1-04.活動限界ってなんだよ
「魔法かぁ~」
シンは、何ごとでも受け入れようと決めていた。
単純に言えば、“なんでもござれ”な気持ちである。
なにしろ、これまでの事すべてが奇天烈にすぎた。
目覚めれば、まったく見知らぬ場所。
なぜか身体は子供サイズに縮んでいる。
外では【巨神】をはじめ、超自然的な神さまが闊歩していた。
いまさら“魔法”などという空想物語の小道具が追加されてもどうということもない。
「もっと詳しく説明して」
「回答します。魔導術とは、理外の理によって超常現象をひき起こす技術ですね。
これを理解するためには前提となる知識が必要です。
まずは世界群の多次元積層構造ですが、要点は複数世界が重なり合って存在するということ。人間の五感では認識できませんが、実は各々の世界線軸は相互に干渉し合っています。
この干渉現象を利用して、【世界X】において【世界Y】を経由した魔導的影響力を行使することが可能なのです。
つまり、【世界X】の理の外である【世界Y】の理によって各種事象を惹起させるわけですね。
なお、魔素子力学における影響についてですが…… 」
ミドリが魔法について説明を始めた。
見た目は無機質なクリスタルで冷たい印象だけれども、意外と律儀な性格をしている。どんな問いかけに対しても対応してくれるのだ。しかも嫌がりもせず懇切丁寧に。
ただし短所もある。
それは質問者側の理解力を考慮してくれないこと。
彼女は、やたらと小難しい専門用語を使って意味不明な理論を捲したてた。
シンは、途中で解説をやめてもらった。
まったくチンプンカンプンで、右から左へと聞き流してしまう。前提となる知識が欠落しているのだし、今は理解する気もなかった。
「ひと言でまとめれば、“謎パワーで不思議なことができるよ”って感じかな? 」
「……、その認識でかまいません」
返答するミドリは、ちょっと不満そう。
ちゃんと解説をしているのに、途中で遮られてしまったのが不愉快だったらしい。おまけに、いい加減な“謎パワー”なんて言葉でまとめたのだ。
レクチャーしている側としては、おもしろくないだろう。
それを察したシンは、申し訳ないと詫びをいれた。
詳細な説明は日を改めてお願いするからと、懸命に彼女を宥める。そのうえで魔法を使ってみたいとお願いした。
「百聞は一見に如かずというじゃないか。
話を聞くよりも実際に体験するほうが、理解も早まるというものだよ」
「了解しました。既に、あなたは【情報転写】で得た知識があるはずです。
記憶野から第一類群のデータを引きだしてください」
「おおっ、これか」
指定された情報を脳裏に浮かべる。
感覚的にいえば、昔に読んだ本を思い出すのに似ていた。
ただ、変な感じもする。
奇妙な表現になるけれど、記憶そのものに確固とした実体がない。
【情報転写】で頭脳に差し込まれたのは“疑似記憶”だ。
これには、覚えるための引っかかり(たとえば感情や情景など)が欠落している。だがら、薄っぺらで頼りないモノになってしまうのだろう。
「ああ、すぐに魔法を使えないのか。そりゃそうだ。
いくら知識があるからといって、実際に使用可能とはいかないよなぁ」
例えるなら、通信教育で空手を習うようなもの。
手元に教科用の動画があって、それを見て基本的動作を覚えたとしよう。
ただし、身体を動かしての練習はしていない。
これで空手を会得したかと問われれば、断じて“否”である。
武術は、頭で考えなくても自然に身体が動くようになってこそ、習得したといえるのだ。
「なるほど、それなりに訓練が必要か。ミドリは指導ができるようだね。頼めるかい? 」
「了解しました。ただ、ここは練習には不適切です。
訓練所に移動してください。場所は…… 」
「いや、その前に解決したいことがある。服が欲しいんだ。
ついでに身体も洗いたいのだけども、お風呂はあるかな? 」
シンは、いまだに半裸状態なのだ。
目覚めて以降、腰にはボロ布を巻いただけ。
ちなみに、腰布は麻袋を裂いて作ったもの。元はジャガイモが入っていた袋で、食糧貯蔵庫で見つけた。イモ特有の臭いが染みついているし、ゴワゴワした肌触りなのでじつに不快である。
彼女は要望に応じてくれた。
閉鎖状態になっていた居住区画を解放。案内された部屋には衣類やシーツなどの生活物資が備蓄していたし、浴室やトイレなども設置してあった。
「これらがあれば、文化的な生活がすごせるはずです。いかがでしょうか? 」
「ああ、満足だよ。それにしても君がいてくれて助かった」
シンは素直に感謝する。
彼にしてみれば、この結晶体は会話できる貴重な存在だ。
半壊した施設には自分ひとりだけ。他に生きている人間は誰もいない。
彼女がいなければ、彼は孤独感に苛まれていただろう。話し相手がいるだけでも非常にありがたい。
そのうえ、彼女は大切な情報源でもある。
限定的な情報しか保持していないと明言しているが、それでも充分に価値がある。こちらが知らないことを、いろいろと教えてくれるのだから。
「ありがとう、ミドリ」
「どういたしまして」
この時点で、シンは、彼女の欠点に気づいていなかった。
