1-17.第二候補地 緑色鬼の集落
■第十二日目(施設停止まで十九日)
「さて、今日は身体の再生処理を行う日だな」
定期的にLP値が“3”になった時点で実施している。
理由は、身体再生の失敗に備えてのこと。
以前、しくじったことがあって酷い目にあった。幸運なことにリカバリー処理ができたが、間に合わなければ死んでいただろう。
以降、時間的余裕をもった対応を心掛けている。
十二時間後、処理工程はすべて終了。
それでも、ため息をついてしまう。
「はぁ~、不安で心臓が破裂しそうだ。地脈を発見できなければ、次回の身体再生処置が最後になってしまう。先々のことを思うと、怖くてしかたがない」
計画の最終段階では、【人外魔境の大森林】の突破を図る。
最終的に人間社会との接触を求めて、当て所もなく密林のなかを移動するのだ。正直にいって、文明圏到達の可能性はかなり低い。
あきらめるつもりはないけれど、将来のことを考えると暗澹たる気持ちになってしまう。
「なんとしてでも、地脈探査を成功させなきゃ」
■第十四日目(施設停止まで十七日)
第一候補地での調査最終日。
湖岸を一周し、二十ケ所以上を掘削した。
残念だけれど、地下深くにあるという【理外理力】はまったく感知できていない。
「たかが数日間の調査で見切りをつけるなんて、早すぎる。できることなら、もっと丁寧に探索したいんだけれど」
しかし、持ち時間は少ない。
ここは諦めるしかなかった。
ちょっとでも確率が高いほうに賭けるべきだと割りきった。
「ああ、胃が痛い。胃潰瘍になりそう……」
■第十五日目(施設停止まで十六日)
今日から第二候補地の調査開始だ。
ただし、大きな問題がある。
緑色鬼の集落があって三百匹以上が暮らしていた。
「アイツらに殺されかけたんだよなぁ」
軽い心的外傷を負っている。
以前、シンは、鬼と戦った経験があった。
ある程度のレベルまで魔法を覚え、覚悟もきめて、戦闘に臨むも、あえなく敗退。今なら、複数匹と争っても勝てるが、それでも苦手意識をもっていた。
連中は厄介だ。
排他的で群れるし、隙を見せれば襲ってくる。
性悪で残忍なバケモノが近くにいては、安心して掘削調査はできない。向こう側が無視してくれるなら、不干渉で済むのだが。
彼はミドリと対策を検討する。
「緑色鬼どもには話が通じない。完全排除するしか手がないんだよ」
「具体的には、どのような方法で実現するつもりですか?」
「手堅いのは、岩石兵士による包囲殲滅戦かなぁ」
敵はすばしっこくて逃げ足が早い。
いっぽう、こちらの戦力は、移動速度が遅いので追撃戦は基本的に無理だ。あらかじめ、ヤツらを包囲するように工夫しないと。
「殲滅戦を成功させるには、敵拠点を偵察しなきゃ。
それに準備だって欠かせない。ねえ、ざっくりしたもので構わないから計画案をだして。それを基に詳細をつめてゆくから」
「了解しました」
■第十八日目(施設停止まで十三日)
作戦決行の日。夜明け前。
「これより作戦を始める」
現在、ゴーレムたちは隠密モードだ。
彼らは素早い移動は苦手だが、静かに行動するぶんには何ら問題はない。鬼たちの活動時間ではないし、相手に気取られることはないはずだ。
十数分後、敵集落を完全包囲する。
攻撃開始の合図はシンがおこなう。
「【爆裂火弾】!」
赤い魔法弾が、ヒュルルと間延びした音をたてて飛んでゆく。
標的は、集落中心部にある大型の竪穴式住居。
事前の偵察で、ここに緑色鬼の族長が住んでいることが判明している。戦いでは、真っ先に敵のリーダーを潰すのが定石というもの。
火弾が小屋に命中して大爆発。
草木を積み重ねただけの粗末な建物は、あっという間に炎に包まれた。群れの長や取り巻きどもが、慌てて出てくる。
どいつも付着した火を消そうと地面を転がりまわっていた。
ひと際身体の大きなボスに狙いを定める。
全身が焼け爛れており、非常に痛そうだ。
「【炎槍】!」
魔導の槍が空中に出現。
全長一メートルほどの赤く燃焼する棒状の火炎が、一直線に飛翔してゆく。
