1-03.錬成人間
シンはずいぶんと長い時間、立ちつくしていた。
意識が戻ったのは、太陽が地平線に沈むころ。
竜巻を見つけたのが正午前だったので、半日ほども呆けていたことになる。その間の記憶はまったくない。
“魂消る”という言葉がある。
これは、非常に驚くようすを意味するものだ。
しかし、今回のできごとは、まさに言葉通りで、彼の魂は消し飛んでしまった。下手をすれば、死んでいたかもしれない。
「あんなモノがいるだなんて」
【巨神】は超自然的な存在。
竜巻の化身かもしれない。
アレこそが荒ぶる大自然の神というなら、全面的に賛成する。
―――なんで、【巨神】が視えたんや?
前世のウチは宗教とは無縁やで。
特定の教えに帰依するなんてこともなかった。神さまに対する態度はいい加減なもん。聖誕祭にはケーキを食べて、年末に除夜の鐘をつき、正月には神社へお参りしてたしな。ぜんぶ宗教的行事なんやけど、ごちゃ混ぜや。
一般的な日本人のあいまいさというか、おおらかさと表現すべきか。
とにかく無原則な感じ。そんな不謹慎なウチが、神様と出会うなんて、とんでもない話やんけ。
ググゥ~。
お腹が鳴ったところで、彼は考えるのをやめた。
疲れがたまって全身がだるかった。あれやこれやと思い巡らせても答えなどない。
現状を把握するにしても判断材料はないのだ。超自然的な【巨神】が、何者かだなんて考えるだけ無駄であろう。
翌日。
シンは再び岩山の展望台へと向かう。
本当に【巨神】を見たのかを確かめたかったのだ。
既に、あの圧倒的なヤツは立ち去っているだろうけれど、何かの痕跡が残っているはず。竜巻が通り過ぎた跡を確認するだけでも価値がある。
嵐があったのは現実だったと確信できるのだから。
だが、彼の思惑は外れる。
しかも斜め上の方向へと大きくズレていた。
「アカン。これはアカンやつや」
眼前にトンデモない幻影があった。
それは【巨神】に匹敵する超自然的な存在。とんでもないことに、ひとつではなくて幾つも視えている。
たとえば、輝く太陽と重なる姿。
【太陽神】とでも表現すべきもの。
見た目は薄っすらとした姿形で不明瞭なのだが、確実に居る。圧倒的な神々しさだ。
自然と頭が下がってしまう。真摯に敬意を示さずにはおれないのだ。
ほかにも信じられないモノが視えた。
空に漂う雲々に乗って。
遠方の山脈の上に。
轟々と音を立てて流れる河川のなかに。
それらの幻は、どれもが半透明な状態。
物理的な肉体を有してはいないのは明らかである。
「もしかして、私は気が狂った? 」
シンは、自分の正気を疑ってしまう。
あるはずの無いモノが視えているのだ。己は正常だと思いたいけれど信じきれない。
そもそも自分自身の記憶が曖昧すぎた。
どんな経緯があって、この施設にいるのかも分からない。身体が子供サイズになっていることだって不思議だ。おまけに、胸の中央には妙な結晶体がめり込んでいる。
自分が異常な精神状態に陥っているのではないか? 疑念を持っても当然であろう。
「アハハッ」
力なく笑ってしまう。
もう、訳が判らなくてどう反応すれば良いのか見当もつかない。彼は腰を落として惚けるばかりであった。
結局、すべてのことを受け入れることにした。
いまの異常状態の原因を追究しようとしても無駄である。
いくら仮説を立てても、立証する方法はない。理解不能なことはぜんぶ棚上げにしようと決めた。
次の日。
付近一帯の安全確認を始める。
不安要素は排除すべきだし、自分がいる場所くらいは把握しておきたい。ということで、施設内部を歩きまわった。
「ここから先は無理か」
調べられない空間は多い。
施錠してあって入室できない部屋だとか、壁が崩れて塞がっている廊下など。
そんなところは放置だ。
強引に入りこんでも怪我をするだけ。負傷しても助けてくれる者は誰ひとりいない。慎重になるべきだろう。
調査を避けていた場所がある。
最初に目覚めた部屋だ。
なぜ、忌避していたかといえば、ミイラ化した男性の遺体があったから。気味が悪くて見るのも触るのも遠慮したい。
室内を軽く確認するだけで済ませて、奥の空間へと移動する。
妙なモノを発見した。
大きなクリスタルだ。
不思議なことに何の支えもなしに宙に浮いている。
「なんだ、これは? 」
シンはその物体に近づいた。
ただし、迂闊に触るような真似はしない。
得体のしれないモノに近寄るのは危険だ。下手に接触すれば落下したり砕けたりする可能性だってある。
結晶体をじっくり観察するが、ソレは静かに空中に浮遊するばかり。なんら反応を示さないし変化も起きない。
すぐに飽きてしまった。
室内の別部分を調べることにする。
壁には大きなカウンター。卓上には書籍やノートなどが乱雑に散らばっている。メモを適当に取りあげて読もうとするが、部屋は薄暗いせいで文字がよく見えない。
「もっと明るければ良いのに」
突然、照明が点灯した。
