1-08.錬金術に初挑戦
「あ~、もう気分は最悪」
三日間、シンは寝込んでいた。
ベッドに潜り込んで、シーツに包まってゴロゴロする。ただし、不調な訳では”ない”。
原因は、先日の緑色鬼との戦いだ。
新しい魔法を覚え、それなりに戦術を立てるなど、充分な準備を整えていた。にもかかわらず、あえなく敗退。
本当に命が危なかったところを間一髪で助かった。
よく生命があったとおもう。自分でも信じられないくらいの幸運だった。運が悪ければ死んでいたはず。
無事に逃げ帰ったとはいえ、気欝になのるも、止む無しだ。
「とはいえ、ずっと寝ているのもなぁ~」
さすがに、寝台でジッとしているのには飽きた。
遊びたいという欲求が、憂うつな感情を押しのけてゆく。“ふぁ~”と大きなアクビをしてベッドから這い出た。
落ち込んだ気分を復活させる方法がある。
自己流のマインド・リセットだ。
前世の彼が気鬱になったときに、使っていたテクニックである。簡単なのに、けっこう効果があるので、お勧めだったりする。
【復活方法:その一】。
お腹いっぱい食べる!
「ムシャ、ムシャ」
胃袋を満たせば、いずれ回復できる。
逆に、空腹だと体力は衰弱し、気力は萎えるばかり。単純だけれど、美味しい食事をいただければ、しあわせな気持ちになれるのだ。
【復活方法:その二】。
思いっきり運動する!
「オラ、オラ、オラ~」
施設の周りを全力で走りまわった。
ついでに腕立て伏せや腹筋など、適当にトレーニングも行う。太陽の光を浴びながらだと、しっかり内分泌液の【セロトニン】が分泌するのだ。
これは別名“幸せホルモン”。精神を安定させて、ストレスを軽減させる効果がある。
無心になって身体を動かし続けたおかげで、汗と同時に嫌なことも流れ出てゆく。
【復活方法:その三】。
たっぷり睡眠をとる!
「グゥ~、グゥ~」
ベッドに潜りこんでグッスリと寝た。
運動で疲れた肉体は、休息を欲するのだ。
自然と眠りこけてしまう。落ち込んだ心模様なんか、きれいサッパリと消えてしまった。それにお腹いっぱい食べていたので、睡眠中に体力だって回復する。一石二鳥だ。
「俺さま、復活!」
爽快な気分で目覚めた。
体調はすこぶる良くて元気モリモリだ。
この三日間、気落ちして寝込んでいたのが嘘みたい。なにも、あんなに深刻ぶってウジウジする必要なんてなかった。冷静になって検討すれば、幾らでもやりようはあるのだから。
新鮮な気持ちで、緑色鬼との一戦を振り返る。
「問題は、強力な魔物と真正面からぶつかったことだな。なら解決策は簡単! 強敵とは戦わず、回避すればいいんだよ」
ちなみに、反省はしない。
下手な自戒は、マイナス点ばかりに意識がいってしまう。
結果、碌なことにならない。どうしても委縮しがちになるのだ。そんなことよりも前向きに物事を考えるべきだと思う。
生き残ることに集中しよう。
いろいろとアイデアを練るほうがずっと建設的だ。
「まずは現状を把握しなきゃ」
【状態管理】を発動させた。
<基本状態>
HP:10/10
MP:20/20
LP:7/20
「やっぱ”地力”が貧弱なのかなぁ」
基礎能力である体力や魔力が低い。
身体基礎を強化する必要がある。普通なら、時間をかけてゆっくりと向上を図るものだ。人間は機械とは違う。部品を取り換えて増強できない。
しかし、身体再生処理という裏技があった。
これを使えば、【HP】や【MP】を強くできる。
今までは、【LP】の引きあげに注力していた。
最優先は、寿命を延ばすことだと考えたため。
目覚めた時点で、生存期間はたった十四日間しかなかったのだ。ちなみに、いまは、二十日間にまで延長できている。
試行錯誤してライフ・ポイントの上限値を修正した。
途中、何度も失敗して、心が折れそうになったくらい。
欲張って再生処理の設定をいじくった結果、逆に数値を下げてしまったのだ。それをリカバリーして、ここまで寿命期間を底上げしてきた。
「そろそろ、【LP】優先の方針を変更したほうが良いかも。だって、基礎能力を向上しないと生き残れないしね。
確かに、稼働時間が短いことは問題だよ。しかし、基礎力が低レベルのままだと、死んじゃう可能性が高いもん。
ねえ、ミドリにアドバイスはあるかな?」
「回答します。ご意見のとおり、方針変更の必要性を認めます。ただし、技術的な制限を考慮してください。具体的には、再生処置の際に、【HP】、【MP】、【LP】を三つ同時に強化するのは不可能です。
強化対象は、ひとつの項目だけですね。結果として、全体的な基礎力底上げには時間がかかります」
「ああ、その点は認識しているよ。でも、少ない資源でやり繰りするしかないさ。命綱なしで綱渡りするみたいな状況だけれど、これが唯一の解決策だ」
幸い、再生処理中に【情報転写】が使える。
魔法戦闘法や戦術論なんかの知識を脳に刻み込むのだ。習熟のための訓練が必要だけれど、やる価値は充分にあるはず。
