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3-17.海神の金貨

 シンは建物内を睥睨(へいげい)する。

 この場にいるのは百名ほど。全員、自分の話を真剣に聞く気になってくれたようだ。


 目の前で、バケモノが人を襲うさまを、彼らは見たのだ。

 おとなしくなるのも当然であろう。

 少々手間取ったけれど、ようやく、港を出入りした船の情報を集めることができる。調査が進展することを期待したい。


「先刻も伝えたが、海神の宝珠が盗まれた。私はこれを取り戻すために動いている」


 【大亀仙霊】から知らされた概要を説明した。

 なくなったのは二週間前。対象物が管理されていた神殿は、領都から帆船で一~二週間ほど移動した先の島にある。

 そして強奪者たちは、この街に逃げこんだ。


「盗人に関する情報がほしい。あるいは、友人知人からウワサ話を聞くのもアリだ。なお、情報提供してくれた者には、キッチリと報酬をだす。タダ働きはさせない」


 金貨を卓上にジャラジャラとこぼした。

 財布代わりの袋をひっくり返して、金色の小山をつくる。

 何枚あるのか数えていないが、百枚ほどもあろうか。労働者たちが、情報集めに協力してくれるなら全額を提供しよう。なにごとも対価は必要なのだから。


 シンが宿泊先に立ち寄ったのは、この資金ため。

 大勢の人間を動かすために、報酬金を用意したかった。ホテルに押し入った強盗たちを捕まえたのは、ついでの仕事でしかない。


 補足すると、他のことは、その場の思いつき。

 元・鑑定人や悪徳商人を連行したことや、眷属たちに始末させたのは、成り行きであった。まあ、意外な展開だったけれど、結果的には正解であろう。


 彼が()すべきは、宝珠の回収。

 ただし、彼自身は対象物を見ていない。

 依頼主の【大亀仙霊】から概要情報を提示されただけだ。盗人たちの姿形も知らなければ、連中を乗せた船のことも不明なまま。


 そんな状況下、できることは情報収集くらい。

 住人から話を聞き集めるしか、アイデアが思い浮かばなかった。で、大勢の人間を動かすには、お金が最も手っ取り早い。なので、領都で獲得していた軍資金を放出することにした。


「ここでケチるつもりはない。宝珠奪還に失敗すれば、街ごと海の底に沈んでしまうからだ」


 まあ、成功した場合、海神からの報酬を期待できる。

 そのことは口外しないがな!


 本来であれば、新設した諜報部隊を活用したかった。

 シンの手元には、【岩窟宮殿】から連れてきたツクモ族動物シリーズがいる。

 残念なことに、今は試験運用中。

 経験もなければ、ノウハウは皆無。情報収集方法も未確立だし、分析官(アナリスト)だっていない。無い無い()くしだ。


 内心でため息をつく。


 ―――当面の課題は、諜報機能の強化やな。

 なるべく早期に、実戦運用できるようにせんと。

 最終目標は”寿命延長“や。必要知識や技術を獲得するには、効果的な諜報活動は欠かせへん。なにがしかのテコ入れをせんとなぁ。


 労働者たちは、金貨の小山を見つめていた。


「そんなこと言ったってなぁ」

「なあ、お前どうする?」

「本当に、盗人(ぬすっと)がいるのか」


 しかし、身動きひとつしない。

 金は欲しいけれど、命も惜しいのだ。

 誰が好き(この)んで、バケモノが徘徊する街へ行くものか。


 たしかに、海の神さまには敬意を示すべきだろう。

 宝珠を盗んだ馬鹿者にも腹がたつ。

 それでも動かない、動けない。


 ダヴィッド代表が、皆の躊躇いを代弁した。


「アンタが求めていることは判った。報酬をくれるってぇのも、ありがたい。でもなぁ、それだけじゃあ請け負えねぇな。

 魔物が、うろつく街中を歩き回るなんて、おっかないんだよ。命が幾つあっても足りやしない」


「なるほど、指摘はもっともなことだ。では、海神の眷属たちに襲われないようにしよう」


 現在、シンには、特別な“力”が貸し与えられている。

 宝珠回収のために、【大亀仙霊】から臨時的な措置として、いくつか権能を貸与された。

 例えば、海神眷属に対する指揮命令権。

 いまから()り行う儀式も、神授権能のひとつだ。


 金貨の小山に手をかざす。


『いろは四十八神に ()(まつ)りませ

 ひふみ よいむなや こともちろらね

 しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか……』


 【言霊奉法】で祝詞をささげた。

 発する言葉ひとつひとつに言霊(ことだま)が宿る。

 それらが、積み重なって意味を成すことで、現世(うつしよ)に大きな影響をあたえてゆく。

 

