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5-13.怨み出でしモノ(後編)


 怪しい光が暗闇に浮かぶ。

 小さいけれども禍々(まがまが)しい一対の眼であった。

 ひとつ、ふたつと増えてゆき、全部で五対の赤光が宙に揺れ動く。


「ふたり居るぞ。年若い男と女だ。どうする? 」


「おお、どうしようかのう。いつぞやの時みたいに裸にひん剥いて切り裂こうか。ただのぅ、同じことをしてもおもしろくないなぁ。

 いっそのこと喰ってしまうのが良かろう。男も女も丸焼きにしてムシャムシャと食べるのじゃ」


「うん、うん、それはいい考えね。でも、焼いても男の肉は硬いし筋張(すじば)って不味いよ。きっと煮込むほうが美味しいわ。

 グツグツと煮えたぎった湯で茹で上げてしまえば、いくら硬肉でもホクホクにほぐれてイイ感じになるはず。なにより濃厚なスープがとれるしね」


「では、女は(あぶ)るのがよかろう。炭火でじっくりと時間をかけるのだ。表面が焦げつかぬよう、それでいて骨の芯まで火が通るように、火加減には注意せねばなぁ。ああ、想像しただけでヨダレがでてくる」


「よし、きまりだ。男も女も殺してしまえ。

 そのあとで宴をしよう。みなで豪勢な料理をとくと味わおうではないか」


 五つの赤光がユラユラと動きだす。

 肉食獣が狙いを定めた獲物の様子を窺うのと同じだ。

 はじめは遠巻きに観察していたのだけれど、シンたちが座ったままなのを確信して、大胆に近寄ってくる。

 ついに、目にも止まらぬ早さで襲いかかった。


 鈍い音がして怪異は弾かれてしまう


 透明な壁が接近を許さなかったのだ。

 彼我のあいだにあるのは防護結界。シンがいつも身に着けている魔道具によるもの。彼は魔導師なので、もっと強力な防御壁を展開しできるのだけれど、今回はこれでも充分だ。

 【邪紳領域】にいるような凶悪な魔獣とは違って、相手は人を驚かし(たぶらか)かすだけの妖精の(たぐい)でしかないのだから。


 事実、結界は襲いくる赤光をはね除ける。

 敵がぶつかった時だけ、淡い光の波紋が空中に浮かびあがった。ムキになって何度もぶつかってくる物の怪であったが、不可視の障壁は破れることはない。


 彼は、ルナに問いかける。


「さて、どうする? うるさい(あやかし)どもを追い払うもよし、滅殺するもよし」


「そうねぇ。とりあえず、おとなしくさせましょうか」


 彼女は懐から小さな鈴を取り出す。

 【九重(このえ)縁雀(えんじゃく)】という神器。金色に輝く表面には九羽の雀が描かれていて、見た目は非常に可愛らしい。


 ただし、この仙鈴が発揮する権能は凄まじい。

 ひと振りすれば、発する音色は数多(あまた)の悪鬼羅刹を調伏し、荒ぶる狂神を鎮めたという。

 一般人には扱えず、選ばれた者だけが所有できる特別なモノ。迂闊に資格のない人物が持つと、とんでもない厄災が訪れる。

 シンですら触ることを躊躇(ためら)代物(しろもの)だ。


 彼女はかるく【縁雀】を振る。


 チリン。

 涼やかな音色が倉庫内に響いた。


 ぎゃあぁ!


 絶叫と共にナニかが床に落ちてくる。

 全部で五つ。先刻、シンたちを襲おうと飛び回っていた赤光と同じ数だ。


 さすが、“神”の名がつく鈴である。

 ルナは【禍祓(まがはら)い】であり、所有する魔道具はその役目にふさわしい。

 彼女からすれば、街でちょろちょろする精霊なんて小物だ。

 なにしろ、シンたちが相対(あいたい)するのは神々や大精霊。たとえば、【大亀仙霊】は都市や平野部を海に沈めるほどの神力をもつ。

 そんな超越的存在を相手にするのに比べれば、今回の怪異は吹けば飛ぶようなもの。どうということはない。


 シンは近寄って確認する。


「ふむ、こいつらは猫精だな」


 現世と精霊界の狭間に住まう動物精の一種だ。

 体長は五十センチほどで、見た目は小柄なネコ人間といった感じ。人と同じように二本足で歩き、ちゃんと衣服を着るなど文化的な種族であった。まさに幻想世界(ファンタジー)の住人である。


