1-19.第三候補地(後編) お殿さま歌う
■第二十二日目(施設停止まで九日)の午後
「実地テストは成功だ。連中の喰いつきが予想以上にいい。
お殿さまがお亡くなりになったのは残念だけど」
シンは、現地試験は上々だったと評価する。
ただし、両手にバッタ型ゴーレムの残骸を抱えているが……。
「ねえ、ミドリ。検証試験の結果をどう判断する?
自分の意見としては、当初の計画を変更すべきだと思うんだ」
彼のいう“当初計画”。
それは、一匹ずつ三つ角竜を排除してゆくというもの。
具体的には、昆虫型の魔導人形で魔獣どもの関心を引きつけて、群れから切り離す。対象を適当な場所に誘導し、大型魔杖で狙撃する作戦であった。
「回答できません。前提となる情報が不足しています。
変更内容の詳細について説明を求めます」
「ああ、そうだね。君が指摘するとおり説明不足だった。
私はね、前提条件を見直すべきじゃないかと思うんだよ。そもそも、我々は、恐竜もどきを斃すことはないのだから」
最終目的は、【理外理力】を確保すること。
これを実現するために、掘削作業は必須だ。
問題なのは、第三候補地が”トリケラトプスもどき”の繁殖地と重なっている点。当然、竜たちが調査の邪魔になると考えていた。
ただし、アイツらの退治は、安全に地脈を探すための”手段”でしかない。
”目的”と”手段”を混同してはいけないと思うのだ。
群れが掘削調査を妨害しないなら、連中を撃破するという”手段”は不要になる。
「要は、三つ角竜に邪魔をさせなければ良いのさ。
で、具体的な方法だけれども、お殿さまをたくさん放つ。アイツらの注意を逸らすためだ。実地テストの反応を見るかぎり、この策で安全に掘削調査ができると思うんだ」
「なるほど、その意見には一理あります」
彼女の返答は肯定的なものであった。
さらに、利点として時間に余裕ができることを指摘する。
計画では、大型魔獣たちを一匹ずつ始末するために、かなりの時間を割り当てていた。この工程がなくなるので、掘削作業もゆとりを持ってすすめることができる。
「ただし、懸念点がひとつ。第三候補地の一部には湿地帯があります。
あの地形条件では、昆虫型魔導人形の動きは、阻害されてしまいます」
「だいじょうぶ。ちゃんと対策を考えているよ」
彼らは修正計画の内容を話し合う。
第二十三日目をまるまる使って準備を整えた。
■第二十四日目(施設停止まで七日)
シンは湿地帯にいた。ここは第三候補地の端っこ。
たびたび河川が氾濫して水浸しになる場所だ。平坦な地形が原因で水が引かず、じめじめとした湿原がひろがっていた。
トリケラトプスもどきの餌場でもある。
三つ角竜の主食は植物だが、ときには魚やその他肉類も食べる雑食性だ。魚類だけでなくカニなどの水生生物が数多く生息している。
なので、竜たちにとって魅力的な食事場所だったりする。
シンの眼前には三つ角竜の親子がいた。
幼獣は無邪気な様子。
いっぽう、母親は油断なく周囲に注意をはらっている。
念のため、竜たちからかなりの距離をとった。
子連れの獣は警戒心が強い。うかつに手を出すのは危険だ。とはいえ、今日は実地テストをしなければならない。
彼は、新作ゴーレム三機の準備を整える。
背後にひかえる岩石兵士たちに待機を指示した。
「【殿さまガエルくん】、発進! 」
今回の主役は、両生類型の魔導人形だ。
サイズは全高五十センチ、長い後脚をのばせば一メートル。湿原での活動ができるように防水機能付きだ。
もちろん、赤色回転灯は標準装備。
機動性や操作性は【殿さまバッタくん】にだって負けない。そのうえ、新機能がついている。
三体の“カエル”が魔獣親子へとむかった。
ピョンピョンと飛び跳ねながら移動する様子は、間が抜けていて、妙に笑いを誘う。
両生類ゴーレムは順調に接近した。竜から近づきすぎず、遠からずの適切な距離で停止する。
「よ~し、配置についたな。スイッチ・オン」
頭部の赤色回転灯が点滅をはじめた。
三つ角竜親子がビクリと身体を震わせる。
母親がグウと小さな声をあげて身構えた。しばらくして、危険はないと判断して警戒を緩める。
いっぽう、子供のほうは、最初から“お殿さま”たちに興味津々だ。しっぽを忙しなく振って、ぜんぜん落ち着きがない。
パトライトのこうかは、ばつぐんだ。
シンは、親子の様子にほくそ笑む。
実験対象の反応は上々。だが、これで終わりではない。
新型魔導人形には秘密兵器があるのだ。
「聞いて驚け、見て慄け。“新・お殿さま”偉大なお力にひれ伏せよ。愚昧なる魔物どもに、我が主のご威光を示そうぞ。スイッチ・オン! 」
湿地帯に歌声が流れだした。
メロディは、もちろん【カエルの歌】。
