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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三角形は欠けて点になった、けれどその点はなかなか消えなかった

作者: 初月・龍尖

 

 扉を開けながら「ただいま」と部屋の中へと声を掛ける。

 しかし、その返事はなかった。

 扉が完全に開き部屋の中が見えるようになるまで俺はこう思っていた。

 

 ただ手がふさがっていて返事が出来ないだけなんだ、と。

 

 そんな軽い気持ちをすべて吹き飛ばす光景が部屋の中にあった。

 

 物が、何もない。

 

 彼女の服がたくさん詰められるようにと買った衣装入れがない。

 

 ふたりでお揃いにしようと買った食器たちがない。

 

 それをしまっておく棚がない。

 

 家族で囲めるようにと買った机がない。机と一緒に選んだ椅子がない。床に敷いていたラグがない。落ち着いた色のカーテンがない。窓に置いていた鉢植えがない。今の仕事に就いてあまり使わなくなったので飾りになっていた俺の愛剣がない。同じ理由で飾っていた鎧兜がない。仕事用に貯めていた魔術の触媒がない。趣味で集めていた魔術書がない。連合から貰った記念の褒章がない。ない、ない、ない。何もない。

 

 何もない部屋を呆然と見渡す俺の目に入ったのは部屋の中央にぽつんと置かれたかごだった。

 それに立てかけられた額縁。

 しっかりと見なくても額縁には絵が入ってる事は知っている。

 俺と彼女の娘が将来こうなるだろうな、という未来図だ。

 

 額縁を拾い上げ、かごの中を覗くとすやすやと眠る娘の顔があった。

 そう、俺は、俺たちは捨てられたのだ。

 かごを抱き額縁を手に途方に暮れる俺に追い打ちがかかった。

 部屋の契約が既に打ち切られており俺は住む場所がなくなったという事実だ。

 

 うわさはすぐに街中へと広がり俺は娘とふたり逃げるように、というか実際逃げた。

 俺と結婚して娘が生まれた時に彼女はすでにこの蒸発を計画していたらしい。

 共有資金を調べたらゼロだった。

 もしかして、と思って俺の個人資金を確認してみたらこちらもゼロだった。

 彼女は、俺のカネが目当てで近づいてきたのだろうか。

 だとしても、聖女とまで呼ばれた彼女がどうやって人目に付かずここまでの事をやってのけたのだろうか。

 

 希望に満ちた家族生活は彼女の蒸発によって欠けてしまった。

 

 

 

「長い間、お世話になりました」

 蜂蜜色の長い髪を後ろでまとめた娘が頭を下げるのを俺は放心状態で見ていた。

 彼女が蒸発して15年。

 瓜二つに成長した娘は大きな商会の跡取りと結婚する。

 もう結婚式は済んでおり娘の私物やらなんやらは全て回収されている。

 娘と過ごしたこの部屋ともお別れだ。

 必要なもの以外は全て売ったし部屋の契約も解除した。

 俺は「幸せになれよ」と娘に声をかけて袋を背負う。

 

 線は点になって、俺はひとりになった。

 


 

 流れ流れて辿り着いたのは吸血鬼の居城と呼ばれている城型の迷宮だ。

 現在の主はその吸血鬼一族ではなく支配者の無い野良迷宮だ。

 ただ件の吸血鬼一族がやらかしたおかげでこの迷宮の難易度は最上だ。

 城内だけでなく庭園から騎士の宿舎まで迷宮の範囲内、つまり城を囲む壁の内側はすべて迷宮だ。

 城の上には赤黒い月が浮いておりその満ち欠けによって迷宮内が変化する。

 俺は死に場所を求めて戦場を渡り歩いた。

 だけど死にきれなかった。

 勇者の加護を不要だと思ったことは一度ではない。

 何が輝かしい運命だ。

 何がセカイを護る希望だ。

 こんなものが光り輝く運命だったとしたら俺は故郷で土を耕していた方がよかった。

 手入れのしていない武具をまとって俺は迷宮へ潜る。

 武具は全て拾い物だ。

 最低限のモノを持ってあとはなりゆき任せ。

 迷宮内で捨てられたモノを拾って付け替えて持ち替えて俺は奥へ奥へと進む。

 刃の欠けた斧を振り下ろすと刃の部分が兵士の頭を半分に割り持ち手が折れた。

 溜息を吐いて崩れ落ちる兵士の持っていた剣をその手から抜き取る。

 剣をくるりと回してから兵士を蹴り飛ばしさらに奥へ。

 そして、また溜息を吐いた。

 目の前には玉座があった。

 玉座の後ろには淡く光る大きな球が浮いていた。

 また核へ辿り着いてしまった。

 ねじれた角と充血した瞳、半開きの口からはよだれがだらだらとたれている。

 それの首を横に剣を振るって切り離して串刺しにする。

 首がなくなっても飛びかかってくるが腹にけりを入れて玉座に押し付ける。

 しばらくけり続けて帰った。

 俺はまた死ねなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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