2-04.錬金術師と薬師の組合
シンの要望はすべて認めてもらえた。
モルガン組合長が、その程度のことで良ければと快諾してくれたのだ。
要望したのは、資料室の利用。
小さな部屋だが、たくさんの本や地図がある。薬草の種類や採取の方法、魔物の特徴や分布図などの記録がまとまっていた。
ここは、冒険者たちを支援するためのもので、関係者には公開しているとのこと。
「ふむ、利用者がひとりもいないな。冒険者は、情報の大切さを知らない脳筋ばかり? いや、これくらいの事は頭に入っているのかなぁ。
まあ、いいっか。ひとり占めできるのだし」
資料を片っ端から魔法で画像複写する。
集めたデータを本拠地の【岩窟宮殿】へと念話ネットワーク経由で送信しておいた。あちら側では、補助人格ミドリやツクモ族たちが解析の手はずを整えている。
人類文明圏での知識獲得は順調だ。
昨日、軍砦からも各種資料や軍備品を回収した。
ごくわずかな情報量だし一般常識的なものだけれども、それでも第一回目遠征の成果としては充分だ。
この調子で知識や技術をあつめてゆこう。自分の短寿命な身体を改造するためには大切なことだ。
シンが、組合長に頼んだふたつめの要望。
組合建物の個室を小一時間ほど借りることであった。
目的は、組合で販売している魔法治療薬や解毒薬を分析すること。彼我の錬金技術の差を調べたかったのだ。
解析結果だが、市販の薬品は品質が悪い。
薬効成分以外の不純物が混じっていた。同じ種類の薬でもクオリティがバラバラで安定していない。
これなら、彼が作成した各種魔法薬を商品として卸しても買い手がつくだろう。
「モルガン組合長、お世話になった。感謝する」
「いえ、こちらこそ礼をいう。冒険者登録の件、気が変わったらいつでもいってくれ。我々は、いつでもあなたを歓迎する」
シンは勧誘されたが、これを断った。
組合長からは是非にと強く勧められても、自分にはメリットがない。魔物からはぎ取った材料は錬金術加工に使う予定なのだから。
素材を売ってお金を得る必要性を感じていない。
稼ぐ方法は目処がついている。
なによりも、組合の管理システムが胡散臭いのだ。実態を解明するまでは、ほどほどの付き合いで済ませるべきであろう。
次に、彼が向かう先は錬金術師組合。
目的の建物は、こじんまりとしていた。冒険者組合と比較して、構成人数や利用者が少ないからだろう。
騎竜を建物正面に待たせて室内に入った。
ちなみに、騎竜二頭の名前はウコンとサコンという。兄弟でとても賢くて仲が良い。
正面カウンターに女性がひとり。
うつ伏せになって呻いていた。
「もう、いや。やってらんな~い。ああ、なんだってこんな無茶振りに応じなきゃいけないのよ」
彼女はブツブツと不平不満をぶちまけている。
歳のころは三十歳半ば、シンよりは年上だと思う。決して年増というわけではなくて、年相応に女性の魅力を放っている素敵なご婦人だ。
「うん? お客かい。残念だけどね、薬はぜんぶ売りきれで残っちゃいないよ。すぐに作れって言われても無理なんだよ。ぜったいにムリだかんね」
「いや、そうではない。なにがあったかは知らないが、もしかして薬が不足している? なら助けになると思うが」
シンは荷物の中身を見せた。
それは、彼が作成した魔法治療薬と素材各種。素材は人外魔境の大森林(邪神領域)で採取した貴重なものばかり。
それらをドンと机のうえに載せる。
素材の価値については調査済みだ。
主に冒険者組合で取引している品種を選んでいる。念のため、高価すぎるものや希少性の高いものは除外しておいた。
本当はもっと珍しいものを用意できるのだが、それは控える。初回から下手に注目を集めるのは良くないと判断したためだ。
カウンターの女性が奇妙な声をあげてとび起きた。
「ち、ちょっと、これなによ。もしかして魔法治療薬なの。
えっ? 【邪神領域】で採れる薬草ばかりじゃない。あなた、売ってくれないかしら、ねっ、ねっ」
「そのつもりだ。ただし、いくつか条件がある」
提示した内容は、薬剤の作成現場を見学させてもらうこと。
ついでに偽装用設定も説明した。
