表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/159

1-07.復讐戦


「ヒャッホー、ひさしぶりの外だ~」


 シンは空を見上げて、胸いっぱいに息を吸う。

 ずっと半壊した地下施設にいたので、ちょっと鬱屈気味だった。もちろん空気循環は機能しており、生活にはなんら問題はない。

 とはいえ、新鮮な外気に触れると、なんとなくウキウキする。


「さて、調査を始めようか」


 主な目的は食料確保だ。

 なるべく早く、食用可能な植物やキノコの(たぐい)を見つけたい。今は充分な量の備蓄があるけれども、消費するばかりではやがて飢え死にしてしまう。


 もうひとつ、密かに狙っていることがある。

 それは復讐戦(リベンジ)だ。対象は緑色小鬼(ゴブリン)

 まあ、同じ個体に遭遇するとは思っていない。同種族の魔物を斃せれば満足できる。


「三ケ月間、ずっと訓練をしてきたんだ。うん、自分は強くなった。とにかく、以前の弱っちい男とは違うぞ」


 攻撃系や防御系の魔法を習得した。

 新たに開発した術式だってある。

 どれも実戦で使用できるように鍛錬を重ねてきた。


 さらに、本拠地を守る防衛機構の活用も考えている。

 先日、小鬼に襲われて死にかけたけれど、助かったのはコレのおかげだ。だから、今回は積極的に結界を利用するつもり。仮に、実力が足りなかったとしても、施設の防御機能を罠として使えば、魔物を撃退できる。