魔造の補助人格は、質問されたことに回答するだけ。問われないと応じてくれない。
この短所のせいで、彼は何度も窮地に陥ることになる。残念なことに、今はそれを知る由もない。
翌日から練習をはじめる。
魔法取得に有利なことが二つあった。
ひとつは、【情報転写】による疑似記憶。
ふつうなら、大量の知識を得るために長い時間を勉強にあてる必要がある。魔導師の卵たちは、十年以上にわたって学習するとのこと。
それらの労力がいっさい不要になるのだから、非常にありがたい。
ふたつめは、訓練課程。
体系的に組まれた修練のおかげで無駄なく効率的に鍛錬できる。
対象範囲は生活全般に及び、実地訓練ばかりではなかった。
例えば、『適切な栄養補給』や『充分な休養』なども管理対象となる。ただ我武者羅に頑張っても、非効率だし悪影響すらあるのだと、教えられた。
習得は順調にすすむ。
一週間ほどの訓練期間を経て、彼は初歩魔法を使えるようになった。
「では、【燈火】! 」
指先に小さな光粒が浮かぶ。
これは周囲を明るくするもの。
他の術も習得済みで、火を熾す【着火】。少量の水を集める【水玉】。ちんまりと風を起こす【微風】などの初級的なもの。
「要習得リストの最後は【状態管理】か」
この機能は、使用者の状態を表示する。
魔法陣が展開したのち、視野に半透明の画像が現れた。
<基本状態>
HP:10/10
MP:7/20
LP:3/15
「ふむ、なんだかゲームの表示みたいだなぁ」
上の二項目なんとなく推測できた。
【HP】はヒットかヘルスのポイントで、体力や生命力を意味するのだろう。
【MP】もマジックかマナのポイントで、魔力量を数値化しているはず。
注意すべきは【LP】だ。
おそらくライフ・ポイント。つまり寿命を示すものだ。
ある種のゲームには【HP】と【LP】を併記表示しているものがある。
ルールでは、【HP】に残量があっても【LP】がゼロになると死亡判定になっちゃうのだ。だから、ふたつの項目に配慮せねばならない。
気になるのは、【LP】数値が少ないこと。
残数が“3”しかないのが不思議だ。
彼は、値が減るような行為はしていない。もし、病気だとか毒などの状態異常になっているなら、【状態管理】に記載されるはず。
「ねえ、ミドリ。表示しているモノに【LP】というのがあるよね?
この意味を教えて欲しいんだ。ついでに単位も」
「回答します。ライフ・ポイントは稼働できる日数を示します。
ちなみに活動限界に至ると、つまりLP表示値が“0”になると、細胞レベルで生体維持機能が止まります。
具体的には、心臓の心筋細胞が停止して血液循環がなされません。同様に肺胞細胞は酸素と二酸化炭素のガス交換をストップします。その他にも脳や脊髄などの神経系において…… 」
「ち、ちょっと待って。“活動限界に至る”って死亡するってことなの? 」
「そのとおりです」
彼は、“えっ”と間抜けな声をあげてしまった。
あまりにも突飛な内容なので理解できない。
「ち、ちゃんと説明して! 」
ミドリの解説は次のとおりであった。
シンの基礎能力は、かなり低いらしい。
彼は、錬成人間として培養容器で育成されていたが、事故で中断された。これが原因で、寿命設定(LP)が、計画値を極端に下回ってしまう。
生命力設定(HP)や魔力量設定(MP)も同様だ。ついでにいうと、【情報転写】は計画の二割程度しか完了していない。
「……となります。実に不幸な出来事でした」
「【LP】の残数が“3”ってことは余命三日ってことか。なんだよ、いったい…… 」
だんだんと腹がたってきた。
カプセルから目覚めてわずか十数日。
なのに、命が尽きようとしている。あまりにも理不尽すぎる。
それ以上に、警告しなかった緑色の結晶体に猛烈な怒りを覚えた。
「寿命や活動限界のことって、すごく大切なことだろう。
どうして、もっと早くに教えてくれないのさ! 」
「回答します。ライフ・ポイントの件について質問をされていません。
問われていれば、詳しい解説をしたはずです」
「ウチが悪いってか? そんなことあるかぁ! 」
ミドリは、指示待ち型の補助人格だ。
尋ねられたことには応じてくれる。しかし、気を利かすことは不可能。
彼女は質問者側の意図を読み取るなんてできない。先回りして適切な助言をするなんて高度な判断は無理なのだ。
シンは、彼女自身からこの点について説明を受けていた。
最初の会話において、管理者の指示がないと作業を開始しないとも。迂闊にも聞き流してしまった。
だからといって、怒りは収まらない。
己の寿命が短すぎることに腹がたつ。
大切な情報を告げなかった中空に浮かぶ結晶体を悪しざまに罵った。
「こんなポンコツを作ったのは誰だ。責任者出てこい! 」
「責任者は不在です。五百年前に死亡していますので」
「うるさい、だまれ!」
彼は書類の束を投げつける。
ミドリの冷静な口調が、やけに癇に障った。フワフワと宙に浮揚し、回転する姿が憎たらしい。
―――あと三日で死ぬやなんて、そりゃ殺生やで。
なんでウチが、こないな酷い目にあわなアカンねん?
どこが窓口か知らんけど、異議申し立てや!