自分は辺境地で錬金術の修行をしていたが、師匠が死んだので人里まで降りてきたと。未だ修行中の身であり、さらなる研鑽を重ねたいのだと語った。
「いいよ。まったく問題なしさ」
彼女の返答はあっさりとしたもの。
シンの設定話を疑わず、むしろ喜んで受け入れた。それどころか、一緒に魔法治療薬を作らないかと提案をもちかけてくる。
よほど、困っていたらしい。
作成した薬は定価ではなく割増金も上乗せするという。お得感満載な申し出であった。
シンは、提案を受けることにする。
この国の錬金術レベルを体感するのには良い機会だ。
これには彼女も大喜び。
「神さまは見てるもんだねぇ。普段の行いがイイから、手助けがやってくるんだよ。おっと、自己紹介が遅れたね。わたしゃ、シモンヌってもんだ」
彼女は、ここの管理責任者であった。
錬金術師と薬師の組合が共同で運営管理しているとのこと。
なぜ共同運営かというと、構成員の人数が少ないから。経費節減になるし、特に薬品分野は重複しているので、互いに補完し合っているそうだ。
砦街キャツアフォートだけでなく辺境の街や村では、ごく普通のことだという。
ちなみに、彼女は錬金術師でもある。
「で、あんたさぁ。その傍迷惑な威圧を止めてくんないかなぁ。他の連中はビビッちまって逃げてしまうよ」
シモンヌが苦情を述べる。けっこう我慢していたらしい。
自分は、“か弱い乙女”なのだからもっと気遣いをすべきだと宣う。そんな朴念仁では、女にモテないとも指摘した。
まあ、冗談ぽい口調だし、嫌味な言い方ではない。好意からくるアドバイスだった。
いっぽうのシン。まったく気づいていない。
周囲へプレッシャーを与えたつもりは皆無だ。
実際、彼の振る舞いは自然のまま。
原因は、人間社会で生活する機会がなかったためだ。魔物たちが闊歩する人外魔境の大森林で暮らしているうちに、魔力を放っているのが常態化しただけ。
ただし、その圧力は半端ではない。
ふつうの一般人ですら、異様な雰囲気として感じてしまうほどであった。
「え~と、私がなにか迷惑をかけている? 」
「はあ、自覚なしか。こりゃ重傷だね。なら、道具を使わせてもらうよ」
シモンヌは、首をかしげる彼に呆れてしまう。
奥に引っ込んでなにやら金属の塊を持ってきた。
それは、三センチ四方の立方体で、起動するとフイィンと小さな音がする。
「これは放射魔力を遮断する魔導具さ。欠点は持続時間が短いこと。燃料切れになったら自分で蓄力鉱石を交換しな。」
「ほう、初めてみた。こんな物が売買されているのか」
「そいつは無料でくれてやるよ。手伝い分の前払いさね。それよりも、すぐに薬造りに参加しておくれ」
シンは建物の奥へと案内された。
作業場になっていて数名の男女が作業をしている。
彼らの顔色は悪い。目の下にはうっすらとクマ浮かんでいるし、動きはノロノロして生気がなかった。かなり疲労困憊しているのが、傍目からでも良く判る。
シモンヌが、澱んだ空気を吹き飛ばすように大声で告げた。
「みんな、喜べ! 強力な助っ人を連れてきたぞ。これで楽になるからな」
「うおお! 」
作業場にいた連中が雄叫びをあげる。
その反応をみて、シンはウッとのけ反ってしまった。
―――この雰囲気は死の行軍やんけ。
コイツらはワーキング・ゾンビや。ウチも経験したから知っとるで。こいつら社畜どもは不毛の大平原で発生するんや。
敵は、無茶な仕様変更を要求してくる魔王軍。
横に布陣する友 軍はまったく頼りにならへん。アイツら口ばっかりやしな。わずかな兵力で戦う自軍の兵士と義勇兵は、あえなく討ち死にするんが、ほぼ確定なんやで。
ちょうど、この部屋でフラフラと漂う連中のようにな。アカン、なんか涙がでてきたわ。
脳裏に浮かぶ光景。
それは、過労死寸前まで追いつめられながらも、納期に間に合わせようと奮闘する自分と仲間たちであった。
シンは気を取り直して室内を見渡す。
数名が薬液を作っている最中だ。
しかし、造り手によって作成方法に違いがあった。錬金術師の老人は魔導具を多用しており、横にいる薬師たちは手作業が多い。
なるほど、魔法治療薬の品質のばらつき原因がわかった。
