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5-06.挫折と慰謝と


 シンは中継拠点にいた。

 ここは最前線基地の【岩柱砦】を支援するためのもの。

 ちなみに、本拠地である【岩窟宮殿】から人間の生存圏までの距離は二百キロほど。その間を往復するのは大変だ。理由は、道中は凶悪獰猛な魔物が徘徊する人外魔境の大森林のど真ん中を走破する必要があるから。

 いくら高い戦闘能力を持っていても、野営するのは危険すぎる。対策として、彼は中継用の基地を幾つも設置することにしたのだ。


 シンはベッドに横たわっている。

 倒れた岩柱から救出されて、治療と休養のために無理やり押し込まれた。

 ただし、奇襲の損害や死傷者について報告を受けるつもり。すぐに寝るなんてできない。組織のトップとして最低限のことは把握しておきたいからだ。


 相手はツクモ族の女性。臨時の警備隊責任者だ。

 彼女は【岩柱砦】を警備する部隊の副隊長であったけれど、上官が戦死したため、現場の最高責任者になってしまった。その衣服は薄汚れているし、ずいぶんと疲れている様子。不眠不休で働き続けているとのこと。

 このブリーフィングが終われば、休息をとるように助言しておこう。


「ご報告いたします。まず、【岩柱砦】の被害について。砦の地上部分は根本からポッキリと折れて倒壊しています。地下一層と二層の半分以上が陥没しており、第三層は土砂や瓦礫に埋もれてしまいました。基地機能は完全に停止。使用不可能です」


 これは冒険者どもが仕掛けた爆弾のせいだ。

 正確には爆発する魔導具で、火薬はつかっていないけれど、機能は同じなので表現に間違いはない。連中はソレを幾つも設置していて一斉に起爆させた。味方ごとすべてを吹きとばす自爆攻撃である。なんともエゲツない。


「救助作業は続けています。各中継拠点から派遣された応援部隊が順次到着しており、人手不足は解消されつつあります。なお、お教えいただいた“七十二時間の壁”を念頭に要救助者の発見に全力をつくしています」


 並行して追討作戦もおこなわれている最中だ。

 冒険者どもは、邪神領域にいくつかのベースキャンプを設けていたが、ツクモ族と硬殻兵士(ゴーレム)の部隊がこれを急襲した。

 いまは、逃走中の残党を狩っているところ。我々を襲撃した悪辣な連中を逃がすつもりはない。

 

 ちなみに“七十二時間の壁”とは、人間が飲まず食わずで生きていられる期間のこと。これを越えると生存率は極端に下がってしまうため、災害救助などでは最初の三日間が非常に重要になる。


「ご命令のとおり、可能なかぎり捕虜として生きたまま確保しています。ただ、この件に関して多数の嘆願があがっています。卑劣なクズどもには罰を与えるべきだという声ですね。しかも、同意する者は増えるばかり。正直なところ、わたしも復讐心を抑えるのに苦労していて…… 」


「うん、報復したい気持ちはよく分かる。私だって同じだ。ただ、別の観点から皆殺しは差し控えるべきだと思っていてね。冒険者組合に対する反撃はキッチリおこなうつもりだ。日を改めて説明する機会をもうけるから、しばらく待つように言ってほしい」


「はっ、了解しました。皆には我が君のお言葉を伝えます。それでも、納得しない馬鹿には鉄拳制裁を加えて黙らせますのでご安心を」


「い、いや。そんな物騒なことをしなくてもいいから。穏やかにいこうね、ね? 」


 臨時隊長は両拳をグッと握っていた。

 目が座っていて危ない雰囲気が漂う。

 彼女のいう“鉄拳制裁”が普通のレベルを超えていそうなので、シンは宥(なだ)めにかかった。注意しておかないと怪我人がさらに増えてしまう。

 いつも感じることだけど、ツクモ族たちの忠誠心というか律義さがちょっと怖い。もう少し、肩の力を抜いて気楽にできないだろうか。


 報告が終わったので、シンは休ませてもらう。

 そろそろ体力も限界にちかい。今日は、再生処理中に強制覚醒させられたうえに、倒壊した岩柱砦の下敷きになった。負傷こそしなかったが、もう疲労困憊な状態だ。目を閉じただけで、あっという間に眠りにはいってしまう。


 深夜。


 不意に目覚めてしまった。

 ベッド横の椅子にはルナが座っている。

 どうやら、ずっと見られていたようだ。なぜかちょっぴり嬉しい。以前の彼なら、無防備な姿をさらしてしまったと、恥ずかしさのあまり身悶えしていたはず。

 我ながら、感情の変化にビックリである。

 彼女とキスしたことで心理的距離がずいぶんと近くなったせいだろうか。


「こんな夜中なのに、まだ起きていたのかい。もしかして私のことを心配していた? なら、だいじょうぶだよ。怪我はしていないし、すこし寝ただけでも体力は回復してきたからね」


