1-09.目が、目がぁ~
「うん、いい感じだ」
シンは魔法治療薬の作成に成功した。
錬金術は楽しい。
目覚めて以来、はじめて夢中になれた気がする。
今まで精神的に余裕なんてなかった。
見知らぬ場所であったし、厳しい状況がずっと続いている。生き残ることに必死で、ストレスがたまるばかり。
そんななか、面白いと思えるものを見つけたのだ。心惹かれるのも自然な成りゆきであろう。
「次は、鉱物系錬金の練習だな」
本拠地周辺の土や小石を集める。
専用道具で粉末状になるまで潰した。
純水を加えて丁寧に掻きまわし、ドロドロな状態にする。できあがった泥を成分分析した。
「おぉ、適当にあつめた土壌でも鉄を含んでいるのか」
今回の目的は、鉄の抽出だ。
土壌成分として鉄分やケイ素、アルミニウム、カルシウムなど、さまざまな物質が混ざっている。これらを【分離】【抽出】を繰り返して目的物を取り出すのだ。
ある程度の作業は術符で済ませた。最終工程では高温加熱が必要になる。
「じゃ~ん。ここで登場するのは【錬金炉】!」
実験用の小型のもの。
サイズは高さ五十センチ、直径二十センチほどの円筒形。
高位の錬金術師なら、道具なしで鉱物の成分抽出ができるらしい。
まあ、初心者のシンでは無理なこと。どうしても専用魔導具の補助がいる。
彼は蓄力鉱石で魔力を注入して、炉に火を入れた。
「う~ん、どれくらいの高温がよいのかな?」
炉内が熱くなってくる。
充分に温度が上昇したので、先刻の加工した泥を投入。しばらくすると、原材料が溶けて溶岩のように真っ赤になった。
幾つかの工程を経て、不純物を除去してゆく。
「ここで、【分離】!」
最期に残った溶解物質に錬金魔法を発動する。
土壌にある鉄分は酸素と結合して酸化鉄になっていた。
これを錬金術で強制的に切り離すのだ。あとは中身が冷えて固まるのを待つだけ。
翌日。
錬金炉から内容物をとり出す。
「ち、ちっちゃい……」
砂粒ほどの小さな鈍色の塊が、底にくっついていた。
精錬した鉄である。
純鉄のインゴットを想像していたので、現物を見てちょっとガッカリ。
まあ、この結果は当然のこと。
そもそも原材料は少量だった。適当に集めた土や小石ばかりで、鉄鉱石ではない。生成できた鉄量が少ないのは、正しい結末である。
「気を取り直して次にいこう」
その後も、どんどん練習を続けた。
術符の材料となる紙を作るだとか、インクを合成したりする。
道具類への魔法付与も挑戦してみた。細い金属棒の先端に、光源魔法を付着させて、ランプに仕立てる。鉄板に加熱魔法を定着すると、即席アイロンの出来上がりだ。
壊れた道具の修理にも手を伸ばす。
この施設は半壊しているせいか、倉庫の備品は破損しているものが多い。ヒビ割れした器具なら【再構成】で修復できる。練習台にはもってこいだ。
「つくづく魔法陣って不思議」
どのような原理で、魔法発動するのか謎だ。
幾何学文様や意味不明な文字配列だけで、超常現象が起きるなんて、理解できない。仕組みを解析したいけれど、今は後回しにする。優先すべきは、錬金加工した罠を制作することだ。
ひと通り初級練習を終えた。
いよいよ錬金罠の試作品を始める。
シンは、ミドリに相談する。
「ねえねえ、そろそろトラップ用の魔導具を作ろうとおもうんだ。なにか適当に候補をあげてくれないかな」
「回答します。まず、これまでの経緯から以下の項目を設定します。
目的は、魔物を特定領域からの排除。なお、殺傷までは求めません。
第一条件は、作成が容易で手間暇のかからないこと。第二条件は、低効果でもかまわないこと。以上の設定条件を満たすモノを選定します。
