表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/159

1-19.第三候補地(後編) お殿さま歌う

■第二十二日目(施設停止まで九日)の午後


「実地テストは成功だ。連中の喰いつきが予想以上にいい。

お殿さまがお亡くなりになったのは残念だけど」


 シンは、現地試験は上々だったと評価する。

 ただし、両手にバッタ型ゴーレム(お殿さま)の残骸を抱えているが……。


「ねえ、ミドリ。検証試験の結果をどう判断する? 

 自分の意見としては、当初の計画を変更すべきだと思うんだ」


 彼のいう“当初計画”。

 それは、一匹ずつ三つ角竜を排除してゆくというもの。

 具体的には、昆虫型の魔導人形で魔獣どもの関心を引きつけて、群れから切り離す。対象を適当な場所に誘導し、大型魔杖で狙撃する作戦であった。


「回答できません。前提となる情報が不足しています。

 変更内容の詳細について説明を求めます」


「ああ、そうだね。君が指摘するとおり説明不足だった。

 私はね、前提条件を見直すべきじゃないかと思うんだよ。そもそも、我々は、恐竜もどきを(たお)すことはないのだから」


 最終目的は、【理外理力(フォース)】を確保すること。

 これを実現するために、掘削作業は必須だ。

 問題なのは、第三候補地が”トリケラトプスもどき”の繁殖地と重なっている点。当然、竜たちが調査の邪魔になると考えていた。


 ただし、アイツらの退治は、安全に地脈を探すための”手段”でしかない。

 ”目的”と”手段”を混同してはいけないと思うのだ。

 群れが掘削調査を妨害しないなら、連中を撃破するという”手段”は不要になる。


「要は、三つ角竜に邪魔をさせなければ良いのさ。

 で、具体的な方法だけれども、お殿さまをたくさん放つ。アイツらの注意を()らすためだ。実地テストの反応を見るかぎり、この策で安全に掘削調査ができると思うんだ」


「なるほど、その意見には一理あります」


 彼女の返答は肯定的なものであった。

 さらに、利点として時間に余裕ができることを指摘する。

 計画では、大型魔獣たちを一匹ずつ始末するために、かなりの時間を割り当てていた。この工程がなくなるので、掘削作業もゆとりを持ってすすめることができる。


「ただし、懸念点がひとつ。第三候補地の一部には湿地帯があります。

 あの地形条件では、昆虫型魔導人形(殿さまバッタ)の動きは、阻害されてしまいます」


「だいじょうぶ。ちゃんと対策を考えているよ」


 彼らは修正計画の内容を話し合う。

 第二十三日目をまるまる使って準備を整えた。




■第二十四日目(施設停止まで七日)


