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4-18.野放し

お待たせしました。

再会いたします。


 シンは、自分を異邦人だと認識している。

 理由は現代日本の過去世記憶があること。ほかに己が錬成人間であるだとか、五世紀も前に生まれたという事実。こうもトンデモな現実が重なれば、世界にとって自分は異物なのだと考えて当然だ。


 それゆえに、この異世界に対して、彼の基本方針は不干渉。

 大陸や国のことは本人たちが決めるべきであって、部外者はお節介を控えようと考えている。まあ、社会から忌み嫌われるのではという恐怖もあったりするのだが。


 ただし、寿命を延ばす行動は積極的におこなうつもり。

 そのせいで他所(よそ)様に迷惑をかけようが、悪影響がでようが無視する。

 こっちだって命がけだ。随分と自分勝手な言い分だけれど、そこは勘弁してもらいたい。




■■■■■


 焼けているのは五階建て集合住宅(アパルトマン)

 三階の窓からモウモウと煙がふきだし、奥の部屋では赤い炎がチラチラとみえる。火は階上へと伸びて延焼の範囲が広がってゆく。


 屋上には逃げ遅れた人々。

 火事に気づいたときには、階下の火勢が激しくて上に退避するしかなかったのだ。黒煙と火の粉につつまれながら必死で助けを求めている。

 炎は勢いがあって、屋根上に到達するのはもうすぐだ。


 熱さに耐えかねた男が飛び降りた。

 それはあまりにも危険な行為。およそ十五メートルの高さから落下すれば、墜落死する可能性だってある。

 とはいえ火に包まれば確実に死んでしまう。

 助かるにはこれしかない。男は、オオゥと自分を勇気づける大声をあげ、両腕を回しながら空中へと身を躍らせる。地面に着地すると同時にベキリと嫌な音がした。


 周囲の群衆から悲鳴があがる。

 ワラワラと集まって、落下した人物の様子を確かめた。飛び降りた男性は両足骨折をしたけれど、幸いにも命に別状はなかった様子。


 いっぽうで別の人々が大きな布を広げはじめる。

 落ちてくる人間を受け止めようというのだ。火炎と煙に覆われる集合住宅(アパルトマン)。その屋根には逃げ遅れた住人たちが多数。どうにかせねば……。

 追い詰められて男や女性たちが次々と宙に身をなげた。

 運が良ければ布でキャッチしてもらえて無事なのだけれど、なかには街路に落下する者もいて、あたりは大騒ぎだ。


 シンの前では()りひろげられる救助劇。

 彼の基本方針は不干渉なのだが……。


「チッ、不介入のつもりだったのに。我ながら甘い」


 彼は、薬師たちと別れてひときわ高い建物の屋根に移動した。

 ここからなら広範囲を見渡せる。複数個所で黒煙がたち昇り、火炎領域は拡大し続けていた。ここ商業地区(ダウンタウン)ばかりでなく、いずれは王都のかなりな部分が燃えてしまうだろう。


 彼は念話ネットワークで配下に呼び掛けた。

 しばらくすると、眷属のツクモ族(改)たちが集まってくる。警護役だけでなく諜報部隊も含めて総計二十五名。この場にいないのは、ホテルに隔離中のルナを警護している者だけ。


「皆の者、ご苦労。さて、諸君らには消火活動をしてもらいたい」


 彼はおおまかな方針を示した。

 現場での指揮命令は警護役リーダーに任せ、他のメンバーはそれに従う。

 彼らは妙にやる気満々だ。今回の仕事は、本来の目的である知識獲得とは全く関係ないけれど、みんな活躍の場を欲していたようだ。

 まあ、これまでは資料の画像複写(コピー)なんて地味な作業ばかりだったから、その気持ちはよく分かる。


 なお、シンはふたつの条件をつけた。

 第一条件は、魔法使用を控えること。代わりに錬金加工した術符をつかって消火活動をおこなう。

 第二条件は、隠密活動に徹すること。

 いずれもトラブルを回避するための措置だ。


 この大陸において魔法は強大な“力”である。

 そんな社会で、国家統治の外にいる野良(のら)の魔導師は問題視されて当たり前。シンを除いても、ここにいるツクモ族二十五人は、みんな魔法を使える。これはもう、とんでもない大戦力だ。