「そう、良かったわ。でも、ちょっと気になることがあって…… 」


 ルナが懸念していたのは、強制覚醒の悪影響。

 直前まで彼は肉体を再生するために、錬金術で細胞の代謝系をいじくりまわしていた。それを強引に停止したのだから、身体に大きな負担がかかる。悪い意味で反動があっても当然のこと。


 いっぽうで彼女の決断は正しかった。

 仮に、なにもせずに眠ったままであれば、彼は死んでいたであろう。培養カプセル内で目覚めたがゆえに魔法の防御結界を展開できたのだし、結果として助かったのだ。


「君の判断は間違っていなかったよ。こうして生きているのは君のおかげだ」


「ありがとう。その言葉を聞いてホッとするわ。でも、身体の状態を確認してほしいの」


 ルナは心配そうにしている。

 真夜中まで、ずっと見守ってくれるほどに憂慮していたのだ。彼女を安心させるためにも、強制覚醒の影響を確かめておこう。


 シンは【状態管理】の魔法を発動した。

 対象者の身体状態を項目別に数値化して表示するもので、本人にしか把握できない。


 <基本状態>

 HP:28/28(更新205→28)

 MP:34/34(更新236→34)

 LP:12/12(更新145→12)


「え? 」


 現れた数値に唖然とした。

 間違いではないかと二度見するけれど、誤りではない。

 すべての項目で値が激減していた。特に注目すべきは三段目の『LP』で、ライフ・ポイントの略で寿命を示すもの。

 現在の数は『12』。つまり彼の生存可能期間は、たった十二日間しかない。なにも対策を講じなければ、二週間以内に死亡してしまう。


 これは、あまりにも酷い。

 強制覚醒が身体に大きな負担をかけるのは判っていた。しかし、ここまで生存期間が縮まるとは想定外だ。


 彼は精神的に不安定なところがある。

 心のなかでシーソー・ゲームが繰りひろげられていたのだ。

 端のいっぽうは『絶対に生き延びる』という執着。

 もういっぽうは『いっそ死んで楽になろう』という諦念。


 常に感情のシーソーは揺れている。

 たとえば、毎朝の習慣のこと。

 必ずお天道(てんとう)さまに朝のあいさつをする。そして『今日も生きよう』と己を奮い立たせるのだ。


 夜の就寝時。

 朝とは逆で、“死”の恐怖に恐れ慄(おのの)いて寝つけない。

 ひどいときには、苦悩から逃れるために、この世から去ろうかと矛盾した考えに行き着いてしまう。こんな倒錯した心理状態に陥ってしまえば、もう睡眠なんて不可能だ。ひと晩中、身体を震わせながら日の出を待つしかない。


 それでも、現在まで彼は生きている。

 単純に死ぬのが怖かっただけ。生存本能のほうが強かったといえるかもしれない。

 補足すれば、LP数値が増えてゆくことも励みになった。

 僅かずつではあっても、生存可能期間が延びるのをみていると頑張ろうという気持ちにもなる。【状態管理】の魔法はモチベーション維持に役立っていた。


 いま、彼を捉えているのは底なしの喪失感だ。

 ここまで重ねてきた努力と成果が根こそぎなくなってしまった。

 突然、地面に大穴が空(あ)いて落下しているかのよう。


「まさか、LPがここまで減るなんて……。これじゃあ、“賽(さい)の河原の石積み”と同じじゃないか」


 それは『無駄な努力』を言い表す俗言。

 あの世の象徴とされる三途の川のほとり、“賽(さい)の河原”で子供たちは石を積み続ける。親よりも先に死んだ親不孝者は、父母を悲しませた罪を償うために仏塔を作らねばならないのだ。

 身体の小さな幼子にとって石は大きく重たい。

 手や足は荒れるし、無理をするので怪我をして指先からは血が流れおちてしまう。それでも四苦八苦しながら石を重ねる。


 だが、子供たちの努力は報われない。

 地獄の鬼がやってきて完成間近な石の塔を情け容赦なくぶち壊すのだ。

 石を集めては崩され、積んでは崩されてしまう。

 終わることない苦労を延々と繰り返すことが、親不孝な子供への罰だ。


 シンの場合、“積みあげた石”は己の寿命。

 ここ十年のあいだ、たゆみなく錬金術の研究をずっと続けてきた。

 最近になってようやく人間社会と接触できたし、新しい知識や技術も習得中だ。希少な素材を集めまわり、高エネルギー液体の【地母神の雫(マグナ・アクエ)】を惜しみなく使用している。

