4-21.未だ駆除薬は完成せず
■第十一日目の夜 ルナたち被咬者の発症まで四日間
シンは【念話ネットワーク】経由で現場の状況を見ていた。
現場は国家保安局の地下室。
牢屋があって、そこに閉じ込められているのは十数名だ。彼らの性別や年齢はバラバラだけれど、共通しているのは体調不良であること。
後で判明したことだが、虜囚たちは【侵蝕するモノ】に寄生されていた。
ダミアンは痙攣しており非常に苦しそう。
最初はブルブルと小刻みに震え、次第に身体全体が上下に激しく動く。しかも口から泡がこぼれ落ちている。
次に皮膚が、まるで水面のように揺れはじめた。
ときおり不気味な口吻が浮かびあがる。形は肉食獣そのもの。鋭い牙があって、口端からよだれがダラダラと流れ出ているのが醜悪だ。
彼は朦朧としながらも懸命に抗う。
「消えろ、きえろ! 」
叫び声をあげてバケモノを掴み、ねじ切ろうとする。
あるいは、自分から壁にぶつかって魔物を圧し潰そうと試みた。
その行為は自身を傷つけるだけ。なにしろ【侵蝕するモノ】は己の肉体に巣くっているのだから。
ダミアンの抵抗は強く激しい。
あっという間に全身傷だらけになってしまうが、それでも彼は生きていた。退役したとはいえ元・超戦士であり、人並み以上に体力があるおかげだ。しばらくすると獣の口吻は現れなくなる。
彼は、内なる戦いに勝利したのだ。
大きな変化が彼の身におきる。驚くべきことに、欠損していた膝下が生成しはじめた。正確に表現するなら、寄生型魔物が人間の足へと変形したのだ。
ダミアンは立ちあがる。
先刻までの衰弱しきった様子ではなく、身体中にパワーが漲っていた。おまけに胸板は分厚くなっており、手や足の太さも増している。
以前の不自由な身体ではなくて、普通の健常者だ。
いや、頑強な肉体に変わっていて、それこそ強大なモンスターのごとき存在感を放っていた。
鉄格子が吹きとぶ。
彼が蹴りつけたせいで、鉄製の枠ごと外れてしまったのだ。
人間が発揮できる“力”ではない。まるで大鬼のようなパワー・ファイター系のバケモノと化していた。
シンは驚いて、ソファから立ちあがってしまう。
「なんてことだ、ダミアンが魔物を支配したのか? これはもう【魔人化】と表現すべき異常現象じゃないか! 」
中継映像を見るかぎり、ダミアンは自己意識を保持している。
アイツは狂暴化なんてしていない。【念話ネットワーク】経由であるため、映像品質は良くないけれども、この程度のことは充分に分かる。
ヤツはちゃんと目的があって行動していた。
その証拠に、彼は他に捕らえられていた人々を助けているのだから。
次々と囚人が解放されてゆく。
さらに自由になった者が鉄格子をねじ曲げて、閉じ込められている人たちを救出した。どうやら、寄生された人間たちは【魔人化】しているかんじだ。
彼らは看守たちを叩きのめして地上へとむかう。
外では兵士が待ち構えていた。
百名ほどの保安局員が脱獄者たちを取り囲む。兵は剣や盾で武装しており、すぐに鎮圧できると安易に考えていた。
だが、戦いは均衡状態か、やや保安局側が押され気味な状態。
理由はダミアンたちが強すぎること。
彼らは寄生型魔物の“力”を借り受けている。パンチひとつで大人を吹き飛ばし、蹴り放てば壁が崩れるくらい。普通の兵士では対抗できなかった。
おまけに、ダミアンが的確な命令をだしている。
囚人たちは指示のとおり戦っており、その様子は練度の高い軍隊のよう。
保安局の陣営には魔導師もいた。
だが、連中は混乱していて、後方で部下を怒鳴りちらすばかり。そんな役立たずでも、目立つ士官服のせいで脱獄者たちの攻撃目標にされてしまう。
突然、爆炎があがった。
