1-16.第一候補地 湖岸の周辺
■第一日目
「もう、絶体絶命の大ピンチじゃないか!」
事態は深刻だ。
このままだと施設の備蓄エネルギーがなくなってしまう。
ということは、施設機能が停止するわけだ。致命的なのは、身体の再生処理が不可能になること。つまり、死亡確定だ。
「ハァ、ハァ……」
シンは、魔造結晶体に対する悪態をやめた。
彼女を責め続けていても問題解決はできやしない。深呼吸を繰り返して熱くなった頭を冷やす。
「落ち着つけ。有効な対策をしないと死んでしまう。
残り時間は少ない。すこしでも生存確率をあげよう。とりあえず、すぐやるべきは何だ?」
まずは、不要不急な燃料消費を止めよう。
今日まで、本拠地を復活させるために各種作業をしていた。岩石兵士たちは瓦礫を取り除き、崩れた壁の補修などをしている。彼自身も魔導具の修理をしていた。
これらの活動は、すべて魔力を使用している。
「ミドリ、いったん復旧作業は全部中止だ。
これで、貯蔵魔力がゼロになる日を先延ばしできるはずだ。工事ストップの効果はどれくらいになる?」
「しばらくお待ちください。……、回答します。
【理外理力】が完全枯渇するのは三十日後になります。十日間分の上乗せですね」
「よし、いいぞ。この調子で、できることをやっていこう。
現状を例えるなら、バケツにあいた穴を塞いで、中身が漏れ出るのを止めた。
次にすべきは、水を注ぎ足すこと。つまり、エネルギーを貯蔵タンクに供給するワケだ。
あらためて確認するけれど、供給源はなにかしら?」
「“地脈”です。ただし、約五百年前にロストしています」
「つまり、解決案は見失ったソレを再発見することだね。問題は、その方法だよなぁ」
地脈探査なんて見当もつかない。
対象物は地下数千メートルもの最深部にあるもの。
発見するだけでも、相当に難易度が高い。これを実現させた亡父ルキウスは幸運すぎる。異才異能の持ち主と表現すべきか。
彼は改めて考え直してみる。
「いや、まったく別方向での対策もあるか。第二案として、基地を出て人間社会との接触を図る」
この案も、かなり難しい。
人間の生活圏を目指すにしても、どこにあるのか不明。
ここは人外魔境の大森林。見渡す限り森林や山岳だけ。人の気配が全然ない。進むべき目標もなく、魔物たちがひしめく密林地帯をさまよい歩くなんて、完全に運任せになってしまう。
ミドリを質問攻めにし、あれこれと検討した結果、
「無難なのは、第一と第二の折衷案か」
まずは、地脈を探すことに全力を尽くす。
次に、備蓄エネルギーがなくなる直前に、身体再生処理を施す。その後、施設を離れて外部社会との接触を図るのだ。
「正しい判断に必要なのは、正しい現状把握だ。【状態管理】!」
<基本状態>
HP:18/18
MP:25/25
LP:14/23
「ふむ、現在のLP値は“14”。つまり、稼働期間は十四日間か。処理日を調整して、本拠地の停止直前に、最後の身体再生を実行しよう。これでライフ・ポイントを“23”にする」
ラスト二十三日間で、移動するのだ。
この期間内で、外部の人間社会への到達を目指すのだ。
延命処理をしてもらう日数を含めると、もっと早い時期に専門家と接触しないと、間に合わない。
―――うわ~、むちゃくちゃ勝率が低いなぁ。
こんなんで、ウチだいじょうぶやろうか? とはいっても、他に方法があれへん。意地でも、やり遂げなアカンわ。
洒落でなく、ほんとうに命賭けて頑張らんと。
「ねえ、地脈はどこにあるのかな?」
「回答します。対象の位置は不明です」
なんともツレない返答であった。
まあ、今回はシンが悪い。彼女が気を利かせるなんて、絶対に無理なのだから。
なので、内容を変えて再び尋ねる。
「じゃあ、私の父親はどうやって見つけたの?」
「もともと、前マスターの研究テーマのひとつが、【理外理力】による、環境変化です。彼が、重点的に調査していたものが、ふたつあります。これを参考にすればよろしいかと」
ミドリによれば、亡父は以下の二項目を調べていた。
【参考その一】 植生の変化。
人外魔境の大森林には、多種多様な植物が存在する。
