらに悪目立ちしちゃうぞ。
急いでなんとかしないと……そ、そうだ。
錬成陣の上にはもう一つの<回復ポーション>。
これを使わない手はない。
急いで取ると、父母の顔にバシャっとかけた。
彼らの顔がキラァ、キラァ……する。
「ぐっ……ぼ、僕はどこだ? ここは誰……? って、ルー!」
「うっ……ここは誰? 私はどこ……? って、ルーちゃんじゃないの!」
父母は目が覚めてくれた。
ガッシ! と私を抱きしめる。
ああ、良かった。
これでもう安心だ。
一瞬大丈夫かと不安になったけど。
そして、その様子を見て周りの群衆はさらにヒートアップする。
「うおおおっ! 親子の奇跡的な再会だ!」
「子どもの愛が両親を地獄の縁から救ったんだあ!」
「こんな光景、人生で二回と見れないぞお!」
す、すごく話しが大きくなってるけど……。
そして、卒倒から目覚めた直後だというのに、父母もなんだかきゃあきゃあしている。
「まさか、僕たちからこんなに賢い子どもが生まれてくるなんて。神様に感謝だな!」
「そうよ! まさしく、あなたは神様が遣わした救世主よ! ルーがいないと何もできないわ!」
「「しゅりしゅりしゅりしゅり……!」」
「い、いや、恥ずかしいから……」
父母は猛烈なスピードで頬ずりしてくる。
何はともあれ、喜んでくれるのは嬉しいな……。
素直にそう思えた。
私の前世では、子どものとき親に売り飛ばされたのだ。
彼らのお酒代にするため。
だから、この人生で初めて“愛”というものを実感している。
――父母のために錬金術を使おう。貧乏な暮らしをもっと良くするのだ。
心の中で固く決心した。
あと自分の楽しみのためにも。
……ちょっとだけね。
温かい気持ちになっていたとき、その雰囲気に似合わない不躾な声が響いた。
「おいおいおいおい、何の騒ぎだぁ。ワシが歩く道では静かにせんかぁ」
「あらあらあらあら、ずいぶんと貧乏そうな人たちが集まっていますこと。まったく、貧乏くさくて適いませんわぁ」
その声が聞こえた瞬間、群衆はサッと道を開けた。
やたらと太った男性にこれまた太った女性が出てくる。
こ、こいつらは……!
私が何か言う前に、父母が悲鳴に近い声を上げた。
「「ニューリッチ様、ガメール様!」」
街で一番の大商人、グリードン一家のお出ましだ。
ジャックは両親を見ると、一目散に駆け寄った。
「何かと思ったら貧乏人のスモーリー一家かぁ。どうりで貧乏臭いと思ったぞぉ」
「アテクシの前に立たないでくださるかしらぁ? 貧乏がうつりそうですからねぇ」
ジャックも一緒になって見下してくる辺り、子どもの教育は得意じゃないのかもしれない。
父母はしょんぼりしつつも、私を後ろに隠していた。
グリードン一家が流通を仕切っている以上、強く抵抗できないのだろう。
しかし、幼心には沸々と使命感が湧いていた。
大切な父母は私が守る!