()()さし海原に 荒振(あらぶ)(いにしえ)の神たちをば。

 (あま)つの祝福を 与え(たま)えと (かしこ)(かしこ)みも()をす』


 淡い光粒が、山積みの金貨を中心に舞った。

 薄暗い室内で、光がキラキラと輝き漂う(さま)は幻想的だ。

 その情景は、現実のものとは思えない。


 小さな光柱が出現。

 空中を泳ぐ(・・)小魚の群れが喜び踊る。

 シンを介して【大亀仙霊】の“神力”に反応しているのだ。

 神話世界が、今ここに(あらわ)れているのだと、全員が分かってしまう。


「この硬貨に【加護】が付与された。これを持っていれば安全だ。襲われることはない」


 【海神(わだつみ)の金貨】の誕生であった。

 後年、神秘的な”力”を宿す宝物として、有名になるモノ。

 航海安全はもちろん、海難事故を回避できたなど、数多くの物語が大陸中に流布してゆく。


 摩訶不思議な話もたくさん生まれた。

 漁船が転覆して漂流するも、イルカが助けてくれる。

 船から転落した水夫が、海霊に誘導されて小島に漂着した。

 美しい人魚の娘と青年の悲恋物語。

 与太話だと疑われるも、どれもが本当の体験談ばかりだ。


 海の男たちは【海神の金貨】を護符とした。

 決済貨幣として使うなんて、とんでもない。

 親子や縁者、あるいは大切な仲間たちなど、親密な関係者内のみで引き継いでゆく。

 部外者が、コレを目にする機会は稀だ。

 滅多に世に出ない神秘的硬貨として有名になる。たまにオークションに出品されると、天井知らずの高値で取引された。


 やがて伝説となる【海神の金貨】。

 永く言い伝えられる幻の貨幣が、いま港湾労働者たちの前で誕生したのだ。


「おおっ」


 全員がどよめいた。

 この場にいる者どもは信仰に(あつ)い。

  眼前で()された奇跡の行いに、心を奪われてしまった。

 思わず膝をついて祈りをささげる。

 なかには、感激のあまり、涙を流して崩れ落ちる男までいた。


「ありがたや、ありがたや」

「俺は、海の神さまに一生を捧げるぞ」

「盗人を探せ。罪を(つぐな)わさせるんだ」


 労働者たちが金貨一枚をつまんでゆく。

 彼らは、宝物のように懐にしまった。

 誰もが敬虔な態度になる。

 顔つきは気高く、やる気に満ち溢れていた。


 幾つかのグループで街へとむかう。

 海神の宝珠を盗んだ不届き者や、それを運んだ船舶の情報を集めるためだ。付き従うのは、眷属の小魚たち。

 その様子は、人類と異界生物との奇妙な協力関係を象徴するものであった。


 シンは港湾協会で待機だ。

 およそ百名もの人間が、街中に散らばって情報集めに動いている。

 みんな、強い信仰を持つ男ばかり。かなり期待できるだろう。


 待ち時間を利用して、ヒアリングをおこなう。

 相手はダヴィッド代表だ。


「いくつか確認しておきたいことがある。宝珠が置かれていた場所についてだ」


「ああ、【紺碧神殿】だな」


 神殿は無人島にあった。

 百年前、コルベール男爵家の始祖が、海神と契約を交わした証として建立したもの。神殿司祭は男爵所縁(ゆかり)の者が務めるのが習わしだ。


「あの島は禁足地なんだよ。船員や港湾労働者は、神域として敬っている。上陸するのは年に一回だけ。神事のときだけ、司祭と関係者が入島して行事を執り行う」


 宝珠は、孤島の宝物殿に保管されていた。

 無人ではあるが、島全体を魔導的な封鎖をしている。

 海神祠の守りは完璧だという。

 過去百年にわたって、盗人や海賊どもを排除してきた。不埒者どもの侵入を許さなかった実績もある。


「【紺碧神殿】に入るのは不可能だ。優秀な魔導貴族であっても結界を突破できない。冒険者組合の一流盗賊役でも罠解除は無理だ。

 だいたい、ここら一帯の船乗りが、無断で上陸するなんて無茶だ。そんなバチ当たりなことをしたら、仲間から袋叩きにされてしまう」


 ダヴィッド代表は断言する。

 船員たちは、神殿に不法侵入すれば(たた)られると知っているから。

 実例は幾つもあった。

 神殿海域に無断入島した余所者が、生きながらに身体を腐らせてしまう。他にも盗賊どもが船ごと沈んだ。


「だから、宝珠が盗まれたなんて信じられねぇんだよ。資格のある人物だけが宝物殿に入館できる。神殿関係者だけ……。いや、まさか。あり得ない」


「つまり、容疑者は限られているワケだ」


 ふたりが推理したこと。

 【紺碧神殿】から海神宝珠を持ち去ったのは男爵家所縁の者だ。

 もしかしたら、司祭本人が主犯かもしれない。


 だが、協会代表は仮説を強く否定した。

 コルベール一族が約定を破るはずがないと。

 領都は周辺一帯の海上輸送の中継点だ。

 港湾や主要航路が安全なのは、海神の加護によるもの。


「神亀が街を守護しているんだよ。男爵始祖と神さまとの間で交わした契約だ。貴族領にとって、港は経済活動の命綱だぞ。富の源泉を失う真似はしない」


 シンは曖昧にうなずきを返すだけ。

 ダヴィッド代表の意見は至極まっとうなもの。

 普通の感性ならば、神様を裏切るなんてことはしない。

 ただし、追い詰められた人間は何をするか予測不可能である。


「なあ、知っているか? 男爵領の家計は、かなり逼迫しているぞ。

 三年前、【邪神領域】への領軍派遣が大失敗したせいだ。貴重な素材を収集するつもりだったが、逆に男爵家は令息や兵士を亡くした。

 経済的な被害も大きく、財務状況的に厳しい」


 さらに加えて、砦街キャツアフォートの破棄がある。

 バケモノ病の拡散を防止するため、街を住人ごと切り捨てた。

 英断だけれど、財政的には大打撃であろう。

 あそこは、希少な天然素材を獲得する拠点として機能していた。収益は結構な金額に達していたのに、それがまるまる消失している。


 協会代表も知っていた。


「かなりの騒ぎになっているしな。未だに、連中は難民扱いで、領都内に入れてもらえない。

酷いことだとはおもうぜ。

 だからといって、宝珠に手を出すのとは話が違うぞ」


「ああ、そうかもな。ここで我々が議論しても結論はでまいよ。まあ、今は待っていれば良いさ」


 いずれ、街中に散った港湾労働者たちが情報を持ち帰ってくる。

 誰が海神のお宝を盗んだのか判明するだろう。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:185/210

 LP:73/120


 活動限界まで、あと七十三日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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