 彼は、気付けのために水をぶっかけてやった。

 床に倒れ伏したソレらは、身体が痙攣していて動けなかったからだ。


「おい、おきろ。ルナが手加減してくれたおかげで助かったな。もし、彼女が本気で仙鈴を鳴らしていたら、貴様らは消し飛んでいたぞ」


 彼は、小さな猫精の首後ろをつまんで持ちあげた。


 相手は気がつくと慌ててなにか訴えはじめる。

 早口なうえに言葉が断片的すぎて、なにを喋っているのかわからない。

 落ち着くように伝えたのだけれど、小精霊は動転したままで、さらに強い口調で言い立てるばかり。

 埒が明かないので、彼は魔力を放って威圧した。


「とりあえず口を閉じろ。そのまま無駄なセリフを吐きつづけるなら潰す。

 次に教えておく。我々は、お前たちを滅殺するだとか封印するつもりはない。こちらの指示に、おとなしく従うなら助けてやろう。わかったなら、無言で首を縦に振れ」


 猫精は必死になって、何度もコクコクとうなずいた。

 さすがにビビったらしい。目に涙を浮かべ、両手を合わせて懸命に命乞いをしている。

 このニャンコ、どこかコミカルな感じがする。

 本人はいたって真面目なのだけれど、あまりにも真剣な様子が逆に笑いを誘ってしまうのだ。


 シンは猫精五匹(人?)を座らせた。


「で、おまえらの目的はなんだ? なにか理由があってイタズラを始めたはずだ」


 もともと猫精は穏やかな性格をしている。

 ときに悪戯をすることもあるが、冗談で済ませられる程度のことばかり。今回のように人間を脅かすことは滅多にない。ましてや幾人もの人を傷つけるのは稀なケースだ。


 リーダー格がビクビクしながらも答えた。


「この建物に住まう人間が、我らの宝物を奪ったのです。

 返してくれと頼んだのですが、男は知らぬ存ぜぬと言うばかり。返却に応じてくれるなら、ことを荒立てるつもりはありませんでした。

 しかしながら、相手は話を聞くどころか、もっと寄こせと脅迫する始末。やむなく実力行使で品を取り戻そうとしたのです」


 彼らの宝物とは【祝賀の堅果(フォルツナ・ナッツ)】。

 とても珍しい品であり、所有する者に幸運をもたらすという。


 後ろに控えていたニャンコたちも口々に訴え始めた。


「わたくしどもの末妹が結婚することになりました。宝物は祝言にと作ったもの。

 わざわざ遠方から“聖なる堅実”を取り寄せ、兄弟姉妹が祝いのお(まじな)いをかけたのです。一年間ものあいだ、妹が幸せになるようにと願いを込めてきたのに。それを盗まれたのが悔しくて、悔しくて」


「こうなった原因は、あの人間のせい。ただひたすらに恨み(つら)みをぶつけるしかありませんでした」


「明日は結婚式でございます。しかしながら、アレに匹敵する祝品は用意できません。今から同じものを仕立てる時間もなければ原材料もないのですから。

 何か代わりになるものはないかと相談しましたが、良い考えが浮かぶはずもなく。もう、万策つきてしまいました」


「嫁ぎ先は、ここら一帯を縄張りとする名家。あの()は器量よしの美人なれど、我らの家門は格下扱いされています。

 それゆえに、末娘が婿殿やご親族の方々から軽く見られぬようにと、兄弟姉妹は奮発して祝賀品を準備しました。

 しかし、なにも出品できぬとなれば、相手方から馬鹿にされるのは必定。自分たちが不甲斐ないと軽蔑されるのは耐えられますが、妹が虐められるのは我慢できません」


 彼らの言い分はもっともなことであった。

 結婚する末妹を祝福したい気持ちはよくわかるし、お祝い品を奪われた悔しさにも共感できる。このまま、猫精たちを倉庫から追い払うのは可能だが、ちょっと可哀そうだ。


 シンは、どうしようかとルナに尋ねてみた。

 彼女も猫たちに同情的で、なにか手助けをしようとの返事。

 しばしの間、考えてみる。アイデアは一つあるのだけれど、それが喜ばれるか不明であった。まあ、黙って悩んでいても問題が解決するでもないし、とりあえず話してみよう。


「お前たちの事情はよくわかった。とにかく、明日が結婚式なのだろう? 

 妹を祝福する(あかし)があれば良いはず。形ある物品でなくてもいいなら、できることがあるのだが…… 」


 彼は、とある思いつきを説明する。

 意外なことに猫精たちの反応は上々であった。


 翌日の朝。


 空は晴れ渡り、まばゆい陽光が大地を明るく照らしていた。

 場所はバーミリオン・ヒル近くの野原。

 婚礼は、石造りの古い家屋が崩れ落ちた一角でおこなわれる。


 猫精たちが、ほうぼうから集まってくる。

 みんな、この祝言の日のために、おめかしをしていた。

 女性(雌ではない)たちは色鮮やかなドレスを着こみ、頭には礼装帽子とまことに華やかな装い。男性たちは黒の礼服……、まあ男どもの服はどうでもいい。


 式場の端っこにテーブルが並んでいる。

 白いクロスの上には、参列者や関係者からのお祝い品が陳列してあった。

 細やかな装飾を施した銀杯。遥か遠方の東方大陸から輸入した白磁器。精霊界の仙桃など、どれも趣向を凝らしたものばかり。

 贈り物の前にはカードがあって、どの家からの物品なのかがわかる仕組みだ。


 そのなかに奇妙なテーブルがひとつ。

 カードが置いてあるだけで品物がない。新婦の実家からの出品だ。

 よく見れば、説明文には『秘密の贈り物』と記載されているのみである。

 参列者の反応はさまざま。

 なにか特別なものではと期待する者から、高価な物品がなかったのだろうと蔑む人物まで。


 嫁家一門は黙ってにっこりと笑うばかり。

 質問されても、“楽しみにしてね”とか“もうしばらくの辛抱です”とか曖昧な返事をする。よほどの自信があるらしく、嫌味を言われても柔らかく丁寧に受け答えをするだけであった。