地域特性なのか、魔力を地中から吸い上げて蓄えるものが多い。この性質を利用すれば、周辺一帯の魔力分布図を作成できる。
【参考その二】 魔物の分布。
モンスターも、上記植物と同じ傾向がある。
魔力保有量が大きいほど強力な個体だ。他を圧倒するボス級魔物の縄張りなどは、重点的に探査すべきであろう。
「ありがとう。これなら、なんとかなりそうだ」
探す手段を知れば希望も湧いてくる。
つい先ほどまで、絶望のなかで立ちすくむだけであった。
今は、進むべき道筋が見えている。ならば、生き残りに向かって真っすぐに行こうではないか。
彼は倉庫にいた。
「修理待ちの魔導人形に飛行タイプがあったはず。
アレなら上空からの調査が可能だ。ちまちまと地上を這い回りよりも、ずっと効率的に地域探査ができるぞ。
ついでに、録画用の宝玉珠を取付けよう」
一見すると丸いガラス玉。
カメラと同じ機能をもつ立派な魔導具だ。
サイズも小さいから、本体に括りつけても飛翔体の邪魔にはならない。この組み合わせが上手くいけば、地脈探査はずいぶんと楽になるはず。
さっそく修繕に取り掛かった。
格納庫で発見したのは全部で八体だが、瓦礫の下に埋もれていたせいで、大半は潰れている。軽傷なものを選んで修復を試みる。
■第三日目(施設停止まで二十八日)
飛行型魔導人形を復活させた。
その数は三体。もう少し錬金術のレベルが高ければ、もっと修理できただろうに。だが、今の技術力では無理。
嘆くよりも、三つも蘇ったと喜ぶべきか。
機体を抱えて実地試験にむかった。
さすがに、ぶっつけ本番で地脈調査をするには無謀すぎる。
本当に飛翔するのかを確認しないと。飛行可能時間や指示通りに動くのかなど検証すべきことは多い。
というのは建前。本音をいえば、遊びたいだけ。
初めて買ったラジコン飛行機にウキウキするのと同じだ。
なぜ、“ラジコン”なのかって、ツッコミはやめてくれ。
身体サイズは子供だけど、中身はおっさんなんだよ! 若い世代ならドローンだとおもうよ。でも、自分としちゃあ、レトロなほうが夢を感じるんだ。
「さあ、ちゃんと飛んでくれよ。それっ!」
試験一号機は鳩型のゴーレム。
コレを真上にむかって放り投げた。五メートルほどの高さで翼を広げる。
しかし、うまく風を捉えられない。羽根をバタバタさせただけで、そのまま落下した。
「あっ……」
失敗だ。貴重な試験機体がベチャリと潰れている。
致命的なことに、重要で繊細な翼部分が完全に折れてしまった。これでは修理は不可能。もうちょっと丁寧に扱うべきだったのに、はしゃぎ過ぎて、いきなり空中に放ったのは大失態だ。
「こ、こんどはもっと慎重に」
二回目のテストは用心深くやろう。
低い位置からスタートすれば、問題ないはず。
腕に鳥型ゴーレムを止まらせ、そこから飛行開始させるのだ。地上約一メートルからの発進なので、仮に墜落しても衝撃は少ない。
そう簡単に壊れないだろうし、破損しても傷は小さいと思う。
試験二号機はトンビ型だ。
先刻の鳩型と比べて、翼面積が大きいので風を捉えやすい。
今回は、ちゃんと飛行してくれそうな気がする。
「さあ、いけ!」
二号機が左右に翼を広げる。
彼の腕から離れると、いったんは地表近くにまで高度を下げるが、そのままフワリと浮き上がった。
ぐんぐんと上昇してゆく。
最後には高度百メートルほどで、ゆっくりと旋回を始めた。
「おおっ、成功だ!」
うつくしい。
空を自由に飛ぶ鳥はほんとうに美しい。
ましてや、自分の手で復活させたものとなれば、感動もひとしおだ。少しの間くらい、イヤなことを忘れたい。優雅に飛翔する鳥型ゴーレムを眺めていても良かろう。
その後、試験三号機(トンビ型)もテストした。
滞空可能な時間を計り、録画用の宝玉珠を装着させての飛行や、二体の連携など、各種検証を繰り返す。
■第四日目(施設停止まで二十七日)
広範囲の地勢調査を開始する。
飛行型の魔導人形は大活躍だ。
いままで到達できなかった領域にまで偵察範囲を広げることに成功。たいしたものである。
ただ、空中からでは判らないことも多い。
