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1-21.地母神の雫


■第三十九日目 午後 (施設停止から九日、LP値十五)


「なんで反応しているのかな」


 シンの(かたわ)らで感知器の表示面が点滅していた。

 この魔導具は【理外理力(フォース)】を探知するもの。地脈探しには必要で、絶対に欠かせない希少な機器だ。


「えっ、まさか故障? だとしたらマズいな。感知機能が狂っていたら、調査作業に差し(さわ)りがあるぞ」


 誤作動ではないかと疑う。

 というのも、魔道具のまわりにはなにもないのだから。通常の使い方は、検査対象を装置の受け皿に置いて分析する。

 掘削機で掘り出した土壌を調べていたが、今は何も載せていない。


「う~ん、もしかして、雑巾が原因なの」


 ふと思いついてしまった。

 ボロ生地は、地下水に浸かった掘削用機器を拭いたものだ。


 ちょっと布を遠ざけてみる。

 反応が止まった。

 念のため、離したり寄せたりを繰り返した。その動きに合わせて、感知器の点滅も変化する。どうやら、故障しているワケではない。魔導具は正常に機能していた。


「やはり、濡れぞうきんか。吸収した水分に反応しているのだろうか」


 掘削穴から汲みあげて、再検証することにした。

 小ビンをロープに吊るして穴に降ろす。

 採取した水溶液を容器ごと魔力感知器に近づけると、予想通りの結果がでた。


「この水は魔力を含んでいるなぁ。詳しく分析しよう。とはいえ、ここには専用の機器類はない。調べるのは無理か」


 本拠地に戻ろう。

 主機能は停止しているけれど、野営地よりも安全に解析できる。運が良ければ、コレのエネルギーを利用して、幾つかの魔導具を起動させられるかもしれない。


 サンプルの液体を持って地下施設へと帰投する。

 もちろん、掘削調査は中断だし、護衛の岩石兵士や殿さまシリーズも撤収だ。


 日が暮れる頃に到着。


「ただいま。なんだか、ずいぶんと久しぶりな気がする。たかが数週間、離れていただけなのに」


 懐かしいけれど、優先すべきは“謎の水”の調査だ。

 さっそく、研究室で作業をはじめた。

 本格的な分析前の簡易解析だけでも、魔力濃度が高いことが判明する。


 正式な分析をすると、ケタ違いな数値がでた。

 計測が間違っているのではと疑うくらいだ。念のために、複数回チェックをしたが計測値はすべて正しい。【理外理力(フォース)】の塊と表現しても良いほどの代物(しろもの)だ。


「含有エネルギー量は充分だ。これなら、ミドリを再起動できそうだ」


 ただし、準備に時間がかかる。

 高濃度魔力の液体だからといって、原液を直接利用できるワケではない。

 たとえるなら、電気を使うのに似ている。

 通電する電気機器にあわせて、電圧や電流などを調整する必要があるのと同じだ。


 まる三日間をかけて調整した。


「おはよう、ミドリ。気分はどうだい」


「……おはようございます。マスター。わたしを起動させたということは地脈を発見したのですね。おめでとうございます」


「ありがとう。でも、正確にいうなら、見つけたのは別のものだね。その件で相談したいことがあるんだ」


 現状を簡単に説明する。

 さらに、掘削穴から汲み上げた“謎の水”の分析結果を提示。小さな試験管にいれた現物をみせた。


「なるほど、魔力を含む液体ですか。記録のなかに類似するものがあるか検索してみます。しばらくお待ちください」


 該当するものはなかった。

 彼女は膨大なデータを管理している。特に錬金術や魔法に関連したものを専門にした魔造結晶体だ。それでも不思議な地下水に関する情報はヒットなし。


「ということは、未知の物質だね。あるいは、ずっと秘匿されたモノか」


 謎の水に【マグナ・アクエ】と名前をつけた。

 由来は【地母神マグナ】と、古代語で(しずく)を意味する『アクエ』を組み合わせた造語だ。


「ねえ、ミドリ。仮説なのだけれど、地下水脈が地脈と重なっていたと思うんだ。長い時間をかけて強力な魔力をおびるようになったとか。ほら、磁石にひっついていた釘が磁力を帯びるようにさ」