今なら錬金術だって使えるんだから。
そう思い、一歩踏み出そうとしたときだ。
「「ニューリッチ様! 錬金術を使える子どもとお知り合いなんてさすがですね!」」
「な、なに……? 錬金術……? い、意味がわからん」
群衆は興奮から冷めきっていないのか、ハイテンションで一家に詰め寄る。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ人たちに辟易したのか、ニューリッチたちは逃げるように去って行った。
しっかり捨て台詞を残して。
「ええい、近寄るな! クソっ、今日はこれくらいにしといてやる!」
「次会った時は容赦しませんですわよ!」
「貧乏親子が! 覚えてろ!」
群衆もクールダウンしたのか、気づいたらみな消えている。
取り残された私たちの間を、ピュウウ……とからっ風が抜き抜けた。
父が頬をかきながら、安心したような気まずそうな笑みで言う。
「まぁ……とりあえず帰ろうか」
「「うん」」
その後、家に帰った私たちは夕食を囲んでいた。
今日のメニューは……。
<ワイルドボアの肉野菜スープ>:Dランク。ワイルドボアのお肉が入ったスープ。にんじんとかジャガイモも入っている。さっぱり塩味。
<プレーンパン>:Dランク。手の平サイズの丸いパン。表面はカリッとしているが中はふんわり。味は付いていないのでスープと一緒に食べよう。
母は昔から料理が上手い。
作る前にチラリと材料を見たけど、全部Eランクの素材だった。
それをDランクのご飯にレベルアップするなんて、なかなかできることではない。
レストランとかやらないのかな。
「相変わらず、ワイズのメシは美味いなぁ。食べているだけで愛を感じるよ。わかった、隠し味は僕への愛だね」
「惜しいわねぇ、スモーリー。正解はあなたとルーへの愛よ」
「ああ、そうだったか。いやぁ、僕としたことが。はっはっはっ」
私が居ても父母はイチャイチャする。
これも昔からだ。
仲良いなぁと眺めていたら、父がベタベタくっついてきた。
いや、母も一緒に頬ずりしてくる。
「それにしても、今日はお父たまもビックリしちゃったぞぉ。まさか、ルーが錬金術を使えるなんてなぁ。なんとか気絶は耐えたが、もう少しで失神するところだった」
「私だって気絶しそうになっちゃったわ~」
「あ、いや、ちょっ」
頬ずりされまくるので一向に食事ができない。
間隙を縫うようにご飯を食べていたら、錬金術のことを思い出した。
衰退したとかどうとかいう話だ。
父母に聞いてみよう。
「お、お父たま、お母たま。錬金術、ってもうないの?」
「ああ、根絶してもう200年以上は経っているはずさ。半ば伝説の存在だよ」
「そうねぇ。私もルーちゃんの天才っぷりを見るまでは信じてもいなかったわ」
「に、200年以上……!?」
マジか。
というか、私が死んでから何年経ったんだっけ?
部屋の中を見渡すと、壁にカレンダーがかかっていた。
なんと…………人類歴1152年。
ひいいい、四桁。
ついぞ見るはずのない数字が並んでいるよお。
「で、でも、どうして、私が使ったのは錬金術だってわかったの?」
衰退して数百年ならば、錬金術という言葉すら失われてそうな気がするけど……。
見ただけでわかるものなのだろうか。
「ああ、それはね伝承が残っているんだよ」
「伝承……?」
「まぁ、よくある言い伝えさ。子どもに読み聞かせることもあるね」
そう言うと、父は棚から一冊の本を出した。
子ども向けの絵本のようだ。
ペラペラとページが捲られると、右手に水を左手に土を持った女性の絵が現れた。
「お父たま、この人は誰?」
「神様みたいにどんな物でも造ってしまうと言われていた伝説の錬金術師だよ。ほら、ここにも言い伝えが書いてある。“……その者、あらゆる事物を生成せり。万物を扱う様は神の如き……”」
本には水と土が分解され、金になっていく様子が描かれている。
まさしく錬金術だ。
「錬金術についてはこれくらいしか知らないけど、今日のルーを見て伝説なんかじゃないと確信したよ」
「まさか、うちの子がねぇ。前世は錬金術師だったりして」
「何を言ってるんだい、ワイズ。そんなわけがないだろう。うわははははっ」
ギクリとしつつ想いをはせる。
錬金術は本当に衰退しちゃったのかぁ。
だとすると、書物も残ってなさそうだ。
だけど、別に何の問題もない。
知識も技術も全部頭の中に入っている。
何回か練習すれば、前世と同じように使えると思う。
あっ、そうだ。
もう一つ聞いておかないといけないことが……。
「ねえ、お父たま、お母たま。リグレット王国って聞いたことある?」
リグレット王国と聞いた瞬間、父母はピタリと止まった。
「もちろん聞いたことあるよ。でも、ずいぶん昔に魔族に滅ぼされちゃったんだ。ちょうど200年くらい前かな」
「今はもう完全に魔族領なの。怖いウワサしか聞かないわ」
うそ……滅亡したの……?
あそこまで繁栄していた国が……。
「何はともあれ、今日はルーの誕生日だ! さあ、じゃんじゃん食べよう!」
「そうよ! ルーちゃんが天才だとわかった記念すべき日でもあるんだから!」
昼間あんなことがあっても、目の前の父母は明るく笑っている。
平和を願って頑張っていた分、自分が住んでいた国の滅亡はショックだけど心の中にギュッとしまう。
前世では見ることのなかった、私を愛する人たちの笑顔だ。
この大切な笑顔がずっと続くように……今は錬金術を使って父と母の生活を少しでも良くしよう。
そう、心に強く決めたのだった。
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