 シンは湿地帯にいた。ここは第三候補地の端っこ。

 たびたび河川が氾濫して水浸しになる場所だ。平坦な地形が原因で水が引かず、じめじめとした湿原がひろがっていた。


 トリケラトプスもどきの餌場でもある。

 三つ角竜の主食は植物だが、ときには魚やその他肉類も食べる雑食性だ。魚類だけでなくカニなどの水生生物が数多く生息している。

 なので、竜たちにとって魅力的な食事場所だったりする。


 シンの眼前には三つ角竜の親子がいた。

 幼獣は無邪気な様子。

 いっぽう、母親は油断なく周囲に注意をはらっている。


 念のため、竜たちからかなりの距離をとった。

 子連れの獣は警戒心が強い。うかつに手を出すのは危険だ。とはいえ、今日は実地テストをしなければならない。


 彼は、新作ゴーレム三機の準備を整える。

 背後にひかえる岩石兵士たちに待機を指示した。


「【殿さまガエルくん】、発進! 」


 今回の主役は、両生類型の魔導人形(ゴーレム)だ。

 サイズは全高五十センチ、長い後脚をのばせば一メートル。湿原での活動ができるように防水機能付きだ。

 もちろん、赤色回転灯(パトランプ)は標準装備。

 機動性や操作性は【殿さまバッタくん】にだって負けない。そのうえ、新機能がついている。


 三体の“カエル”が魔獣親子へとむかった。

 ピョンピョンと飛び跳ねながら移動する様子は、()が抜けていて、妙に笑いを誘う。

 両生類ゴーレムは順調に接近した。竜から近づきすぎず、遠からずの適切な距離で停止する。


「よ~し、配置についたな。スイッチ・オン」


 頭部の赤色回転灯(パトライト)が点滅をはじめた。


 三つ角竜親子がビクリと身体を震わせる。

 母親がグウと小さな声をあげて身構えた。しばらくして、危険はないと判断して警戒を緩める。

 いっぽう、子供のほうは、最初から“お殿さま”たちに興味津々だ。しっぽを(せわ)しなく振って、ぜんぜん落ち着きがない。


パトライトのこうかは、ばつぐんだ。


 シンは、親子の様子にほくそ笑む。

 実験対象の反応は上々。だが、これで終わりではない。

 新型魔導人形には秘密兵器があるのだ。


「聞いて驚け、見て(おのの)け。“新・お殿さま”偉大なお力にひれ伏せよ。愚昧なる魔物どもに、我が主のご威光を示そうぞ。スイッチ・オン! 」


 湿地帯に歌声が流れだした。


 メロディは、もちろん【カエルの歌】。

 曲のリズムに合わせて赤色回転灯がチカチカと点滅する。


 ゲロゲロ、ゲロゲロ、グアッ、グアッ、グアッ。


 芸が細かいことに、三匹による輪唱である。

 人外魔境の大森林で、初めて鳴り響く合唱のお披露目だ。


 これには三つ角竜の親子もビックリ。

 母親竜は、眼を点にして身体が固まっている。

 子竜のほうは、興奮のしすぎでおしっこを漏らしていた。


 ―――うん、あれ“うれション”やな。

 ワンコだけでなくて、魔物の幼獣でもするんや……。好奇心が強くて興奮しやすい子供がやりがちなんやで。

 幼い獣は膀胱の筋肉が未発達やから、オシッコをがまんでけへんねん。せやからお漏らしをするワケなんやで。


「さすが、わが殿。つかみはバッチリですぞ! そんじょそこらの木偶(でく)(ぼう)とは造りがちがいますなぁ。ワハハッ~ 」


 シンは、新型ゴーレムの実力に大喜び。

 まあ、セリフが時代劇調になっているのはご愛敬だ。過剰なほど、入れ込んでいるせいで、自分の口調が変化しているのに気づかない。

 それにしても、この異世界に時代劇なんてないはず。なぜ、彼が家臣役になっているのが不思議だ。


 ギャオン。


 幼竜が我慢できずに飛び出す。

 水しぶきをあげながらの、すごい勢いの突進だ。

 目はキラキラと輝き、尻尾もブンブンと音が聞こえるくらいに左右に揺れている。

 もう、無我夢中というか、猛突進といった勢いだ。


 カエルの魔導人形は、華麗にジャンプして子竜を避けた。

 ゲロゲロと輪唱しつつも、ピヨ~ンと間の抜けた感じで跳びまわる。


 この機体、能力は見た目以上に高い。

 戦術情報伝達システムを搭載したからだ。

 三匹の間では、簡易ながらも情報共有をしていて、三匹一組で最適な回避コースを選択する。しかも、捕まりそうになった一匹を助けるために、他の二匹が連動して竜の関心を引くとういう、高度な芸当すらできてしまうのだ。

 う~ん、無駄に高性能な気がする。


「さすが、“新・お殿さま”。見事な連携ですぞ! 群がる敵どもをバッタバッタとなぎ倒す、その勇ましいお姿。わたくしめは感服つかまつったでござるよ~ 」


 いや、なぎ倒していないから。

 ただ、逃げ回っているだけだろう、ってツッコミはなしだ。

 とにかく、ひょうきんな様子とは裏腹に、実はものすごい性能をもつゴーレムである。


 他にもテストで確認すべきことがあった。

 想像以上に優れたカエルくんの活躍に喜んでいるが、確かめるべき目的を忘れていない。


「さあ、”お殿さま”がオトリ役を引き受けている間に、検証実験を開始しよう」


 今回の実験目的。

 それは、竜に邪魔されずに掘削ができるかの検証だ。

 ふつう、子育て中の獣は警戒心が強い。ただ、親子一緒になって殿様シリーズと遊んでいれば、こちら側を無視してくれるという仮説をシンはたてた。

 この説が正しければ、地脈探しは安全におこなえるだろう。


 こっそりと掘削作業を開始。

 いつ魔物が襲ってきても、すぐに逃げる準備もしてある。

 岩石兵士たちが丸太でやぐらを組んだ。滑車を固定してロープを通し、掘削用の魔導具を括りつけて、準備完了だ。

 

 さっそく地面を掘り返す。

 あたりに騒音が響くが、三つ角竜たちが近寄ってくる気配はない。カエルくんが、上手に魔獣たちの気を()らしているからだ。

 この調子なら、期待できそう。


 まる一日をかけて検証をした。

 実験結果は満足のいくもの。殿さまシリーズが囮役になれば、作業をしていても問題はない。これで、トリケラトプスもどきの警戒心を喚起することなく、安全に掘削調査を進めることができる。