 最低でも防衛圏内に逃げ込めば安全なはずだ。


「武器だって、ちゃんと用意している。ナイフと、魔導杖の二重装備! これなら勝てるぞ」


 残念だけれど、防具類はない。

 倉庫には多種多様なものが揃っていたが、それらはすべて成人用のものばかり。子供サイズの彼には大きすぎるのだ。

 しかたがないので、防具の部品(パーツ)を適当に引っぺがして衣服にくっつけている。他に防御用の魔法具も発見したので、身につけた。


 呼吸を整えて、原生林へと踏み出す。

 背の高い樹々が陽光を遮って暗い。しかも地表付近には草木が生い茂っているので、見通しはたいへん悪かった。


「おっと、忘れてはいけない。【集音】。続けて【熱源感知】」


 探知系の魔法を起動した。

 【集音】は、全周囲を広く大雑把に。

 【熱源探知】で、狭い範囲を正確に感知する。

 索敵圏内の死角をなくすよう、上記二種類を組み合わせたのだ。これで、前回みたいな不意討ちを防ぐことができる。


 途中でドングリに似た実を拾った。

 こいつが本物なら今のシーズンは秋だ。しかし、周辺を見るかぎり秋季とは思えない。


「絶対に面妖(おか)しいぞ。同じ種類なのに季節の統一感がない。というか、てんでバラバラじゃないか」


 周りに生えている樹木の形態が奇妙すぎる。

 あるものは新しい芽を出している。でも、同種の樹は落葉中で休眠の一歩手前といった具合だ。


 植物には時期に応じたサイクルがある。

 例えばリンゴの木なら、春に新芽がでてきて花が咲く。夏季から果実が大きくなって、秋に果物は成熟し、冬季になると葉っぱが落ちるのが当たり前。

 ところが、辺りの樹々を眺めるかぎり、成長周期が見事に異なっていた。


「まあ、食料調達には、ありがたいけれどな」


 都合よく解釈しておこう。

 時季に関係なく、いつでも食べ物を確保できるのだから。自分は植物学者ではないし、詳しく研究するつもりもない。

 常に採取可能なら、食糧問題は解決だ。


「うん? 何か近づいてくる」


 【集音】が移動音を捉えた。

 方向は南側。姿勢を低くして音源のほうを見やる。


 藪の向こうに緑色小鬼(ゴブリン)が三匹いた。

 先日、シンを襲ったのと同じ種族の魔物だ。連中はギャッギャッと意味不明な声を発しながら、無造作な動作で草叢をかき分けてやってくる。


「感知できる範囲にはコイツらだけ。後続はなし。他に脅威になりそうなバケモノも探査範囲に存在せず。今の状況なら、簡単に撃破できそうだな。

 どうする? やってみるか……」


 復讐のチャンスだ。

 ちょっとだけ考えて、攻撃手段は【物体射出】を選択。

 これは、小銃をイメージして魔法で再現したもの。予め弾丸形状に加工した硬石を対象に向けて撃ち出す。

 魔力消費量は少ないうえに、連続射出できるので、なにかと便利だ。


 弾丸用の石を空中で待機させた。

 小鬼たちが射程範囲に入ってくるのを待つ。

 バクバクと心臓の音が激しかった。

 実戦二回目ということもあって、すごく緊張してしまう。


「発射!」


 小さな射出音が響いた。

 弾丸が先頭にいた魔物にヒット。頭部にちっちゃい穴があく。

 続けて残り二匹にも命中。三匹ともバタリと地面に倒れる。ヤツらは何が起きたか認識できなかったはずだ。


「やった、やった、やった! ゴブリンをやっつけた」


 死体を検分する。

 傷跡は銃創に似ていた。

 小銃で受けた傷なんて、実際に見分したことはないけど。まあ、致命傷なのは間違いない。


「それにしても呆気なかったな。前は、本当に死ぬかと思ったくらいなのに。というか、抵抗するのに必死で、敵を見るなんて余裕もなかったし。今回は、落ち着いて対処できたのが勝因かな」


 苦労せずに斃せたのは、上々の成果だ。

 しかも、数はバケモノ三体。復讐戦としては百点満点である。


「うん? なにかやって来る」


 常時発動している【集音】が異音を捉える。

 音源はひとつだけ。

 でも、移動速度はかなり速い。スピードから想像するに、身体能力は相当に高そうだ。相手の正体は不明だけれど、危険な魔物だと推測する。


 シンは用心して、その場から離れた。

 移動する先は遠からず近からずの場所。

 草に体を隠して(しば)しのあいだ待つ。


 姿を現したのは大きな鬼だ。

 サイズこそ異なるけれど、姿形は先刻の緑色小鬼に似ている。仮に、同一種族なら成獣と幼獣の関係。近縁種ならば、“小”の文字を外して【緑色鬼】とでも表現するほうが良かろう。


「アイツの身体、かなり(いか)ついぞ。胸板は分厚くて手足の筋肉も太い。いかにも強者って雰囲気じゃないか。

 肉体のバランスは、(いびつ)だけれども、全体的に強靭な感じがする。小鬼よりも、ずっと格上の存在だな」


 ソイツは、ゴブリンの死体近くに立った。

 観察している。なにがあったのかと(いぶか)し気な表情で死体の傷口をみていた。


 その態度は淡々としたもの。

 けっして死んだ同族を(いた)む風情ではない。

 遺体なんて見慣れている様子。奴の目つきは冷静なもので、緑色小鬼だけでなく周辺の状態なんかも見渡している。


 シンは、密かに緑色鬼を(うかが)っていた。

 念のため、かなりの距離をとっている。

 さらに草叢に(ひそ)んでいるのだから、敵に発見されることはない。そう思っていたのだが……。


「えっ? 」


 視線が合ってしまった! 


 ゾワリと悪寒がはしる。

 魔物が、ニタァといやらしい笑いを浮かべたのが判った。

 いかにも“見つけたぁ”といった顔つきだ。


「やばい、ヤバい。アレは本気でやばい」


 飛び起きて走りだす。もう全力疾走だ。

 少しでも早く安全圏へ避難しないと、本当に生命が危ない。隠れながら逃走するなんて無理。姿が丸見えでも、撤退が最優先だ。


 背後から鬼が駆けてくる。物凄い勢いだ。

 双方の間には邪魔な樹々がたくさんあった。地面だってデコボコとしていて、素早く移動するのは困難なはず。

 それなのに、ヤツは障害物をモノともせず、猛烈な速さで疾走してくる。


「くそ、逃げきれない! すぐにでも追いつかれてしまうぞ」


 ―――舐めんなよ。反撃したるわ! 

