2-06.自分で考えないのは愚か者(前編)
「問題はバカだな」
冒険者ボドワンがいう“バカ”。
領主軍から来たチョビ髭の隊長だ。
男爵家に媚びへつらって、役職を得た小者である。指揮能力は皆無。剣術は下手すぎる。代わりに魔法を使える、ワケでもなかった。
「あんな無能が、どうして指揮役なんだ? 本気で理解に苦しむぞ」
「知るか、そんなもん。お貴族さまの派閥関係とかあるんだろうよ。まあ、出発時点で分かったけれど、アレには近づくな。絶対にトラブルをおこす」
「近づくもなにも、すでに契約済みだ。無関係ではいられない」
彼は、おもわず顔をしかめてしまう。
仲間の斥候役と弓師も同様で、出発前の騒ぎを思い出していた。
あの愚か者はゴネたのだ。
自分を守る護衛者が少なすぎると。
此度の偵察行では、契約に特別な条件がある。内容は、参加者それぞれが自身の安全を確保すること。誰かが護衛役を務めることはない。
しかし、アイツは契約内容を把握していなかった。
今回の取り決めは、かなり変則的なもの。
理由は、関係者たちの政治的な駆け引きの結果であるらしい。
ボドワンは、ややこしい背景がある依頼は絶対に断る。
だが、モルガン組合長に頼まれて、やむなく請け負った。
で、喚くチョビ髭を黙らせたのが、シンという人物である。
この若者、強烈な存在感を放っていた。
若い錬金術師の口調は静かなもの。
「契約条件は確定している。それが不服なら任務から降りれば良かろうに」
彼の言葉には、不思議と聞き手を納得させてしまう“力”があった。
事実、チョビ髭は口を閉じてしまう。
代わりに身体をブルブルと震わせていたが……。
ヤツの滑稽な姿に笑ってしまったのは内緒だ。バカは、自分勝手な主張を繰り返そうとした。しかし、何故かうまく台詞が出てこない様子。
結局、同席していた軍の高級士官が、これを叱責する。
小心者の隊長は、さすがに上官には逆らえず黙ってしまった。
以上が出発前の出来事である。
その場にいたボドワンはゲンナリだ。
「今回の仕事は、受けなきゃよかった。ああ、なんか悪い予感がするぜ」
「なあ、リーダー。俺、このまま帰ってもいいかな?」
「できるか、そんなこと。依頼主は領主軍だぞ。莫大な違約金を払ってくれるんなら別だがな」
■■■■■
【邪神領域】は古の神々が住むとされる。
大陸の主な宗教は一神教だ。唯一絶対神だけを信じている。信者たちは、忘れ去られた古代神を、邪神扱いするばかり。
さらに、この土地が危険なのは、狂暴なモンスターどもが跋扈しているため。すべては邪な悪神が原因だと、宗教指導者は宣う。
こうも物騒な大森林を移動する集団があった。
先頭はシンで、彼は騎竜のウコンに跨ってのんびりとしている。後ろには冒険者五名と領主軍五名が続く。
チョビ髭隊長は騎乗用の四足地竜に乗っていた。
「ふん、たいしたことないじゃないか。たいそうに”邪神が支配する危険地帯”などと言うが、魔物の一匹とて襲ってこない。こんな場所を恐れて近づかない奴は、腰抜けばかりだのう」
シンは、そのセリフに呆れた。
魔獣の襲撃がないのは、彼が排除しているからだ。
ちょっと注意して観察していれば、分かりそうなものなのに。
しかし、発言者は本当に気づいていない。チョビ髭への評価を、状況をまったく把握できない馬鹿者だと下方修正した。
彼は、冒険者や兵士たちを見やる。
さすがに同行者たちも、隊長の台詞に驚いていた。
砦街キャツアフォートで生活していただけあって、【邪神領域】の危険さを知っている。化物どもが姿を現さない現状こそが、“異常”だと認識していた。
「請け負った仕事は、目的地までの案内だが……」
同行メンバーを護衛する義務は”ない”。
依頼を受けるにあたって、諸条件はしっかりと決めておいた。
とはいっても、連中を冷たく切り捨てるのは気分も良くない。
ほどほどに面倒をみてやるつもりでけれど、
「まあ、“仏の顔も三度まで”という言葉もあるしな」
彼は、契約事や誓約については誠実に守る性格だ。
信義則を非常に大切にしている。口約束であったとしても、可能なかぎり結果をだすつもり。裏返して言うなら、己が成し遂げられないことは承諾しない。
ついでにつけ加えると、絶対に相手にしないタイプがいる。
簡単に約束を破る人間だ。
この手の輩は、約定やアグリメントの概念が欠落している。自分が約束破りの常習犯だという自覚もない。それどころか、合意事項を破棄できる者は、偉いのだとうそぶく。
まったくもって度し難い連中だ。
「不義理は、必ずしっぺ返しを受ける。チョビ髭は理解しているのかね。まあ、本人に災難が降りかかってきるのは自業自得だ。同情する余地はあるまいよ」
この異世界には、因果応報の理がはたらく。
“意思”や“念”といった精神的パワーの影響力は非常に大きい。
実際、魔法や錬金術といった摩訶不思議なものがあるのだから。
同様に、約束事についても【合意】という拘束力がはたらく。
逆に、反故にすると、その反動がやってくるのだ。
翌日。
「到着だ。ここに埋葬した」
大きな岩が墓標の代わりだ。
まわりには、たくさんの花々が咲いている。