 そうこうするうちに式が始まる。


 花嫁は純白のシュミーズ・ドレス。

 古代魔導帝国風のハイ・ウエストで、薄い綿モスリンの特徴を生かして、ゆったりとしたドレープを形作っている。

 清楚でいながらも光り輝くウエディング・ドレスは、まさに見目麗しき新婦に相応しい。


 花婿は黒のフロックコート。

 白のシャツにネクタイとベストを中に着込んでいた。ジャケットの前裾を水平にカットしたデザインは非常に男性的なロングシルエットだ。


 結婚式の進行は人間のそれと同じ。

 司祭役が神の代理として立ち会い、新郎新婦が永遠の愛を誓いあう。参列者たちは、新しい夫婦に幸あれと祝福の言葉をなげかけた。


 その後、立食パーティへと移る。

 両家の家族は酒を注ぎあい、親類縁者は互いの近況を語り合った。

 独身の若い男女は将来の伴侶をみつけるべく、気になる異性に対して積極的に会話を試みる。なんとも微笑ましく平和な光景だ。


 司会者が壇上にあがった。

 参列者たちに告知することがあると大声で、


「ご静粛に、ご静粛に。すでにお気づきの方もいらっしゃるとおもいますが、新婦のご実家から『秘密の贈り物』があります。内容は直前まで隠していましたが、ここで発表させていただきます。

 プレゼントは特別ゲストによる歌です。

 これを(うた)うは、【神の指先】であるシン・コルネリウス様。【言祝(ことほ)ぎ】とも呼称されるお方です! 」


 式場に驚きが広がった。

 猫精たちの認識では、【神の指先】とは超越者の使者である。

 つまり、天上におわす神々から超常のパワー【権能】を授かり、代理執行者として地上界に介入する存在だ。おいそれと接することが不可能な相手である。


 しかも、生歌が聞けるというのだ。

 変な例えになってしまうが、田舎の婚礼に、世界のトップスター、キング・オブ・ポップスが余興で歌声を披露するようなもの。彼らの感覚としては、こんな場所に登場するなんて冗談としか思えない。でも、絶対にあり得ないことが起きるのだ。実際にはその何倍もの衝撃と驚きで、会場は騒然となった。

 

 シンは式場の中央へと進み、そこで一礼。

 新郎新婦にお祝いを述べた後、(うた)いはじめる。

 選んだ曲は前世日本での結婚式定番ソング。


 ただし、誰も歌詞の意味は理解できない。

 それもそのはず。彼が口にするのは日本語で、この世界には存在しない言語であったからだ。それでも参列者にはちゃんと伝わった。新しい門出を祝福するための歌なのだと。


 もともとが陽気な(たち)の猫精たち。

 参列者たちは一緒になって手拍子を打ち、テンポ良いリズムに合わせて身体を揺らす。なかには我慢できずに踊りだす者まで出始めた。


 もうこうなると一曲だけでは済まない。何度もアンコールが繰り返される。

 シンは、結婚式にふさわしい曲なんて何曲も覚えていない。しかたなく、明るくてノリのよいモノをチョイスすることにした。

 これが大当たりというか、バカ受けしてしまい式場がコンサート会場へと変わってしまう。


 結局、三十分以上も歌い続けた。

 なんだか、お祝いの席をハイジャックしたような気もするけれど、皆が喜んでくれたので良しとしよう。


 こうして婚儀は無事に終了。

 花嫁一家の面目は立った。新郎の実家ばかりでなく、参列者たちからも『秘密の贈り物』は素敵だったと絶賛される。なかにはシンに公演依頼したいと願い出る者もいたらしい。




 最後に後日談をひとつ。

 問題があった倉庫の元・持主の家にドロボウがはいった。盗まれたのは金庫にあった小箱一個だけで、現金や貴金属類は手つかずのまま。


 ただ、その日以降、主は不運に見舞われる。

 馴染みの顧客は離れ、付き合いのある事業者が愛想をつかして、事業はうまくゆかない。浮気がバレて離婚、多額の慰謝料を背負った。ついには破産へと追い込まれたという。

 この世界には因果応報という(ことわり)があるのだ。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:82/82

 MP:98/98

 LP:46/64


 活動限界まで、あと四十六日。


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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[良い点] ニャンコ!(・д・´*) もふもふ担当がついに!
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