製作者の違いが質の差異に顕れているのだ。
観察したところ、彼の知る魔法薬の作成手順に似ている。
約五百年前のものだが、材料や手順に大きな変化はないようだ。
考えてみれば納得もできる。
地球世界でも近代以前の薬学なんて、そう大きな進歩はなかった。
経験と勘だけを頼りに、症例と効果を地道に検証するだけだ。チマチマと試行錯誤を繰り返すのだから、膨大な時間がかかって当然であろう。
化学的な知見や科学的分析方法もなしにおこなうのだし、薬学の発展は遅々として進まない。
シンは、初級錬金術で薬剤を作ることにした。
老錬金術師の手順をみるかぎり、五世紀前の手法でも充分であろう。
初級作業はずいぶんと久しぶり。
最初こそ手間取ったが、作業工程をすすめるにつれて手が勝手に動いてゆく。何年間も基礎練習を続けたおかげで、身体が覚えているのだ。
原材料の薬草をすり潰してビーカーに入れる。
水を加えて上澄みを取り出して中間体を生成した。さらに、別の天然素材をつかって三つの中間体を作成。それらを専用術符で【分離】【抽出】【結合】を繰り返して加工してゆく。
ひと通り作業を済ませた最終品から一滴分すくい取る。それを検査用術符に落として薬効成分に問題がないかを確認した。
―――やっぱ、錬金術は楽しいわ~。
ここ数年は人間社会と接触するための準備に集中しとったからなぁ。ぜんぜん愉しむヒマなんて、あらせえへん。
なんやか、初心にかえったみたいやで。
はじめて錬成を成功させたとき、はしゃいだもんや。改めて感じるんは、ウチは“ものづくり”が性に合ってるちゅうことや。
うん、やっぱり錬金術はエエわ。
「ふむ、完成だ」
「ほう、【古式】か。ずいぶんと珍しい術法を知っているじゃないか」
シモンヌが、彼の製薬技法は【古式】と教えてくれた。
最近では廃れた技法だという。理由は、専用の魔導具が発明されたからで、術符よりずっと便利なのだとか。
「まあ、薬を造るのに専用器具を使うのはいいんだよ。でもねぇ…… 」
どうも気にくわない様子だ。
【新式】は、作業効率が良いし一定以上の品質は維持できる。ただし、高品質のものが作れないらしい。
彼女いわく、“気合が足りない”のだとか。
この異世界では“精神”や“念”といったパワーの影響が大きい。
というよりも、“思念の力”は重要な要素なのだ。
魔法や錬金術は、【理外の理】によって超常現象を引き起こす技術であるが、発動時における意思の強さが、結果を左右するのだ。
おそらく、製薬専用の魔導具は便利すぎる。製薬者は”精神力”への配慮を怠りがちになるのだろう。
錬金術談議がはじまった。
意外なことに、五百年前の知識でも話がそこそこ通じる。逆に、彼女が知らないことまであったりするから、こちらが驚いてしまう。
会話しているうちに判ったこと。
進歩している領域と後退している分野があるのだ。彼女は、古代魔導帝国崩壊後の国家間紛争が問題だと憤慨していた。
シモンヌがぼやき始める。
「だいたい、領主軍の連中は無茶なんだよ。いきなり大量の魔法治療薬を注文してきやがって」
軍部の要求は急だったらしい。
注文量が多すぎて在庫がないと断ったが、相手は納得せず、薬の納品を強要してきた。妥協案として、薬剤を作るが分納を条件にして、ようやく商談が成立。
今日が第一回目の納品日であった。
無事に取引を済ませたが、無理が祟って薬師も錬金術師も疲労困憊な状態だ。二回目の納品は一週間後だが、薬品を用意できるかは微妙だという。
「で、シン。ものは相談だ。しばらくの間、ここで薬造りをしないかい?
もちろん、給料は出すし追加報酬もつける。街の滞在用として、組合付属の部屋も提供しよう。空いている時間なら、錬金術の勉強をしてくれて構わないし、わたしに余裕があれば、教えもしよう」
彼女の態度は真剣そのものであった。
いや、雌ライオンの“獲物は絶対に逃がさない!”といった目付きである。むっちゃ怖い。
「わ、わかった。だから、そんな恐ろしい顔で睨まないでくれないかな」
■現在のシンの基本状態
HP:172/172
MP:183/183
LP:89/90
活動限界まで、あと八十九日。




