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4-02.彷徨う者

 ルナは薄暗い部屋にいた。

 そこは、岩柱のなかをくり抜いた空間。

 面積はけっこう広い。室内中央には長さ三メートルほどの円筒カプセルが鎮座している。


 容器内にいるのは、シンだ。

 彼は、透明な錬金加工液のなかに浸(ひた)っている。

 不思議なことだけれど、液体のなかで呼吸をしていた。


 当然、吸うべき空気がない。

 にもかかわらず、苦しそうな気配は微塵もなく、表情は穏やかだった。

 水のなかで溺れないとは驚きだ。まったくもって錬金術師という奴らは妙なことをする。


 補助人格ミドリが解説してくれた。


「容器は身体再生の装置です。身体に入り込んだ毒素を無害化するだけではありません。本来の機能は、マスターの肉体を細胞レベルで……」


 ルナは半分も理解できなかった。

 魔造結晶体(ミドリ)の口調は丁寧だが、専門用語を羅列するので難しすぎる。前提となる知識が欠落しているのだから。


 結局、彼女はたったひと言で片付けた。


「死にかけの病人を助ける魔道具ね」


「……、おっしゃるとおりです」


 ミドリはちょっと不満そう。

 たぶん、気のせいだと思う……。内心、“怒ったかなぁ”と少し心配。相手は補助人格だけれど、ときどき人間臭い反応を示す。

 なんとなく親近感をもってしまった。


「どれくらいで目覚めるのかしら?」


「もう間もなくですね。すべての再生処理工程が終了しました。今から被処置体の覚醒を開始します」


 ルナは、彼の胸部中央にある結晶をみつめる。

 再生処理中、ずっとキラキラと光を発し続けていた。

 ダイヤモンドみたいに硬質で透明度がある。

 まあ、さすがに宝石ではあるまい。きっと錬金術か魔導的な加工を施(ほどこ)したものだ。


 魔物の体内にある核と同種のモノかもしれない。

 とはいえ、そんなシロモノを人間に埋め込むなんて真似をするかな。訳がわからないが、なにか秘密があるみたいだ


「あっ、目を覚ましたみたいね」


 シンが瞼を開いていた。

 溶液のなかにも関わらず、平然としている。

 一般人なら、水中で目覚めたら動転するはずだ。

 しかし、まったく動じない。

 特殊溶液のなかにいる状況に慣れているみたいだ。


 上半身を起こして、水を吐きはじめた。

 肺を満たしていた液体が、大量に口から排出される。吸いこむ空気とぶつかって、ゲホゲホと咳きこんだ。さすがに苦しそう。


 ルナはタオルを渡し、背中をさすってやった。


「だいじょうぶ?」


 涙目の姿をみて“かわいい”とおもう。

 背丈が高く体格もガッチリした男性が、目いっぱいに涙をためるなんて。ちょっとしたギャップ萌えだ。

 いままで、彼に感心することはあったが、“かわいい”なんて気持ちをもったことはない。実に新鮮だ。


 ただし、好意的な感情を発展させるのは厳禁。

 彼女にとって、浮ついた色恋は鬼門なのだ。

 恋愛感情で幾度となく辛(つら)い思いをしてきたのだから。




