表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/159

1-08.錬金術に初挑戦

「あ~、もう気分は最悪」


 三日間、シンは寝込んでいた。

 ベッドに潜り込んで、シーツに(くる)まってゴロゴロする。ただし、不調な訳では”ない”。


 原因は、先日の緑色鬼との戦いだ。

 新しい魔法を覚え、それなりに戦術を立てるなど、充分な準備を整えていた。にもかかわらず、あえなく敗退。


 本当に命が危なかったところを間一髪で助かった。

 よく生命があったとおもう。自分でも信じられないくらいの幸運だった。運が悪ければ死んでいたはず。

 無事に逃げ帰ったとはいえ、気欝(きうつ)になのるも、()む無しだ。


「とはいえ、ずっと寝ているのもなぁ~」


 さすがに、寝台でジッとしているのには飽きた。

 遊びたいという欲求が、憂うつな感情を押しのけてゆく。“ふぁ~”と大きなアクビをしてベッドから這い出た。


 落ち込んだ気分を復活させる方法がある。

 自己流のマインド・リセットだ。

 前世の彼が気鬱(きうつ)になったときに、使っていたテクニックである。簡単なのに、けっこう効果があるので、お勧めだったりする。


 【復活方法:その一】。

 お腹いっぱい食べる! 


「ムシャ、ムシャ」


 胃袋を満たせば、いずれ回復できる。

 逆に、空腹だと体力は衰弱し、気力は()えるばかり。単純だけれど、美味しい食事をいただければ、しあわせな気持ちになれるのだ。


 【復活方法:その二】。

 思いっきり運動する! 


「オラ、オラ、オラ~」


 施設の周りを全力で走りまわった。

 ついでに腕立て伏せや腹筋など、適当にトレーニングも行う。太陽の光を浴びながらだと、しっかり内分泌液(ホルモン)の【セロトニン】が分泌するのだ。

 これは別名“幸せホルモン”。精神を安定させて、ストレスを軽減させる効果がある。

 無心になって身体を動かし続けたおかげで、汗と同時に嫌なことも流れ出てゆく。


 【復活方法:その三】。

 たっぷり睡眠をとる! 


「グゥ~、グゥ~」


 ベッドに潜りこんでグッスリと寝た。

 運動で疲れた肉体は、休息を欲するのだ。

 自然と眠りこけてしまう。落ち込んだ心模様なんか、きれいサッパリと消えてしまった。それにお腹いっぱい食べていたので、睡眠中に体力だって回復する。一石二鳥だ。


「俺さま、復活!」


 爽快な気分で目覚めた。

 体調はすこぶる良くて元気モリモリだ。

 この三日間、気落ちして寝込んでいたのが嘘みたい。なにも、あんなに深刻ぶってウジウジする必要なんてなかった。冷静になって検討すれば、幾らでもやりようはあるのだから。


 新鮮な気持ちで、緑色鬼との一戦を振り返る。


「問題は、強力な魔物と真正面からぶつかったことだな。なら解決策は簡単! 強敵とは戦わず、回避すればいいんだよ」


 ちなみに、反省はしない。

 下手な自戒は、マイナス点ばかりに意識がいってしまう。

 結果、(ろく)なことにならない。どうしても委縮しがちになるのだ。そんなことよりも前向きに物事を考えるべきだと思う。

 生き残ることに集中しよう。

 いろいろとアイデアを練るほうがずっと建設的だ。


「まずは現状を把握しなきゃ」


 【状態管理】を発動させた。


 <基本状態>

 HP:10/10

 MP:20/20

 LP:7/20 


「やっぱ”地力”が貧弱なのかなぁ」


 基礎能力である体力(HP)魔力(MP)が低い。

 身体基礎を強化する必要がある。普通なら、時間をかけてゆっくりと向上を図るものだ。人間は機械とは違う。部品(パーツ)を取り換えて増強できない。


 しかし、身体再生処理という裏技があった。

 これを使えば、【HP】や【MP】を強くできる。


 今までは、【LP】の引きあげに注力していた。

 最優先は、寿命を延ばすことだと考えたため。

 目覚めた時点で、生存期間はたった十四日間しかなかったのだ。ちなみに、いまは、二十日間にまで延長できている。


 試行錯誤してライフ・ポイント(LP)の上限値を修正した。

 途中、何度も失敗して、心が折れそうになったくらい。

 欲張って再生処理の設定をいじくった結果、逆に数値を下げてしまったのだ。それをリカバリーして、ここまで寿命期間を底上げしてきた。


「そろそろ、【LP】優先の方針を変更したほうが良いかも。だって、基礎能力を向上しないと生き残れないしね。

 確かに、稼働時間が短いことは問題だよ。しかし、基礎力が低レベルのままだと、死んじゃう可能性が高いもん。

 ねえ、ミドリにアドバイスはあるかな?」


「回答します。ご意見のとおり、方針変更の必要性を認めます。ただし、技術的な制限を考慮してください。具体的には、再生処置の際に、【HP】、【MP】、【LP】を三つ同時に強化するのは不可能です。

