07-18.国祖神との対話(前編)
遅くなりました。すみません。
どうか、これからも楽しんでください。
強烈な光が、大聖堂内を満たした。
あまりにも眩しくて目を開けていられない。
思わず、手で顔をかばってしまった。
しかし、すでに網膜に甚大な被害を被っており、視界は真っ白だ。もしかしたら、盲目になってしまうのではと心配する。
だが、それも一瞬のこと。
次の瞬間、身体全体が吹き飛んでしまった。
全身に強い衝撃を受け、頭は揺さぶられて、天地がグルグルと回った。
フワリと浮遊する感覚。
高い所から落下して、疑似的無重力な状態に似ていた。
大地に足がついておらず、なんとも不安だ。
ストン。
不意に、身体が安定する。
ちゃんと重力を感じているし、どこか問題がある様子はない。
腹や胸など、あちらこちらを触って確認した。負傷した形跡は皆無だ。念のため、手足を曲げ伸ばししてみるが、痛みはないし、思いどおりに動く。五体満足だ。
「なにがあった?」
状況を把握しようと周囲を見渡す。
なぜかラウンジにいた。
たいへん落ち着いた雰囲気だ。
照明はやや暗め。空間を贅沢に使っていて、各テーブルの間隔は広めにとってある。BGMはスローなテンポのボサノバが静かに流れていた。奥側の壁は全面ガラス張りになっていて、鮮やかな新緑の樹々がみえる。
この場所に見覚えがあった。
前世時代、たまに利用していた高級ホテルの談話スペースである。
内密で仕事の話をするのに都合が良かったのだ。
彼の前職はシステム開発。
本来は研究職であったはずだけれど、戦力補強のために、開発部門への助っ人として働いた。クライアント会社側からの信頼を得たこともあって、最後のほうは、営業職まで兼務する始末。人員不足もここに極まりといった状態である。
当時、最高級の宿泊施設を密談場所として使っていた。
仕事上の関係者が来店することが“ない”からだ。
彼を含め、自らを『IT土方』と自嘲する連中は、こんな小洒落た店は来ない。
取引先の現場責任者と互いの状況を確認する。
余人を交えずサシで対峙しておこなった。
特に、開発現場の実情と、会社上層部の意向とが、食い違っている場合、この手の打ちあわせは必要不可欠。細やかな調整を疎かにすると、あとあと大きなトラブルへと発展するからだ。
双方、諍いを避けるとの意見は一致している。
ならば、あとは妥協点を探るだけ。譲歩できること、死守したい項目などをすり合わせた上で、事前準備をおこなう。その後、正式な会議を開催して、両社の合意を得た。
このラウンジは、秘密会合の場所。
苦労が多く、良い思い出はないのだけれども、少なくとも馴染はある。
「えっ? 私は大聖堂にいたはずだが……」
「よう、気分はどうだい?」
見知らぬ男性が、テーブルの対面に座っていた。
ずいぶんと体格がゴツい。
年のころは三十歳前後といったところ。イガグリ頭の短髪だけれど、頭髪の色は黒だし、瞳も同じだ。たぶん、生粋の日本人だとおもう。
「問題はないとおもうんだけどよ。調子が悪いなら教えてくれ。
ちゃんと調整してやるからよ」
「え~と、あなたは?」
シンは、眼前の人物のことを知らない。
しかしながら不思議なことに、相手に関することが、脳裏に浮かびあがってくる。
たとえば、学生時代にラグビーをしていた。
本格的なもので、けっして“お遊び”のレベルではない。
大学リーグの強豪校に所属して、フォワードのポジションを務めている。重戦車のごとく、パワーと重量を武器にしてグイグイと前進してゆくタイプだ。
しかも、優秀な頭脳の持ち主である。
単純な筋肉バカではない。一流の選手というものは頭の造りも良いのだ。刻一刻と変化する状況に対応して、適切な判断をくだすには、相応の知性が必要になる。バカだと、どこかで壁にぶち当たってしまう。
そんな情報が、彼の内にあった。
初対面の人物なはずなのに、まことに面妖しい。
あまりの不可解さに、混乱してしまう。
眼前のラガーマンが、シンの様子をみて謝罪した。
