2-09.召集されし者たち
宗教指導者は言う。
「邪神は、絶対唯一の神に逆らうモノだ」
大陸で最も信仰されている一神教の公式見解である。
絶対神を信じる人間にとって、その他の神様は排除すべき対象。
事実、忘れるべき古代神として、信徒たちは歴史書や記録から消去する抹消運動を展開している。
【邪紳領域】。
そこは忌み嫌われる古の神々が住まうところ。
唯一神を崇め奉る人々からすれば、まさに穢れた領域だ。人々は、呪いや災いを恐れて、不用意に近寄ることなんて、絶対にしない。
不浄な土地ゆえに、凶悪な魔獣が生息する。
狂暴なモンスターどもの戦いは熾烈を極めた。
勝者とて油断はできない。相手を斃したと思った途端、新たな敵に襲われてしまうのだから。
互いに喰ら合う地獄そのもの。
最弱位に位置する人類が、迂闊に立ち入れば、すぐに餌にされてしまうこと間違いないしだ。
冒険者は、魔物を狩るのを生業としている。
一般社会では、無頼漢や社会的不適合者の集団として扱われていた。しかしながら、彼らのおかげで人類生存圏が維持できているのも事実。
戦闘能力は高く、生き残る術を知っている。
だが、優秀なプロフェッショナルでも、大森林地帯には単独侵入は絶対にしない。
そんな【邪神領域】をのんびりと移動する者がいた。
シン・コルネリウスだ。
騎竜のウコンに乗り、横にはサコンがつき従う。
周辺には、警護部隊と硬殻兵士たちがいて、あたりのモンスターを排除していた。
「おお、さすが選抜された精鋭だ。対応が早いし、連携も見事」
ツクモ族の護衛たち。
造ったのはシンで、基となる知識は【天啓】によって得た。
文字にすると神秘的な印象がけれど、実態はかなり厳しく強烈なもの。人類を超越する上位階梯者が、頭に情報をぶち込んできたのだ。
「それが原因で失神したけれどな! 情報量が多すぎると、もはや暴力だ。普通の人間なら、耐えきれずに死んでしまうぞ」
伝達された内容は未知の技術。
補助人格ミドリは、古代魔導帝国時代の錬金術や魔法技術のデータを大量に保有している。その彼女をして、【天啓】でもたらされたテクノロジー群は、“別次元の英知である”と言わしめるほどであった。
ちなみに、“ツクモ”の由来は『付喪神』から。
日本古来の民族信仰に、人の形をしたものに精霊が宿るというものがある。そこから名前を拝借した。
「名称は付喪でも、歴きとした人間だ。錬成された存在だけれど、ちゃんと自意識があるのだし」
彼らは、本当に個性豊かだ。
生真面目な者やドジっ娘など様々なタイプがいる。
趣味嗜好もバラバラ。服飾に興味を示したり、土木建築に精通していたりと十人十色だ。
ついでにいうと、非常に頼りになる。
たとえば、護衛部隊をまとめる男性リーダー。
見た目は、動く大理石像そのもの。古代ローマ時代の人物像のようにガッチリとした体躯である。彫刻のごとく無表情だけれど、態度は威風堂々としていた。
シンが絶大な信頼を寄せる人物である。
護衛兵士の装備はバトル・アーマーだ。
「うん、むっちゃカッコいい。まさに、サイバーパンク、サイコーって感じだ」
デザインは彼の趣味だ。
近未来戦争の映画にでてきそうな造形。
全体的につや消し黒のカラーリングで、メタリックな雰囲気が厨二心をくすぐる。この異世界は魔法や錬金術が幅を利かせているのだけれど、そんな環境でサイボーグを思わせるスタイルは違和感がありまくり。
ただし、中身は錬金技術の塊である。
耐物理・耐魔法防御に優れ、身体動作の補助や負傷時の応急処置、体温調整などの各種機能がてんこ盛りだ。
武器もすべて魔導強化しており、凶悪なバケモノどもを一撃で粉砕できる。
大理石な肌合いな者と、SF的サイバー武装の組み合わせ。
意外なことに当の本人たちは喜んで着込んでいる。ずいぶんと好奇心旺盛な質なのだ。
リーダー役が部下たちに命令をくだしていた。
彼らは、人間の可聴域を超えた高周波帯で意思疎通をおこなう。
指示を受けたのは【硬殻兵士】。
新たに開発したゴーレム戦士だ。
外骨格は硬化処理を施した複合素材で、軽いうえに硬さと粘り強さを兼ね備えていた。
内部は“泥”が詰まっている。
まあ”泥”といっても特別性だ。魔力伝導性の高い希少鉱石をミクロン単位で粉末化したものに、高濃度魔力の塊である【地母神の雫】を加工した液体を混ぜて錬金生成したもの。
新型の【硬殻兵士】が化物どもを蹴散らしてゆく。
巧妙に連携して、相手に反撃する暇を与えずに排除した。その動きは高度に訓練された軍兵に匹敵する。
旧型の【岩石兵士】の鈍重さとは格段の差があった。
「うん、よしよし。ちゃんと“不殺生”の命令は守っているな」
事前に、“生物を殺してはならない”と伝えておいた。
請け負った仕事が、血生臭いこと忌避する性質なためだ。面倒だけれど、魔物を物理的に殴り飛ばすとか、低威力の電撃で痙攣させるとかの程度で済ませてもらう。
「ふむ、ここらへんで合図をおくろうか」
シンは無属性の魔力を放った。
合流地点にいる先着者たちに、自分のことを報せるためだ。
彼のシグナルに呼応するように魔力波動が返ってくる。