緑色の大鬼を串刺しにして、大地に縫いつけた。
高温の焔が、バケモノの肉体を内側から燃やし尽くす。
「よし、鬼のリーダーをやっつけたぞ」
同時に、巌の巨兵による蹂躙が始まる。
二メートルを超える巨体が強烈なパワーを発揮。
長槍をふるえば相手は倒れ伏した。四角形の大盾をぶつければ、敵はまとまって吹き飛ぶ。幅広両刃剣で切れば、敵対者の胴体はアッサリと真っ二つだ。
「おお、さすが岩石兵士。攻撃力がすごいぞ。自分も参戦だ!」
彼も支援攻撃を開始した。
使用したのは【物体射出】。
これは、予め先端を尖らせた硬石を魔法で発射するというもの。特徴は魔力消費量が少ないこと。さらに短時間での連射が可能だ。事前に弾丸を用意する必要があるが、大変に使い勝手が良い。
しかも、今回の包囲戦のために【物体射出】を改良していた。
以前は、拳銃程度の威力しかなくて、射程範囲は十メートルほど。今なら射程距離が延びて百メートル先の敵でも斃せるくらいだ。
眼前には直径三十センチほどの魔法陣が浮かぶ。
機能は狙撃用の照準器とおなじだ。
光の屈折率を変化させて遠方にあるものを拡大表示する。
「対象補足。距離七十五。弾丸セット……、発射」
バスッと大きな音があたりに響く。
魔法のパワーで加速した硬石は、緑色鬼の胸部を撃ち抜いた。
じつのところ、無詠唱でも【物体射出】は発動する。
わざわざ声を出す必要なんてなかった。
それでも、いちいち言葉にしているのは、上擦った精神を落ち着かせるため。
実は、戦場の雰囲気に“あてられて”いたのだ。
気持ちが、異様に昂っている。
興奮と恐れが混在して、不安定な精神状態だ。
幸い、心理的に危険だという自覚もあった。
そんな背景もあって、魔法陣展開には不必要であっても、名称を口にする。ちょっとした工夫で冷静になれるのだから、実行すべきであろう。
激しい戦いが繰り広げられていた。
互いにぶつかり合い、相手を押し負かそうと力いっぱいに武器を振るう。
「グオォ!」
戦場特有の音も響いてくる。
体躯の大きな悪鬼が雄叫びをあげていた。
敵を威嚇するために、あるいは仲間を鼓舞するために。
他には、腹を裂かれて苦悶の声をだす者がいる。
情けなく泣き叫ぶヤツなんかも。
岩石兵士たちが奏でる音響も暴力的だ。
鈍く生々しい音は、魔法で強化した両刃剣が、敵対者の骨を断ち切ったもの。打撃音は、淡く光る魔導大盾が何体もの鬼を吹き飛ばしたから。
シンは、そんな殺伐とした場所にいる。
戦場の雰囲気は独特だ。
集団で殺し合っており、どこもかしこも血生臭い。
動揺して平静になれないのも当然のこと。
浮ついた精神状態では魔導発動は不可能だ。
冷静に制御すべきものであり、己を落ち着かせるべく意図的に声を出す。これは心理操作のテクニックなのだ。
「次の対象を補足。距離八十……、うわっ!」
横からの熱風で、思わずのけ反ってしまう。
敵の火炎魔法が、近くで炸裂したのだ。
しかし、炎が彼を傷つけることはない。
「あ、ありがとう、ゲンブ」
なぜなら、岩石兵士が攻撃を防いでくれたから。
無骨な古強者が、頑丈な魔導大盾を構えてどっしりと立っている。頼もしい忠義者は、五百余年ものあいだ、多くのモンスターを討ち負かしてきた。
そんな護衛役が、四体もいるのだから安心できるというもの。
シンを襲ったのは緑色鬼の魔法使い。
魔物には、まれに魔法の才能を持つモノがいる。
コイツもその一匹。小鬼はどいつも醜いが、この魔導師はとりわけ醜悪な顔つきだ。ゲヒゲヒと笑う表情は下卑ており、見ていて不愉快になるほど。
おまけに、周りには取り巻きの若い個体が十匹ほどもいた。
「ふん、包囲網を突破してきたのか」
悪鬼どもは、遠距離攻撃をする彼を目指してやってきた。
戦場を広く見渡し、的確に判断する能力はたいしたものだ。
敵ながらあっぱれといったところ。
でも……、
「舐めるな! ゲンブは鉄壁の守りを誇るんだ。