「あ~、不具合が生じているのか? すまん。
ミスったみたいだ。話を手っ取り早く済ませるために、精神調律を施したんだが、こういった分野の作業は久しぶりでなぁ。
まあ、問題はあるまいよ。
しばらくすれば、自然と思い出すはずだ。それまでは、俺が再現した現代日本の雰囲気を楽しんでくれや」
「お前は……、いや、あなたは誰ですか? この場所は何なのでしょうか?」
相手が高位階梯者だと、シンは判断する。
根拠は、”空間を再現した”の発言。
現実世界ではないかと錯覚するくらいに、正確で緻密な仮想空間を構築するなんて、人間には無理だ。
ついでに言えば、男性の存在感が凄い。
身体全体から放たれている霊的エネルギーの品質が高純度なうえに、量が膨大すぎた。明らかに、人間以上の格位を有している。
「分かりやすくいうなら、ここは精神的空間だ。
ちなみに、ホテル・ラウンジを選択したには、ちゃんと理由がある。俺もお前さんも、利用していたから馴染みがあるんだよ。
まあ、当時は、お互いに見知らぬ他人同士だけれどもな。出会っていたとしても、すれ違っていた程度だろうさ」
シンは驚いて無言になってしまう。
自分以外にも、過去世記憶がある人物がいる可能性があると思っていた。
しかし、今まで遭遇したことはない。初めての会う相手が、人間を超越する超常的存在であったとは、さすがに想定外だ。
対する男は屈託なく笑った。
シンの態度を愉快そうに眺めているが、悪気はまったく感じられない。ただ、ことの成り行きを面白がっているふうだ。
「まあ、せっかくだから、ゆっくりと語るとしようか。会話を続けているうちに、お前さんも、だんだんと思い出すさ。
幸い、この精神空間では、時間は無視してかまわんよ。一週間ほど過ごしていても、現世ではほんの一瞬だけのことだからな」
相手は、クローヴィスだと名乗った。
約三百年前、周辺地域の豪族や蛮族どもを蹴散らして、グリアント王国を建国したとも。今は、国祖神として祀られているらしい。
いわゆる、産土神だ。
土地を守護する役割を担っている。
マンションの管理人みたいなものだと、本人は愚痴った。
たとえるなら、共用スペースを掃除し、配管や電気設備のメンテナンスなどをして、住人が暮らしやすいように整えているのだとか。完全な裏方だし、完璧に仕事をこなしても、誰も感謝してくれない。
「とにかく面倒だし、苦労も多くてなぁ。
ああ、いちおう補足しておくが、前世ではちゃん人間してたぞ。名前も姿かたちも平凡な会社員だったがな」
「つまり、貴方様は、存在昇格して神位を得たということですか?」
「そう畏まらなくていいぞ。お前さんも、俺と同じ神さまなんだからよ。つまり、ご同輩だな」
一瞬、シンは相手の台詞を理解できなかった。
いや、言葉は分かるのだけれど、意味をどう解釈すればよいのか困惑する。
クローヴィスが元・日本人であったのは信じられる。ずっと昔、国を興して初代国王となり、今では国土全域を守護する土地神であることも。
だが、自分が“神さま”だというのは違う。
なにが“俺と同じ”だ。
言い間違えているのか、悪戯心で揶揄っているのだろうか。
上位階梯者というものは、とにかく凄い。
存在自体が、超高密度なエネルギーの塊である。
その神力は、強烈な圧力でもって見る者を畏怖させてしまう。意図せずとも、自ずと頭を垂れて、敬意を示さずにはおれないのだ。
実際、幾度も超常的存在に出くわしている。
全長千メートルを越える【嵐の巨神】と視線が合ってしまった時には、文字通り魂消て気絶した。
【ペンギン神霊】や【大亀仙霊】と接する機会は多々あるけれど、毎回、畏れ多い気持ちが、心内に沸きあがってくる。他にも、【邪神領域】にいるときにだけ視認できる【太陽神】【彩雲乙女】【山爺】など。
繰り返すが、上述のような超絶的存在こそが神様である。
クローヴィスは、シンの思考を読み取っていた。
