1-18.第三候補地(前編) お殿さま逃げる
■第二十一日目(施設停止まで十日)
夕刻。
今日、第二候補地の調査を終了。
残念ながら、緑色鬼の集落周辺には地脈はなかった。
しかし、まったくの無駄というわけでも“ない”。
新たな知見を得たからだ。
シンは、喜んでミドリに調査結果を伝える。
「魔力の澱みを見つけたよ。ずっと昔だけど、あそこには地脈があったんだ。アレは痕跡なのさ。絶対にそうだと思うんだ」
例えるなら、河川から切り離された池のようなもの。
氾濫が起こりやすく、頻繁に流れを変える河の近くで散見される地形だ。発見した魔力残滓は、池水と同じだ。【理外理力】の地下底流から分離してできたものだろう。
「データを解析します。しばらくお待ちください。
……回答します。その推測は正解かと。ただ、観測数値から判断するに、かなり小さな規模ですね。支流というより、コップからこぼれ落ちた水滴みたいなものですね」
「そ、そうかぁ。でも、いいんだ。これで希望がもてるよ。わずかな数値でも、地脈があった証拠だからね」
気の利かない魔造結晶体の助言は正しかった。
彼女のアドバイスに従って魔力濃度の濃い領域を調べて良かった。
今回の調査結果には価値がある。
しっかりと痕跡をつかんだのだ。残り時間は少ないけれど、頑張って【理外理力】の地下底流を探査しようと思う。
「もうひとつ、思いついたことがあるんだ。鬼たちが集落をつくったのは、魔力に引かれたからじゃないかな」
ふつう、鬼人種はエサを求めて移動する。
場所に執着なんかしない。食料があれば留まり、なくなればアッサリと土地を見捨てて、別の餌場を探す。
あの種の鬼族とは、そういった習性をもつモンスターだ。
ところが、第二候補地の悪鬼どもは違った。
連中は、異様なまでに集落地にこだわっている。魔力残滓のせいだ。
「ええ、ご指摘のとおりですね。緑色鬼にかぎらず、魔物は高濃度魔力を好むものです。今回のケースは、これに該当しますね」
「そういうことだね。でも、その傾向が正しいなら、次の候補地調査は苦労するぞ」
■第二十二日目(施設停止まで九日)
今日から第三候補地の探索を始める。
ただし、環境は本当に最悪。
「【三つ角竜】の繁殖地なんだよなぁ」
名称のとおり、大きな角を三個も生やしている。
恐竜のトリケラトプスにそっくり。
後頭部から首上にかけて骨質性の硬いフリルが扇状に広がっていた。
コイツは魔獣の一種だ。
普通(?)の巨大爬虫類ではない。魔法を使えるのだから厄介すぎる。土属性魔術で、岩石性の鎧をまとったり、岩礫で攻撃したりと、かなり手強い。
「しかも、子育ての真っ最中ときたもんだ。
ただでさえ、育児をしている獣は警戒心が強いのに。まったく面倒なことだ」
育児中の親獣は攻撃的である。
臆病な野鳥ですら、ヒナを守るためなら、凶悪な蛇を撃退してしまうくらいだ。
ミドリは冷静に報告した。
「偵察結果ですが、約三十体の親が集団で子供を育てています。一匹でも警戒させてしまえば、あっという間に群れ全体が敵になるでしょう」
難易度が高すぎる。
育児集団のど真ん中で、地脈探しなんて無茶だ。連中に隠れてこっそりと掘削調査するのは、絶対に不可能。掘削作業は騒音が大きいので、相手を刺激してしまうからだ。
「真正面から戦うのも無理だね。データによれば、成獣のサイズは全長約九メートル、体重十トン以上。おまけに、魔法を自由自在に使うのだから手に負えないよ。そんなモンスターに立ち向かうなんて、命知らずの愚か者だね」
こちら側の主戦力は岩石兵士。
背丈二メートル超の巨漢だが、三つ角竜と比べると像とネズミみたいなもの。重量差がありすぎて勝負にならない。
無謀を承知で突っ込んでみても、簡単に跳ね飛ばされてしまうのがオチだ。
「それでも、やりようはあるさ」
シンには秘策があった。
第三候補地が、トリケラトプスもどきの繁殖地だと判明してから、ずっとアイデアを練ってきたのだ。
前提として、集団全体を相手にしない。
一匹だけを標的にすれば良いのだ。
群れから切り離して、斃すしかない。