余談だが、この技術は一般人に使用すると精神障害が起きる。錬成人間だからこそ耐えられるのだ。
「戦術を変えないと。犬は咬みつく、猫は引っ掻く。自分に似合った戦い方があると言うしね」
緑色鬼は強敵である。
弱者が強者と同じ土俵で勝負するのは無謀だ。
いま現在、彼の実力では太刀打ちできない。となると、直接対決はやめるべき。優先すべきは、安全に食料を調達することだ。
危険を回避しながら、食べ物を採取ができれば、生き残りの可能性は高くなる。
シンは、魔造結晶体のミドリを相手に検討をはじめる。
「前回、アイツが退いたのは、施設の防御機構を恐れたからだ。だからさ、防衛用魔導具を利用するのはアリだよね。いや、いっそのこと、罠を仕掛けようかしら。なにか意見はないかい?」
「回答します。目的設定を、『直接戦闘を避けつつ、食料調達を成功させること』とします。ならば、トラップ設置は大変有効ですね。
また、前提条件を“撃破する”から“排除する”に引き下げれば、さらに成功確率がアップします」
「そうだよね。別にさ、緑色鬼を殺すなんて必要はないもん。いなくなるだけで充分だよ。しばらくの間は、安全に食料採取できれば万々歳だ」
ちなみに、罠作成では錬金術を使用する。
単純な狩猟用罠だと、モンスターどもに通用しないだろう。錬金加工で威力を高め、効果が期待できるモノに仕上げるつもりだ。
「ねえ、錬金術の練習をしたいんだけど。お勧めを教えて」
「了解しました。初心者向けのものがあります」
彼女が推薦したのは魔法治療薬の作成。
さっそくシンは準備をはじめる。
まずは幾種類かの薬草を用意。本拠地周辺に群生していたものを採取した。
他に、錬金術用の専用紙に魔法陣を描き込んだものを多数用意する。フラスコやビーカーなどの器材類なども揃えた。
道具類は半壊した倉庫のなかから無傷なものを探し出している。
「さてと、始めてみよう」
彼はちょっとワクワクしていた。
―――錬金術。言葉の響きがエエやん。
心惹かれてしまうわ~。どことなく胡散臭いんやけど、ミステリアスな感じが凄くイイ。だいたい、アルケミーなんてファンタジーな香りがプンプンや。
なんか魔法を知ったときよりも、気分が盛りあがるわ。
最初の作業で薬草をすり潰す。
原材料の葉と根っこを専用スリ鉢に放り込んで、丁寧につぶしてゆく。ドロドロになった中身をビーカーに入れ、水を混ぜてグルグルとかき回した。
植物繊維などの沈殿物が下に溜まった後、キメの細かな布で漉して上澄みだけを残す。
できたのは鮮やかな黄緑色の液体だ。
「次の工程は成分確認か」
スポイトで溶液を吸い取る。
液を数滴、【術符】の中央に落とした。これは錬金加工した特別紙のこと。
紙に魔力を通すと、垂らしたリキッドに反応して【成分分析】の魔法が発動した。
専用紙には六芒星の魔法陣。
陣に描いた六つの角に変化が現れる。角部の先端から赤色や黄色の模様が滲み出てきたのだ。
「おおっ。クロマトグラフィーみたい」
【術符】には調べたい成分名称が記載している。
浮きでた色や広がり具合で、分析結果を判定するのだ。
手引書を片手に、紙上のにじみパターンを確かめる。求める薬効成分はすべて含んでいる。量も充分だ。
「うん、鑑定に問題なし。中間体の完成だ」
できたのは作成途中の化合物。
これに何回かの加工を重ねると、最後に魔法治療薬になる。
今回の薬液では、四種類の中間体が必要だ。
残り三種類の薬草を使って先刻と同じ作業を繰り返す。薬草Aから中間体A、薬草Bから中間体Bという具合にして、中間体A~Dを作った。
中間体のAとBを同じシリンダーに注ぎ込んでゆく。
それを、魔法陣を描いた錬金用紙の上に置いた。
魔法が発動して淡い光がガラス容器を下から照らす。しばらくすると、液体の中に小さな粒が生じてゆっくりと沈殿してゆく。
シリンダー内に現れる変化を見逃すまいと、顔を近づけて観察した。
「錬金術って、本当に面白いよね。なんだか、科学実験のようで愉しい。学校に通っていた時分に戻ったみたいだ。ついつい学生時代を思い出してしまうなぁ」
加工は続く。ときには加熱し、別の工程では冷却する。
術符には【分離】【抽出】【結合】など何種類もあって、それらを手引書に従って何枚も使った。
「うん、加工作業は終了。あとは品質確認して問題なければ完成だ」
ビーカーを眼の高さにまで持ち上げる。
中身は透明で鮮やかなブルーの液体。
溶液を一滴、錬金用紙に落として品質の検査だ。
魔法陣から広がるにじみ模様を確かめる。マニュアルには判定基準の図解があって、錬金加工紙にひろがるパターンと比較した。
「よし、成功だ!」
思わず声をあげてしまう。
嬉しくてニマニマと笑みが浮かんできた。
湧きあがる感情を抑えきれず、その場で小躍りする。初めて魔法を使った時も楽しかったけれども、今回の錬金術のほうが随分と愉快だ。
「自分は“ものづくり”が性に合っているのかもね」
これ以降、彼は錬金術と長くつきあうことになる。