「卑下しちゃイカンなぁ。比較する対象を間違っている。神さまといっても、ピンからキリまであるんだぜ。
俺たちはデビューしたての新米だ。
お前さんが思い浮かべた自然神は、超格上のベテランだぞ。なにしろ、無限ともおもえる悠久の時を過ごしてきたんだからな」
「いや、そんなことを仰っても……」
上をみても際限がないと助言された。
比較対象に最上級の上位階梯者をあげるなんて、ある意味、ずいぶんと大物だなと、揶揄のセリフもオマケでついてきたが。
シンはついつい自己弁護してしまう。
「あなたの言いざまは、酷くありませんか? 私は己の身の程を弁えているだけです。お話の内容が、あまりにも突拍子もなかったので、混乱したのですよ。
ああ、申し訳ありません。念のため弁明しておきますが、あなたの言葉を疑っているのではありませんからね」
「なに、かまわんよ。責めるつもりは毛頭ないさ。そもそも、伝え方も悪かったしな。
せっかくだから、いろいろと説明してやろう。どうして、俺たちがこの世界に来たのか。“神さま”なんてモンになった経緯も含めてな。そのうちに、お前さんも思い出してくるよ」
「ええ、是非ともお願いします」
予期せぬ展開になった。
ひょんなことから、異世界転生の理由が教えてもらえるのだ。
彼の前世記憶はあやふやである。
せいぜい勤務先や仕事内容を断片的に残っているくらい。逆に、家族や友人知人については完全に欠落していた。
さらに、死因は不明。
転生したのだから、自分が死んだのは確実だけれど、前後の状況については、まったく心当たりがない。病死なのか事故死なのか。
クローヴィスの説明が始まる。
「地球で全人類に対して【神告】があったんだよ。
突然のことで、世界中がパニック状態だ。前触れもなしに、いきなり頭のなかに直接的なメッセージが届いたんだからな。
おまけに、これは嘘偽りのない現実のことであると、強制的に理解させられてしまったんだぞ」
「うわぁ」
当時の惨状を想像してしまう。
シン自身、幾度も【神告】を受けているが、アレは大変キツい。
頭蓋骨のなかに、直接、手を突っ込まれる感じ。精神的にも肉体的にも、相当の負担がかかるので、未経験者だと気絶するものがほとんど。
たとえ、意識を保てたとしても、混乱するのは確実だ。人生で初めて、超越的な存在と接触するのだから。
問題は、告知の内容。
伝えられたことは、選考審査を実施するというもの。
対象者は地球在住者。全世界の人間が査定されてしまうのだ。
「もう、右往左往の大混乱だ。各国政府はもちろん、世界的な宗教組織も対応できない。
テスト項目は不明だし、審査基準も謎のまま。しかも、全員強制参加で、辞退するだとか、逃げることは許されないんだぞ」
「それは酷い。というか、いくら上位階梯者といえども、やり方が強引すぎませんかね」
「ああ、そう思うよ。しかし、上には上なりの行動基準があるのさ。俺たち下っ端は文句タラタラでも、従うしかないのも現実でなぁ」
クローヴィスは両手をあげて、降参のポーズ。
彼によれば、誰もが狼狽していたとのこと。
みんな、冷静に対処できなかったらしい。これがきっかけになって、国によっては暴動の発生や、政府転覆するだとか、無秩序状態になった。
なぜ、【神告】が、動乱へとつながる?
理解不可能だ。
いっぽうで、人間なんて“その程度”でしかないと、納得する自分がいた。
個々人でみれば、立派で尊敬に値する人は多い。
だが、群れとしてひと括りにすると、たまにとんでもなく愚劣な行動へとはしるケースも多々ある。理性が麻痺して、集団ヒステリーに陥ってしまうのだ。もう、誰も制御できない。
「そんな、こんながあってなぁ。
結局、もう地球はなくなってしまった。
俺たちが生まれ育ってきた故郷は、完全に消え去っている。帰ることは不可能だ」
「はぁ~?」
国祖神は、とんでもないことをぶちまけた。
■現在のシンの基本状態
HP:516/516
MP:745/745
LP:223/252
※補足事項: 制御核に欠損あり