 ただでさえ、先刻のミラボー伯爵家の若者と揉めているのだし、これ以上の面倒ごとは避けたい。


「皆には制限条件をつけているが、たいしたことではない。なぜなら、この場にいる者は選び抜かれた精鋭だからだ。私の期待に見事応えてくれることを信じている。以上だ」


「はっ! 」


 警備役リーダーは部隊を役目別にふたつに分けた。

 ひとつは前線部隊で、火災現場において消火活動する。もうひとつは、後方支援で現場全体を俯瞰して、前線要員たちが効果的に作業できるように支援する役割だ。


 こうして、ツクモ族たちは燃える商業地区(ダウンタウン)に散っていった。




■第五日目 夜 ルナたち被咬者の発症まで十日間


 会議が開かれていた。

 場所は王都衛士隊本部の大会議室。参加しているのは衛士隊幹部、冒険者組合、商工会議所、王国医師会、教会救護院、薬師組合、科学アカデミー、錬金術師組合、その他組織。

 とにかく、王都の主要な組織から人が集まっている。


 議事進行役は衛士隊隊長であった。


「忙しいなか関係者に集まってもらって感謝する。今回の会議の目的は情報共有と今後の方針についてだ。まずは、現状で把握している被害状況についての報告を…… 」


 【商業地区(ダウンタウン)の火祭り】と呼ばれる騒乱。

 後世の歴史家が『平民たちの反抗心に火をつけた』と評するできごとであった。

 その被害は次の通り。

 死者数は推定三百。負傷者は約五千。住居を失った世帯はおよそ一千。


 悲惨な出来事だが、ひとつだけ幸運なことがある。

 火災が広がらなかったのだ。正確な表現をするなら、いつの間にか火が消えてしまった。自然鎮火ではない。

 

 何者かが燃える建物を消火してまわったらしい。

 あくまで推定だし、そもそもが誰が()したのかは不明である。

 人々のあいだでは、神の御使いだとか、正体不明の魔導師が水系魔法を使ったのだとか噂が流れていた。しかし、真相は判らずじまいだ。


 火災発生の元凶はジャン・ド・ミラボー。

 ミラボー伯爵家の三男で父親は貴族院の有力議員。

 本人は狂人を捕縛するためだと言っているが、その弁明は疑わしい。この会議に参加している者は、ジャンの言い分を虚偽だと断じていた。


「クソッ、あの若造め。魔導師だからといって悪逆非道なことをしおってからに。絶対に許さんぞ」


「お怒りはわかりますが、貴族を批判する発言は控えてください。それに今回の騒乱については貴族院が問題視しています。キッチリと処罰がなされるはず」


「はっ! そんな世迷いごとを誰が信じるものか。三年前のブルコリヌの惨劇がどうなったかを覚えているだろうに。いつも貴族は無罪だ。どれだけ無辜(むこ)の民が死んでもな。今回の騒乱にしても同じ結果になるであろうよ」


 会議室が騒々しくなる。

 各々が思うことを言葉にし、貴族を罵る台詞が飛び交う。

 ここにいるのは平民ばかり。知人が死に、友人は怪我を負い、親類縁者が住む家を失ったのだ。我がことのように嘆き悲しむのは当然のこと。


 だが、感情に流されない者がいる。

 議長役を務めている衛士隊隊長であった。

 彼は国家に仕え、国王に忠誠を誓っており、立場上、お国に反意をほのめかす発言を許してはならない。


「静粛に、静粛に。会議の目的は誰かを非難することではないぞ。騒乱の対応を検討する場である」


 隊長は参加者を静まらせる。

 態度は冷静であったけれど、実は内心では怒りを感じていた。

 つけえ加えるなら、彼自身が問題の魔導師と対峙して、非道な行為を止めさせたのだ。もし、衛士隊に逮捕権があったなら、あの若造を絶対に拘束していたはず。

 理不尽だとおもうけれど、身分によって扱いが違うのがこの国のあり方なのだ


「皆に知らせておきたいことがある。今回の事態を重くみた宰相府から資金が提供される予定だ。救助作業や治療などの諸費用に関しては心配しなくて良い。さらに貴族院からも見舞金がでる」


「ふん、軍資金はありがたいがの。でもなぁ、それ以前に医師が不足しているんじゃよ。王宮医師団だとか国軍所属の軍医を派遣してほしいのぅ。もっと言えば治癒系魔法の使い手もな」


「薬師組合からも要望がある。もう、薬の在庫がない。素材もな。先日の騒ぎでかなりの量を放出したからな。国が備蓄している薬剤の提供をお願いしたい」


 お金があっても物資が不足して対応しきれない。

 負傷した者が数千人と多すぎるのだ。

 医師に処置してもらい、お薬を処方された怪我人は運が良いほう。大勢の負傷者は放置されたままで路上に寝かされている。また、住居が燃えてしまった家族は屋外で夜を過ごさねばならない。