 後年。


 【歌う三つ角竜】を発見して、衝撃が世界にはしる。

 探検家たちが、初めて人外魔境の大森林を訪れた際、不思議な光景を目撃したのだ。彼らは、竜たちの興味深い習性を注意深く観察する。


 三つ角竜の求愛行動は、歌うこと。

 オスは、メスのために歌い、気に入ってもらえればペアを組める。

 だが、メスの審査基準は厳しかった。

 歌声の美しさはもちろんのこと、音程やリズムもチェック対象になる。お眼鏡にかなわなければ、女性は相手を情け容赦なく足蹴(あしげ)にするくらいだ。

 なので、男たちは懸命に練習をする。

 輪唱までするぐらいにレベルが高いのだから驚きだ。


 観察記録を元に、『魔物に文化はあるのか』が出版された。


 これが思わぬ大論争へと発展。

 論戦は、探検隊を組織した科学アカデミーだけにとどまらず、各分野へと飛び火した。魔物学や生物学の研究者ばかりではなく、錬金術師組合や魔導師組合、はては政治家や貴族にまで及ぶ。

 各界を代表する著名人や名士たちが持論を発表し、激論を繰り広げたが決定的な結論はでないままである。


 かくも、三つ角竜の歌文化は、国や時代を越えて影響を与えた。

 まったくもって恐るべし、“お殿さま”パワー! 




■第二十五日目(施設停止まで六日)


 掘削調査を本格的に開始した。

 近くに野営地を設置して、地脈探しを続ける。

 いちいち本拠地に戻るヒマなんてない。往復する時間があれば、一か所でも多くの場所を調査したほうが良いと、判断した結果だ。



■第三十日目(施設停止まで一日)


 最後の再生処理を済ませる。

 LP値に少しばかり余裕があったが、貯蓄している【理外理力(フォース)】が完全枯渇する前に処置をしたのだ。


 この先、命を賭けた大勝負になる。

 わずか三週間余りで、【人外魔境の大森林】を抜け出ねばならない。人間社会と接触したうえで、さらに寿命を延ばす処置を受ければ、目標達成だ。

 ずいぶんと無茶な計画である。かなり分が悪い賭けだ。


「ねえ、ミドリ。念のため確認したいことがあるんだ。

 ほんとうに貯蔵していた魔力はなくなるのかしら。どこかに予備タンクがあったりしないかな? 」


「回答します。本日深夜には枯渇することになります。

 ちなみに、予備貯蔵についてですが、いま現在、使用している状況です」


「ハァ、そっかぁ。でも、なにかないかな。ほら、私が質問しなかっただけで、君が知っていることってあるでしょ」


 彼はしつこく問いかけた。わずかな希望を込めてのもの。

 なにしろ、ずっと魔造の結晶体(ミドリ)に翻弄されてきた。

 彼女は、尋ねられなかったというだけで重要な情報を伝えなかったりする。まったく気の利かない性格なのだ。


 それを念頭において幾度も訊ねた。

 エネルギー問題が解決できるなら、いくらだって質問攻めしよう。

 まあ、この行為、単に足掻(あが)いているだけ。ご都合主義な甘い展開を期待しても、厳しい現実は変わらない。今日深夜にも貯蔵魔力を使い果たすのだ。


「じゃあ、第三候補地にもどって掘削調査を続けるよ。

 終日、現場で活動するつもりだから、基地には戻ってこない」


 今日で地脈探しをして三十日目。

 本拠地が貯蔵している【理外理力(フォース)】はごく僅か。

 深夜には完全に枯渇してしまう。

 つまり、拠点の機能はすべて停止してしまう。もちろん、魔力で動くミドリも止まってしまうのだ。


 彼女と会話するのは、これで最後となる。


「いままでありがとう。君がいなかったら、私は生きていなかった。感謝しているよ」


「……はい。どういたしまして」


 彼女が返事するまでしばらく間があった。

 珍しいことである。彼の言葉が問いかけや質問ではなかったせいだ。


 研究室専属の補助人格(ミドリ)は、人の感情の機微には(うと)い。

 専門分野は得意だが、それ以外のことはダメだ。

 それでも彼女は優秀である。過去の記録からもっとも適切であろうセリフを選択して返答した。


「いってらっしゃいませ。吉報をおまちしております」


「うん。期待して待てってね」


 シンは、ワザと軽い調子で出発を告げた。

 湿っぽいのは苦手だ。先々のことを思い(わずら)いたくない。暗い顔をするのはご(めん)(こうむ)る。

 最後になるかもしれないけれど、笑って別れたい。




 この日の深夜、貯蔵していた【理外理力(フォース)】が完全に枯渇した。

 ミドリをはじめとして、本拠地の機能はすべて停止する。


 恐るべし、殿さまバッタくん(第十八話)。

 お殿さまのご威光は、もともと考えていた第十九話のストーリを変更させるほどでした。元の案ではシリアスに三つ角竜との死闘を予定していたのに……。

 ところが、お殿さまの仲間(カエルくん・輪唱付き)が登場する話に。作者ですら、予測できませんでした。

 

 こんな、お話でもお気に召してくれたなら、評価ボタンをお願いします。

 作者の励みになりますので。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