立ち並ぶ樹々が視界を塞いでいるせいで、相手の姿は見えないが、その所在はハッキリした。
「さあ、みんな。あらかじめ説明した手順にしたがって行動してくれ」
護衛部隊が散開してゆく。
ツクモ族兵士一名と硬殻兵士十体で小隊を編成。合計四小隊が大森林のなかへと消えていった。
一方、シンは騎竜のウコンに乗って森を進む。
つき従うのは護衛隊長と二脚竜サコンだけ。
目的地は泉だ。
水は清らかで水面がキラキラと陽光を反射していて美しい。周辺はぽっかりとした空間がひらけており、背丈の低い草花が生えていた。
彼は、泉岸の反対側にいる老女に頭をさげる。
「はじめまして。此度のお勤めに召集された【言祝ぎ役】を務める者です。遅れたようで、申し訳ございません」
「お気になさらずとも良かろう。ワシらとて、つい今しがた来たばかりじゃよ」
気品のある媼がにこやかに挨拶をした。
顔つきからすると相当な年齢なのだが、背筋がピンと伸びている。その立ち振る舞いは軽やかで、まったく老いを感じさせない。
先刻、魔力の合図を返してきたのは、この人物だ。
見かけによらず、強力な魔法の使い手なのは間違いない。
彼女の背後には、御付きの従者が十数名も控えている。
灰色のローブを頭からすっぽりと被ったまま。表情どころか性別すら判らないが、彼らも魔術師であろう。
老女は、森の奥から姿を現した女に視線をおくった。
「おぉ、【禍祓い】の。久方ぶりだの。以前にお会いしたのは三年ほど前になるか」
「【清め司】さま、ご無沙汰をしております。
はじめまして、【言祝ぎ】殿。この度はよろしくお願いいたします」
若い女性が挨拶を返してくる。
見た目は二十歳台半ばくらいの娘さん。
ただし、所作は妙に落ち着いたもの。年経た智者の雰囲気を漂わせている。動きから相当な修練を積んだ武芸者であることが窺い知れた。
彼女の嫋やかな容姿とは裏腹に、かなりの実力者であるのが読みとれる。
【清め司】の老女が語りかけた。
「これでお勤め役が揃いましたのう。
それにしても召集された者が三人もいるとは、まこと珍しきこと。此度の御方は、よほどご神格の高きお方であろうよ」
彼らが呼び集められた理由。
それは、現世に生まれ出る新しい神様を迎えるため。
この場にいる三名は【神告】を受けた。
文字通り神からのお告げである。
ただし、言葉ではなく、直接的に必要な情報が頭脳に差し込まれた。
彼にコレが下されたのは、本拠地の【岩窟宮殿】を出発する直前。
内容は、新神の誕生に立ち会えというものであった。ご丁寧なことに、日時や場所、召集された者たちの役割まで知らされている。
過去、幾度も【神告】をうけた経験があった。
すべては神々からの要望だ。
困ったことに、依頼主はこちらの都合や意図は気にしない。
一方的に伝えてくるのだ。
しかも、拒否は許されない。強制的に上位階梯者の依頼を請け負わされるので、ほんとうに迷惑だ。
まあ、報酬はそれ相応に良い。
なので、文句をいわないことにしている。
「それにしても、何故に私が選ばれるのか謎だけれども」
どんな理由で、シンが指名されているのかは不明である。
自分は特別な人間ではないし、信仰心に篤いわけでもない。相手がどのような基準で召集しているのか判らないままだ。
また、依頼内容も理解できないものが多い。
たとえば、山の頂上で窯の灰を撒くという請負仕事があった。
その行為の意味は、まったく分からない。
とにかく、超越的存在の意図や目的は、人が考え及ばないのだ。
彼は、他のふたりの女性に妙な親しみを感じていた。
初対面だけれど、共通するのは、強制的に【神告】を受けたということ。互いの苦労が思い知れるというか、”被害者の会”みたいな連帯感があったりする。
夕刻。
太陽が地平線へと沈み、あたりが暗くなってきたころ。
【清め司】の老女が空を見上げる。
「さて、そろそろ頃合いであろうかのう」
「ええ、そうですね。私どもの“掃除”もあらかた済ませています」
「ほう、たいしたものじゃのぅ。こうも仕事が手早いとは、まこと頼りになるわい」
シンのいう“掃除”。
それは、周囲にいる魔物の排除であった。
ツクモ族と硬殻兵士たちが、魔獣を追い払っている。泉を中心に半径千メートル四方は、汚らわしい化物どもは皆無な状態だ。ついでに、邪魔ものを寄せつけないよう警戒線を構築している。
今から始まる新しい神様の顕現を中断させないための措置だ。
【清め司】は簡易な祭壇の前で、
「この老いぼれが、此度神事の取り仕切り役を相務めさせていただく。さて、【禍祓い】殿、【言祝ぎ】殿、ご準備のほどはよろしいかの」
「どうぞ。媼さまのご下知のままに」
「ええ、いつでも」
シンは軽くうなずいた。
彼は、現世に誕生する神を迎えるために、言祝ぎ役としての務めを果たさねばならない。
他のふたりの役目について見当はついているが、実際にその行いを観るのは初めてのことだ。
ちょっと興味がそそられる。
うん、なんだかワクワクしてきた。
■現在のシンの基本状態
HP:172/172
MP:183/183
LP:63/90
活動限界まで、あと六十三日。