しばらく、お待ちください。……こちらが候補一覧です」
「おおっ、たくさんあるなぁ」
リストのなかから幾つか決めた。
せっせと魔法陣を刻んで、罠用の符を準備してゆく。
「手描きだなんて面倒くさい。もっと生産性を上げないと」
【術符】の幾何学紋様は印刷で済ませよう。
木版画なら板を彫るだけで簡単に用意できる。ひとつひとつ手で描くなんてあまりにも非効率だ。
計画では、多数の罠が必要になる。大量生産できるように工夫しないと身が持たない。
ミドリには印刷技術の知識がなかった。
彼女が現役だったのは五世紀前のこと。
高度な魔法がある一方で、印刷物がないとは驚きだ。補助人格を造った文明社会は、ずいぶんとバランスが悪い。
「さてと、試験をしようか」
実験は野外でおこなう。
危険なので、施設内部での試験実施は控えるべき。
広くて開けた場所のほうが適している。もちろん、結界内の安全圏でするつもりだから、魔物襲撃の心配はない。
ちなみに今回は、単体テストだ。
単機能術符がちゃんと発動するかの確認である。現時点で失敗なら、次の工程には進めない。
この手の開発は、ゆっくりでも確実にするべきだ。
各工程でチェックを怠ると、あとで痛い目にあう。時間も労力も無駄に費やしてしまうのだから。
錬金加工した符を地面に設置した。
導火線代わりの伝導糸をくっつけて、その場を離れる。安全のため十メートルほど距離をあけ、岩の裏側に隠れた。
最初の検証試験は、【閃光】だ。
これは発光するだけの魔法。危険は少ない。
他の試作術符に、【破裂】やら【電撃】があったけれど、物騒なものばかり。怖いから、後回しにした。
威力も有効範囲も不明なのだし、無害そうなものから始めたほうが良いだろう。
大岩からヒョイと頭を出して、様子をたしかめる。
術符の四隅には、小石を置いているから、風で飛ばされない。伝導糸もちゃんとつながっていた。
うん、問題なしだ。
「発動実験を開始しま~す。三、二、一、発動!」
狂暴な光が発生。
周囲は白黒だけの世界へと変化する。
強光が照らした箇所は真っ白に。
影の部分は暗黒色に染まった。他の色彩は完全に消失する。
「目が、目がぁ~」
眼を押さえて、もだえ苦しむ。
迂闊にも【閃光】の輝きを直接見てしまった。
閉じた瞼の裏側に白光色が、シッカリと張りついている。
ボロボロと涙が流れ落ちてきた。
脳みそまで、焼きついたみたい。もう何も考えられない。
「き、きけんすぎる」
視力が回復するのに一時間以上もかかった。
魔導の煌めきは極悪すぎる。
発光するだけの魔法だと、侮ったのは大間違いだ。冗談ではなくて、本当に視神経に強烈なダメージを受けてしまった。
ホント舐めてはいけない。
「【閃光】を初回実験に選んで良かった。もし【爆発】や【風刃】みたいに危険なものだったら、どうなっていたことやら。大怪我どころか、死んでいた可能性だってあるぞ。これからは安全第一でいこう」
数週間後。
試作品の製作を始める。
構成内容は数種類の術符と付属品の組み合わせだ。
あれこれと作るうちに、様々なアイデアが浮かんできた。初めは教科書通りの製品ばかり。でも、後半になりと独自作が増えてくる。
独自作成品は、ユニークなものから現代兵器の再現まであった。
「ふふっ、これぞ【トウガラシ地雷】」
唐辛子は使ってないけれど、意味するのは同じ。
コイツは、強刺激性の液体を噴射する。
一定範囲内に入った者に反応して、刺激液が一瞬で広範囲に拡散。この特殊溶液を浴びると、眼や鼻だけでなく、皮膚もひどく爛れてしまう。