「いわゆる“釣り”というやつだね。これを何度も繰り返す。ちょっとずつ、モンスターどもの数を減らすんだ」
「意図は理解できます。しかし、どうやって敵をおびき寄せるつもりですか?」
「ヤツらの好奇心を利用する。以前、試作錬金罠の実地テスト中に気づいたんだ。ここの連中って娯楽に飢えているんだよ」
魔物たちは、珍しいモノに惹かれるのだ。
単調な生活に飽きているのか、楽しみが少ないのか、理由は判らない。でも、とにかく見慣れないものには敏感に反応する。
最初は冗談半分だった。
フッと思いついて、人形を罠のうえに置いてみた。
小枝を組み合わせてつくった木馬で、造りはとても雑なもの。
これに飛びついたのが緑色小鬼。
やつら、初めて見る木馬人形に強い興味を示した。
はじめは警戒して遠巻きに眺めるだけであったが、好奇心に負けてしまう。結局はソレを手にしようとして、錬金罠に嵌ったのだ。
人形玩具のほうが、食物よりも効果が高いのだから、ホント不思議。
さっそく検証実験をはじめた。
どんなものに関心を持つのかと、積み木やビックリ箱などいろいろ試したのだ。まあ、あまりにも魔物たちのリアクションが面白かったので、遊んだだけともいうが……。
「今回、用意した小道具は【赤色回転灯】だ」
必ず、三つ角竜の好奇心を刺激するだろう。
いままで実験したかぎり、種類や大小を問わず、どいつもこいつも、見事に反応したのだから。
「さらに、秘密兵器の【殿さまバッタくん】を追加する」
これは、昆虫型の魔導人形だ。
動作は素早いし移動速度も早い。ジャンプだけでなく、空にだって飛べる優れものだ。
サイズが全長八十センチとチョット大きめ。あれこれと機能を詰め込んだせいで大型化したけれど、目的達成に役立ってくれるに違いない。
頭部にパトランプを接着。
動作確認のために、あたりを走らせてみた。
「な、なんというか、すごく珍妙だ」
一メートル弱の昆虫型魔導人形。
その頭にはピカピカと点滅するランプ。
違和感が物凄い。マンガ的というか前衛的と表現すべきか、まことに滑稽だ。
―――作戦に、”お殿さま”は必要不可欠や。
あの赤い点滅灯が絶対いるねん。これこそ最高の組み合わせや。必ず恐竜モドキの好奇心を刺激するはず。
でも、ウチはこんな遊びに興じてイイんやろうか?
この奇天烈な姿を見ていると、“真面目にやれよと”自分を叱りたくなるわぁ。
シンは疑問を抱きつつも、第三候補地へとむかった。
三つ角竜が悠然と草を食べている。
額のあたりにある白いぶち模様が特徴的な雌だ。
都合の良いことに、ここにいるのは一匹だけで、周辺には他の竜はいない。よし、あれをテスト対象にしよう。
「殿さまバッタくん初号機、発進!」
前世で聞き覚えた行進曲を口ずさむ。
同時に操作盤をカチャカチャと動かした。
仕様はラジコン操作と同じ。小さな画面がついていて、搭載したカメラの画像が映っていた。
”お殿様”はピュンピョンと移動してゆく。
向かう先は、トリケラトプスもどきの真正面。
手を伸ばせば届きそうな、でもすぐには捕まらない、そんな微妙な距離で停止。ヒョコヒョコと相手の気を惹く動作を始めた。
「いいぞ、その調子だ」
白ぶち模様の三つ角竜が関心を示す。
ピタリと止まってしまった。
目を”クワッ”と見開いているのは、対象物をよく見ようとしている証拠である。
ヤツの視線は、バッタくんに固定したまま。
表情から“なにこれ?”と訝しく思っているのが、まるわかりだ。
竜が、もそりと首をもたげて動きだす。
ただ、まっすぐに“殿さま”へと進むのではなくて、大きく回り込むように移動。足取りは慎重なもので、いくぶん警戒心が混じっている。
「スイッチ、オン」
赤色回転灯を作動させる。
光が、チカチカと規則正しく点滅した。
自然界では絶対にない現象だ。
しかも、コミカルな音楽つき。
”お殿様”は軽快なリズムで踊りだす。
竜の目が“キラッ”と輝いた。
口をホゥと開けているのが、なんとなく微笑ましい。おまけに、スピーカーから流れ出る音に合わせて、尻尾をビタンビタンと地面に打ちつけている。
これは興奮しているのだろうか?