曲のリズムに合わせて赤色回転灯がチカチカと点滅する。
ゲロゲロ、ゲロゲロ、グアッ、グアッ、グアッ。
芸が細かいことに、三匹による輪唱である。
人外魔境の大森林で、初めて鳴り響く合唱のお披露目だ。
これには三つ角竜の親子もビックリ。
母親竜は、眼を点にして身体が固まっている。
子竜のほうは、興奮のしすぎでおしっこを漏らしていた。
―――うん、あれ“うれション”やな。
ワンコだけでなくて、魔物の幼獣でもするんや……。好奇心が強くて興奮しやすい子供がやりがちなんやで。
幼い獣は膀胱の筋肉が未発達やから、オシッコをがまんでけへんねん。せやからお漏らしをするワケなんやで。
「さすが、わが殿。つかみはバッチリですぞ! そんじょそこらの木偶の坊とは造りがちがいますなぁ。ワハハッ~ 」
シンは、新型ゴーレムの実力に大喜び。
まあ、セリフが時代劇調になっているのはご愛敬だ。過剰なほど、入れ込んでいるせいで、自分の口調が変化しているのに気づかない。
それにしても、この異世界に時代劇なんてないはず。なぜ、彼が家臣役になっているのが不思議だ。
ギャオン。
幼竜が我慢できずに飛び出す。
水しぶきをあげながらの、すごい勢いの突進だ。
目はキラキラと輝き、尻尾もブンブンと音が聞こえるくらいに左右に揺れている。
もう、無我夢中というか、猛突進といった勢いだ。
カエルの魔導人形は、華麗にジャンプして子竜を避けた。
ゲロゲロと輪唱しつつも、ピヨ~ンと間の抜けた感じで跳びまわる。
この機体、能力は見た目以上に高い。
戦術情報伝達システムを搭載したからだ。
三匹の間では、簡易ながらも情報共有をしていて、三匹一組で最適な回避コースを選択する。しかも、捕まりそうになった一匹を助けるために、他の二匹が連動して竜の関心を引くとういう、高度な芸当すらできてしまうのだ。
う~ん、無駄に高性能な気がする。
「さすが、“新・お殿さま”。見事な連携ですぞ! 群がる敵どもをバッタバッタとなぎ倒す、その勇ましいお姿。わたくしめは感服つかまつったでござるよ~ 」
いや、なぎ倒していないから。
ただ、逃げ回っているだけだろう、ってツッコミはなしだ。
とにかく、ひょうきんな様子とは裏腹に、実はものすごい性能をもつゴーレムである。
他にもテストで確認すべきことがあった。
想像以上に優れたカエルくんの活躍に喜んでいるが、確かめるべき目的を忘れていない。
「さあ、”お殿さま”がオトリ役を引き受けている間に、検証実験を開始しよう」
今回の実験目的。
それは、竜に邪魔されずに掘削ができるかの検証だ。
ふつう、子育て中の獣は警戒心が強い。ただ、親子一緒になって殿様シリーズと遊んでいれば、こちら側を無視してくれるという仮説をシンはたてた。
この説が正しければ、地脈探しは安全におこなえるだろう。
こっそりと掘削作業を開始。
いつ魔物が襲ってきても、すぐに逃げる準備もしてある。
岩石兵士たちが丸太でやぐらを組んだ。滑車を固定してロープを通し、掘削用の魔導具を括りつけて、準備完了だ。
さっそく地面を掘り返す。
あたりに騒音が響くが、三つ角竜たちが近寄ってくる気配はない。カエルくんが、上手に魔獣たちの気を逸らしているからだ。
この調子なら、期待できそう。
まる一日をかけて検証をした。
実験結果は満足のいくもの。殿さまシリーズが囮役になれば、作業をしていても問題はない。これで、トリケラトプスもどきの警戒心を喚起することなく、安全に掘削調査を進めることができる。
後年。
【歌う三つ角竜】を発見して、衝撃が世界にはしる。
探検家たちが、初めて人外魔境の大森林を訪れた際、不思議な光景を目撃したのだ。彼らは、竜たちの興味深い習性を注意深く観察する。
三つ角竜の求愛行動は、歌うこと。
オスは、メスのために歌い、気に入ってもらえればペアを組める。
だが、メスの審査基準は厳しかった。
歌声の美しさはもちろんのこと、音程やリズムもチェック対象になる。お眼鏡にかなわなければ、女性は相手を情け容赦なく足蹴にするくらいだ。
なので、男たちは懸命に練習をする。
輪唱までするぐらいにレベルが高いのだから驚きだ。
観察記録を元に、『魔物に文化はあるのか』が出版された。
これが思わぬ大論争へと発展。
論戦は、探検隊を組織した科学アカデミーだけにとどまらず、各分野へと飛び火した。魔物学や生物学の研究者ばかりではなく、錬金術師組合や魔導師組合、はては政治家や貴族にまで及ぶ。
各界を代表する著名人や名士たちが持論を発表し、激論を繰り広げたが決定的な結論はでないままである。
かくも、三つ角竜の歌文化は、国や時代を越えて影響を与えた。
まったくもって恐るべし、“お殿さま”パワー!