自分で言うのもなんだが、怖すぎる。
「できてしまった【対人地雷】。ああ、こんなモノまで作成できる自分の才能が恐ろしい」
前世記憶を基に作ってみた。
仕組みは、接近者がいると、本体が地中から跳ね上がる。
中には小さな金属片がビッシリ詰まっていて、空中で全方位に飛び散るのだ。直撃すれば、表皮をズタズタに切り裂いてしまう。
錬金罠は、かなり期待できそう。
付近一帯は人間がいないので、魔物たちはトラップを知らない。ヤツらは無警戒なまま、引っかかること間違いなしだ。
【トウガラシ地雷】みたいな非殺傷タイプでも、嫌がらせには充分だ。
連中とて、学習能力はあるから、罠のある地域を避けるはず。そうなれば安全地帯の完成だ。安心して食べ物を採取できるようになる。
「よし、明日は実地テストだ」
翌日、試作品を背嚢に入れて野外に出た。
本体は小さな円筒形。中には丸めた術符が数枚と蓄力鉱石を組み込んでいる。
せっせと錬金罠を敷設してゆく。
設置場所は本拠地を取り囲む結界の外側に三ケ所。
魔物をおびき寄せるエサも撒いた。
設置後、観察場所へと移動。
仕掛けた罠すべてが見通せるよう、背の高い樹木に登った。
バケモノどもが近づいてくるまでジッと待機だ。
「おっ、緑色鬼を発見」
森の奥からやって来たのは二匹。
連中はしきりに鼻をヒクヒクと動かしている。
餌の肉臭に釣られたのだ。
樹の上からヤツらを観察する。
相手との距離は相当離れているし、自分に隠密系の魔法をかけおいた。前回とは違って、見つかることはないはず。
それでもダメなら、さっさと逃げるだけだ。
「ええい、じれったい」
魔物たちは、随分と警戒心が強かった。
すぐに肉餌に飛びつくような真似はしない。ずっと、辺りの様子を窺っている。肉片に違和感を抱いているみたいだ。
エサは綺麗に切り分けた鳥肉。
失敗したかもしれない。下手に加工せず、自然な形のものを置いたほうが、良かったかも。かなり時間が経過して、ようやく緑色鬼が肉に近づく。
【トゲトゲ地雷】が発動。
硬いトゲが、爆発的な勢いで地面から出現した。
まるで、生け花で使う剣山みたいだ。
その範囲は、直径五メートルくらい。棘の高さは約五センチで、足裏を突き抜く威力がある。殺傷力はないけれど、相当な傷を負うのは確実だ。
「アギャァ~」
鬼たちは絶叫した。
驚きのあまり尻もちをついて、さらに被害を拡大さる。
下半身全体にトゲがつき刺さって、血まみれ状態だ。
棘状突起の仕様は、極悪である。
横からの衝撃に弱くて、折れやすいのだ。
しかも、質の悪いことに、表面に小さな逆棘が、ビッシリと生えている。身体にくい込んでしまうと、引抜くのは不可能。
嫌みなほどに凶悪なトラップである。
「うあぁ、アレは痛い」
試作品は大成功だ。
以前、自分を苦しめた緑色鬼を、あっけなく無力化できた。
安全な場所から眺めていただけで、この成果である。
錬金加工の罠には、非のうちどころがない。
しばらく、観察を続ける。
重傷を負ったバケモノどもを仕留めるのは簡単だ。
しかし、手を出すつもりはない。
理由は、調査対象にはヤツら以外もいるから。
同族意識の強い種族なら仲間が近寄って来るだろう。
逆なら共食いする可能性だってある。
連中の行動傾向を見極めたい。効果的にトラップを設置するためにも、実験データはたくさん欲しいところだ。
「結局、なにもなしか」
大怪我をした緑色鬼たちは森の奥へと去る。
同族は現れないし、別の魔物が襲うこともなかった。
なんだか、拍子抜けだ。
まあ、錬金罠の有効性が、実証できただけで充分であろう。
「うん、明日も実地テストを続けよう」