 そのほうが助かる確率は高い。後方から襲われるのは危険すぎるからな。

 今の自分には“力”があるんや。以前の無力やった時とは違う。実際、三匹の小鬼を斃したしな。

 なによりも“戦う覚悟”はできとる。そう簡単にやられたりはせえへんで。


 シンは迎撃体勢をとる。

 意図的にゆっくりと呼吸。

 気を(しず)めて戦闘に備えた。

 魔法発動に焦りは禁物だ。

 攻撃魔法の【物体射出】を発動して、弾丸代わりの硬石十個を空中に待機させる。


「発射! 」


 ダダッと連続射撃する。

 まるで機関銃(マシンガン)のような音が響いた。


 この攻撃、工夫を凝らしている。

 時間差をつけて射出したのだ。発射角度も変えており、敵が左右どちらに逃げても当たるはず。複数弾の射撃だし、何発かは命中するのは確実だ。

 傷を負えば、能力の高い魔物でも動きは鈍る。

 負傷した相手だったら、優位な状態で戦えるだろう。


「マジか! アイツ、避けやがった」


 緑色鬼はいきなり地面に伏せたのだ。

 手足の先を大地に突き立てて強引に身体を止めている。

 ヤツは猛烈な勢いで走ってきた。その運動エネルギーは大きいのに、無理やりに停止したのだ。とんでもない身体能力である。


 それ以上に恐ろしいのは、直観力の良さ。

 シンの魔法攻撃なんて初めて見るのに、瞬間的に回避するなんて信じられない。野生の勘と表現するにはあまりにも的確すぎる。


「ちっ、悪い予感ほどよく当たる」


 なんとなく、ヤバい気がしていた。

 敵は、戦い慣れている雰囲気があったからだ。

 アイツの面構(つらがま)えは、知能の高さを感じさせる。実際、今も鬼は、こちら側をしっかりと観察していた。


 間髪入れずに攻撃を重ねる。

 念のために、追撃用魔導を用意しておいてよかった。

 出し惜しみなしで、加工済み硬石すべてを発射する。


 追加で【風刃】を三連発でぶちかました。

 この魔法は範囲攻撃に適している。

 また、視認しづらいので、避けるのは難しい。


「トドメのダメ押しだ。くらえ【爆炎】! 」


 これは、着弾点を中心に高温の炎を撒き散らすもの。

 さらに時間差で衝撃波が襲うのだ。命中しなくても、付近にいるだけで大ダメージを加える。


 広がる火炎と黒煙を背にして逃げた。

 なんだか、手ごたえがない。

 攻撃魔法を立て続けに放ったけれど、致命傷を与えた感じが皆無なのだ。勘が告げる。ヤツは全ての攻撃を回避したと。


「あれだけやっても撃退できないのか。でも、まだ負けたワケじゃない。最後の一手が残っているぞ」


 必死の思いで駆けた。

 もう少し先には、本拠地を守る設置型魔導具がある。迎撃魔法を発射するやつだ。先日、精神作用で小鬼を退けたタイプとは違って、物理的に敵を排除できる。

 射程圏内にまで移動できれば、自分の勝ちだ。


「よし!安全圏内にはいった」


 安堵しながら振り返ると……。


 バシッ! 


 魔法具【身代わりの護 符(アミュレット)】が発動した。

 光の壁が展開。

 直後、それがひび割れて砕け散る。

 彼は衝撃を受けてゴロゴロと地面を転がった。

 身体が吹き飛ぶほどのショックだ。


 なにが起きたのかと背後を見やる。


 緑色鬼がいた。

 投球後のピッチャーと同じ構えだ。

 奴は、ソフトボール大の石を投げたのである。

 とんでもない投擲力で、威力は人を殺せるほど。

 だから、護符の魔道具(アミュレット)が起動したのである。


 魔物は、その場に(とど)まったまま。

 どうやら、迎撃結界の範囲を知っているみたい。一定のラインから、こちら側に入ってこない。

 しばらくすると原生林へと帰ってゆく。

 去り際に、“次はないぞ”という感じで、グルルッと唸った。


 シンは、ゆっくりと歩く鬼を眺めた。

 ヤツのうしろ姿は強者そのもの。

 背中は強靭な筋肉が盛り上がっているし、四肢も太く発達していて力強い。最初に斃した小鬼とは違う。桁違いのバケモノだ。


「あんな怪物と戦ったのか……。いや、単に追われて逃げただけだな」


 【身代わりの護 符(アミュレット)】を手に取った。

 壊れている。これは、一度きりの使い捨てタイプの魔法具だ。発動したということは、致命的な攻撃を受けたということ。

 たまたま、護符を身につけていたから助かった。


 本当に死にかけた。

 もし、捕まっていたら……。

 もし、安全な結界までたどり着けなかったら……。

 もし、護りの魔道具をもっていなかったら……。

 自分は確実に殺されていた。


 そう思うとブルブルと身体が震える。

 幾つもの幸運が重なったから、命拾いしたのだ。

 

「こ、怖かった~ 」


 腰が抜けて地面に崩れ落ちた。

 しばらく、立ち直れそうにない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