なので、並行して地上探査もおこなっている。シンは、岩石兵士たちを引き連れて、植物サンプルの採取や土地ごとの魔力濃度を調べてまわった。
■第九日目(施設停止まで二十二日)
空からの広域調査で重要なものを見つけた。
それは断層崖。
大きな地震で生じる地形変化の一種だ。今回、みつけたものは高さで一~五メートル、直線距離で三十キロメートルにもおよぶ。
「過去に巨大地震があった証拠だ。樹木の繁殖や風化の具合から推測して、ざっくりと三百~六百年前のもの。地下施設が休眠状態になったのが約五百年前。おそらく、コイツが原因なのだ」
これほどの大規模な断層だ。
震動エネルギーは途方もない規模になる。地下底深くにある地脈にも影響を与えたはずだ。断層崖のラインを中心に探せば、きっと発見できるだろう。
ミドリが地図を提示してくれた。
収集したデータを基にして作成した魔力分布図である。
「予測していたとおり、地域によって魔力濃度に濃淡がありました」
「なるほど。探査すべき候補地は、この三か所か。いずれかの地下に【理外理力】が流れていると」
ただし、どこも調査活動には最悪の土地だ。
凶悪なモンスターたちが集中している。
ウヨウヨと五月蠅なすバケモノを排除しなければ、安心して作業はできない。まったくもって難儀なことである。
■第十日目(施設停止まで二十一日)
「さあ、今日から第一候補地の調査開始だ!」
三つの候補のなかで、もっとも楽に仕事ができる場所。
まあ、“楽”と表現しているが、残り二つが酷すぎるだけ。一番目の候補領域でも大概ウンザリするようなところだ。
探査地域のど真ん中には、小さな湖がある。
そこは、周辺に住む生物の水飲み場だ。魔物や野生動物たちが昼夜を問わずやってきた。
「弱肉強食というか、生き残りの知恵か。それとも、社会の縮図と表現すべきか……」
争いは絶えないが、それでも微妙なすみ分けができている。
力のある強者は堂々としたもの。
昼間にやってきて他者を威圧しながら余裕をもって喉を潤す。
逆に弱者たちはコソコソと隠れての活動。
来るのは早朝や夜間だ。周囲を警戒しながら、すばやく水分を補給してゆく。
シンに従うのは岩石兵士たち二十体だ。
他の魔獣どもを力押しで排除するためだ。
最低でもこの程度の兵力がないと、安心して探査活動ができない。戦闘も想定して、各員に武器を配布している。
金属製の長槍と幅広両刃剣、四角形の大盾の基本装備。いずれも各種魔法で強化したマジック・ウエポンだ。
水を求めてやって来た野獣を追い払う。
朝の時間帯にやってくる生物は比較的弱い部類なので、さっさと散り去った。こちらとしては掘削調査をしたいだけ。逃げた連中を追跡したり、狩ったりするつもりはない。
「とりあえず、ここを最初の調査ポイントにしよう。さあ、みんな、作業を始めよう」
岩石兵士にやぐらを組んでもらう。
五メートルほどの細長い丸太三本を立てるだけの簡易なもの。頂点部に滑車を固定して、ロープを通した。
ロープの先端に掘削用の魔導具を結びつける。
形状は円筒型で直径十センチ、全長三十センチほど。
二つのパーツに分かれていた。下半分には、土壌を掘削するための頑丈な刃を取り付けている。
上半分は土砂を排出する部分で、ロープを伝って上下運動して削り出した土を地上にまで運ぶ。
作業開始から約一時間。
地下五十メートルまで掘り進めたが、魔力感知器は無反応であった。
「このポイントは空振りだ。もう終わりにして、撤収しよう」
まあ、たいして気落ちはしない。
最初の一発目で発見するなんて無理だし、幸運も期待していなかった。早々にやぐらを解体して、次の掘削地点へ向かう。
こうして、第一候補地を次々と調査してゆく。
ときどき、作業を中断することもあった。
理由は、大型の魔物が来るため。
強大なモンスターとの戦いは回避だ。戦闘する必要なんてない。少しばかり時間をズラすだけで、掘削作業ができるのだから。
一回当たりの作業時間が短くなってくる。
何度も掘削を繰り返すうちに慣れてきたのだ。
「この調子なら、予定よりも早く調査を完了できるかもしれない。うん、明日を信じてがんばろう」