しかも、複数個所で同時に。動転した魔法使いが火属性魔法をめくら滅法にぶっ放したのだ。攻撃魔法は時と場所を考慮して使用すべきなのに、それを無視している。あきらかに冷静さを欠いた行為だ。魔法を使う者としては程度が低すぎる。
爆発は他の区画にも広がった。
あさっての方向に飛んだ【火炎弾】が、隣接する建物や別の敷地へと着弾している。これが原因で、周辺は大混乱へと陥った。
いくら深夜とはいえ、こうも派手な炎上事件となればたくさんの野次馬が集まってくる。
ダミアンたちは群衆にまぎれて脱出に成功。
傷つきながらも、夜の王都へと消えてゆく。
いっぽうのシン。
諜報部隊に念話で指示をだしていた。
『保安局がなにをしていたのかを確認したい。偉そうなヤツを数人、拉致してくれ。問答できる状態なら多少の怪我をさせてもかまわない。私も尋問にたちあう』
今回の騒動について、なにが真実なのかを調べないと。
商業地区からはじまった生物災害には、国家保安局が絡んでいるはず。裏取りをするために、事情を知る者から直に話を聞くのがいちばん手っ取り早い。
少々、強引だけれど関係者を誘拐しよう。
ツクモ族(改)たちは優秀だ。彼らなら目撃者なしに対象者を連れ去るなんて、簡単に成し遂げる。
シンは護衛たちと共に移動した。
むかった先は廃倉庫。そこは、なにかあった際に利用できる場所として、以前から目をつけていた。人のいない倉庫なら、誰にも見られることなく保安局の連中を尋問できる。
捕虜への取り調べは諜報部隊のリーダーの仕事だ。
シンは立ち会うだけ。優秀な部下がたくさんいるのだし、配下に権限を委任するのも、組織トップとして適切な判断である。
国家保安局の兵士長は椅子に座らされている。
手足の自由は効かないし、顔には布袋がスッポリと被っているので何もみえない。それでもコイツは不安を隠して、虚勢をはっていた。
「おい、おまえら。国家機関の人間に、こんなことをしてタダで済むとおもうなよ。いまなら許してやるから、すぐに俺さまを解放しろ」
「黙れ。おまえができるのは、こちらの質問に素直に答えることだけだ」
「拷問するつもりか? おい、やめろよ! 」
暴力的な方法で尋問なんてするつもりはない。
精神感応系の魔法をつかえば、手間をかけずに聞きだせるのだから。
とはいえ、自白魔法には欠点がある。
対象者の意識が混濁してしまうのだ。本人自身も客観的事実と主観的意見の区別がつかないので、獲得できる内容は不正確になりがち。
対策は、複数人から同じ質問をかさねて情報の信頼性を確保すること。三人まとめて拉致したのは、そんな背景があったためだ。
尋問して分かったこと。
やはり、国家保安局は【侵蝕するモノ】で人体実験をしていた。
目的は生物兵器の可能性を検討するため。
命令したのは部隊長だが、本人自身が主導していたのか、さらに上の責任者がいるのかは不明であった。
情報提供者は錬金術師組合の術師。
保安局は、ずっと以前から内部協力者を潜りこませている。
まあ、“協力者”なんて表現をしているが、実態は相手の弱みにつけ込んで、強引に仕立てあげた。諜報機関の常套手段である。
で、この裏切り者が寄生型魔物の卵を秘かに盗んだのだ。
連中の実験方法は杜撰そのもの。
安全管理などの準備をしないまま研究をおこなっていた。案の定、実験体と称されていた被寄生者が数名、施設から抜け出してしまう。
これが王都を騒がせた事件の始まりだ。
しかも、警備していた隊員数名が【浸蝕するモノ】の卵を産みつけられてしまった。
慌てた保安局は錬金術師組合を急襲する。
目的は駆除薬を手にいれるため。偽りの罪状をでっちあげて、組合の術師や職員たちを拿捕した。さらに、薬剤や魔道具などをかたっぱしから強奪してゆく。