恐竜の習性とか感情表現なんて知らない。
けれど、相手の関心を引きつけたのは間違いない。
「よし、釣れた。さすが、お殿さま!」
白ぶち模様の三つ角竜が近づいてきた。
もう、小躍りせんばかりな様子。
先刻まで、警戒して遠巻きに眺めていたのに、態度が一変している。勢いよく迫ってきて、昆虫型ゴーレムを口に咥えようとする。
昆虫型魔導人形はヒラリと避けた。
「おお、なんと華麗な足さばき。お見事でござる!」
なぜか、口調が時代劇調になってしまう。
すっかり感情移入して、自分でも違和感を覚えないほどだ。
ちょっとした疑問がある。
リモコン操作をしていると、どうして身体が左右に動くのかしら? コントロール・レバーを右にやれば体も右へ。左へやれば重心も左へと傾く。
進行方向に合わせるように、自然に同町するのか謎だ。
「し、しまった。二匹目が、いたでござるよ!」
逃げる先に、別の三つ角竜がいた。
事前に周辺調査していたけれど、退避先までは確認していない。バッタくんを回避させているうちに、かなりの距離を移動していたのだ。
「はやく、点滅をオフにせねば」
他のヤツの関心を引くのは、さすがにマズい。
いまは運用テストの段階だ。昆虫型ゴーレムの機体は試作品だし、彼はリモコン操作に習熟していない。挟み撃ちされる前に撤収すべきだ。
「むむっ、消えないでござる。
接触不良か! ああ、突進してきよった~」
二頭目の好奇心に火がついたようだ。
そいつは、色黒でサイズは小さいから、若い個体だとおもう。仲間がいて、しかも夢中になって遊んでいるのだから、気になるのは当然だ。
“色黒”は鼻からフゥと荒い息を噴き出す。
勢いよく、バッタくんを追いかけ始めた。若いだけあって、その動きは一匹目の“白ぶち”よりも機敏だ。
「くそ、多勢でイジメるなんて卑怯なり。でも、我が殿は負けはせぬ。返り討ちにしてくれるわ!」
もうやけっぱちである。
赤色回転灯をオフにするのはあきらめた。
とにかく、”お殿様”の操縦に専念する。でないと、竜どもに押しつぶされてしまう。懸命になってリモコンを操作するが、二匹の間をすり抜けて逃げた先に、新たな敵が待ち構えていた。
「マ、マズいでござる。三匹目が登場してくるなんて、酷いでござるよ~」
そいつの表情は、“遊んでるの?”ってな感じだ。
しかも、すぐに近寄ってきて“オイラも混ぜてくれよ”とばかりに、強引に参加してくる。
鬼ごっこが始まった。
言葉にすると楽しげだが、実態は荒々しい。
たかが、一メートル弱の昆虫型ゴーレムを、十メートル級の恐竜三体が追い回すのだ。巨体が駆けるたびにドンドンと地面が揺れた。
連中がギャァギャァと喜んで鳴くものだから、とんでもなく騒がしい。
「うわぁ。殿、との、お逃げくだされ~」
思わず叫んでしまった。
殿様の無事を乞い願う姿は家臣そのもの。
なんだってそんなに感情移入しているのか、自分でもわからない。
”バッタ君”は華麗に避けつづける。
もう、遠隔操作の動きではない。
自律的に判断しているようなステップで危険を回避してゆく。
“白まだら”の足元をくぐり抜けた。
“色黒”の噛みつきをギリギリで躱す。
三匹目を翻弄して転倒させたのには、お見事というしかない。
それでも、最後のときは訪れる。
”お殿さま”が、はじき飛ばされてしまったのだ。
角に引っかかって宙をクルクルと回転する。落下する直前、“白まだら”にパクリと咥えこまれてしまった。
バリッと音がして機体が砕け散る。
「ああっ、殿、との~」
竜たちが残骸に寄ってくる。
連中は“遊ぼうよ”と鼻先で突き、前脚で軽く踏んづけた。
でも、“お殿さま”は完全停止。
身体が中央部からポッキリと分断されていた。
しばらくすると、三つ角竜どもはノシノシと離れてゆく。
三匹は互いに“面白かったね”といった感じで、ガウガウと声をかけあっている。
昆虫型魔導人形は、見るも無残に破壊されていた。
バラバラになった部品があたりに散乱している。長い後ろ脚はもげ落ちているし、頭部の赤色回転灯はどこかに消えてしまった。
「うわ~ん、それがしは悔しゅうございますぅ~。
きっと、きっと、殿のご無念を晴らしましょうぞ!」
シンはその場で崩れてしまう。
完全に壊れた”お殿さま”を胸に抱いて、オイオイと泣き始めた。眼から滂沱のごとく涙を流しながら、“との~”と繰り返すばかり。
こうして殿さまバッタくんの実地テストは終了した。
今回はノリと勢いだけで書き上げてしまいました。
こんなに楽しく、そして短い時間で文章をまとめたのは初めての経験です。
やはり、【お殿さま】のパワーは偉大ですね。
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