シンはビックリして尻もちをついてしまう。
なんの前触れもなく、光が生じたのだから驚きもする。誰かがスイッチを入れたのかと、まわりをキョロキョロと探すが彼以外に人間はいない。
「ど、どうして灯りが点いた? 」
「回答します。光量を増やせとの命令でしたので実行しました」
声の主は宙に浮かぶクリスタル。
音声は若い女性のものであった。
「繰り返し回答します。あなたの指示により照明量を調整しました」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
彼はマジマジと宙に浮かぶ巨大結晶を見つめる。
先刻までは無色透明であったのに、今はエメラルド・グリーンに輝いていた。しかも、ユックリと回転運動までしている。
休眠状態にあったものが、活動状態に移行したみたいだ。
「お前は……、イヤ、君はいったい何かな? 」
「回答します。わたしは第三研究室専属の補助人格です」
シンは恐る恐る会話を試みた。
判ったことは、相手は人工知能の一種らしい。
魔導的技術で造られたもので、電 脳のような電子工学系のものではない。
空中に浮揚する結晶に“ミドリ”と名前をつけた。
単純に緑色に光っているので思いついただけ。まあ、安直なネーミングだけれども、理屈をこねて凝った名称を考えるのも面倒くさい。
情報収集を優先すべく対話を続ける。
ミドリの情報は限定的であった。
彼女の持つデータは研究室での作業に関連するものだけ。
以前は必要に応じて各種情報を入手できていたけれど、現在は通信が途絶しているらしい。通信先は中央部の統括人格だが、相手先の状態は判らないという。
また、施設が破損している原因は不明であるとも。
「突然、エネルギー供給が断絶したのです。しばらくの間、復旧を待ちましたが、元に戻りませんでした。やむを得ず、わたしは休眠状態へと移行。
必要最低限の機能だけを残して、その他全ての活動を停止しました。およそ五百年前のことです」
「五百年前かぁ…… 」
にわかには信じられない。
ミドリの話が本当なら、シンは五世紀もの時間をカプセルの中で過ごしていたことになる。人間が飲まず喰わずで超長期間を生存するなんて無理だ。
それが可能なら、とんでもない技術である。
彼は現実逃避したくなった。
思わずつぶやいた台詞は次のもの。
「見た目は(ちんまり)子供。
頭脳は(たぶん)大人。けれど実年齢は五百歳以上。
その名は迷探偵……って、やってられるか! 」
気を取り直してミドリとの会話を再開。
優先すべきは情報を得ることだ。真実か虚偽なのかの判断は後回しにする。
「では、私のことについて教えてほしい」
「回答します。あなたは【錬成人間】に分類されます。
出生方法は特殊ですが、生物学的にはヒト科ヒト属です。なお、通常の人間のように母親の子宮から誕生したわけではありません。
とある人物の細胞を魔導的技術で編集加工を行いました。培養カプセル内での成長過程において身体および精神の強化を施しています」
「ほう」
シンが連想したのは複製人間。
ただし、ミドリの説明を聞くかぎり、使われた技術は錬金術や魔法の類だ。現代科学の遺伝子工学やら生化学とは全く別のもの。
正直にいえば、魔術だなんてファンタジー的要素が強すぎる。
彼女が語る内容は論理的だが、彼には真偽を確かめる術はない。
疑問に思うことがあった。
前世記憶のことである。
不明瞭な部分は多いけれど、ハッキリと残っている個所もあるのだから。
「私には覚えていることが幾つもある。これは細胞提供者のものなのか? 」
「質問そのものが間違っています。あなたの発言は、何らかの記録情報があることを前提にしていますが、それはあり得ません」
緑色の結晶体は、シンには記憶がないはずだと断言した。
根拠は、彼にはカプセルから外に出て活動した事実が皆無なこと。一片の細胞を培養液のなかで成長させて、いま現在に至るのだと。
「なお、わたしがおこなった作業のひとつに【情報転写】があります。
あなたがなんらかの記憶があると錯覚したのは、その影響かもしれません」
「なんじゃ、そりゃ? 」
【情報転写】とは、脳に情報を強制挿入するものであった。
勉強嫌いには夢のような技術だ。しかし、普通の人間には使用不可とのこと。ショック死するだとか精神異常になる確率が高くて、施術は禁止されている。
「そんな危ないモノを使うなよ! 」
シンは悪態をついてしまった。
同時に命があって良かったと安堵する。ただし、自分が異常者である可能性は残ったままだけれども。
「人が壊れるほどに危険なものを使用して【情報転写】をしたのかぁ。
で、なにを私の頭脳にぶち込んだ? 」
「主に魔法関係の知識です。ほかに必須とされる各種情報も挿入しました」
「ほほう」
―――魔法! すごくワクワクさせてくれる言葉やわ。
ここまでは苦労ばっかしやったけど、なんかおもしろくなってきたやんけ。