追放してやろうとふんぞり返っていた僕だけど、なぜか僕が追放されました――追放された僕は、ドSな元メイドにおちょくられています
インペル家。
インペル領を統治する貴族の一家で、作物が良く育つ肥沃な土地で知られている。
何を育てているのかは知らんけど。
僕はインペル家の長男として、産まれ、カネも土地も、そして家すらも僕が後継することになった。
酒をあおりながら、領民たちから取り上げた土地の権利書を見る。
どれもこれも売ればそこそこのカネになる。
売人もすでに確保しているのだ。今度は何を買おうか!
「ははは! 見ろ! これだけあれば、好きなだけ贅沢が出来るぞ! なあ!」
僕が権利書をメイドに見せつける。
彼女は眉だけ動かして、変わらぬ表情のまま呟く。
「ユガミお坊ちゃま。あまりそういうことは言わない方が良いと思うけどー」
「うるさい、黙れ。田舎者のメイド風情が!」
キサマは何様のつもりだ!
僕は、このインペル家を継ぐ次期当主、ユガミ・フォン・インペルだぞ!
「はぁ。じゃあ黙ってますよー。坊ちゃん、今日の夕食はいかがしましょー」
僕が使ってやっているメイド、名はたしか……メイだったか。
世間知らずのクセして、中々よく働くので気に入っている。
表情は変わらないし、妙に間延びした独特の言葉遣いが気になるが、まあ顔は良いので、仕方がないから側に置いてやっている。
しかし、どうにもいつも一言多いというか、母親面みたいなところがあるので、正直言ってカノジョにしてやるほどの価値もない。
僕のような高貴な存在と、顔だけのコイツとは釣り合いが取れないんだよ。
「坊ちゃん、気をつけないとフュリ坊ちゃまに全部持って行かれますよー」
フュリか。僕はあいつの名前を聞いて不快になる。
いつも、「この土地のために出来ることをしたい」だとかなんとか言って、お利口なことに机にかじりついて勉強ばかりしている奴だ。
「ハッ! あいつは次男坊。僕は、長男。長男が家を継ぐのが常識だろう。ハハハ!」
「ですけどー」
「うるさいっ! いざとなれば、フュリの野郎を追放してやればいいのさ! 僕はね、そんなザコにかまっている暇はないのさ」
僕は酒を一気に飲み干しながら、あの野郎の顔を思い浮かべる。
たしか、よく本ばっかり読んでいたり、剣の鍛錬なんかもしていて目障りだった。
だから、僕はあいつの本だとか剣だとか隠してやったりしたっけか。
しかし、あいつは気に入らないことに、僕に対して哀れなものを見るような目で見つめやがる。
どっちの立場が上か分かっていないようだ。
偉そうに。近いうちに追放して、追い出してやらんとな!
最近、貴族の間では、家督を継ぐに足りぬ阿呆を追放処分しているのが流行っているらしい。
アイツを追い出すことくらい、僕が領主である必要もない。
今度、アイツの荷物をまとめて追い出してくれる! わはは!
★
「ユガミ。お前は追放だ」
「ひょ?」
僕は父上に呼び出された途端……開口一番に追放などという言葉が出てきた。
「ま、待って下さい! ぼ、僕はこの土地のために一生懸命やってきたじゃないですか!?」
「……そうだな。領民からインペル家の名前を出して土地や家畜を強奪していたそうじゃないか」
「そ、それに、僕は優れた頭脳もあります! 剣の腕だって!?」
「……お前が特別成績が良かった試しもないし、剣の腕だって、素人が振った方がマシなレベルだったな」
「ぼ、僕を追放なんてしたら、家の名前に傷がつきますよ!? 次男に家督を継がせるなど……」
「長男はフュリだ。なんの問題もない」
な、なんだって!?
つまり……僕を追放するどころか、勘当するってことか!?