地中に五十人ほどの冒険者や兵士が永眠している。人数がはっきりしないのは、身体がバラバラで人数確定ができないから。
「発見したとき、遺体は周辺数百メートルに散らばっていた。もしかしたら他に未発見のものがあるかもしれない」
シンは、墓石にむかって小さな声で祈りをささげる。
同行者たちも哀悼の意を示した。
彼らにしてみれば、ここに眠る者たちは仲間であり、未来の自分かもしれない。他人事ではなく身内に対するように真摯に冥福を願う。
ただし、愚かな例外がひとり。
チョビ髭隊長であった。
「この下に領兵の死体があるんだな? なら、埋まっているものを確かめたい。おい、さっさと掘り起こせ」
その言いざまは、非常に無礼な口調。
亡き者たちへの礼儀を欠いていた。
命じた内容も死者を冒涜する行為だし、なかなか実行できるものではない。
だが、上官の命令は絶対だ。
兵士四名は、内心では嫌悪感をいだいてしまう。
なんとか反発心を抑えながら、コップを手にして地面を掘り返そうとした。
シンは、そんな兵士たちを止める。
「私がやろう」
彼は術符一枚と小さな結晶石を大地におく。
淡い光が浮かびあがり魔法陣が展開した。
土が盛り上がってきて、歪な人型が姿を現す。
それは低位泥人形であった。
身体に比べて異様に長い腕を伸ばし、丁寧な動作で墓石を移動させる。土砂の除去は魔法でおこなった。上腕を地中に突っ込んで、土壌を上腕部に吸着させて引っこ抜く。
冒険者や兵士たちは感心した。
「ゴーレムなんて初めてみた」
「大岩を持ち上げるパワーが凄い」
「意外に動きは細やかだ」
泥の魔導人形の慎重な動作は、シンの指示によるもの。
永眠している者たちには敬意を払うべきだ。
死者を冒涜するつもりはない。
先ほど、兵士たちを止めたのは、スコップで遺体が損傷するのを避けるため。そんな配慮が判るのか、兵や冒険者たちも静かに除去作業を見守っている。
ただし、愚者隊長は違った。
「おい、もっと早く地面を掘らせろ。もたもたしていると、日が暮れてしまうではないか」
隊長はイライラとして文句を言い募る。
同行者たちは、無言で非難の視線をおくるが、当の本人は気づかない。自分だけが正しいと強く思い込んでいた。
痴れ者の特徴は、客観性をもたないこと。
まさに、チョビ髭は典型的なタイプである。
しばらくして、泥の魔導人形は作業を終了。
直径三メートルほどの穴底には、大量の骨が積み重なっている。すでに遺体は白骨化しており、衣類や防具類などはボロボロだ。
チョビ髭が墓穴をのぞく。
「ふん、ようやく終わったか。この愚図人形が優秀なら、もっと早くに済ませたであろうに。コイツは、能無しの役立たずだ。きっと使役者も似たようなものであろうよ」
隊長は、小さく嫌味の言葉を吐く。
ただし、シンに対して直接的に悪態をつかなかった。
妙なプレッシャーを感じていたからだ。
この小心者の内心には悪感情が渦巻いている。
本人に自覚はなかったが、若い錬金術師の有能さに、劣等感が刺激されていた。なけなしのプライドを守ろうと懸命なのだ。
だが、言動の方向性はまったくの的外れ。
自分を高める努力をせず、相手を貶めることで、己の優位性を示そうとする。とことん屈折した心理であった。
冒険者ボドワンはヒヤヒヤしていた。
「あのバカ、恐ろしいトラの尻尾の近くでダンスを踊ってやがる」
彼は頭を抱えてしまう。
チョビ髭の感情がヒートアップしている。
己の行為が、いかに危険なのか無自覚だ。
そのうち、若い錬金術師が怒りを爆発させて、隊長をぶっ飛ばすかもしれない。愚か者がボコボコにされるのは自業自得であろう。
ただし、自分たちが巻き込まれるのは絶対に御免だ。
距離をあけるように仲間に指示しておこう。
もっとも、シンは気にもしていなかった。
悪口を言われている当の本人だが、まったくの無関心。
彼は忙しいのだ。
せっせと小石に針金を突き刺す作業に集中している。
開発中の誘導管制システムの試験を続けるつもりであった。墓標に到着するまでに、作成した試験弾を使いきっている。
検証テストを継続するためにも、錬金加工した石を量産せねば。
いっぽう、チョビ髭は、部下に遺骸を調べるように命令。
兵士四人は上司に逆らえず墓穴におりた。
積み重なっている遺骨を丁寧に扱うので、どうしても動作はゆっくりになってしまう。
短気な愚者がキレた。
「なにをトロトロとやっとるか! どけ、ワシがやる」
自ら穴底に降りてゆく。
バラバラになった骨を掴んでポイポイと投げ捨てた。
しまいには足で白骨死体を蹴り飛ばし、ボロボロになった防具やカバン類をあさる。その行為は死者を冒涜するものあった。
「ないぞ、ないぞ。ここに【精霊のヒキオコシ】があるはずだ。それに報奨用資金もだ。おい、おまえ! どこにやった!!」
泥だらけの隊長がシンに詰め寄る。
お宝を回収するためにやって来たのだと、大声で叫んだ。
領主様に大見得をきって持ち帰ると言ったのに、手ぶらでは面目がたたない。見つけられなかったら、お前のせいだと喚き始めた。
■現在のシンの基本状態
HP:172/172
MP:183/183
LP:75/90
活動限界まで、あと七十五日。