 苦労の甲斐あって、どうにかLP値を『145』にまで伸ばすことに成功した。その成果が全部、水の泡となって消えてしまったのだ。


「ああ……、うぐぅ……」


 非現実感がシンを支配した。

 目に入るすべてのものが灰色の無機質な物体と化してしまう。

 耳は音を捉えているけれど、まったく意味が理解できない。

 足元がユラユラと揺れて上下の感覚すら喪失してゆく。


 もう、気が狂いそうだ。

 なにも感じない。

 絶望が深すぎて、脳が、視覚や聴覚など五感が伝えてくる情報を拒絶してしまった。


「ああ、可哀そうなシン。慰めてあげる。わたしを好きにしていいわ」


 ルナの柔らかな腕が彼の身体を抱き寄せた。


 それは、本能として自然なことなのだろう。

 死期を感じとった人間は、せめて自分の遺伝子だけでも残そうとする。己が生きていたという証(あかし)を何らかの形で留めておきたいという根源的な欲求だ。

 あるいは、形振(なりふ)り構わぬ最後の抵抗なのかもしれない。


 ルナの四肢はしなやかに動いてシンの身体を絡めとった。

 白く滑らかな手は彼の背中へとまわる。

 ごく弱い力であったにもかかわらず、まったく抵抗できない。それどころか巧妙に誘(いざな)われて、いつの間にか自分から積極的に相手を抱きにかかった。


 彼女のやわらかな声音は呪文と化して、彼の理性を麻痺させてゆく。

 断片的で意味を為(な)さない囁き声。

 あるいは、リズミカルで艶(なま)めかしいな吐息。

 言語以前の原始的な“まじない”が、彼の本能を掻きたてた。欲望が止めどなく湧きでて、ただひたすらにパートナーの身体を求めてしまう。


 彼女の香りたつ匂いは彼を狂わせる。

 それは、錬金術で創り出すどんな媚薬よりも強烈な効力を発揮した。

 嗅覚はその構造上、ダイレクトに情動を刺激する。

 視覚や聴覚などの神経回路は大脳新皮質、つまり理性を司(つかさど)る部位を経由するが、嗅覚だけは別系統なのだ。匂いの情報は大脳辺縁系へと直接的に伝達されて、本能に影響を与えてしまう。


 いまのシンは暴走車と同じだ。

 理性のブレーキが効かないままに、衝動のアクセルを踏み続けるだけ。ただひたすらにリビドー(性的エネルギー)が猛(たけ)り狂っている。


 彼の荒々しい動きは、ルナに柔らかく受け止められていた。

 彼女の包容力は無限大で、彼の身も心もあたたかく包み込まれてゆくばかり。女性特有のしっとりとした肌触りを確かめようと、彼は全身の皮膚を密着させる。


 シンは、その過程で癒されてゆくことに驚いていた。

 固く凍った失意が、女性の情け深い抱擁で溶けはじめてゆく。

 グラグラと揺れる不安定な精神が、慈しみの心のおかげで落ち着いてきた。


 なんと女性は偉大なことか。

 彼女たちは【初源の渦巻】に通じる門(ゲート)を内に秘めている。

 その身体に新しい生命を宿し、ゲートから顕(あらわ)れる魂を結合させ、この世へと誕生させるためのもの。

 女性は、男が逆立ちしたって不可能なことを成し遂げる。

 まさに神から授かった【権能】と表現しても良いであろう。


 ほかにも彼女たちは玄妙なるパワーを隠し持っていた。

 心が折れた男性を再生させる能力だ。


 どんな男でも、いつかかならず挫折を経験する。

 頑丈な肉体を誇り、強靭な精神を有していても百戦百勝は絶対に無理だ。強ければ強いほど、心折れたときの男は痛ましい。

 大地に膝をついての慟哭。

 心の奥底から湧きあがる後悔。

 精神だけでなく身体をも蝕む懊悩(おうのう)。


 それらすべてを、女はやさしく受けとめてくれる。

 太古の昔から彼女たちは慰謝を与える存在であった。慎ましやかながらも、尽きることのない慈愛で男の心傷を回復させる。


 シンは生まれ変わった。

 ルナのうちにある【初源の渦巻】をくぐり抜けて新たな生命を吹き込まれたのだ。






 ■現在のシンの基本状態


 <基本状態>

 HP:28/28(更新205→28)

 MP:34/34(更新236→34)

 LP:12/12(更新145→12)


 活動限界まで、あと十二日


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新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[気になる点] だいぶボロボロにされちゃいましたね、対人戦を想定してなかったのはかなり痛いですね。 ところで最後のモニャモニャっと書かれてる女性の力は比喩的表現ではなく、本当にあの世界では神秘的なパワ…
[一言] この場合賽の河原の鬼は作者
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