たかが、鬼の魔導師と、その取り巻き連中なんか、虫けらと同じ。勝てると勘違いするなよ。お前らごとき、百匹いても痛くも痒くもないぞ」
シンの岩石兵士に対する信頼は絶大だ。
冷静に【物体射出】で迎撃を開始。
敵味方を区別しない乱射なのだが、同士討ちの心配は不要だ。彼が放つ硬石弾丸は、頑丈な巌の魔導人形には効かないから。
ガチンガチンと硬い音が鳴り響くけれど、味方に被害はない。
いっぽう、緑色鬼たちは悲惨な状態だ。
鬼の魔法使いは、ゲンブに牽制されて反撃できない。
側近のバケモノたちも、ゴーレムが振るう長槍を避けるのが精いっぱいな様子だ。防戦いっぽうのところに、硬石の弾丸が撃ち込まれたのだから、堪ったのものではない。
あっという間に、連中は崩れ落ちてしまった。
「みんな、よくやった。ごくろうさま」
彼は軽く拳を握って親指をたてた。
岩石兵士たちも同じ動作をして、互いの健闘を褒めたたえる。
この仕草、わざわざ覚えてもらった。
ハッキリいって無駄な指示なのだが、まあ、そこはノリである。これくらいの遊び心があっても良いだろうさ。
一時間後。
「戦闘終了を宣言する。我々の圧倒的勝利だ!」
見えるのは緑色鬼の死体ばかり。
ただし、包囲を突破して逃げのびたヤツは、それなりにいた。やはり少数での殲滅戦には無理がある。
こちら側の被害は皆無なのだし、当初の目的は達成したと判断した。
「残念だけれど、手放しで喜べない。準備に時間をかけすぎてしまった」
事前調査に三日間も要している。
正確な敵情を把握するために、集落に住む悪鬼たちの総数や、生活パターンなどを調べたからだ。
そのおかげもあって、包囲戦は無事に完了した。
戦闘時間だって、想定していたよりも短い。
『段取り八分仕事二分』という言葉もあるくらいだ。
「いや、詳細な敵情把握があったからこそ、勝利を得られた。文句は言うまいよ」
残り少ない期間で地脈を探す必要があった。
作業効率化のために、集落跡地に野営地を設営する。
前回の第一候補地リサーチでは、夜になると本拠地に戻っていた。
だが、今回はそんなことはしない。往復時間がもったいないからだ。
宿営地の設置は、岩石兵士たちにお願いする。
簡易ながらも、周辺一帯を堀と土壁で囲み、生活拠点となる小屋を作った。
焼け落ちた竪穴式住居をかたづけ、鬼の死体を穴に埋めるなど、やることは多い。
「さっさと後始末をしよう。午後から調査の開始だ」
■第二十日目(施設停止まで十一日)
「ちっ、作業中止、中止! 敵が侵入する前に撃退しろ」
緑色鬼たちが襲撃してきた。
面倒なことに、連中はゲリラ戦をしかけてくる。
意図した訳ではないだろうが、結果的に嫌がらせだけの攻撃になっていた。
例えば、作業用やぐらに火矢を射掛けてくる。
夜間だと、騒ぎを起こして睡眠を妨げたりする。
被害こそ微々たるものだが、まことに鬱陶しいかぎりだ。
「コイツら、こんなに縄張り意識が強かったっけ? 小鬼と同じで、土地への執着心は薄いはずなのに」
どうやら、ここの悪鬼どもは移動したがらない。
諦めずに、元・集落を奪還しようと幾度も襲いかかってきた。
もちろん、対策はバッチリだ。
岩石兵士は定期的に見回りをしているし、鳥型ゴーレムも空から哨戒している。
ただ、彼我の数が違いすぎた。
緑色鬼側は不明だが、かなり多い。
対して、こちら側は三十体未満。
おまけに、巌の魔導人形たちは移動速度が遅い。逃げる連中への追撃戦は無理であった。“モグラ叩きゲーム”みたいな様相になっている。
「とはいえ、もうちょっとの辛抱。調査領域の八割がたは調べ終わっているし」
残り二割を済ませれば、集落跡地から撤収するつもり。
ただし、【理外理力】の反応があれば別だ。
魔物の群れを完全に殲滅して、付近一帯を完全掌握せねばならない。しかし、可能性は低いだろう。
早くエネルギーを確保したい。
でなければ、人外魔境の大森林で野垂れ死にしてしまう。
たった独りで死去するなんて嫌だ。不安で押しつぶされそう。
「ああ、このまま死んじゃうのかな? 誰か助けて……」