 ここまでシンは、参加者たちの言葉を聞くのみであった。

 ただ、彼には懸念していることがある。参加者の誰もが目先の課題解決に気を取られていて、他の問題点にまで意識がむいていない。


「発言させていただきたい。このなかで【侵蝕するモノ(エクセイザー)】に卵を産みつけられた人間を治療した方はいるだろうか? あるいは、そういった負傷者を隔離した方は? 」


「儂は知らんのう。運ばれてくる怪我人は多かったが、咬傷(こうしょう)()てない。そもそも、アレ(・・)の隔離は衛士隊の仕事ではなかったのか」


「いや、衛士たちは避難誘導で手いっぱいだ。消火活動にも人手をまわしていたのだから余裕なんてない。それに我々では傷の判別はできないぞ」


 参加者は口々にこれまでの活動について語りはじめる。

 誰もが目の前のことに追われており、念頭から寄生型魔物のことが消えていたのだ。


 シンは“やはりな”と内心でため息をつく。


「みなさんの話をお伺いするかぎり、被咬者の隔離はなされていない。つまり、【侵蝕するモノ(エクセイザー)】は野放し状態だ」


 痛恨のミスだが、誰の責任でもない。

 ここにいる者は人々を助けようと懸命に働いていた。

 悔やむなら、指揮者をたてなかったこと。騒ぎの現場を全体的に俯瞰して、総合的に指示命令する人物がいれば、こんな状況になるのは避けられたかもしれない。


「私の故郷にこういった事態を言い表す言葉がある。【生物災害(バイオハザード)】という。病原性の細菌や寄生虫など生物に由来する災害を意味するものだ。

 残念ながら、およそ二週間後には寄生型魔物に侵された人間が大量に現れてしまうだろう。議題として、これへの対策も追加すべきだ」


 シンの台詞に会議室にいた全員が凍りついた。




■第八日目 ルナたち被咬者の発症まで七日間


 シンは薬剤開発に参加している。

 目的はふたつある。

 ひとつは、寄生型魔物を駆除すること。

 もうひとつは、この世界の製薬技術を習得することだ。

 彼の寿命を延ばすためには、各種情報が必要になるのだけれど、薬学は必須の知識である。薬師組合で薬品研究に加わるのは、願ってもないチャンスだ。

 この機会を()かして有用なノウハウを獲得するつもりだ。


 とはいえ、時間に猶予はない。

 彼をふくめ、研究者たちの責任は重大だ。なにしろ、十数日後には【侵蝕するモノ(エクセイザー)】が孵化しはじめる。

 どれだけの数になるのかは不明だが、かなり多くの魔物が王都に出現するのだ。


 いまのところ、有効な対応策はない。

 敵が緑色小鬼(ゴブリン)猪豚鬼(オーク)であれば、兵士や冒険者たちで退治もできる。しかし、この相手は従来の戦い方が通用しない。


 唯一、期待できるのは駆除薬のみ。

 忌まわしい寄生型魔物が王都に繁殖したとしても、薬という武器があれば人間は戦える。根絶はできなくても対抗はできるはず。

 それゆえに薬剤開発に(たずさ)わる者たちへのプレッシャーは大きい。ほとんどの開発者は自宅に帰らず研究室に寝泊まりをしていた。

 

 しかし、シンは定期的に宿泊先のホテルに戻っている。

 理由は、ルナの体調が崩れてきたから。

 【侵蝕するモノ(エクセイザー)】が彼女の身体を(むしば)み始めたのだ。最初の異変は些細なもので寝汗がひどい程度。以降、発熱と嘔吐が続き、ときおり痙攣がおきるようになる。


 いま現在、駆除薬の開発は(いま)目処(めど)がたっていない。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP: 65/120


 活動限界まで、あと六十五日。


 本作をお読みいただき、ありがとうございます。


 事情があって更新中断していましたが、ようやくの再開です。

 皆さんのご声援のおかげで、意外に早く復活できました。感謝、感謝です。


 なお、リハビリを兼ねて短編小説を投稿したので、こちらも楽しんでください。

 『ヤポン王国の首相はお怒りモード ~なぜ、マスコミは反対ばかりなのさ? しかも言うことはコロコロ変わるし、平気で手のひら返しするし。『ざまぁ!』ってされても知らないよ』

https://ncode.syosetu.com/n1623hf/

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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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