「お、お父上! どうかお考えなおしください!」
「……なら聞こう。ユガミ、お前は逆になんだったら出来るんだ?」
「なんでも出来ます!」
「ああ、そうだな。ウソと虚栄心だけなら、一人前だったな」
そして、父上はため息を吐いてから、
「出て行け。二度とその面を見せるな」
僕は口をあんぐりと開けたまま、メイドたちに両脇を持ち上げられる。
「二度と帰ってくるなドラ息子」
僕はその一言だけを父上……いや、クソ親父浴びせられて屋敷から追い出された。
今でも鮮明に覚えている。その時、心の底から叫んだ言葉を。
「許してぐだざいぃいいいいいいいい!!! お父上ぇえええええええええ!!!」
涙と鼻水でぐっしょぐっしょになりながら。
そして、扉の前でずっと泣き叫びながら許しを請うていたのをフュリは、やはり可愛そうな者を見る目で見ているのだった。クソが。
★
追放された翌日。
僕はパブにて大量の肉料理と酒を注文する。
「おい。僕はインペル家のユガミだぞ! もっとマシな料理を持ってこい!」
しけた味しかないのか、このお店は。
しばらく薄い味付けの料理を食べていると、この店の店員やら店長らしき人間が僕を取り囲む。
「よおユガミ。お前、実家を追放処分されたんだってな?」
「なんだ。そのことか。分かってないな。父上は僕の実力を理解してないんだよ」
「だから、どうした?」
「今でも僕の言うことは絶対なんだよ。いいな?」
★
僕はパブから出ると、領地から少し離れた川で顔を洗っていた。
……水面に映るボコボコに腫れ上がった顔を川の水で冷やしながら見つめる。
「ふん。僕の価値を分かっていない阿呆どもめ」
僕はさっきまで命乞いをしていたことも水に流して、川の流れを目で追う。「もうしましぇーん! 命だけはお助けくだしゃーい!!!」と泣いていたが、そんなことは当に忘れた。
さて、どうしたものか。
インペル家はもう追放された。いや、違うね。あんなの、僕にとっては役不足だったんだ。もっと僕に相応しい地位があるハズだ。だから、追放じゃなくて、僕から捨てたんだ。
インペル家を捨てたとして、だ。
そこからどうやって、僕はカネや権力を手に入れようか。
ウトウトと河原で眠くなってきたところで、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「坊ちゃまー」
間延びしつつも、声の小さな彼女の声。
「ドレイ一号……!」
「誰がドレイですかー! 私ですー。メイですー」
腹いせかなんのつもりか分からないが、僕の顔の怪我を、的確に指で突いてくるメイドのメイ。
「痛い! やめろ! 僕になんてことするんだ! キサマは誰に対して不敬を働いているか分かっているのか!?」
「インペル家を追放されたロクデナシのユガミですねー」
「うぐっ!?」
「貴族階級のユガミなんて呼ばれてましたねー……」
「ふん。僕は選ばれた貴族だからね」
「いえいえ。坊ちゃまは歪むという意味で、貴族階級のユガミですからねー」
「なんてあだ名だ!」
「生きているだけで貴族社会が地に墜ちるとまで言われてましたねー」
「疫病神か何かか!?」
僕をなんだと思っているんだ!
「しかし、メイ! お前が来たということは、父上はやはり僕を?」
父上はやはり偉大なお方だ! 僕がやはり必要なのだと気づいて、呼び戻しに来たのだ!
「いえいえ。お坊ちゃまが追放処分されたのでー退職して追いかけて来たのですー」
「退職だと? じゃあ、お前は今はインペル家ですらないのか! 使えない奴め!」
「うるさいですよー」
「痛い痛い痛い! 腹をグーで殴るな!」
しかもさっきまでガンガン殴られた場所だから余計に痛む!
このメイド……いや、元メイドは何がしたいのだろうか。
「キサマ。一体、なんのつもりだ?」
「坊ちゃまが出て行ったと聞いたのでー。退職してー」
「そこまでは分かっている。だから、その目的はなんだと聞いているんだ、役立たずのクズめ――痛い痛い! 指を曲げないで!」
僕の高貴な指を後ろ方向に曲げるメイ。
無表情かつ無言で怒るんじゃない!