しかし、治療薬はこの世に存在しない。
実際、薬師たちが懸命に開発を続けている最中だ。現状を知った保安局上層部は途方にくれてしまう。
連中が、自分たちで薬剤を開発するなんて無理。
できることといえば薬師組合の新薬を待つくらい。非道なことに、保安局は新たな駆除薬を横取りしようと計画していた。
尋問結果を聞いて、シンは呆れてしまう。
独裁的国家の諜報機関なんて、クズのあつまりだ。
国の繁栄のためにとか言って美辞麗句を並べるが、やっているのは悪逆非道な行為ばかり。市民の生命や安全を守ることは二の次だ。ほんとうに連中の性根は腐っている。
拉致してきた三名の開放を決定した。
ただし、嫌がらせをする。捕虜を王都衛士隊の本部前や新聞社社屋前に放置しておくのだ。罪状を書き記した板を首からぶらさげておけば、衛士や記者に尋問されるであろう。
自白魔法の持続時間はおよそ二十四時間。
意識朦朧な保安局員は、質問に対して素直に返答する。今回の生物災害について、誰が元凶なのかあきらかになるだろう。
王都住人が国家保安局に対して非難の声をあげるのは確実だ。
ひとつ、気になることがある。
それはダミアンの動向。彼が脱出した後の行方が不明なのだ。
見失ったのはツクモ族猫型の失敗。
追跡していたニャンコは別のことに注意を向けたとのこと。
なんとも締まらない話なのだけれど、美人猫の色香に誘惑されて、フラフラと横道に逸れていったらしい。
どうにもツクモ族動物タイプは集中力が長続きしない。彼らの運用方法は再検討すべきだなぁ。
■第十二日目の早朝 ルナたち被咬者の発症まで三日間
シンは宿泊先の高級ホテルにいた。
対面にいるのはルナ。
昨夜の出来事や捕虜から得た情報について、彼女に説明しているところだ。
「ダミアンの変化には驚いたよ。あれは【魔人化】だった。なにしろ、人間業とは思えないパワーを発揮している。欠損していた足が再生するというオマケつきでね」
「たしかにビックリする話だわ。それにしても【侵蝕するモノ】に寄生された人って、狂暴化するはずよね。なぜ、彼だけが支配されず、正気を保ったままなのかしら? 」
「仮説だが、彼の魔導的素質が関係していると思う」
シンは己の考えを語った。
ダミアンは魔法こそ使えないけれど、魔力は持っている。それが寄生型魔物に抵抗できた理由だ。
「懸念すべきことがある。おそらくダミアンは寄生された者に対して影響力をもっているはず。簡単に言ってしまえば【支配】かもしれない」
「じゃあ、私も支配されるの? 」
シンは、可能性はあると肯定した。
表面上は冷静だけれど、内心は荒れ狂っていて、完全に『ダミアン許すまじ』の心境である。ルナが他人の制御下におかれてしまうなんて絶対にイヤだ。
そんな事態になってしまえば、もう自分を抑えられない。
彼女を守るためやったら、なんだってしたるわ。
ダミアンを含め【侵蝕するモノ】に毒された人間、全員をどつき回してぶっ殺そうか。それとも王都全体を業火で焼き尽くすのもエエなぁ。汚物は消毒だぁ~。あっ、あかん。ちょっと落ちつかんと……。
「その心配もあるが、まあ別に放置でかまわない。対策は幾つもあるからね。それよりも、駆除薬が間に合わないことのほうが問題だ」
ルナが発症するまで残り三日間。
期日までに薬の完成は無理だ。時間が少なすぎる。
薬師組合の研究者たちが、心血を注いで開発を急いでいるが、未だに有効な薬効成分を発見できていない。
彼女は、シンを見据えたまま問いかける。
「じゃあ、私は魔物に寄生されて狂人化するの? 」
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 61/120
活動限界まで、あと六十一日。




