07-20.国祖神との対話(後編)
お待たせしました。
クローヴィスは、しかめ面で説明する。
「神様の絶対数が不足しているんだよ。
というか、管理すべき世界が大量すぎると表現するほうが正確でな。十億という数は多いようにみえるけれど、しょせん、数量の“多い・少ない”は、相対的な評価でしかない」
複製地球が、新たに百個ほど創造された。
上位階梯者は、コレに不合格者たちを放り込んだが、それで“ハイ終わり”では済まない。人間を含めて、生き物が生存できる環境を維持する必要があるからだ。
陰から、新世界の環境維持を担う担当として、今回、昇格した新米神さまが充たることになる。
「【階位審査】の合格者のうち、約八割が管理業務にまわった。
しかしながら、連中は右も左も分からない新人ばかり。いちおう、指導役の上位神がついているが、仕事は順調とは言い難くてなぁ。
仕事環境は劣悪で、人間関係もギスギスしているから、失敗やトラブルが多発しているよ」
「うわ~、混乱する現場の様子が想像できてしまいますね」
シンは、前世職場での苦労を思いだす。
新人教育というものは、指導者にも生徒にも負担がかかるのだ。ましてや、ブラック企業ともなれば、双方のストレスは強烈になる傾向が強くなってしまう。
まず、指導者側の問題。
心理的にも時間的にも余裕がなさすぎた。
主な原因は、成果主義だ。
コイツのせいで、通常の営業目標やノルマの達成を、常日頃から意識させられている。そんな状況なのに、新入社員教育が圧しかかってくるのだ。
酷いことに、指導に割く時間や労力を、組織は考慮してくれない。
結果、教育担当者の士気は激減。
自ずと、新人社員に対しては、おざなりな助言や、ブツ切り指示となってしまう。
次に新人側の問題。
気質的に打たれ弱くて、簡単に折れてしまうこと。
あくまで一般的な傾向としての印象だが……。シンとしては、“最近の若い者は”と言いたくないけれど、なんだか物足りないなと感じていたのも事実。
もちろん、新社会人は長所もたくさんある。
根は素直で真面目な子が多い。また、幼いころから、携帯端末機を利用し、大量の情報に接してきたおかげか、地頭が良かった。
まあ、上記の短所は日本国内に限定してのこと。
全世界規模でみれば、事情も違ってくる。
ましてや、複製地球の維持管理を担うのは、【階位審査】で合格した連中だ。それ相応に優秀でタフであろう。
最初は苦労しても、時間をかけて学習と経験を重ねてゆけば、立派な神さまになるのは間違いない。
「彼らの話は終わりにしませんか。語りだせばキリがないですしね。そんなことよりも、私たちの件について説明をお願いします」
「わかった。本題から逸れたようで、すまない。
では、俺やお前さんのように、異世界に派遣された者どもについて述べようか。
その前に、ひとつ質問しておきたい。
我々ヒヨッコから、職歴数百万年のベテランまで、神々には共有する大目的がある。分かるか?」
「【魂の進化】を促すことですね」
強調しておくが、あくまで成長の促進である。
けっして教育ではない。
つまり、小学校の先生のように、手取り足取りで児童に教えるほど、神々は親切ではないのだ。いっけんすると、冷たく突き放している。
誠に厳しいけれども、ある意味で最も本人のためになる方法であった。
基本方針は、“自助努力”。
ざっくりと説明すれば、以下のようなかんじになる。
自分の足で立ち上がれ。
歩き方は、何度も転んでこそ覚えられる。
怪我をしても名誉の負傷なのだから、恥じるな。
ドンと胸を張って前へと進むがよい。
まあ、単純でキッチリと筋が通っている方針だ。
クローヴィスの話を続ける。
「ああ、そのとおり。基本として、俺たち上位階梯者は、陰からのサポート役に徹している。
育成のための環境を整えるなど、間接的な支援が中心だな。ほかに、この異世界ならではの訓練施設的なモノがあったり……」
「迷宮ですね。アレは、人間を成長促進させるためのツールなのでしょう?」
つい、シンは相手の言葉を途中で遮ってしまった。
っと以前から、ダンジョンについていろいろと考察していたが、語り合える人物がいなかったせいもある。
迷宮内部は謎空間だ。
階層ごとに自然環境が異なっているなんて、完全に面妖しすぎる。具体的にいえば、温暖な草原から極寒の山脈までと変化に富んでいた。
さらに、いろんな魔物が際限もなく出現する。
そもそもバケモノどもが生殖活動しているかも怪しい。おそらく自然に湧いて出てくるのだろう。
とにかく、奇妙極まりない不思議仕様なのだ。
あんなモノを創造できるのは、現世に対して強大な影響力を行使できる存在、つまり超常的存在のみである。
絶対に、人類文明では実現不可能な業である。
「おまけに、人の欲望を刺激するお宝まで用意していますよね。ほんとうに質が悪い。たくさんの人間を集めるには、良くできた仕組みですけれど」
迷宮は、“儲かる”と人間社会に認識させていた。
魅力的なエサを設置して、人々に迷宮制覇を目指すように誘導している。
深い階層に進むほど、高価な金銀財宝がでてきた。
完全制覇すれと、希少なダンジョン・コアのご褒美だ。
成功した者は、世間一般から英雄視される。
「ただし、罰則規定もありますよね? 特に、迷宮入口を物理的に閉じることは、厳禁とされているはず。だから、王都が【忌蟲】に襲われている」