 強化対象は、ひとつの項目だけですね。結果として、全体的な基礎力底上げには時間がかかります」


「ああ、その点は認識しているよ。でも、少ない資源(リソース)でやり繰りするしかないさ。命綱なしで綱渡りするみたいな状況だけれど、これが唯一の解決策だ」


 幸い、再生処理中に【情報転写】が使える。

 魔法戦闘法や戦術論なんかの知識を脳に刻み込むのだ。習熟のための訓練が必要だけれど、やる価値は充分にあるはず。

 余談だが、この技術は一般人に使用すると精神障害が起きる。錬成人間だからこそ耐えられるのだ。


「戦術を変えないと。犬は咬みつく、猫は引っ掻く。自分に似合った戦い方があると言うしね」


 緑色鬼は強敵である。

 弱者が強者と同じ土俵で勝負するのは無謀だ。

 いま現在、彼の実力では太刀打ちできない。となると、直接対決はやめるべき。優先すべきは、安全に食料を調達することだ。

 危険を回避しながら、食べ物を採取ができれば、生き残り(サバイバル)の可能性は高くなる。


 シンは、魔造結晶体のミドリを相手に検討をはじめる。


「前回、アイツが退いたのは、施設の防御機構を恐れたからだ。だからさ、防衛用魔導具を利用するのはアリだよね。いや、いっそのこと、罠を仕掛けようかしら。なにか意見はないかい?」


「回答します。目的設定を、『直接戦闘を避けつつ、食料調達を成功させること』とします。ならば、トラップ設置は大変有効ですね。

 また、前提条件を“撃破する”から“排除する”に引き下げれば、さらに成功確率がアップします」


「そうだよね。別にさ、緑色鬼を殺すなんて必要はないもん。いなくなるだけで充分だよ。しばらくの間は、安全に食料採取できれば万々歳だ」


 ちなみに、罠作成では錬金術を使用する。

 単純な狩猟用罠だと、モンスターどもに通用しないだろう。錬金加工で威力を高め、効果が期待できるモノに仕上げるつもりだ。


「ねえ、錬金術の練習をしたいんだけど。お勧めを教えて」


「了解しました。初心者向けのものがあります」


 彼女が推薦したのは魔法治療薬(ポーション)の作成。


 さっそくシンは準備をはじめる。

 まずは幾種類かの薬草を用意。本拠地周辺に群生していたものを採取した。

 他に、錬金術用の専用紙に魔法陣を描き込んだものを多数用意する。フラスコやビーカーなどの器材類なども揃えた。

 道具類は半壊した倉庫のなかから無傷なものを探し出している。


「さてと、始めてみよう」


 彼はちょっとワクワクしていた。


 ―――錬金術。言葉の響きがエエやん。

 心惹かれてしまうわ~。どことなく胡散臭いんやけど、ミステリアスな感じが凄くイイ。だいたい、アルケミー(錬金術)なんてファンタジーな香りがプンプンや。

 なんか魔法を知ったときよりも、気分が盛りあがるわ。


 最初の作業で薬草をすり潰す。

 原材料の葉と根っこを専用スリ鉢に放り込んで、丁寧につぶしてゆく。ドロドロになった中身をビーカーに入れ、水を混ぜてグルグルとかき回した。

 植物繊維などの沈殿物が下に溜まった後、キメの細かな布で()して上澄みだけを残す。


 できたのは鮮やかな黄緑色の液体だ。


「次の工程は成分確認か」


 スポイトで溶液を吸い取る。

 液を数滴、【術符】の中央に落とした。これは錬金加工した特別紙のこと。

 紙に魔力を通すと、()らしたリキッド(溶液)に反応して【成分分析】の魔法が発動した。


 専用紙には六芒星(ろくぼうせい)の魔法陣。

 陣に描いた六つの角に変化が現れる。角部の先端から赤色や黄色の模様が(にじ)み出てきたのだ。


「おおっ。クロマトグラフィーみたい」


 【術符】には調べたい成分名称が記載している。

 浮きでた色や広がり具合で、分析結果を判定するのだ。

 手引書を片手に、紙上のにじみパターンを確かめる。求める薬効成分はすべて含んでいる。量も充分だ。


「うん、鑑定に問題なし。中間体の完成だ」


 できたのは作成途中の化合物。

 これに何回かの加工を重ねると、最後に魔法治療薬(ポーション)になる。

 今回の薬液では、四種類の中間体が必要だ。

 残り三種類の薬草を使って先刻と同じ作業を繰り返す。薬草Aから中間体A、薬草Bから中間体Bという具合にして、中間体A~Dを作った。


 中間体のAとBを同じシリンダーに注ぎ込んでゆく。

 それを、魔法陣を描いた錬金用紙の上に置いた。

 魔法が発動して淡い光がガラス容器を下から照らす。しばらくすると、液体の中に小さな粒が生じてゆっくりと沈殿してゆく。

 シリンダー内に現れる変化を見逃すまいと、顔を近づけて観察した。


「錬金術って、本当に面白いよね。なんだか、科学実験のようで愉しい。学校に通っていた時分に戻ったみたいだ。ついつい学生時代を思い出してしまうなぁ」


 加工は続く。ときには加熱し、別の工程では冷却する。

 術符には【分離】【抽出】【結合】など何種類もあって、それらを手引書に従って何枚も使った。


「うん、加工作業は終了。あとは品質確認して問題なければ完成だ」


 ビーカーを眼の高さにまで持ち上げる。

 中身は透明で鮮やかなブルーの液体。

 溶液を一滴、錬金用紙に落として品質の検査だ。

 魔法陣から広がるにじみ模様を確かめる。マニュアルには判定基準の図解があって、錬金加工紙にひろがるパターンと比較した。


「よし、成功だ!」


 思わず声をあげてしまう。

 嬉しくてニマニマと笑みが浮かんできた。

 湧きあがる感情を抑えきれず、その場で小躍りする。初めて魔法を使った時も楽しかったけれども、今回の錬金術のほうが随分と愉快だ。


「自分は“ものづくり”が性に合っているのかもね」


 これ以降、彼は錬金術と長くつきあうことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