第30話:大混乱(Side:ヘッディ④)
「優雅ねぇ……」
高価な酒を片手に、柔らかいソファに身を沈める。
たくさんの魔道具の修理と製造が終わり、また怠惰な生活が戻ってきた。
「しかし、ヘッディはさすがだなぁ。あれだけあった魔道具をあっという間に片付けてしまった」
「あの程度の依頼など、あたくしにかかれば一瞬で終わってしまいますわ」
クラウン様に頼んで、しばらくは錬成室に仕事が入らないようにしてもらおう。
やれやれと酒を飲んでいたら、急に錬成室の外が慌ただしくなった。
ドタバタ走り回る音が聞こえる。
「どうしたのでしょう、クラウン様」
「騒がしいなぁ。せっかく二人でゆっくりしているというのに……」
「静かにさせてくださいませ。うるさくて敵いませんわ」
「わかった、この僕が注意してくるよ。王太子の前では騒ぐなとね」
背中が折れそうなほどにふんぞり返ったクラウン様を見送る。
しかし、クラウン様が開ける前に、勢いよく扉が開かれた。
何人もの大臣や秘書官たちが入ってくる。
みな著しく血相を変えていた。
いや、顔面真っ青だ。
「「た、大変です、クラウン様! 大至急ご報告することがございます!」」
「な、なんだ、どうした」
「「よ、よろしいですか? どうか、落ち着いて聞いてください」」
「だ、だから早く言えって」
あまりの切羽詰まった勢いに、ただ事でないことがよくわかる。
無関係のあたくしまで緊張してきた。
ゴクリと唾を飲み、次の言葉を待つ。
「「く……国を守る結界が解けてしまったようなんです!」」
「なにぃい!?」
大臣が放った衝撃の一言に、思わず失神しそうになった。
クラウン様以上にあたくしの方が驚いている。
結……界……が……解・け・た?
背中を嫌な汗が伝う。
「どういうことだ! なぜ結界が解かれる!?」
「「そ、それが、まったくの原因不明なのです! 結界の消失により戦況が大きく一転! 修理を頼んでいた錬金魔道具の故障も相まって、我が軍は壊滅の危機にあります!」」
大臣や秘書官は、次から次へと衝撃的な言葉を放った。
し、しかも、壊滅の危機ですって?
クラウン様はもうフラフラしている。
「ま……まずは錬成器を確認だ! お前たちはそこで待っていろ! ヘッディー、コアルームへ行くぞ!」
「わ、わかっておりますわ!」
クラウン様と大慌てで地下のコアルームへ向かう。
部屋に入った瞬間、すぐに異常がわかった。
薄暗くてしょうがないし、何よりあんなに暑かった部屋が暑くない。
むしろ寒いくらいで、不気味な寒気にぞっとする。
「よ、様子がおかしいじゃないか、ヘッディ!」
「言われなくてもわかっておりますわ!」
胸騒ぎを無理矢理抑えこみ、猛ダッシュで錬成器の元へと向かう。
そして、その無残な姿を見た瞬間、心臓が凍りついた。
「「そ、そんな、どうして……!?」」
結界錬成器の中で燃えているはずの炎がない。
魔力供給用のタンクだって、ベコベコに凹んでいた。
こんな状態を見るのは初めてだ。
クラウン様が焦りの声を上げる。
「早く何とかしたまえ、ヘッディ! これは君の担当だろう!」
「ああ、もう! 静かにしてください!」
必死になって錬成器を操作するが、いくらいじってもウンともスンとも言わない。
無論、あの炎が再び燃え盛ることもない。
か、完全に壊れてしまっていた。
なんということ……。
予期せぬとんでもない事態に頭が真っ白になる。
クラウン様とともに絶望の気持ちで佇んでいたら、大臣たちが転がりそうな勢いでコアルームに入ってきた。
「「国民たちには緊急避難指示を出しておりますので安心してください! また、結界が解かれたとはいえ、前線付近に人家はないので民の被害はまだ出ていません!」」
そ、そうか、戦争が起きている場所は元々国境だ。
ここからは物理的な距離が結構ある。
魔族の侵攻を受ける前に逃げてしまえばいいのだ。
それに気づいたのか、クラウン様も元気よく指示を出す。
「よし! 僕たちも今すぐ逃げるぞ! 急いで馬車を用意しろ!」
「「いえ! お二人は前線に向かうようにとのご命令です! 王弟殿下はクラウン様とヘッディ様を大変高く評価されてらっしゃいますゆえ!」」
「「…………は?」」
クラウン様と全く同じタイミングで素の声を出した。
なになになに?
……どういうこと?
「クラウン様はあの天才錬金術師のルーベリー様から、マンツーマンで錬金術を教わっていた超有望な人材なのですよね!」
「ヘッディ様は、あの大天才ルーベリー様に指導していた錬金術師長ですから、あらゆる状況に対応できるはずですよね!」
「「…………え?」」
大臣も秘書官も輝いた瞳であたくしたちを見る。
は? は? は?
「ヘッディ様は前線で魔道具の修理をお願いします! 土と水さえあれば何でも錬成できると仰ってましたよね!」
「幸いなことに、前線は土も水も腐るほどありますよ!」
「お二人が前線にいらっしゃれば軍の士気も上がるでしょう! さあ、こちらに!」
そのまま、あたくしたちを前線へ連れて行こうとする。
ふざけんじゃないわよ!
耐えかねて、大臣たちを蹴散らすような大声を上げた。
「で、ですが、錬成器の修理はどうするのですか!」
「それは錬金術師の皆さまにお願いすれば大丈夫でしょう!」
「「どうぞお任せください!」」
間髪入れず、錬金術師たちは大きな声で返事する。
こいつらは隙を見て逃げるに違いない。
そう言おうとするも、大臣と秘書官たちに圧迫されて何も言えなかった。
「クラウン様! 今こそ王太子として前線の士気を上げてくださいませ!」
「ヘッディ様! 今こそ錬成術師長としての類まれな能力を発揮してくださいませ!」
「「や、やめろ(やめなさい)!」」
四方八方を囲まれる。
逃げる間もなく、宮殿前の馬車へと連れてこられた。
「お、おい! 何をする! 離せっ!」
「こ、こらっ! やめなさい!」
「「今さら何を仰いますか! 国の安全は頼みましたよ!!」」
あたくしたちは有無を言わさず馬車に詰め込まれる。
そして逃げることもできず、前線へと連行されていった……。
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