■第二十五日目(施設停止まで六日)
掘削調査を本格的に開始した。
近くに野営地を設置して、地脈探しを続ける。
いちいち本拠地に戻るヒマなんてない。往復する時間があれば、一か所でも多くの場所を調査したほうが良いと、判断した結果だ。
■第三十日目(施設停止まで一日)
最後の再生処理を済ませる。
LP値に少しばかり余裕があったが、貯蓄している【理外理力】が完全枯渇する前に処置をしたのだ。
この先、命を賭けた大勝負になる。
わずか三週間余りで、【人外魔境の大森林】を抜け出ねばならない。人間社会と接触したうえで、さらに寿命を延ばす処置を受ければ、目標達成だ。
ずいぶんと無茶な計画である。かなり分が悪い賭けだ。
「ねえ、ミドリ。念のため確認したいことがあるんだ。
ほんとうに貯蔵していた魔力はなくなるのかしら。どこかに予備タンクがあったりしないかな? 」
「回答します。本日深夜には枯渇することになります。
ちなみに、予備貯蔵についてですが、いま現在、使用している状況です」
「ハァ、そっかぁ。でも、なにかないかな。ほら、私が質問しなかっただけで、君が知っていることってあるでしょ」
彼はしつこく問いかけた。わずかな希望を込めてのもの。
なにしろ、ずっと魔造の結晶体に翻弄されてきた。
彼女は、尋ねられなかったというだけで重要な情報を伝えなかったりする。まったく気の利かない性格なのだ。
それを念頭において幾度も訊ねた。
エネルギー問題が解決できるなら、いくらだって質問攻めしよう。
まあ、この行為、単に足掻いているだけ。ご都合主義な甘い展開を期待しても、厳しい現実は変わらない。今日深夜にも貯蔵魔力を使い果たすのだ。
「じゃあ、第三候補地にもどって掘削調査を続けるよ。
終日、現場で活動するつもりだから、基地には戻ってこない」
今日で地脈探しをして三十日目。
本拠地が貯蔵している【理外理力】はごく僅か。
深夜には完全に枯渇してしまう。
つまり、拠点の機能はすべて停止してしまう。もちろん、魔力で動くミドリも止まってしまうのだ。
彼女と会話するのは、これで最後となる。
「いままでありがとう。君がいなかったら、私は生きていなかった。感謝しているよ」
「……はい。どういたしまして」
彼女が返事するまでしばらく間があった。
珍しいことである。彼の言葉が問いかけや質問ではなかったせいだ。
研究室専属の補助人格は、人の感情の機微には疎い。
専門分野は得意だが、それ以外のことはダメだ。
それでも彼女は優秀である。過去の記録からもっとも適切であろうセリフを選択して返答した。
「いってらっしゃいませ。吉報をおまちしております」
「うん。期待して待てってね」
シンは、ワザと軽い調子で出発を告げた。
湿っぽいのは苦手だ。先々のことを思い煩いたくない。暗い顔をするのはご免蒙る。
最後になるかもしれないけれど、笑って別れたい。
この日の深夜、貯蔵していた【理外理力】が完全に枯渇した。
ミドリをはじめとして、本拠地の機能はすべて停止する。
恐るべし、殿さまバッタくん(第十八話)。
お殿さまのご威光は、もともと考えていた第十九話のストーリを変更させるほどでした。元の案ではシリアスに三つ角竜との死闘を予定していたのに……。
ところが、お殿さまの仲間(カエルくん・輪唱付き)が登場する話に。作者ですら、予測できませんでした。
こんな、お話でもお気に召してくれたなら、評価ボタンをお願いします。
作者の励みになりますので。