「はい、可能性はありますね。ただ、それを証明できるだけの物的証拠がありません。マスターの説が正しいかを判断するには、(くだん)の掘削現場近辺を詳しく調査する必要があります」


「いや、仮説検証は後回しだ。優先すべきは、エネルギーの確保だよ。なるべく早くに本拠地の機能を復活させないと。

 【地母神の雫(マグナ・アクエ)】をたくさん集めて、魔力貯蔵タンクを満タンにするんだ」


 翌日。

 

 地下水の回収を開始する。

 残存するゴーレムを全数投入し、魔物の妨害をかい(くぐ)っての作業だ。


 一週間後。

 基地が一ケ月間稼働する分量を備蓄。

 ようやく、最低限の活動ができるようになった。

 具体的には、ミドリや岩石兵士への魔力供給。彼自身の身体再生に関わる機器類の再稼働。他に掘削工事に必要な魔導具類の修理などだ。


 さらに二週間後。

 地下深層を調べるための調査をはじめる。

 安全に仕事をするために、三つ角竜たちの繁殖地から離れた地点を選んだ。かなり距離があるので、掘削作業には時間がかかる。しかし、竜に襲われるよりは、ずっとマシだ。


 五週間後。


「す、すごいな。 地底湖じゃないか」


 そこは地下奥底深くの巨大な空間。

 その中央に湖がデンと横たわっていた。

 地殻変動によるものに違いない。長大な断層崖が形成されたのも、本拠地の下を流れていた地脈がズレたのも、同じ原因であろう。


「こ、これのすべてが【地母神の雫(マグナ・アクエ)】なのか」


 大油田を見つけたのに等しい。

 魔力総量は相当なものになる。現代地球の大都市(メトロポリス)が消費するエネルギー数百年分に匹敵する。

 とてもではないが、彼ひとりで使いきれる量ではない。


 シンは大工事を決意する。

 目的は、地底空間と湖水を独占すること。

 それ以上に魔物に接触させないためだ。連中は魔力濃度が高いところに集まる傾向がある。人外魔境の魔獣が【地母神の雫(マグナ・アクエ)】を飲んだら、とんでもないバケモノに育ってしまう。

 そんな事態は絶対に阻止しなければ。


「地下空間を要塞化しよう。最低でも、天井部分を分厚くて頑丈な壁で補強しなきゃ。ついでに結界を張り(めぐ)らせて、魔力が漏れ出るのを防がないと」


 出入口は本拠地と直結するトンネルだけとする。

 仮に侵入者があっても、これを撃退するために幾つも防衛用設備を設置。多数の守備兵力を常駐させる必要がある。


 当然、エネルギー確保にも配慮しないと。

 地底湖に配水管をつなぎ、施設の最下層にあるタンクを【地母神の雫(マグナ・アクエ)】で満たすのだ。

 工事が完成すれば、数百年間以上も連続稼働できるはず。


 これら大工事の主役はゴーレムたちだ。

 ゲンブのような人型だけでなく、昆虫に似た多脚型も投入するつもりだ。燃料は【地母神の雫(マグナ・アクエ)】で(まかな)う。

 無尽蔵の高濃度魔力水を使っての力押しだ。


「もうひとつ、やるべきことがある。かたき討ちだ。三つ角竜をやっつける!」


 岩石兵士や殿さまシリーズの恨みを晴らす。

 彼らは、シンを守るために犠牲になってくれたのだから。


 つまらない私怨だとも自覚している。

 そもそも、魔導人形は生命ある生物ではない。

 しかし、短い間だけれど苦楽を共にすごした大切な仲間だ。身内を殺されて、黙って引き下がるほど、自分は軟弱ではない。心情的にもひと区切りつけるためにも、キッチリとお礼参りしないと。


 準備を整えるのに一ケ月間を要した。

 竜どもの繁殖地へとむかう。

 随伴するのはゲンブたちで、護衛と運搬を担当してもらった。

 上空にはトンビ壱号、弐号の二機がいて、警戒と偵察を兼ねる。


「よし、到着した」


 場所は、高さ二十メートルほどの丘の上。

 丘下には樹々が茂っているが、それなりに遠方のほうまで見通せる地形だ。


 岩石兵士たちが担いでいた荷物をおろす。

 それは大型魔法杖だ。

 材質は“生命の樹木(ガオケレナ)”を加工したもの。本拠地の倉庫にあったもので、全長二メートルと非常に長い。

 