■■■■■


 シンは野外で昼食をとっていた。

 胃腸にやさしいリゾット風の料理。

 材料は、【邪神領域】で採取した野草や果物、獣肉など。

 長年にわたって調理方法を研究しただけあって、けっこう美味しい。


「ルナ、貴女がいなければ私は死んでいた。感謝する。ありがとう」


「どういたしまして。当然のことよ。契約外のお仕事だったけれど、ご褒美ははずんでね」


 彼は謝礼として多額の金銭提供を提案した。

 あるいは、高価な魔導具や【邪心領域】産の希少素材などでもかまわないとも。


 しかし、彼女は申し出を断る。

 代わりに別の報酬を希望すると告げた。


「海神からメッセージを受け取ったのよ。内容はね、『導灯を掲げる者、シン・コルネリウスに助けを求めよ』というもの」


「ええっ? なにそれ……」


 一瞬、惚(ほう)けてしまう。

 完全に想定外だ。

 とはいえ、考えてみれば、なんら不思議ではない。

 ルナだって【神告】によって、宝珠奪還のために活躍しているのだ。【大亀仙霊】から報奨を受領する資格は充分にある。


「そ、その【導灯】とは何を意味している?」


「さあ、知らないわ。わたしはメッセージを伝えただけよ。主旨までは分からないわね」


 なぜ、“導くための灯(あか)り”なのか。

 誰を誘導するのか見当もつかない。

 自分には理由も動機もないのだし、無関係だろうに。


「まったく、困ったことだ。相変わらず、上位階梯者(神々)のメッセージは、読み解くのは難しい」


「確かにねぇ。言葉ひとつに、幾つもの含意を重ねるのだから、すごく厄介だわ」


 おまけに、物事を暗喩(あんゆ)で示している。

 人間側が、広く深く想像力を働かせないと理解できない。

 例えば、意訳された『月がきれいですね』の文章。

 原文の『I love you』を類推せよ言われるようなもの。なにも知らなければ、翻訳した夏目漱石本人でも、回答は無理だとおもう。


 これが【神告】なら簡単であった。

 意思やイメージが直接的に脳に突っ込まれてくるからだ。

 相手側の意図がハッキリしていて誤解のしようがない。

 なんだって、今回だけメッセージなのだ? 不親切にもほどがある。


「神々は、私を【導灯を掲げる者】と認知しているのか。まいったな」


 本気で困惑してしまう。

 人間社会での通り名や渾名(あだな)なら、まあ構わない。

 しょせん、他人が、おもしろおかしく名付けただけだ。たいして実害はない。


 しかし、相手が超常的存在(神さま)となると話は違ってくる。

 運命として避けられない“なにか”を暗示しているはず。だが、内容が全然分からない。


「もうひとつ気になることがある。私を【導灯】と認定した存在だ。

 おそらく、海神はメッセージを伝えただけ。

 なぜなら、【大亀仙霊】は海洋関係の上位神だ。宿命を見通す権能はもっていないからね。別の|上位階梯者がいるのは間違いない」


 どうやら、正体不明の神様に関心を持たれているらしい。

 なにをしでかしたのだろうか? 