「別に目的もなにもー坊ちゃまが出て行ったので、坊ちゃまを追ってきただけですよー」
「なんだそれ」
「坊ちゃまのメイドとして再雇用をー……いや、お金持ってるのはこっちだから今度は私が主人かなー?」
好き勝手なことを言ってくれる。
一体、全体、なんのつもりなんだ。
★
僕とコイツの出会いは確か十年近く前だったか、その辺りだったと記憶している。
物心ついてから、僕は贅沢の限りを尽くした。
欲しいものはなんでもクソ親父に買って貰えたし、望むものは全部手に入る。そんな毎日を過ごしていた。
当然、“買い物”もすぐに覚えた。
僕に忠実な使用人を連れて、様々な権利を買ったり、人を買ったりした。
メイは確か、奴隷商か何かに売られていたと記憶している。
なんでも奴隷商曰く、メイは牢屋での生活の中でロクな食事も取らず、日に日に弱っていたのだとか。
かと言って、奴隷商としても廃棄処分をしたくとも、警備の目が厳しく、処分出来る状況下ではなくて困っていたらしい。
最近、奴隷の遺体が国中に転がっていて、問題になっていたらしい。
そこで、国では奴隷や奴隷商人を重罪行為として、総力を挙げて摘発していた。
捨てれば足がつく。かと言って、傷つける用途にもリスクが伴う状況に追い込まれたわけだ。
そこで、僕に比較的低価で奴隷を買ってくれないか、という提案を持ちかけられた。
さっさと売りさばいて、在庫処分をしたかったらしい。
もはや管理費用も、隠し通すことも大変な状況だったのだ。僕はかなり安い金額で、一番マシな奴隷を購入した。
メイを飼うことにした僕は、貧相な見た目なので、まずは、良質なエサを与える。
そこから、教養も足りないので、フュリの教材を盗んで読ませた。
フュリの野郎も、時たまに今受けている授業の内容を教えたらしい。
カネを与えなければ奴隷の奴は働かんからな。そこそこのカネも持たせてやった。
時が経ち、まあ、それなりのメイドになったワケだ。
★
僕は店の皿を洗いながらかつてのメイとの思い出を振り返っていた。
というより、
「なぜ、キサマはそこで腕を組んで見ているだけなんだ!?」
「無銭飲食したのは坊ちゃまだけですよー」
「僕が食べたものはメイドであるキサマが支払うのだ!」
「ほら、手が止まっているー」
「痛ぁーっ!? キサマぁー!」
ビシッと鞭を叩きつけてくるメイ。
お陰で尻が真っ赤になってそうだ。
「キサマは本ッ当になんなのだ!」
「……知りたいですかぁー?」
「当然だとも! 最後には王になる僕に、このような仕打ちをしている理由を聞かせて貰おうか!」
「それはですねー」
メイは顔を少し赤くしてもじもじしている。
なんなのだ、こいつのこの反応は。
「坊ちゃまの苦しんでいる顔が見たいからですよー!」
そう恥ずかしそうに言った。言いながら、鞭でシバかれた。薄ら血と涙が出た。
☆
僕たちは無銭の旅を続ける。……いや、正確には、僕だけ無銭で、メイだけたっぷりと貯蓄を持った不平等な状態で旅を続けている。
……なんでコイツ、こんなにもカネを持っているんだ。
質問したところで、貯蓄をしていたとかなんとか。
いつか、追放されるだろうから、お金を残しておいた……とはどういう意味だろうか。僕のことを言っているのなら、今すぐ解雇だ。
「あーあ。フュリ坊ちゃまなら、いつかユガミ坊ちゃまを追い抜かすとまで思ってましたけどー。まさか、こんなにすぐ立場が逆転するなんて思いませんでしたー」
「うるさい! 僕の方が優れているんだぞ!」
あいつの話をするとムカムカする!
なにが、「理想の領主として頑張りましょう!」だ。「いつか、兄上を支えられるように頑張ります!」だなんて、エラソーに言いやがって!
なーにが、「兄上は、本心は優しい」だ!? 知った風な口を利きやがって!
「痛ッ!? なぜ、蹴る!?」
「いえー。フュリ坊ちゃまを慕うメイドたちが、『今こそ蹴りを入れろ!』と叫んだ気がしましてー」
「お前はいつも蹴ってくるだろ! 痛ッ! あ、やめッ! いたたたたた! 関節! 関節が逆に向いてぇいてててててて!」
「これはフュリ坊ちゃまがいじめられていたぶんー。これは私のストレス解消のぶんー。そして、フュリ坊ちゃまを慕うメイド達のぶんー。そして、何よりも……私のストレス解消のぶんー」
僕はメイに持ち上げられると、そのまま頭から地面に叩きつけられた。
お前のストレス解消が一番の理由か!?
「それで坊ちゃんー。次はどんな悪さをするんですかー。」
僕は頭についた泥を拭いながら歩く。
「ははは! 国王の娘を誘拐して、王に登りつめ――痛い痛い! 膝を蹴るな!」
しかも、固いローファーで、ピンポイントに膝の皿を蹴ってくる。
そこ、痛いんだよ!
「坊ちゃん。犯罪をしたら、さすがに死んじゃいますよー」
「ちっ。仕方がない」
僕の妙案はさすがに、無理があるか。
「おい、メイ。何をボサっとしている。キサマも歩きながら僕が成り上がる方法を考えろ!」
「はいー。次、坊ちゃまが暴走した時に、どうイジメる……教育するか、考えますねー」
「今、イジメるって言っただろ!」
「言ってませーん」
僕たち凸凹コンビが成り上がるまで旅を続ける。
時々、ドSなコイツが嬉しそうに笑うのは……本当になんなのだろうか。