 杖というよりも大型銃器だ。

 表面には幾何学文様や古代文字が刻みこまれ、幾つもの貴石をはめ込んでいる。重量は三十キロ以上もあって、子供サイズのシンでは持ち運びなんて無理なシロモノだ。


「ここに設置しよう。魔法杖を専用架台に固定して。でないと、魔法発動時に跳ねちゃうからね」


 ゲンブたちに手伝ってもらった。

 きっちりと据え置けているか、念入りにチェックする。

 続いて、他にも目標地点までの距離を測定。照準用の魔導具の動作確認をしるなど、丁寧に準備をした。


 自分を隠すための作業もすすめる。

 体臭をごまかすために、薬草をすりつぶした軟膏を塗りつけた。最後に緑色布で体をすっぽりと覆い、岩石兵士たちには身を潜めてもらって準備完了だ。


「さあ、“お殿さま”たち。お仕事だ。頼りにしているよ」


 バッタくんたちが勢いよく出動する。

 三機で一隊の編成だ。合計九機三隊が三つ角竜の繁殖地へと向かった。昆虫型魔導人形(バッタくん)の役割は、竜一匹を誘導すること。

 敵を連れ戻ってくるまでは待機だ。


「ふう」


 シンは深く深呼吸をした。

 こうして何もしないままジッとしていると、(にが)い記憶が蘇ってくる。

 彼を守るために犠牲になった者たちのこと。

 巌の巨兵(ゴーレム)たちはバラバラに破壊された。

 “殿様シリーズ”は、遊び半分に機体を引き裂かれている。


 思い出すだけで、カッと身体が熱くなる。

 今日まで、復讐したい気持ちを(おさ)えてきた。

 無策なまま突っ込んでいっても無駄死にするだけと、ずっと我慢したのだ。エネルギー問題を解決して、ようやく今、復讐計画を実行するとき。


「大型魔法杖だって準備万全だ」


 手入れは念入りにおこなっている。

 五百年以上も放置されていたので、キッチリと修繕した。

 試射だって何度も繰り返している。威力はもちろんのこと、有効射程距離や連射限度などの確認も抜かりない。

 だから自信をもって言える。

 いくら三つ角竜の表皮が硬くても一撃で仕留めてやると。


「まあ、かたき討ちは一匹のみと決めているけどさ」


 竜たちを全滅させるつもりはない。

 やろうと思えば可能だが、それは怒りにまかせた虐殺だ。ドロドロとドス黒い感情のままに、相手を殺戮しまくるのは簡単なこと。

 しかし、そんなことは自分の(しょう)に合わない。

 敵を斃したという実績があれば充分だ。


「きたな」


 ドスンドスンと音が響いてくる。

 眼下の森林から赤く点滅する光が見えているのは、”お殿さま”が活躍しているから。ときおり樹木が倒れたりする。三つ角竜が暴れて樹をへし折っているのだろう。

 全長十メートルの巨体ともなると、本人は遊び気分でも、周りには傍迷惑だ。

 ほんと、図体がでかいだけで厄介さは倍増する。


 バッタくんたちが森から飛びでてきた。

 その後に続いて竜が一匹追いかけてくる。


「よし、計画通りだ。さすが“お殿さま”。仕事はキッチリとしている」


 昆虫型魔導人形(バッタくん)が狙撃地点に到達。

 彼らの役割は、対象モンスターを所定位置に誘導すること。可能なら狙撃しやすいように移動させず、立ち止まらせるのが望ましい。

 ただし、その行為は捕まりやすいのだが、積極果敢に突っ込んで相手を翻弄した。


 シンは慎重に狙いを定める。

 攻撃対象はバタバタと動きまわっているけれど、なんとか攻撃地点に留まっていた。狙撃ポイントは喉だ。

 ベストなタイミングが訪れるまでジッと待つ。


「きた、ここだ!」


 大型魔法杖のエネルギーを解放。

 耳をつんざくような音が鳴り響きわたった。

 同時に、竜の頸部が破裂して血が飛び散る。

 トリケラトプスもどきは、一度だけグウと唸り声をあげた。しかし、それ以上のことはなにもできず、地面に倒れこむ。


「よし、一撃で仕留めた。みんなよくやってくれた。ありがとう」


 こうして、かたき討ちは終わった。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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