 気分的には、質(たち)の悪いやくざ者に目をつけらた感じだ。

 背中がゾワゾワして、気分が落ち着かない。


 シンにも伝達すべきことがあった。


「こちらもメッセージを受け取っている。『月の彷徨(さまよ)い人、ルナ・クロニスに助けを求めよ』というものだ」


「え、なにそれ! 【彷徨(さまよ)い人】って、なんなのよ」


 彼女は頭をかかえてしまった。

 よほどショックが大きかったみたい。

 なにやら小声でブツブツと呟(つぶや)いている。

 まあ、気持ちはよくわかる。彼だって【導灯】といわれて困惑しているのだから。


 しばらく、無言の時間が続く。

 気が滅入ってしまったのだ。

 なかなか立ち直れそうにない。

 とはいえ、これでは埒(らち)が明かない。


「あ~、話を前にすすめよう。双方に共通しているのは“助けを求めよ”の部分だ。この表現だと、ふたりとも厄介な状況にある。

 しかも、自力では解決できない。そんな認識でかまわないかな?」


「ええ。わたしは、ある問題でずっと苦しんでいるわ。あなたも同じなのね」


「肯定する」


 シンが抱える課題は寿命の短さだ。

 現在、LP数値(ライフポイント)の最大値は“120”。

 つまり、生存期間は百二十日間だ。活動限界を過ぎれば死んでしてしまう。再生処理で延命は可能だけれど、短寿命なのは間違いない。


 ちなみに、毒を盛られたことは対象外だ。

 あんなものは些細(ささい)なこと。上位階梯者(神々)が、その程度のことを気にもしない。


 彼は確信していた。

 【大亀仙霊】のメッセージは、もっとスケールの大きなことに関連している。寿命延長を試みることが、なにか別の事象と連動しているはずだ。


 これは、ルナにも当てはまる。

 ふたり揃って、なにか大きな厄介事に巻き込まれそうだ。

 それがなになのかまったく予測がつかない。本当に嫌な感じだ。


 彼女は己の問題について語りはじめた。


「わたしね、特異体質ですごく困っているの。とても稀有なもので、他に似たような人はいないわ。

 どう説明すれば、判ってもらえるか……。ああ、口で言うするよりも、見てもらったほうが早いか」


 彼女は短剣をとりだした。

 その刃を左手で直(じか)に握る。非常に危険な行為だ。

 タラタラと出血しても、本人は気にもしない。

 それどころか、なんの気負いなく、剣をスッと引いた。

 刃物の切れ味は鋭い。

 あっさりと指先は切断されて、ボトボトと落ちてゆく。


 シンはあわてて椅子から立ちあがり、


「なにをするんだ! すぐに手当てを」


「だいじょうぶよ。あっという間に元通り(・・・)になるから」


 ルナは、血まみれの手を差し出す。


 出現元不明の淡光の粒が集まってきた。

 光粒の密度が高くなり、欠損部分を再形成してゆく。

 しばらくすると、五本指全部がそろってしまった。


 彼は唖然とする。

 ただ、同時に眼前の現象について考えを巡(めぐ)らせていた。


「これは【再生】? いや、違う。【復元】か!」


 【再生】と【復元】は別ものだ。

 切断部分が元どおりになるという結果は同じ。

 しかし、魔導的観点からすれば、まったく次元が異なった。


 【再生】は治癒力強化系の魔法。

 この系統のものは、細胞の新陳代謝を促して傷を修復させる。効果範囲や損傷程度によって、術式や名称が変化するけれど、同一系統だ。


 捕捉すると、治癒魔法には前提条件がある。

 被施術者に充分な体力があること。

 理由は、損傷部分を治すための栄養分を全身から強制徴収するため。

 力加減を間違えると大変だ。体重が極端に減るだとか、筋肉量が激減して寝たきり状態になる。酷い事例だと、臓器不全で死亡することもあるくらいだ。


 いっぽうの【復元】。

 奇跡の御業(みわざ)に分類されるものだ。

 “無から有を生みだす”という超常現象と表現しても良い。

 【再生】が、患者自身の肉体を材料に治癒しているのとは、根本的に異なる。


 しかも、膨大な【理外理力(フォース)】が必要だ。

 普通の魔導師ごときでは扱えない。シンでも無理だ。

 それを、ルナは容易(たやす)く欠落した指先を復元した。


「ね、わかったでしょ? わたしは特異体質なの」


 彼女は、自身の特殊能力について語った。

 【復元】は、あらゆる身体破損に対して発動する。

 身体を真っ二つに切り裂かれても、全身火傷どころか、高温で炭化した状態からでも、元通りになるのだとか。

 もっとすごいのは、肉体が完全消滅しても【復元】すること。

 

 ただし、記憶の半分以上が喪失してしまうらしい。

 この記憶欠落のせいで、自分の生地や誕生日、名前なども忘れたという。さすがに、完全無欠な能力ではなかった。


「老いることなく数百年を生きているの。ねえ、いつぞやの会話を覚えているかしら? ほら、あなたが“寝るのは怖くないか”って質問した夜のことよ。

 あのとき、わたしはこう言ったの。“死”は安息を意味するってね」


 ルナは不思議な笑(え)みをうかべた

 表情はにこやかなはずなのに、深い悲しみが透けて見える。


「わたしが、シンに助けを求めたいこと。

 お願いだから、あの世に逝かせて」






■現在のシンの基本状態


HP:198/198

MP:210/210

LP:120/120


活動限界まで、あと百二十日。


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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