「ああ、お前さんの指摘どおり。
不幸なことに、【豊穣の迷宮】の入口は埋まってしまった。
事故か人為的なのかは不明だが、王国貴族が、ダンジョンを取り囲む大防壁を崩壊させるなんてな。次の王権を決めるための派閥争いは構わないが、ものには限度というものがある。越えてはならない一線を、連中は越えてしまった」
迷宮の制裁機能が発動したのだ。
まず、内部に貯蔵していた“負のエネルギー”を外部へと噴出。
ソレは不可視の【蟲】と化して、周辺にいる生物を魔物させた。今回の場合、大勢の人間がいる王都が近くにあったため、とんでもない被害となっている。
クローヴィスは指摘する。
「【忌蟲】なんぞ、限定的なものでしかない。しょせん前座なんだよ」
「いや、いや、充分に大規模災害ですよ。すでに住民の死傷者数は多数だ。王国の首都は壊滅状態にある。今以上に大きな厄災がやって来るというのですか?」
「そう言っているんだよ。上位階梯者の刑罰は苛烈で情け容赦がない。
ほら、地球の神話でも同じようなもんじゃかいか。旧約聖書だと、背徳都市ソドムとゴモラを、天からの硫黄と火で滅ぼしている」
「ええ、たしかに。各地の民族神話でも、大地を焼くだとか津波をおこしたとか、天変地異の事例は多いですね。
天罰はとちょっと違うけれど、天照大御神が岩戸に隠れたせいで、太陽が消えたこともありましたか。
とにかく、神々の怒りは凄まじい」
「まったくもって、ご指摘のとおり。今回のヤツも神話級そのものだ。
現物は、すでにお前さんも知っているはず。【邪神領域】の奥深くで、幾度もみているのだから。おまけに、アレの底に沈んでいた連中を引き上げて、自分の眷属にするとは、たいしたもんだよ」
「えっ、もしかして【奈落】ですか?」
あそこは魂の煉獄だ。
囚われていたツクモ族たちの証言である。
刑期が無期限のまま、虜囚生活が続くのだと、彼らは体験談を語ってくれた。
「迷宮入口を封鎖しただけで、あんな異常領域へ突き落すとは……。あまりにも厳し過ぎるのではありませんか? 」
「見解の相違だな。そもそも上位階梯者の価値観は、人間とは異なる。
ついでに、もうひとつ指摘しておくことがある。
あれは監獄ではない。ましてや咎人を苦しめる刑場とは全くの別物だぞ」
【奈落】は訓練所だと、国祖神が解説する。
ただし、高難易度の強化教練を課す場所。
放り込まれた者が、地獄だと評するのも当然だとも。囚われは睡眠不要なので、訓練が延々と実施されるのだ。気が変になりそうだが、強制的に平常心を維持されられる。つまり、精神異常になって逃れようとしても不可能だという。
シンには納得できる事があった。
「なるほど、ツクモ族が優秀なのも当たり前か」
彼らは、【奈落】で約五百年間、過酷な鍛錬を受けてきた。
その結果、とんでもなく優良な人材へと成長。みんな、基本的能力が非常に高い。武官や文官など、あらゆる役割に就いても難なくこなす。
各人が個別の専門知識や能力を有しているうえに、応用力にも秀でていた。
特に、評価すべきは精神性。
適切な表現に困るのだけれど、彼らの“魂”は濃くて高密度なのだ。中身が、“たん”と詰まっていて、しかも品質は高くて上等。
ごく自然に人を惹きつける魅力を持っている。内在するエネルギーだけで、並みの一般人を気圧してしまうほど。
なにが言いたいかといえば、人間としての在り方が気高く、美しいのだ。
「王都の住民たちも訓練所へと連行されるワケですか。みんな、ツクモ族のように立派な人材へと育つことでしょうね。
しかしながら、何百年ものあいだ、極悪の鍛錬で苦しむことになる。まるで重犯罪者に対する処罰みたいに。ほんとうに、そこまでする必要があるのですか?」
「もちろんだ。予定よりも早まったが、計画は確実に実行する。
それが、俺たちの仕事だからな。
ついでに付け加えておくと、強制訓練の対象者は王都住人だけでは“ない”。もっと大勢だ。【奈落】に沈むのは、グリアント王国やゲルマーナ連邦国、スコティ連合王国を含めて、十数ヶ国に及ぶ。大陸の西部領域をカバーする広さだな」
「なんと、古の魔導帝国が滅亡したの同じですか」
約五世紀前、巨大国家が滅んだ。
帝国は、当時、世界最大の国で、広大な土地を治めていた。支配地域では数多の種族が安住していたが、ほとんどが死滅している。
厄災の悪影響は甚大なもの。
人口は、世界規模で大幅減少してしまい、いまだに人間総数は復活していない。
生存者たちは頑張ったけれど、地方や民族ごとに小さくまとまっただけ。結果として弱小国家の乱立だ。残念なことに、互いに争って、さらなる人口減少を招いている。
人類生存圏も縮小したままだ。
帝国国土の中央部は、現在の【邪神領域】と称される場所。とてもではないが、人が住める環境ではない。極悪な魔物どもが闊歩する魔境と化しているせいだ。
「では、帝国壊滅と同程度の被害になるのでしょうか? なんとも、酷いことですね」
「なにを言う。他人事のみたいなセリフを吐いているが、お前さんは、この計画の立案者のひとりだぞ」
「えっ?」
シンは、相手の言葉に驚いてしまった。
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:223/252
※補足事項: 制御核に欠損あり
誤字の報告、いつもありがとうございます。